落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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開祖の霊廟 後日談3

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闇の魔物が開祖の霊廟の傍で暴れまわっている。

それを遠くから見つめるしかないリリス達。
この場に居ると危険なので、とりあえず転移の魔石で王都に戻り、対策を練ろうと言う事になった。
だが転移の魔石を兵士達が作動させようとした時、リリス達の背後から女性の声が聞こえて来た。

「ちょっと待ってよ! あんた達、逃げるつもりなの?」

振り返ると木立の間にレイが立っていた。
その表情は良く分からないが明らかに怒っている口調である。

「レイさん。ご無事でしたか。」

「危ういところで逃げ出したわよ!」

リリスの問い掛けにレイは髪を振り乱して声を上げた。
だが敵は実体もなく、魔法攻撃も通じない相手だ。現状では対処の仕様もない。
そう事情を話してもレイは納得出来ない様子で、メリンダ王女の使い魔の芋虫に話し掛けた。

「とにかくあの闇の魔物を何とかしないと、霊廟を守れないわよ。何か方法は無いの?」

「今のところ方法は無いのよ。まあ、ゲルを呼び出す事が出来れば何とかなるんだけど・・・」

ぽつりと話したメリンダ王女の話にレイはがっつりと食いついた。

「ゲルを呼び出せるのなら、今すぐに呼び出してよ!」

「そもそもあの闇の魔物はゲルが創り出したものなんだからね。アイツに責任を取らせてよ!」

激しい剣幕でレイは叫んだ。それに応じてメリンダ王女は渋々ゲルと連絡を取ろうとした。
だがなかなか上手く連絡が取れないようだ。

レイは更にヒートアップし始めて、

「私が怒っているって伝えてよ! 今直ぐここに出てこないと、今までの悪行を全てばらしてやるんだからね!」

そんなに悪行を重ねて来たのか?
そんな思いがリリスの心に過る。

メリンダ王女はおそらく王都で必死にゲルに訴えかけているのだろう。この場に居る使い魔の芋虫の様子を見ても良く分からない。
だがしばらくして芋虫の身体が光り出し、その魔力がリリスの目の前に放たれると、小さな魔方陣が地表に現れた。

魔方陣の中央に光の球が現われ、次第に人の形になっていく。

突然の人の気配に驚いた兵士達は、それぞれに武器を取り出しリリスの前に出て身構えた。一瞬その場に緊張が走る。
だがメリンダ王女は兵士達を制しながら、その人影に親し気に話し掛けた。

「やっと出て来てくれたのね。」

その声に応じるように黒い人影はふっとその姿を明瞭に現わした。黒い衣装を着た陰キャの男性・・・・・ゲルだ!

緊張を隠せない兵士達にメリンダ王女は安心するように語り掛け、

「彼はゲル。闇の亜神の使いなのよ。」

そう説明した。

驚く兵士達を尻目にゲルは亜空間を俯瞰し、うっすらと不敵な笑みを浮かべた。だがその視界内にレイが居る事に気付くと、うっと声を上げた。

「君には会いたくなかったんだけどね。」

ゲルの言葉にレイは目を若干釣り上げた。

「それはこちらのセリフよ。でもあんたのせいで迷惑をこうむっているんだからね!」

そう言ってレイは遠くに見える闇の魔物を指さした。
その指の先には闇の魔物が、密集しているトレントの群れに容赦なくかじりついているのが見える。

「あれれ? 随分大きくなったじゃないか。」

「そんな呑気な事を言っている場合じゃないわよ! 早く処理しなさいよ!」

レイの非難じみた言葉にやれやれと言いながら、ゲルはパチンと指を鳴らした。その途端に闇の魔物の周囲の空間が歪み、そのまま闇の魔物を隔離してしまった。どうやら再び亜空間に隔離したようだ。
だが隔離しただけではまた脱出するかも知れない。そう案じたリリスはゲルに言葉を掛けた。

