大好きなので、俺を彼氏にして下さい!

多田光希

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ずっと長く憧れていた先輩に再会することが出来たら、必ず告白すると心に決めていた朝日が、就職先で先輩と再会し、初出勤日に告白をしてしまい…

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 市役所の合同入社式が終わり、配属先の歴史資料館へと案内するためにやって来た、資料館の支配人として勤務している若杉藍翔わかすぎあいとに会うなり、新入社員の朝日宙あさひそらは、目の前に立ちはだかり、
「好きです!俺と付き合って下さい!」
 と、大声で言うと、頭を下げた。
 入社式に出席していた周囲の人たちが、ざわざわと、どよめく。
 若杉は、顔色1つ変えることなく、
「俺、彼女いるから。そもそも、お前が誰かも知らないし」
 と、容赦なく一撃を食らわした。
「俺のこと知らなくても、彼女がいてもいいんで、俺を彼氏にして下さい!」
 それでも、朝日は怯むことなく挑んだ。
「それ、二股になるだろ?」
「二股じゃないです。彼女と彼氏は違います」
「どんな理屈だ?」
「先輩は彼女を抱きますけど、先輩は俺に抱かれるので、関係としては、浮気でもなく二股でもなく、全く別物かと」
 今度は、会場内が、どっと笑い声に包まれた。
「お前、大丈夫か?」
「やっと先輩に会えたんです。だから、絶対に後悔したくないんです。俺と付き合って下さい!」
「ふざけたこと言ってないで、案内するから早く付いて来い。勤務日初日だぞ?俺は、仕事とプライベートを区別出来ない奴は、好きじゃない」
 若杉が真面目な顔で言うと、朝日はやっと引き下がったのだった。

「先輩!一緒に帰りましょう!」
 リュックを担いだ朝日が、戸締まりを終え、館内から出てきた若杉に走り寄り、声を掛けた。
 若杉がため息を吐く。
「勤務日初日で疲れただろうから、早く帰らせたのに、何なんだよ」
「帰る方向が一緒なんで、待ってました」
 そして、若杉の手を握り、歩き出す。
「おい!手!!」
「手ぐらい、いいじゃないですか」
「良くないだろ!」
「じゃあ、腕組みます」
「は!?」
 朝日がスルリと、両手で若杉の腕にしがみついた。
「これだと、先輩のこと、介護してるように見えるかも」
「見えても困るだろ」
「じゃあ、やっぱり手でいいですよね?」
 再びギュッと手を握りしめてきた。
「だから、やめろって。誤解されるだろ」
「誤解されたいです。そしたら先輩に言い寄って来る人、いなくなるので。だいたいこんな田舎道、誰も歩きませんよ。みんな車なんで」
「みんな車だから、尚更、歩いてると目立つし、見られてるんだよ!」
「じゃあ、住宅街を通って帰りましょう!」
 強引に手を引かれ、住宅街へと連れ込まれる。
「先輩!ほら、桜!先輩と桜を見られるなんて、マジで幸せです!これから毎日一緒に帰るつもりなんで、2人で四季を感じられますね。ここの通り、めっちゃ穴場なんですよ。6月には紫陽花が一斉に咲くんです」
「へぇ」
 若杉が、満開の桜並木を見て、思わず足を止めた。こんな風に、景色を感じるなんてこと、いつ振りだろう。視線を感じて横を見ると、朝日が目を細めて嬉しそうに微笑みながら、若杉を見つめていた。

 そんな日々が続き、いつの間にか紫陽花が満開になり、綺麗に長く道に沿って並んでいた。手を繋ぎながら歩く帰り道の途中、その葉の1枚をめくり、朝日が若杉を嬉しそうに見た。
「先輩、ほら。カタツムリ」
 若杉が近付いて行く。
「久しぶりに見た」
「最近、減ってますもんね。オニヤンマとかも、あんまり見なくなりましたし」
「そうだな。小さい頃はよく見てたけど」
 カタツムリを真剣に見つめる若杉に、朝日が、
「カタツムリ、好きなんですか?」
 と聞いた。
「いや、カタツムリって、こんな感じだったんだな、って、改めて思って」
「大人目線で見ると、また違って見えるんですよ」
「そうかもな。若い頃はこんなに真剣に見なかったもんな」
「若い頃って。今年で、まだ28歳でしょ?」
 言いながら、朝日が笑ったのだった。

 朝日は仕事の覚えも早く、若杉の仕事や、今まで1人でやっていたイベントの準備や雑用などのフォローにも入ってくれることも多く、かなり役立つ人材となっていた。歴史資料館は、土日が開館日ということもあり、第3日曜日と月曜日だけが休みのため、異動を願い出る人が多く、受付のパート2人と職員2人だけの数少ない人員での勤務体制になってはいたが、朝日は、そんな中、とても職務に対して真面目に貢献してくれていたのだった。
 そんな時、インターンの学生を受け入れることになり、教育係として、朝日がその学生を受け持つことになった。
 大学3年生の女子生徒1名を3日間受け入れることになったのはいいのだが…。
「朝日さんって、彼女いるんですか?」
 女子生徒が、仕事の説明の合間に、必ず、朝日へとプライベートに関する質問をして来ていた。
「最終日、連絡先教えて下さいね。絶対に飲みに連れてって下さい」
 と、アピールされている朝日は、顔をしかめながら、
「分かったから。仕事に集中して下さい」
 と答えていた。
「朝日さん、めちゃくちゃイケメンだし、ここを選んで良かったです。付き合ってる人いないなら、私、立候補していいですか?」
 朝日の腕に自分の腕を絡ませながら、甘えるように体を密着させ、胸を寄せる。
「あの!こういうの、セクハラと勘違いされると困るから、離れてくれる?」
 腕を素早くスルリと抜く。
「朝日さんって、純粋なんですね。めっちゃかわいいです!」
「いや、ここ仕事場だから」
「じゃあ、仕事場じゃなかったら、いいんですか?」
 上目遣いで、朝日を見た。
「本江さん、インターンで来てるんだよね?」
「だって、朝日さんがカッコよすぎるから」
 チョン、と本江の指先が、朝日の頬に触れる。
 ずっとこんな調子のノリに付いていけず、3日間が終わったあと、朝日はめずらしく、グッタリしてしまったのだった。
「疲れました…。マジでどんな仕事よりも疲れました」
 朝日が机にぶっ潰していると、
「インターンの報告書、まとめとけよ」
 と、パソコンの画面を見たまま、若杉が言った。
「え?俺がですか?」
「当たり前だろ。お前が教育係だったんだから。ありのままを書けよ?」
「ありのまま、ですか?全く言うことを聞かず、人をからかってばかりいて疲れました、としか書けません」
 若杉はパソコンを閉じると、
「先に帰る。戸締まり、頼むな」
 と言って、席を立った。
「待って下さい。俺も帰ります!報告書は明日の朝にします」
 言いながら、朝日は慌てて帰り支度をした。

