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第14話 「辿り着く名前」
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四月十六日。
雲を通して降り注ぐ柔らかい日差しが、一日中続いていた。まだ気を抜けないものの、私の学校での立ち位置が少しずつ確立しつつある。それは、私に、もう一つの『未解決』に取り組むように告げているようでもあった。
SNSの通知をすべてOFFにしているスマホは、鞄の中で静かに呼吸している。帰宅した私は、スマホを手に取り、黒い画面を少し眺め、机に置き、宿題をする、を何度も繰り返していた。
中学卒業式の日。美沙に送ったメッセージに、既読はつかなかった。来ない返事を待って、私だけが画面を見つめ続けた。きっと、私が学校へ行けなくなってから、美沙は私を遮っている。遮ることで、やっと息を保てているのかもしれない。それなら、私はそこに手を突っ込んじゃいけない。そう思うのに、自己中心的だと分かっているのに、どうしても謝りたい気持ちが溢れて、指先から漏れそうになる。私はため息を吐いて、SNSの連絡先をスクロールした。
――水野美沙。
(もう一度、送ってみよう)
チャット画面を開いたまま、指が止まる。何を伝えたらいいのか分からなかった。何を書いても軽くなる気がした。軽くなった瞬間、私の謝罪は言い訳に変わってしまう。美沙の心を乱してしまう。それが怖い。それでも私は、短い言葉だけを打って送信し、チャット画面を閉じた。
――たぶん、届かない。届いても、たぶん、読まれない。
それでも届いてほしい、という微かな願いを、私は言葉に乗せてしまった。
四月十七日。
朝起きて最初に返事の確認をした。既読すらついていなかった。
昼休み。お弁当を食べ終えたあと、私はあまり使われていない校舎へ向かった。本校舎から離れた古い校舎――人の気配の薄いトイレの個室に入って息を整える。
ここなら、泣いても誰にも見られない。ここなら、私の焦りも、誰にも拾われない。
私はスマホの電源を入れる。SNSの美沙のプロフィールを開き、表示された小さな項目を順に辿った。『共通の友達』を辿り、ようやく、私は探していた名前に行き着いた。
――朝倉亜由美。
中学の頃、美沙が何度か口にした名前だ。
『小学校の時は、亜由美とよく一緒にいたの』
『亜由美って、変なところで正直で、とても優しい子なんだよ』
『亜由美とは、中学になってから、クラスも部活も別で、あまり話せてないの』
美沙が誰かをそんな風に言うのは珍しかったから、私はその言葉を覚えていた。
亜由美のアカウントのプロフィール、高校入学式の写真、中学の卒業式の写真、中学の部活の集合写真。
――私と同じ街で、同じ空気の中にいる。
私は亜由美を知らないはずなのに、画面の写真と、美沙の言葉が重なるだけで、亜由美が「知っている人」になっていく。遠いはずの存在が、急に近くなる。
もし、この亜由美が本当に美沙の隣にいる人なら。もし、亜由美が美沙の呼吸の近くにいる人なら。私が直接、美沙に連絡をするより、ずっと安全に、美沙の様子を聞ける。そして何より、私が美沙に直接触れた瞬間、美沙はまた「平気」で自分を縛るかもしれない。あの言葉を盾にして、息を整えて、私を遠ざけるかもしれない。それを、避けられる。
美沙は、私からのメッセージを読んでくれない。返事もくれない。でも亜由美なら――
息を吐いて、送信画面に戻った。
『突然すみません。
私は篠崎夕紀といいます。
中学のとき、水野美沙さんと同じクラスでした。』
ここで一度、指が止まる。「同じクラスだった」は過去形なのに、まだ終わっていない感じがして、胸が痛い。
送るなら、亜由美自身が選べる形にしないといけない。返事を強要しない、会うことを求めないようにしたほうがいい、最初から逃げ道を置いたほうがいい。
私はメモ帳を開いて、文章を作っては消した。敬語が硬すぎると距離が刺さるし、軽すぎると無神経になってしまう。何度も書いて、消して、最後に残ったのは、短い問いだけだった。
『あなたは、小学校で美沙と仲が良かった朝倉亜由美さんですか?
もし違っていたら、このまま無視してください。
美沙は今、元気ですか?