「亜空間に隔離してもあの闇の魔物は外に出ちゃいましたよ。」

ゲルはハハハと笑いながら、

「この亜空間は僕が強化したものだから、僕が存在している限り維持出来るんだ。でも人間が創り上げた亜空間でも亜空間は亜空間だよね。アイツはどうやって脱出したんだろう?」

そう言って隔離した闇の魔物をゲルはじっと見つめた。

闇はその身体から幾つもの触手を伸ばして、亜空間の壁を探り始めた。前回脱出した亜空間とはその構成要素が全く異なる。そう感じた闇は壁の構成要素を精査するために、魔力に様々な変化を付けながら放ち始めた。その効率を上げるために身体の一部を細かく分離した闇は、それぞれの小さな闇に同じ作業を割り振って実行させた。小さな闇はそれぞれに触手を伸ばして、様々なパターンの魔力を放っていく。強弱や抑揚をつけ、時には放つ間隔まで長短を織り交ぜている。

その様子を見たゲルはう~んと唸って考え込んだ。

「ゲル! 何を考え込んでいるのよ! 早くアイツを消しなさいよ!」

レイが声を荒げた。だがゲルはそれを気にもしないで、再びう~んと唸り、ほどなくうんうんと自分に言い聞かせるように頷いた。

「予定変更だ。あの闇は意識が芽生えているようだ。色々と知恵を使って脱出の糸口を探っている。亜空間の壁の構成要素を探っているんだよ。しかも自分の身体を複数に分離させて、作業効率を上げているから驚きだね。」

「消さないのならどうするのよ?」

レイの問い掛けにゲルはニヤッと笑い、

「これは奇跡だね。千載一遇のチャンスだ。これならジニアの依り代に出来る。」

そう言いながら片手を前に突き出した。その手から黒い闇が放たれると、それは空中に浮かび蝶のような形になった。

「ゲル。それって何なの?」

メリンダ王女の言葉にゲルはうんうんと頷き、その黒い蝶を手のひらに乗せた。

「これは僕の次に覚醒する予定のジニアだ。僕と同じく闇の亜神の本体のかけらだよ。」

「この子の為に依り代を用意しなければならなかったんだけど、こんな形で準備されるとは思いもよらなかったよ。」

ゲルは黒い蝶を乗せた手を突き出したまま、闇の隔離されている亜空間に近付いた。そのまま手を突き出して亜空間の壁に突き刺すと、その手が壁を突き抜け、黒い蝶が亜空間の中に羽ばたいて舞った。

闇の本体はその黒い蝶を触手で捕まえ、内部に取り込んでしまった。

「えっ! 食べられちゃったわよ!」

メリンダ王女の驚きの声がリリスの耳に響く。

「大丈夫だよ。予定通りだ。見ていてご覧。」

ゲルは余裕に満ちた言葉で言い放った。

程なく亜空間の中の闇が身体を震わせ始めた。周囲に散開していた小さな闇が全て本体に合体していく。闇の形が収縮を繰り返し、次第に小さな人の形になってきた。

「もう良いだろう。」

ゲルがパチンと指を鳴らすと、亜空間の壁が消滅し、闇の人影はむき出しになった。
ゲルはその闇に近付きその表面を優しく撫で始めた。

「調整出来たかい? 君さえ良ければ実体化して良いよ。」

そう言いながらゲルがポンポンと軽く人影の表面を叩くと、それは瞬時に小さな人の形になった。
褐色の肌の幼女だ。
目は瞑ったままだが、眠っているようにも見える。
見た目はダークエルフの幼女だが・・・全裸だ。

「ゲル! 服を着せてあげてよ!」

メリンダ王女の声にゲルは、ああそうだねと言いながら、その幼女にふっと魔力を放った。
瞬時に黒いワンピースが空中に現われて宙を舞い、纏わりつくように幼女の身体を覆った。