「先輩、ご褒美下さい」
「何のだよ」
「インターンの教育、頑張ったじゃないですか」
「仕事なんだから当たり前だろ」
「頬にキスさせて下さい」
「は!?」
 そして朝日は繋いでいた手を自分の方へと引き寄せると、自分の唇を若杉の頬へと押し付けた。
 うわっ…。
 人の唇がこんなに暖かくて柔らかいなんて、今まで意識したことがなかったせいか、初めて知った。
 唇が離れ、抱き締められる。
「いつも思ってたけど、先輩、めっちゃいい匂いする」
「おい!どさくさに紛れて抱き付くな。離れろ」
「はい。すみません」
 そして、帰り道を再び歩き出す。
「冬は嫌いです」
「ふぅん」
「どうしてだと思います?」
「知るか」
「先輩の手を握っても、手袋が邪魔して、直接温もりを感じることが出来ないからに決まってるじゃないですか」
「お前だけの決まりなんか、知るか」
「今日は彼女さんと会うんですか?」
「いや…。って言うか、お前には関係ないだろ」
「俺の方が、絶対に会ってる時間は長いですよね」
「当たり前だろ。職場が一緒なん…」
 言いながら朝日の方を見ると、目を細め、嬉しそうに若杉を見ていた。その物凄く愛しそうに自分を見つめる瞳に、若杉は一瞬言葉を失ってしまった。
「どうしたんですか?」
「面倒くさい」
「何が?」
「いちいち、どうでもいい事を言ってくるのが」
「俺にはどうでも良くないです」
「そもそも何で俺なんだ?お前、背も高くて顔もいいし、モテるだろ。インターンに来てた子にもかなり気に入られてたし」
「俺は先輩しか目に入ってないんで、モテるとか本当にどうでも良いです」
 確かに、あの女子生徒にあれだけ言い寄られていたにも関わらず、顔色1つ変えることなく、むしろ嫌がる様子であしらっていたことに、若杉は少しばかり感心していた。
「…ってことは、かなりモテてたんだな」
 若杉が、つい言葉の裏をかいて突っ込んだ。
「でも、まだ童貞です!」
「誰も聞いてない」
 どうでもいい事で自信満々に大声を出す朝日に、若杉は思わずため息を吐いたのだった。

 あれは、小学6年生の夏休みのことだった。図書館の敷地内にある芝生で、友達と2人でセミを捕まえていた時、歩きタバコをしながら犬の散歩をしていた中年の男がいた。
 ドン、とぶつかり、腕に異常な熱さを感じたあと、朝日はその場に倒れた。
「気を付けろ!ガキ!」
 中年の男が怒鳴り、犬が激しく吠える。
「気を付けるのは、あんたの方だろ?子供の遊び場で歩きタバコなんかして。こいつの腕に当たっただろうが。今すぐ警察に連絡して、傷害で突き出してやろうか?」
 言いながら朝日を抱き起こすと、近くの水道へと連れて行き、すぐに蛇口を捻る。
 ザーッと、腕に水が激しくかかる。
 中年の男は、気まずそうに、急ぎ足でその場をあとにした。
「大丈夫か?痕にならないといいけど」
 色白の、目鼻立ちの整った綺麗な顔を朝日はついジーッと見ていた。
「おーい!藍翔ー!!」
 遠くから、声がした。
「今行く!先に行ってて!」
 後ろを振り向きながら、何人かの友人らしき人たちに向かって大きな声を出した。
「ごめんなさい。友達いるのに」
「いや。お前のせいじゃないし」
 そして、水を止めると、ポケットからハンカチを取り出して、ポンポンと、水を吹き取ってくれる。
「家に帰ったら、ちゃんと火傷のあと見てもらって、あんまりひどかったら病院行くんだぞ」
 そして、その綺麗な男の人は立ち上がると、自分のカバンを肩にかけ、朝日に背を向けて友達のあとを追うように歩き出したのだった。

「あの日、高校の制服見てたんで、同じ高校受験して。『あいと』って名前で、やっと先輩のこと捜し出して。大学も同じところ受験して、ようやく追い付けたんです」
「怖っ」
「え?何がですか?」
「たった1回会った奴のために、進路決めるとか?あり得ないだろ」
「俺にとって、あの出会いは、それだけ衝撃的だったんです」
「あの時から何年経ってると思ってるんだ?その時の俺とは変わってるかもしれないのに」
「何がですか?」
「性格とか容姿とか」
「変わってません」
「それは結果論だろ?」
 いつも一方的に、勝手に繋がれている朝日の手に、力が込もった。
「結果論だったとしても、僕が先輩を好きな気持ちに変わりはありません」
「ある意味、ストーカーだな」
「迷惑を掛けないように努力はしてます」
「手に入らない物を追うのって、辛くないのか?」
「辛くないです。先輩の側にいて、先輩の姿を見ていられるだけで幸せなので。何年間片想いしてると思ってるんですか?」
 嬉しそうに、繋いだ手を腕ごとブンブンと振る。
「お前、自分のやりたい事、ないの?」
「え?」
「俺中心じゃなくて、自分中心の世界を見つけたらどうだ?今年で23歳なら、まだ何でも出来るだろ」
「自分中心の世界を見つけたとしても、先輩がいないと、全くの無意味です」
「重いんだよ。俺にお前の人生の責任は負えない」
「俺が勝手にやってることなんで。先輩は気にする必要ないです。俺のこと心配してくれてるんですか?」
「別に」
「やっぱり先輩は優しいですね」
 あ...。まただ。いつも目を細めて、嬉しそうに俺を見る。その柔らかな表情から、自分への気持ちが嫌と言うほど伝わって来るのが分かる。
「今日、彼女さんと予定ないなら、俺のアパートに寄ります?」
「何しに?」
「夕飯作りますよ。一緒に食べません?」
「いや、いい。俺は、まだそこまでお前を信用してない」
「何もしませんよ」
「そういう事を言ってるんじゃない」
「俺の気持ち、まだ信じてないんですよね?」
 核心を突かれ、歩くスピードが弱まり、若杉は黙り込んだ。
「知ってます。建設課の外村とむらさんとのこと。雰囲気で分かりました」
「もう過去のことだ。今は、お互いにパートナーもいるし、良い関係だよ」
 若杉が言うと、
「先輩、こっちです!」
 と、突然、朝日に腕を力強く引かれる。そして、強引に朝日のアパートへと連れて行かれたのだった。

