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「なんで?」

黒いやつは、心底不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

「だって、こんな終わり方…」


俺は納得できない。


「崖から飛び降りるのと何が違うの?」
「でもだって」
「人間は、自分の最後なんて普通選べないもんだよ」

それはそうだけど、

「それにしたって、こんな、こんな不幸なだけの人生なんて!」
「だからあんたは終わらせに来てたんだろ?」
「それは…そうだけど」
「いいから、こっちさ来いって」

じいさんは相変わらずにこにこしている。

「それにしたって、俺は、俺はなんで死ななきゃいけないんだよ!」

納得できるわけなんてないじゃないか。

「それはちょっと前のあんたに聞いてみたらいいよ?」

黒いやつは冷静に俺を諭す。

「俺は悪くないんだ!何もしてないのに!悪いことなんてしてるやつがいっぱいいるじゃないか!」
「でもさ、悪いやつばっかり送ったら、向こうが大変だろ?こっちには次の悪いやつが出てくるし。」
「それにしたって、俺じゃなくたったいいだろ!」
「うん、そりゃあね。」
「どうして…」
「じいちゃんに送ってもらえば、自殺と違って普通に生まれかわれるよ?」

そうなのかもしれないけど。

「なんも、大丈夫だから。」

じいさんの笑顔が、強烈に恐ろしいものに見えてきた。


「俺は何も悪いことなんてしてないんだ!」
「そうだろうね。そんなの知ってるよ」

黒いやつはいかにも全部知っている、という顔をしているけど…もしかしてホントにわかってるのか?

「じゃあ」
「でもさ」



「これから生きててどうするつもり?」


「それは………それはこれから考える…」



だって、こんな終わり方いやだ。


「考えたって現状は変わらないよ?」
「そうかもしれないけど」
「それでも、生きてたいの?辛いのに?」
「辛いかもしれないけど…でも」


すると、じいさんが突然真顔になって言い出した。

「なぁ、にいちゃんや」

黒いやつは驚いているようだ。

「…なんですか」

「向こうの奴ら、み~んな、「もっと頑張りたかった」って言ってたぞ」



思わず、黙ってしまった。
黒いやつがため息を一つついて指を一本立てた。

「本当に、死ななくていいの?」

俺は、少し迷ったが、決めた。

「うん」
「こんな楽に死ねるチャンス、二度とないよ?」

黒いやつが確認する。

「うん、いいんだ。」

「そっか」
「うん。」

やつの人差し指がゆっくり揺れる。

「今日のところは、家に帰って寝るといいよ。君は自殺するために立待岬に来た。でも、一人で悩んで、思いなおして帰った。」

そう。

「思い直して帰った」

「うん、気をつけて帰るんだよ」
「うん、気をつけて帰る」

「おやすみ」
「おやすみ」



真っ暗な人待岬には、もう誰もいなかった。
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