「ジニア。まだ目が開いていないけど、周りは認識出来るかい?」

ゲルの言葉にその幼女は頷き、

「ええ、認識出来るわ。ゲル、依り代を準備してくれてありがとう。これで覚醒までの時間がかなり短縮されたわ。」

そう言って自分の周囲を見回す仕草をした。

「あとどれくらいの時間で覚醒出来るんだ?」

「そうね。あと10年でOKよ。」

ジニアと呼ばれた幼女はすたすたと歩いてリリスに近付いた。リリスはうっと呻いて一歩引き下がる。ジニアはリリスの所作を気にもせず、その顔をリリスの肩の芋虫に向けて口を開いた。

「あなたはこの国の王族なのね。お名前を伺っても宜しいかしら?」

「メリンダです。よろしくね。」

メリンダ王女の無機質な声が聞こえて来た。対応を迷い、感情を抑えて話している様子だ。

「私はジニア。ゲルと同じ、闇の亜神の本体のかけらよ。あと10年で本格的に覚醒出来るので、その時にまた会いましょう。」

「メリンダ王女様とは仲良く出来そうだわ。10年後、私と一緒に闇の大帝国を築きましょうね。」

ジニアの言葉にメリンダ王女はウっと呻いて黙り込んでしまった。

これってどうするのよ?
メル、何とか言いなさいよ。

リリスはそう思って芋虫の身体を突いたが反応がない。
固まってしまったのだろうか?

ジニアは振り返ってゲルの元へと歩き、そのままゲルの身体の中に消えてしまった。

「どうやら終わったようね。」

レイの怒気を含んだ声がリリスの背後から聞こえて来た。

無表情なゲルの顔をレイは睨み、

「散々迷惑を掛けておいて、謝罪の言葉は無いの?」

レイの語気が荒い。

「あんたに私の不可侵圏を壊されたのは、これが初めてじゃないわよね。エドワードが生きていた時だって、王宮に造り上げた私の不可侵圏を破壊したじゃないの!」

「そもそもエドワードに散々悪知恵を吹き込むんだから、迷惑千万よ!」

レイの言葉にゲルはうんざりした顔を見せた。

「何時まで昔の事を愚痴っているんだよ。それに王宮の中庭にオークの樹を植えて不可侵圏を造るなんて、邪魔でしかないよ。しかもトレントがうじゃううじゃと動き回っていて・・・。あの時はエドワードの腹心達に懇願されて止む無く破壊したんだぜ。」

「そんなのはあんたの画策でしょ! エドワードや腹心達を好き勝手に動かすんだから、タチが悪いわ。」

「そう言う君だってミラを好き勝手に動かそうとしていたじゃないか。」

ゲルの反論にレイはヒートアップしてきた様子で、ちっと舌打ちをした。

ううっ!
ドライアドが舌打ちしちゃったわ。

樹に宿る精霊も舌打ちをするのだろうか?
唖然とするリリスの事などレイは気にしていない。
ゲルを睨む目の眼力が増してきたように思える。

「ミラは私の旧友だから私の為になら進んで動いてくれるのよ。」

「旧友が呆れるね。まるで召使いみたいに扱っていたじゃないか。そもそも君は自分の依り代を保護出来るテリトリーを確保したいがために、ミラを利用していたんじゃないのか?」

レイはゲルの言葉に目を剥き、大声で言い放った。

「あんただってエドワードの心を、闇に取り込ませようとしていたじゃないの!」

この二人は何を言い争っているのだろうか?
リリス達は呆れるばかりだ。

レイの言葉にゲルは即座に反論した。

「取り込んでいないよ。彼は僕の信者だったからね。エドワードは何時も崇敬の念で僕に対していたんだ。」

「冗談はよしなさいよ。あんたなんかに信者が居るはずないわよ。」

「冗談じゃないよ。ここにも僕の信者が居るんだからね。」

そう言いながらゲルはリリスの肩に生えている芋虫を指さした。メリンダ王女の使い魔だ。

「ええっ! 嘘! あなたは・・・メリンダ王女だったわよね。本当にそうなの?」

う~ん。
何となく嫌な空気が漂って来たわね。
その居たたまれないような空気を察して、メリンダ王女の使い魔の芋虫は、

「それじゃあ、用事が済んだようだから私は帰るわね。」

そう言うと、リリスの肩から消えてしまった。

メルったら強制的に召喚を解除しちゃったわ!