「座ってて下さい」
 コートと背広を脱ぎハンガーに掛けると、朝日はキッチンへと移動し、エプロンをする。
「先輩がいつ来てもいいように、毎日掃除してて良かったです」
「毎日?」
「はい。毎日、先輩が来た時のことをシュミレーションしてます」
「変態か」
 若杉が言うと、朝日が嬉しそうに笑顔を見せた。
「先輩もコートと背広、ハンガーに掛けて下さい」
 若杉は、マフラーを外しコートと背広を脱ぐと、ハンガーに掛けた。
「何作るんだ?」
「しょうが焼き定食です。俺、ずっと定食屋でバイトしてて。キャベツの千切りめっちゃ上手いですよ?」
「へぇ」
 若杉が、興味津々といった表情でキッチンの横に立つ。朝日が腕まくりをし、手を洗い出した。
「先輩、めっちゃかわいいです」
「は?」
「横に立つとか、新婚みたいですね」
「座って待つことにする」
「あー…。心の声が漏れたせいで...」
 シュン、と肩を落とした。

「出来ました!先輩、こっち来て座って下さい」
 若杉はソファから立ち上がると、ゆっくりとキッチンテーブルに向かい、腰掛けた。
「いただきます」
 手を合わせてから、朝日の作った料理に箸を付け、口に運ぶ。
「どうですか?」
 向かい合って座った朝日が、心配そうに静かな声で訪ねた。
「うん。うまい」
「良かった!お味噌汁も具だくさんにしたし、ご飯も炊きたてだし、キャベツもたっぷりなので、栄養バランスもバッチリです」
「料理が出来るなんて意外だな」
「次は、サバの味噌煮定食でどうですか?」
「餌付けか」
「また来てもらいたいんで」
「まあ、たまには来てもいいな」
「よっしゃあ!」
 朝日はその場でガッツポーズをした。

「送ります」
「1人で大丈夫だよ」
「遅いし、心配なんで」
 玄関を一緒に出て、鍵を掛けると、再び2人で歩き出す。
 朝日の手が、若杉の手を握り締める。
 今はそれが当たり前になり、あまりにも自然な成り行きに慣れてしまって、抵抗することもなくなっていた。
「先輩、本当にまた来て下さいね」
「時間が合えばな」
「合わせます!」
 若杉は、思わず口元を綻ばせた。
「あ!先輩、今、笑いました?」
「笑ってない」
「えー?絶対笑ってたと思うけどな」
 いじけたように、唇を尖らせる。
 ゆっくり歩きながら、若杉へのアパートへと向かう途中で、
「藍翔?」
 と、若杉を呼び止める声がした。
 2人して振り向くと、若杉の彼女の中野桜花なかのおうかが立っていた。
「桜花。どうした?」
「月曜日、休み取ったから。藍翔のアパートに泊まろうと思って。そっちこそ、今帰り?」
「ああ。後輩の家で夕飯食べて来た」
「えー!珍しい。人付き合い、あんまり好きじゃないのに」
 中野の視線が、繋いでいる2人の手に移動したのが分かった。
「酔ってるの?」
「いや。これは、こいつのクセだよ」
「クセ?」
「相手が誰であろうと、夜道は手を繋いで歩く習性らしい」
 咄嗟に若杉の口から嘘の言葉が出た。
「そうなんだ」
 中野が言うと、
「はい。夜道は危ないので」
 と、朝日も若杉の嘘に嘘を重ねた。
「面白いね」
「じゃあ、先輩、おやすみなさい。また火曜日に職場で」
 手が、離れる。
「ああ。おやすみ」
 朝日が、若杉に背を向けて、1人で帰り道を歩き出した。その背の高い背中をしばらく見送っていると、
「寒いし、早く中入ろ」
 と、中野が言ったのだった。

 朝日が、1人空を見上げる。冬の空は空気が澄んでいて、星がものすごく綺麗に見えた。
「うわっ。めっちゃキレイ。さっき先輩と一緒に見れば良かったな…」
 朝日のその時の、切なそうに歪んだ悲し気な表情は、誰にも届きはしなかったのだった。
 そして、火曜日の出勤日、
「先輩!おはようございます!」
 いつもと変わらない様子の朝日が、嬉しそうに若杉へと寄って来る。
「ああ」
「今日って、確か午後から小学校の予約入ってましたよね」
「ああ」
「良かった。これ、手作りの館内の案内作ったんです。人数分、カラーコピーしていいですか?」
「良く出来てるな」
「休みの日は、時間あるんで」
「結構、器用なんだな」
「先輩に褒められると、何か照れますね」
 そう言って、朝日は俯きながら、笑顔を見せたのだった。

 そんな日常を過ごしていたある日のことだった。市役所の建設課に勤務する、若杉と同期の外村とむらが資料館へとやって来た。
「よお」
「どうしたんだ?急に」
「今日は、お前に夢中なあいつは?休みなの?」
「今、市のイベントに駆り出されてる」
「そっか。いや、実はさ、あいつ、異動願出したらしくて」
「え?そうなのか?」
「聞いてないのか?」
「聞いてない」
「今年の4月から、しばらく県外に出向するとかって話。まだ決まった訳じゃないだろうけど」
「へぇ」
 何事もないように平静を装おってはいたものの、何となく、胸のあたりに重苦しい違和感があった。
「煩わしいのがいなくなると、お前もラクになるだろ。ずっと付きまとわれてたもんな」
「まあ…」
「最初、退職願出してきたみたいだけど、上が相談に乗って、止めたってさ」
「退職願?」
「何か揉めてたのか?」
「いや。全然」
「まあ、人の心の中までは分からないからな。いくら口では好きって言ってても、やっぱり、なかなか信用できないよな」
「お前が言うな」
「俺は、ちゃんとお前のことが好きだったよ。あまりにもつれないから、自分が弱くて浮気してしまったけど、本気だった。今でも、後悔してるし、まだ忘れてない。ヨリを戻す気はない?」
 馴れ馴れしく、肩に手が回る。
「新しい彼氏いるくせに。お前のそういうところが嫌なんだよ」
 若杉は、その手を即効で払い退けたのだった。