美沙は今、大丈夫ですか?』
送信。
「……」
私は、逃げるみたいにスマホの電源を落とした。廊下に出ると、午後の授業開始の予鈴が飛んでくる。春の光の中で、世界は何も変わっていない顔をしていた。私はその中へ、遅れないように歩き出した。返事が来るかどうか分からないまま、胸の奥だけがずっと騒いでいた。
夕方。スマホの電源を入れると、通知がひとつ光っていた。亜由美からだ。画面を開く指が、少しだけ震える。
『はい、そうです。今日、美沙は体調不良で休んでいます』
短い文なのに、何度も読み返してしまう。『休んでいます』の最後の「います」が、息みたいに残る。
私の知らない場所で、美沙は今日もどこかにいる。それだけで、胸の奥がほどけた。ほっとした。
同時に、苦しくもなる。私はそこにいない。私は、触れられない。
四月十八日。
「わからない……」
『体調不良で休み』に『大丈夫ですか?』と返すのも、なんか違う気がする。
私は、昨日からずっと、返事の文を考えていた。打っては消して、消してはまた打つ。言葉が、どれも重すぎるか、軽すぎる。結局、夕方まで引きずり、やっと送信した。
『お返事ありがとうございます。
体調不良……今日の美沙は、少しは元気になりましたか?』
送信。すぐに既読がつく。そして、思ったより早く返ってきた。
『わかりません。でも、連絡は取れます。何かあったの?』
その一文で、喉が詰まった。
――『わかりません』
元気かどうかを、隣にいるはずの亜由美が分からない。それは、美沙が元気じゃない、ということなのかもしれない。それとも、美沙が「平気」で、全部を閉めているだけなのかもしれない。
――『連絡は取れます』
取れるのに、届かない。届いても、触れたら崩れる。
――『何かあったの?』
亜由美の問いは、正しい。でも、その正しさが痛い。
私は「会いたい」と思った。だから、亜由美に連絡をした。
『今の美沙』に会いたい。けれど、それを言葉にした瞬間、私の願いは要求になる。
夕食を食べて、寝る準備をして、明日の用意も終えた。それでも、私は返事を打てないまま、時間だけが過ぎていく。
答えが出ないまま、もう一度だけ画面を見た。亜由美の質問が、そこに残っている。
――『何かあったの?』
私の中では、ずっと「あの日」が息をしているのに、指先だけが、黙ったままだった。
亜由美にこれ以上聞くのは難しい。そう分かっているのに、美沙の様子が気になって仕方なかった。
私は別のSNSを開き、検索窓に名前を打つ。
――水野美沙。
虫眼鏡アイコンを押すと、結果が流れ出した。同じ表記の誰か、関係のない話題、見知らぬ投稿。名前は世界にいくらでもある。
私はもう一度指を置き、今度は名前のあとに場所を足した。
――西戸ノ森。戸ノ森。
結果が少しだけ絞られる。駅の写真、通学路の話、制服の話。『近い』匂いが増えた、その中に、ひとつだけ異物が混ざっていた――黒い背景に、細い波形。音声のサムネ。
(なんか、嫌な感じ……)
迷った末に、それでも私は押してしまった。再生に触れた瞬間、耳が先に反応する。押したのに、心臓のほうが鳴った。
笑い声。布が擦れる音。短い息。そのあとに言葉が立ち上がる。
『美沙は、美沙だよ』
次の瞬間、笑い声の流れが一瞬途切れて、別の言葉が落ちた。
『私、そういう噂の中心にいる人と近いの嫌』
そこで音声は終わり、最初に戻って、同じ箇所だけが何度も繰り返された。
「なにこれ? ……音が、一回切れてる」
――切り取り? そうであってほしくないのに、そうとしか思えなかった。
私は早鐘を打つ胸に手を当てたまま、画面をスクロールした。
そこには、笑いながら刺した文字が並んでいた。
『最低』
『やっぱり』
『こわ』
『水野ってそういうのあるよね』
『朝倉、意外と性格悪』
『亜由美ってこういう子だったんだ』
そして、タグ。
#近いの嫌 #常盤高校 #朝倉 #水野
スマホを握りしめる手が、小刻みに震えた。私は両腕で自分の身体を抱きしめ、身体を摩る。でも、冷えた心をどうにもできなかった。
その瞬間、亜由美が言った『わかりません』の意味が、やっと分かった。元気かどうかじゃない。美沙も亜由美も、元気でいられる場所にいない。
それなのに亜由美は、愚痴も不満も怒りもぶつけず、私のメッセージに真摯に返してくれた。亜由美は、切り取られた声の矛先を浴びながら、立っている。私は布団の中に閉じこもるしかできなかったのに……大違いだ。私は泣きそうになった――器が違いすぎる。
――亜由美の声は、美沙と亜由美の両方を殴っている。
――誰かが録って、切って、クラスの中から外へ飛ばして、二人を『公開処刑場』に引きずり出した。
「……私の時みたい」
握りしめても、手の中の冷たさは消えなかった。
(力になりたい)
膝の上で拳を握った。爪が少し食い込んで、痛みが頭を止める。
――私は、本当に助けたいだけなの? それとも赦されたいから助けたいの?