リリスは突然憑依を断ち切られ、その影響で軽いめまいに襲われた。

「あっ! 逃げちゃった。」

ゲルの言葉が虚しく響く。

「何だよ、アイツ。僕を呼び出すだけ呼び出して勝手に帰っちゃったじゃないか。・・・つまらん。それじゃあ僕も帰るよ。」

「どこへ帰るのよ!」

レイの言葉をスルーしてゲルもその場からふっと消えてしまった。

「私は体不調なので早退しますね。」

ゲルに続いてエミリア王女の使い魔もそう言って消えてしまった。
あとに残されたのはリリスと兵士達である。

流石にリリスに文句を言う事も出来ず、レイはふうっと大きなため息をついた。
クソッと毒付きながら振り返り、霊廟の方に向かってトボトボと歩き出した。

この辺りが潮時よね。
これ以上この場に居ても意味ないわ。
むしろこの場にこれ以上居たくないわね。

不毛な言い争いを聞かされて、リリスは必要以上に疲れてしまった。

一人だけ取り残されてしまって、今日は何をしに来たんだろうか?

そんなふうに自問自答しても虚しいだけだ。リリスは残された兵士達を促し、転移の魔石で王都に戻ったのだった。





その日の夜。

王宮の一室でメリンダ王女とエミリア王女がくつろぎながら、この日の反省会を行っていた。
反省会と言っても女子会のようなものではあるが。

「メル。ジニアの言葉を覚えてる?」

そう問いかけたエミリア王女にメリンダ王女はうんうんと頷き、飲みかけのドリンクをテーブルの上に置いた。

「10年後に覚醒するって話よね。一緒に闇の大帝国を創ろうなんて言われても、困るんだけどねえ。」

メリンダ王女の言葉にエミリア王女は相槌を打ちながら、

「そうよねえ。ミラ王国が闇の支配する大帝国になっちゃったら、ドルキア王国も困るわよね。」

「何を言っているのよ、エミリア。」

メリンダ王女はエミリア王女の目をじっと見据えた。

「10年後に私がこのミラ王国に居るとは限らないわよ。あんたにも教えた通り、私はフィリップお兄様の元に嫁ぐつもりだからね。」

「10年も経てばドルキア王国に嫁入りしているわよ。」

メリンダ王女はそう言いながらニヤッと笑った。エミリア王女はウっと呻いて言葉を飲み込んだ。

「ようやく意味が分かったようね、エミリア。闇の大帝国になるのはミラ王国じゃなくてドルキア王国かもよ。」

メリンダ王女の言葉にエミリア王女は目を丸く見開いたままだ。
意を決したようにエミリア王女はすっと立ち上がった。

「お兄様に進言しなくては・・・」

そう言いながら入り口のドアに向かおうとするエミリア王女の手をメリンダ王女はがっしりと掴んだ。

「あんた、私たちの友情を壊すつもりなの?」

「だって、国難が訪れるかも知れないじゃないの!」

「そんなのは、星を詠んでからにしなさいよ。10年も経てばあんたは神官になって神殿で暮らしている筈だからね。」

「その時になったらもう遅いわよ!」

部屋を出ようとするエミリア王女をメリンダ王女は座らせ、諭すように話し掛けた。

「10年後の事なんて、誰にも分からないわよ。その時その時を精一杯生き抜く。それが私達の生きざまだと思うわよ。」

メリンダ王女の言葉にエミリア王女は少し落ち着きを取り戻し、ふうっとため息をついてソファの背にもたれ掛けた。

「そうよね。10年後の事なんて誰にも分からないわよね。」

「そうよ、エミリア。私達の住むこの世界はいつ何が起きるか、全く分からないんだから・・・」

そう言いながら、メリンダ王女はエミリア王女の手を固く握りしめ、悟りを開いた賢者のような表情で、部屋の壁に掛けられた開祖エドワード王の肖像画をしばらく見つめていた。






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