「あ!先輩!今帰りですか?」
 リュックを背負った朝日が、駆け寄って来る。
 返事をせずに歩き続ける。
「どうしたんですか?何か機嫌悪い?」
「別に」
 足早に歩く若杉に、朝日が一生懸命、付いて来る。
「何かありました?」
「別に」
 朝日がいつものように、若杉の手を握ると、若杉が急に立ち止まった。
「先輩?」
「もう手を握るな」
 その手を振り払うと、また足早に歩き出した。
「先輩!」
「付いて来るな」
「何で怒ってるんですか?」
「別に怒ってない」
「絶対に怒ってますよ。何があったんですか?」
「何もないって言ってるだろ。もう俺に付きまとうな。毎日毎日、煩わしいんだよ」
「本気で言ってます?」
「本気だよ」
「俺のこと、迷惑ですか?」
「ああ。かなり迷惑だ」
 若杉が言うと、朝日が黙り込んだ。
「分かりました。嫌がってるように見えなかったので、全然気付かなくて。今まですみませんでした」
 そう低い声で呟くと、朝日は、若杉から離れ、逆方向へと歩き出した。
 違う。そういうことじゃないんだ…。
 若杉は、唇を噛み締めた。カバンの持ち手を握る手に、力が込もる。
『退職願って、どういうことだ?』
 その一言が、どうしても口から出てこなかった。
 自分に飽きたのだろうか?一瞬、そんなことが脳裏をよぎった。
「バカらしい…。そんな事を考えるなんて」
 あいつの事が、好きなワケじゃない。だけど、直属の上司でもある自分に相談もなく、人事のことを決めている朝日が、若杉は何故か許せなかった。

 翌日、朝日は仕事を休み、そして、しばらく有給を使って休むことになったと、上の方から若杉へと報告があった。その間に、人事異動の開示があり、朝日は東京へと出向することが決まった。そして、数日後から出勤はしてきていたものの、若杉とは仕事以外の会話をすることなく、静かに事務所内の荷物をまとめ出していた。
「朝日君がいなくなると、寂しくなるなぁ」
 顔を出しに来ていた外村が、わざとらしく言うと、
「そんなこと、誰も思ってませんよ」
 と、朝日が答える。
「でも、何で東京?自分で希望出したんだろ?」
 外村の質問に、朝日は答えなかった。
「荷物もまとまったんで、帰ります。2年間、お世話になりました」
 リュックを担ぎ、段ボールを持って、頭を下げる。
「頑張れよ」
 外村が、声を掛けた。
「はい。失礼します」
 そして、朝日は事務所を出て行った。
「良かったのか?」
 外村が若杉に声を掛けた。
「何が?」
「話さなくて」
「あいつが自分で決めたことだ」
「そういうことじゃなくて。もう会えなくなるんだぞ?」
「せいせいするよ」
 若杉は席を立つと、コーヒーを淹れたのだった。

 朝日がいなくなり、若杉は1人で帰路を歩いて帰るようになった。
『先輩!』
 今でも、そんな声が聞こえて来る気がして、つい足を止めて、後ろを振り返る。そして、手袋の取れた手を眺めた。その手で拳を作ると、ギュッと握りしめ、また前を見て歩き出す。
『先輩!ほら、桜!先輩と桜を見られるなんて、マジで幸せです!これから毎日一緒に帰るつもりなんで、2人で四季を感じられますね』
 ザアッと風が吹き、桜の花びらが、一斉に舞い上がる。
「あれ…?何で…」
 若杉の頬に、涙が伝う。
 ああ…そうか。あまりにも近くに居すぎて、全く気付かなかった。俺、ちゃんと朝日のことが、好きだったんだ…。あいつがいつも俺に向けていてくれた眼差しは、間違いなく本物だった。
 『会いたい』だなんて、今さら願ったところで、もう遅い。
 若杉は、零れ落ちる涙を拭うこともせず、帰り道を1人で、ただ歩き続けたのだった。

 何か物足りなさを感じながらも、残酷にも時間は過ぎて行き、朝日が東京へ行ってから、3度目の春がやって来た頃のことだった。
「若杉、これ」
 お昼休みに歴史資料館にやって来た外村が、突然、若杉に封筒を渡して来た。
「何だ?」
「実は異動の日に、仕事終わりに朝日が俺ん所に来てさ。預かってた。『渡したくなかったら渡さなくていいです』って、俺に対して宣戦布告的な感じだったから、渡しそびれてた。捨てようかなとも思ったんだけど、何か、それも出来なくて。結局2年以上放置したままだったけどな」
 若杉はそれを受け取ると、ゆっくりと中身を取り出した。
「手紙?何で今さら?」
「ん?ちょっと、ある噂を聞いてな」
「噂?」
「ああ。取り合えず、渡しとく」
 若杉が、折り畳んである手紙をゆっくりと開く。
『先輩へ。喧嘩別れみたいになってしまって、すみません。先輩と話すと別れがより辛くなりそうなので、このまま去ることにします。やりたい事が見つかったので、俺は東京に行きます。そして、ちゃんと成果を身に付け、また先輩の元に戻って来ます。その時こそ、俺と付き合って下さい。俺は、何があっても、ずっとずっと先輩のことが大好きです。その気持ちは、きっとこれからも一生変わりません。朝日宙』
 若杉の手が、震える。胸がギュッと押し潰されるような感覚に襲われ、目に涙が溜まる。
「お前さ、大学に通いながら、夜間の看護専門学校行ってただろ?その話を朝日にしたことがあってさ。それで東京に行くことを決めたって、言ってた」
「どういう意味だ?」
「まあ、そのうち分かるよ」
 そして、外村は帰って行った。

 その日の帰り道、桜を見ながら歩く若杉の背後から、
「先輩!」
 と、声がした。
 振り返ると、そこには朝日が立っていた。
「一緒に帰ってもいいですか?」
 若杉へと歩み寄り、手を握る。
「朝日…」
「桜、綺麗ですね。先輩と一緒に見る桜は、やっぱり格別です!」
「朝日…俺…」
「先輩!やっぱり好きです!俺と付き合って下さい!」
 若杉の瞳から、いくつもの涙が零れ落ちる。
「先輩?どうしたんですか?何で泣いてるんですか?何かあったんですか?」
 いくつもの質問を一気に投げかけ、そして心配そうに顔を覗き込む朝日に、若杉は両腕を回して抱き付くと、
「そうだな。俺たち、付き合おう」
 と、返事をしたのだった。

「消防士?」
 朝日を自分のアパートへと上げ、コーヒーを出す。
「はい。救急救命士になりたくて。東京でしか資格が取れないんです。だから、出向させてもらいました」
「でも退職願出したんだろ?」
「それが、消防士も市の職員だから、退職しなくてもいいって言われて」
「そうか。それで…」
「先輩が看護師の資格持ってるって聞いて。俺も何か人の役に立ちたいって思ったんです」
「よく頑張ったな」
「実務経験が必要だったので、最初はずっと消防の仕事をしてましたけど、やっぱりあっちは出動回数も半端なくて、毎日が大変でした。でも、先輩に会えなくなったのが、マジで1番しんどくて辛かったです。ただ、逆に離れて良かったなーって、今は思ってます」
「何でだよ」
「だって、先輩、俺のこと好きだって気付けたんでしょ?」
「まあ、それは確かに…」
「やっと彼氏になれました」
 朝日の指が、若杉の頬に優しく触れる。
「先輩、彼女とは?」
「振られた。何してても、心ここにあらずだね、って」
「俺のせいですか?」
「そうなんだろうな」
「分かりました!責任取ります!一生側にいて大事にします!」
「喜ぶな」
 朝日が目を細め笑顔になる。そして、顔を近付けて行く。若杉が、ゆっくりと目を閉じた。そして、ようやく、2人の唇が重なった。
「やっと、童貞卒業できます」
 若杉をベッドへと押し倒す。
「バカか…」
「俺、先輩としか、したくないから」
 朝日の言葉に、一瞬で体温が上がったのが分かった。激しく唇を奪われる。朝日の欲望が、一気に加速した。

「先輩、もっと力抜いて下さい。ほぐしてても、キツくて入らないです…」
「どうやって…」
「息、吐いて…。そう」
「ん...」
「もっと、ちゃんと。ゆっくり吐いて…」
「っ…」
 押し拡げられる痛みとは別に、何とも言えない圧迫感に襲われたが、ゆっくりと優しく中へと入ってくる朝日を一生懸命に感じ取っていた。
「入っ…た」
 朝日が呟くと、若杉の頬に、ポタリと何かが落ちた。うっすら目を開けると、朝日の頬に涙が伝っていた。
「泣いてるのか?」
 そんな朝日をしっかりと見つめ、頬に、そっと手を添える。
「すみません。何か、感動してしまって…」
 若杉は体を起こすと、朝日の頬に口付けた。そして、唇を挟み込んで何度も吸い付く。
 朝日が腰をゆっくり引き、また中へと深く潜り込ませる。
「…っ…あ!」
 動きが激しくなり、若杉は裸体をのけぞらせ、そして何とも言えない快感に身を委ねたのだった。

「先輩…」
 朝日が若杉に腕枕をしながら、優しく髪を撫でる。
「ん?」
「先輩はどうして夜間の専門学校に行って看護師の資格を取ったんですか?最初から看護大学に行けば良かったのに」
「俺の父親、教師なんだ。頭が固いって言うか。男は絶対に公務員だ、ってずっと言われてて。でも母親が看護師でさ。その姿見てたら、やっぱ何か、自分も目指したくなって。母親にいろいろ援助してもらいながら、父親に内緒で夜間の専門学校に通ってた」
「そうなんですね。だから、あの時も、処置が早かったんですか?」
「母親に、いろいろ教わってたからな。お前は?何で急に救急救命士になろうと思ったんだ?」
「何かあった時に、先輩みたいに、人を助けられる人になりたくて。あの日、あのあと母親に病院に連れてかれて。その時に、お医者さんが言ってました。『処置が早かったおかげで、痕も残らないと思うよ』って」
「そっか。良かった」
 朝日が、若杉を抱き締め、髪に鼻を埋めた。
「もう1つ聞いていいですか?」
「何?」
「先輩、もしかして、男との経験、初めてでした?」
 若杉の体が、明らかに硬直し、みるみるうちに首まで真っ赤になった。
「何で?」
「慣れてなさそうだったから」
「っ…」
「外村さんと付き合ってたんですよね?」
「それは、高校の頃の話だ。あいつ手癖悪かったし、体までは許してなかったんだよ。ずっと拒んでたら、結局、他の男子生徒と浮気して。それで別れた」
「俺が先輩の初めての男になれたとか、マジで嬉しすぎるんですけど。すでに関係あったのかと思って、東京に行く前に外村さんに宣戦布告してしまいました」
「あいつに手紙を預けるなんて浅はかすぎるだろ。もらったの、今日だぞ?」
「え!?今日?」
「ああ」
「うわー。外村さん、マジで先輩に惚れてるんですね。俺が戻って来るって聞いて、きっと諦めも付いて、手紙を渡したんでしょうね。危なかったー」
「危ない?」
「俺が東京に行ってる間に、先輩が外村さんに奪われなくて本当に良かった。絶対に狙ってましたよ」
 ギュッと胸へと抱き締め、頭を撫でる。
「朝日、4月1日から勤務だろ?24時間体制だっけ?」
「はい。基本的には、24時間勤務して、48時間お休みです」
「なかなか会えなくなるな。一緒にも帰れなくなるし。お前にいろいろ季節の花とか教えてもらって、楽しかったのに」
「先輩にそんな風に言ってもらえるなんて、最高に幸せです」
 そして、2人は目を合わせると、ゆっくりとキスを交わしたのだった。

「先輩、お帰りなさい」
 歴史資料館の戸締まりを終え、外に出ると朝日が立って待っていた。
「朝日?どうして?」
「体も少し勤務に慣れてきたし、明けで朝に帰って来たので、迎えに来ました」
「寝なくていいのか?」
「帰って来てから、ちゃんと寝ましたよ。葉桜、一緒に見ながら帰りましょう」
 そして、朝日が手を差し出した。
「ああ」
 若杉が、その手を迷うことなく、握り締めた。
「今日の夕飯、酢豚定食でいいですか?デザート付きで」
「デザート?」
「はい。デザートは俺です」
「いや。いらない」
「ダメです!せっかく両想いになれたんですから」
「だから、いらないって言ってるだろ」
「ダメです!明日休みでしょ?今日は泊まってって下さい」
 2人の笑い声が、いつもの帰り道に響き渡る。緑の綺麗な木々の中を手を繋ぎ、寄り添い合いながら、歩いて行く。
「先輩、俺のアパートに引っ越して来ません?こっちに戻ってから新しく契約したところ、部屋1つ余ってるんで」
「そんなことしたら、住所変更の時に市役所の奴らにバレるだろ」
「もうバレてますよ。俺、こっちで勤務始まった途端、色んな人たちに『若杉さんと、どうなった』って聞かれましたもん。入社式の日に、堂々と告白してますからね」
「で?何て?」
「『こっちに戻ってから、諦めずに告白したら、やっと付き合ってもらえることになりました』って言いました。そしたらわざわざ市長が来て『パートナーシップ宣言が認可されたら、第一人者として、市報に掲載させて下さい』って頼まれました」
 もう、嫌な予感しかしない。
「はい!ぜひお願いします!って言っておきました。俺は、みんなに祝福されたいですし、先輩は俺の自慢の人なので、全市民に紹介もしたいです」
「お前って奴は、本当に…。肝が座ってるって言うか、何も考えてないって言うか。ある意味頼もしいよ」
「なので、一緒に住みましょう」
 こうやって、いつの間にか、若杉はまた朝日のペースに巻き込まれてしまうのだった。

 若杉は、そのまま朝日のアパートに寄り、夕飯を食べたあとに2人でお風呂に入り、そのままベッドへと移動してゆっくりと夜更けを迎えた。
「今年度、4月に異動してきた人、どんな人ですか?」
 ベッドの中で2人で寄り添って横になりながら朝日が尋ねる。朝日の手は、ずっと優しく若杉の頭を撫でていた。
「ん?お前より年下だよ」
「そんな若い人が来たんですか?前の人は60歳近かったのに」
「ああ」
 眠たそうに、返事をする。
「1回、挨拶に行かなきゃですね」
「頼むから、やめてくれ」
「だって、先輩、めっちゃ綺麗だし、その上、頭もキレて仕事も出来るから、先輩のこと狙ってる人、外村さん以外にも結構いたんですよ?俺がいなくなってから、かなり言い寄られたって聞いてますし」
 若杉からの返事はなかった。そのうちに、静かな寝息が聞こえて来て、その安心しきったような寝顔に、朝日は見惚れながら、ゆっくり瞳を閉じたのだった。

「この展示物はどこに置くといいですか?」
 4月から配属になった山藤紬やまふじつむぎが、若杉に尋ねる。
「あ、それは左側の奥に」
「はい」
 期間限定の展示イベントが終わり、薄暗い倉庫の中へと展示物を運び、2人で片付けをする。
 若杉が棚の整理をしている背後から、突然、山藤からホールドされたかと思うと、耳元で静かに、
「藍翔さんて、朝日さんと付き合ってるんですよね?朝日さんに、しつこく好きって言われ続けて、彼女と別れてまで付き合うなんて、押しに弱いんですか?」
 と、囁かれる。
「何の話だ?」
「今さら隠さなくても、有名な話じゃないですか。ちなみに、僕が、藍翔さんのことを好きだって言い続けたら、僕のことも好きになる可能性がある、ってことですよね?」
「何言って…」
「結構、軽いんですね。しっかりと自分の意思を持ってる人だな、って思ってたので、意外でした」
 そして、耳を唇で挟まれ、舌が這う。
「何す…」
「好きです」
 低い囁き声。背筋にゾクリとした感覚が襲う。
 若杉が振り返り、目を見た。
「必ず、手に入れますから」
 山藤は、口元に笑みを浮かべたのだった。

「先輩?何かあった?」
 今日も迎えに来てくれていた朝日と一緒に住むアパートに帰るなり、朝日が突然尋ねて来た。
「いや。何も」
 しかし、その日から若杉は、朝日を好きになった気持ちが本物だったのか、それとも、山藤の言った通り、ただ押しに弱かっただけなのか、自分で分からなくなってきてしまったのだった。
 1週間ほど過ぎたある日、
「やっぱ変。何かあったでしょ。ずっと何か考え込んでるし…。俺に話せないこと?」
 朝日が心配そうに、顔を覗き込んで来た。
「ちゃんと話してよ。俺、泊まり勤務あるし、今度、復興支援で県外にも行くし、側にいられない日も多いから、すごく不安になる」
 朝日の、今にも泣き出しそうな悲し気な表情に、つい、
「実は、新しく異動してきた奴に、押しに弱いから、お前のことを好きになっただけなんだろ、って言われて」
「そんな事言われたの?でも、それで悩んでる先輩も、おかしくない?」
 若杉が、俯いた。
「人を好きになるのに理由なんかいる?ただ、一緒にいたいとか、会いたいとか、そう思えるだけで良くない?俺は、先輩とこうやって過ごせてるだけで幸せなのに、そんなことで動揺するって、先輩はそうじゃないってこと?」
「ごめん」
 若杉の謝罪の言葉に、朝日が黙り込む。しばらくの沈黙のあと、
「分かった。俺、しばらく署に泊まるから」
 そう言って、部屋に行くと荷物をまとめだした。
「先輩のこと、少し甘やかし過ぎたみたいだね。俺がいつまでも側にいることが当たり前だと思わないでよ」
 そして、静かに玄関を出て行ったのだった。

 そして翌日の休憩時間のことだった。受付担当のパートの女性と交代で、山藤と若杉が2人で休憩室に入った途端、
「お疲れ様でした」
 と、山藤が馴れ馴れしく、若杉の肩に手を回す。
 若杉は、そんな山藤の瞳を見つめた。
「そんなに見つめられると…」
 顎に手を添え、持ち上げられる。
「キスしたくなります」
 顔が近付く。その手首を若杉がグッと掴んだ。
「何が目的なんだ?」
「何って?」
「俺のこと、好きじゃないことぐらい、目を見てれば分かる」
 そう。朝日が俺を見る目はいつも優しくて、自分に対しての気持ちが本気なんだと、嫌と言うほど伝わって来る。
「へぇ」
「ずっと違和感があったのは、言葉に真実味がないからだろうな。俺と朝日を別れさせたいのか?」
「さすが藍翔さん。人を見抜く力には長けてるんですね」
「別れさせて、どうしたいんだ?」
「気に入らないんです。朝日さんが、ずっと先輩、先輩って、藍翔さんのことを追いかけてる時は良かったけど、2人が付き合い出してから、僕のことなんか、ずっとほったらかしで」
「朝日のことが好きなのか?」
「は!?いや、僕は女の子が好きです」
「は?」
 お互いに見つめ合ったまま黙り込む。
「朝日さんは、藍翔さんと付き合うまで、いつも僕の相談に乗ってくれたり、一緒に遊びに行ったり。楽しかった時間がなくなったのが、ものすごく寂しかった。誘っても、ずっと断られて。僕、朝日さんの考え方とか言葉がすごく好きで、こんな風になれたら、ってずっと憧れてたんです」
 山藤が、とうとう本音を漏らした。
「分かった。呼び出してやるから、ちゃんと話せ。お前のせいでちょっと揉めて、あいつ、家を出て行ったんだ」
「え?」
 スマホから電話を掛ける。朝日はすぐに出た。
「今日、非番だろ?今から歴史資料館の休憩室に来てくれないか?」
『は?行きませんよ。俺、めずらしく怒ってますから』
「会いたいんだ…。朝日に」
『すぐ行きます!』
 そして、電話が切れた。
「ヤバいですね」
「ヤバいだろ?」
 若杉が笑う。初めて見る若杉のその笑顔に、山藤が驚く。
「本当に好きなんですね」
「みたいだな」
「朝日さんじゃなくて、藍翔さんが、です」
「え?」
 言いながら、山藤が何故か若杉の背後の方へと、少し視線をずらした。
「そうなのかもな。あいつの目からも行動からも、嫌というほど気持ちが伝わって来て。インターンの学生に言い寄られても、顔色1つ変えることなく、むしろしかめっ面で。なのに俺が話しかけた途端、嬉しそうに笑うんだ」
 言いながら、若杉は休憩室のソファに腰掛けると、出勤した時に置いておいた、テーブルの上のコンビニの袋からおにぎりを取り出した。
「なるほどね。押しに弱かった訳じゃなくて、完全に朝日さんに惚れ込んでしまったんですね」
 山藤は、ソファに座らずに、もう1つの窓際に添って置いてある横長のテーブルに並ぶパイプ椅子の方に腰掛けると、若杉に背を向ける形で足を組み、そして背もたれに体重を掛け、腕を組んだ。
「一途さって言うか、健気さって言うか…。人柄もだけど。いつの間にか、あいつを必要としてた。しゃくだけど」
「しゃく、って何ですか」
 背後から声が聞こえて、驚いて振り返ると、休憩室の出入口の所に朝日が立っていた。
「早っ!」
 若杉が、思わず声を出した。
「朝日さん、電話かけたあと、すぐにそこにいましたもん。扉が開いてたから丸見えでしたよ」
 山藤が、しれっと答えた。
「実は先輩が心配で、少し前から資料館の外にいました。それと、先輩に変なこと吹き込んだ奴の顔を見てやろうと思ったら、紬なんだし。何なんだよ、お前!」
「だって、藍翔さんと付き合い始めてから、朝日さんが全然会ってくれなくなったから、僕、寂しくて」
「だからって、先輩と俺の仲を悪くするようなこと、するなよ」
「じゃあ、また僕の相談に乗ってくれます?一緒に遊びにも行ってくれる?」
「いや、それは…」
「行ってやれよ。ここまでするんだ。よっぽど寂しかったんだろ」
「でも、俺が逆の立場だったら、絶対に嫌だから。先輩が、他の人と2人きりで遊ぶとか」
 山藤と若杉が、一瞬黙り込み、
「朝日さん、そこまで藍翔さんのこと好きなんだ」
「当たり前だろ。自分がやられたら嫌なことは、先輩に対して絶対にしたくない」
 その瞬間、若杉の胸がキュッとなった。
「やば…。そんな事言われたら、マジで惚れ直すわ」
 声を出したのは、山藤だった。
「とにかく、そういう事だから。会いたいなら、3人とか複数で頼む」
「分かりました」
「それと!藍翔さんて、何なんだよ。俺もまだ下の名前で呼んだ事ないのに」
「えー。そりゃ藍翔さんのこと落とそうと思ってたから、名前呼びで行くでしょ。でも、背後から耳を舐めても、好きですって言っても、いつも平然として全く動じなかったけど」
「は!?お前、何して…」
「藍翔さんて、めちゃくちゃいい匂いするんですね」
 山藤が笑顔で言うと、
「山藤。あんまり朝日を煽るな。朝日も気にしなくていい。朝日と会いたくてした事だ」
 と、若杉が牽制した。
「気にしますよ!何で隠してたんですか?」
「隠してた訳じゃない。忘れてたんだよ」
 若杉が言うと、
「ひどっ!」
 と、山藤が反応した。
「紬。今度先輩に何かしたら、さすがにブチ切れるからな」
「はーい。でも、匂いぐらいは嗅ぐかも」
「お前、セクハラで訴えるぞ!」
 朝日が怒る。
「あー、分かったから。呼び出して悪かったな。早く帰って、ゆっくり休め」
 若杉が、朝日をたしなめる。
「先輩!今日の夜、覚悟しといて下さいね。絶対に寝かせませんから!」
 朝日はそう言って、休憩室をあとにしたのだった。
「今のは、僕に対する宣戦布告ですか?」
 山藤が言う。
「何のために?」
 若杉が冷静に答えた。
「藍翔さんが、自分のモノだっていう、かなり強気なアピールってところですかね…。何か、すごくかわいいですね、朝日さん」
「かわいいのか?」
「必死じゃないですか。わざわざ様子見に来てたんですよ?家を出てくような喧嘩までしてるのに」
「まあ、そうだな」
 若杉が、呆れたように、そしてどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。

「お帰りなさい」
 戸締まりをして外に出ると、朝日が立っていた。
「しばらく署に泊まるんじゃなかったのか?」
「そんなの無理だって分かってるでしょ。先輩と離れたくないから、帰るに決まってるじゃないですか」
「そうだったのか?知らなかったよ」
 若杉が、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
「うわー。先輩、分かってて言ってますよね。それより、紬は?」
「先に帰った。お前に怒られたくないから、って」
「そっか。良かった」
 朝日がホッとしたように、肩を落とした。
「どういう関係なんだ?」
「大学時代、バイトが一緒だったんです。シフトが重なることが多くて、自然と仲良くなったって言うか」
「ふぅん」
 手を繋ぎながら、帰り道を一緒に歩いて行く。
「先輩。俺、嬉しかったです」
「何が?」
「さっき、先輩の気持ち、初めて聞けたから」
「ああ。盗み聞きしてたんだよな」
「盗み聞きじゃありません。先輩に呼び出されて行ったら、たまたま聞こえただけです」
「ちゃんと好きだから、安心しろ」
「え…?」
「不安にさせて悪かった」
「何で急にそんなこと言うの?何か、うしろめたいことでも...」
「お前の手の力が、いつもと違って強いからだよ」
 若杉が言うと、朝日が思いっきり手を引き、足早に歩き出す。
「おい!」
 勢い良くアパートの玄関の扉を閉じると、
「好き。大好き」
 と、言って、朝日が若杉の唇を容赦なく奪う。
「今すぐに一緒にお風呂入ろ…。もう沸かしといたから」
「ちょっ…」
 勢い良く、若杉の服を脱がせて行き、唇を重ねたまま、風呂場へと連れ込む。
「おい!お前の服が濡れるだろ!落ち着けって」
「洗濯するからいい。もう我慢できない」
「あさ…ひ…」
 若杉の声は、もう朝日には届かなかった。

「お前、消防士になってから、かなり体力付いてるんだから、少しは手加減しろよ…」
「すみません」
 風呂場で1回、ベッドの上で2回もしたあと、若杉は、グッタリして、枕に顔を埋め、うつ伏せになったまま動けなかった。
「3時間もいいようにされたんだぞ…?」
「すみません」
 ベッドの上で横になり、若杉の背中に手を回すと、上下にゆっくりさすりながら謝る。
「全く」
「俺、先輩への気持ちが強すぎて、どうしていいか分かりません。本当は、ずっと離れたくないし、誰にも見せたくない。もし他の誰かと何かあったら、って考えるだけで、辛くて仕方なくて、胸が苦しくなります」
 言いながら、朝日の瞳から涙が溢れ出す。
「片想いの時は我慢出来てたことが、どんどん出来なくなって。付き合ってからの方が独占欲が強くなる一方で。でも、先輩はそこまで俺のこと好きじゃないって分かってるから、毎日が不安なんです」
 ポタポタと、枕へといくつもの涙が落ちる。
「明日も非番だよな?」
 若杉が聞くと、
「はい」
 と、震えた声で答えた。
「俺も月曜で休みなんだ。だから…」
「はい」
「一緒に、結婚指輪、買いに行くか」
「え…?」
「俺はお前とこの先もずっと一緒にいたいと思ってる。今だから言うけど、お前が東京に行った時、もう自分に飽きたんじゃないか、って本気で思ってた。毎日、あの帰り道を1人で歩きながら、お前のことを考えて、苦しくて、泣いた日すらあった。だけど、また俺の所に戻って来てくれて、二度と手離したくないって思って付き合うことにしたけど、お前は人気もあるし、俺だって嫉妬したり、会えない日は不安になったりするんだ」
「先輩」
「俺の方が好きなんじゃないか、って思う日もあるくらい、お前がいないと無理で…」
「うん」
 朝日が、背後からそっと体を重ね、若杉を強く抱き締める。
「だから…」
「うん」
「って言うか、何で、また硬く…」
「嬉しすぎて、興奮しちゃいました」
「いや、待て。マジで、もう無理…」
「挿れるだけだから...。激しくしないから」
 腰を進めると、今まで拡げられていた後孔が、朝日をすんなりと迎え入れた。
「藍翔先輩…。愛してます」
「あ...っ…!やめ…」
 そしてゆっくりと、夜は更けて行ったのだった。

 火曜日に出勤すると、
「あれ?その指環、どうしたんですか?右手の薬指ってことは、結婚指輪じゃないですよね?」
 少し後に出勤してきた山藤が、すかさず突っ込む。
「ん?ああ。右手の薬指は、恋人がいます、って意味らしい」
「うわー。藍翔さんがそんなことするなんて、意外です」
「そうか?」
「朝日さんは、左手にしてるみたいですね。消防に勤めてる同級生から、朝一でLINEが届きました。結婚することになった、って自慢してるって」
「あいつらしいな」
 表情1つ変えずに、パソコンの画面を見ながら若杉が言った。
「結婚するんですか?」
「まあ、いずれは…。今はまだ無理だけど」
「朝日さん、幸せ者ですね。一緒にバイトしてた時から、ずっと藍翔さんのこと聞かされてましたから。初恋が実るなんて、なかなかないですよ。小6の時から1人の人をずっと想い続けるって、すごくないですか?」
「まあな」
「藍翔さん、めっちゃニヤケてますよ?」
「ニヤケてない」
「気付いてないだけで、朝日さんの話になると、いつもニヤケてますよ」
 そこに、
「藍翔先輩!お弁当持って来ました!」
 と、朝日が事務室にやって来た。
「お前、仕事は?」
「ランニングに行くって言って、抜け出して来ました!はい、これ。先輩が出勤したあと、頑張って作った愛妻弁当です」
「消防署から走って持って来たのか?」
「大丈夫です!傾けないように走って来たんで」
「心配しなくてもいいのに」
 朝日がわざわざ弁当を持って来た理由を察して、山藤が言う。
「するわ!お前、どれだけの女に手を出してきたと思って。そんな奴と仕事してるんだ。様子見に来るだろ!」
「だから、藍翔さんは僕に全く興味も持たなかったし、動じなかったって言ったでしょ。僕が告白したことすら忘れてたんだから。こんなに落とせない人、初めてだし」
「落とすとか言うな!いいか!藍翔先輩はな、俺と結婚するって自分から言ったんだからな!分かったか!」
 コーヒーを飲もうとしていた若杉が、思わずむせた。
「じゃあ、先輩!署に戻りますね!今日は泊まりなんで家に帰れませんけど、明日の帰り、また迎えに来ますから」
 そして、朝日は事務室の扉を閉じて、慌ただしく去って行った。
「あんな事言われたら、逆効果ですよね。藍翔さんのこと、本気で落としたくなりますよ」
 山藤が言うと、若杉が笑う。
「ほんと、飽きないな」
 頬杖を付いて、遠ざかって行くランニング中の朝日の背中を窓から目を細めて見ていた。
「藍翔さんを笑顔に出来るのは、やっぱり、朝日さんだけですね。藍翔さんにちょっと興味沸いたけど、落とすのはかなり至難の技そうなんで、やめときます」
 山藤がため息を吐きながら、
「しかも、消防署、ここから2軒隣なのに、ランニングって。ただの散歩ですよね」
 と続け、若杉は思わず吹き出した。
 そこに、外村が電気工事の案を持って事務室にやって来る。
「よっ!結婚するんだって?お前からプロポーズしたらしいな」
「は!?どこまで広まってんだよ」
「朝日が、自分の名前入りで市のインスタにあげてたぞ。お揃いの指環の写真。相手が誰とまでは書いてなかったけど」
「あいつ…!」
「本当にお前からしたのか?プロポーズ」
「プロポーズじゃない。一緒に結婚指輪買いに行くか?って聞いただけだ」
「プロポーズですね」
 山藤が言うと、
「プロポーズだな」
 外村も同調した。
「今、わざわざ愛妻弁当届けに来ましたから」
「愛妻弁当?」
「あれは、毎日来ますね。あっちが非番の日は、こっちの昼休みに、愛妻弁当持って」
「ほう。もう新婚気分なのか。単純な奴だな」
「もう2人の間に入る隙なんかないですよ。今も、かなりラブラブのイチャイチャでしたから」
「別にイチャイチャはしてないだろ」
 若杉が言うが、山藤と外村の会話は続いた。
「なるほど。ラブラブは認めるんだな。まあ、消防士は体力もあるし、夜の方も激しそうだからイチャイチャは家でだけする感じか」
 山藤と外村が、からかい交じりに、笑顔になりながら若杉の方を見た。
「いいから、2人とも早く仕事しろ!」
 若杉が、真っ赤になって、滅多に出すことのない大声を張り上げたのだった。〈完〉
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