迷いがほどけないまま、私は送信画面に戻った。指先に力を入れて、『軽くならない言葉』を選ぶ。
『今日、朝倉さんの切り取り音声が回っているのを見ました。
学校でも対応している最中だと思います。
朝倉さん本人がいちばん苦しいと思います』
そこまで打って、全部消した。
第三者が首を突っ込むべきじゃない。私の言葉で、もっと追い詰めてしまうかもしれない。
――拡散されていることは、知らないことにしよう。
私は、目を閉じて、深呼吸をした。頭の中で整理していく。
遠回しではなく、ただ、本題だけを伝える。本題が一番怖いけど、きちんと向き合わなければ、前に進めない。
――そうだ。私は、ただ素直に、自分の気持ちを伝えよう。
『私は、中学の時、途中まで美沙と同じクラスでした。
美沙と話をしたくて、連絡したんだけど届かなくて。
だから朝倉さんにメッセージを送りました。
どうしても、直接、美沙と話したいことがあります。
今すぐじゃなくて大丈夫です。
朝倉さんと美沙の都合がいいときでいいので、いつでもいいので、お返事をください』
送信。
送った瞬間、指先が冷たくなった。
――怖い。
既読がつくか、つかないか。返事が来るか、来ないか。どちらでもいい、と自分に言い聞かせても。
――怖い。美沙に、断られてしまうかもしれない、そう考えるだけで、内側から体が冷えていく。
私はスマホを机に置いた。画面の黒が、鏡みたいに私の顔を映す。
――逃げたくない。そして、拒まれたくもない。
その二つの間で、私の息だけが、静かに揺れていた。
雲を通して降り注ぐ柔らかい日差しが、一日中続いていた。まだ気を抜けないものの、私の学校での立ち位置が少しずつ確立しつつある。それは、私に、もう一つの『未解決』に取り組むように告げているようでもあった。
SNSの通知をすべてOFFにしているスマホは、鞄の中で静かに呼吸している。帰宅した私は、スマホを手に取り、黒い画面を少し眺め、机に置き、宿題をする、を何度も繰り返していた。
中学卒業式の日。美沙に送ったメッセージに、既読はつかなかった。来ない返事を待って、私だけが画面を見つめ続けた。きっと、私が学校へ行けなくなってから、美沙は私を遮っている。遮ることで、やっと息を保てているのかもしれない。それなら、私はそこに手を突っ込んじゃいけない。そう思うのに、自己中心的だと分かっているのに、どうしても謝りたい気持ちが溢れて、指先から漏れそうになる。私はため息を吐いて、SNSの連絡先をスクロールした。
――水野美沙。
(もう一度、送ってみよう)
チャット画面を開いたまま、指が止まる。何を伝えたらいいのか分からなかった。何を書いても軽くなる気がした。軽くなった瞬間、私の謝罪は言い訳に変わってしまう。美沙の心を乱してしまう。それが怖い。それでも私は、短い言葉だけを打って送信し、チャット画面を閉じた。
――たぶん、届かない。届いても、たぶん、読まれない。
それでも届いてほしい、という微かな願いを、私は言葉に乗せてしまった。
四月十七日。
朝起きて最初に返事の確認をした。既読すらついていなかった。
昼休み。お弁当を食べ終えたあと、私はあまり使われていない校舎へ向かった。本校舎から離れた古い校舎――人の気配の薄いトイレの個室に入って息を整える。
ここなら、泣いても誰にも見られない。ここなら、私の焦りも、誰にも拾われない。
私はスマホの電源を入れる。SNSの美沙のプロフィールを開き、表示された小さな項目を順に辿った。『共通の友達』を辿り、ようやく、私は探していた名前に行き着いた。
――朝倉亜由美。
中学の頃、美沙が何度か口にした名前だ。
『小学校の時は、亜由美とよく一緒にいたの』
『亜由美って、変なところで正直で、とても優しい子なんだよ』
『亜由美とは、中学になってから、クラスも部活も別で、あまり話せてないの』
美沙が誰かをそんな風に言うのは珍しかったから、私はその言葉を覚えていた。
亜由美のアカウントのプロフィール、高校入学式の写真、中学の卒業式の写真、中学の部活の集合写真。
――私と同じ街で、同じ空気の中にいる。
私は亜由美を知らないはずなのに、画面の写真と、美沙の言葉が重なるだけで、亜由美が「知っている人」になっていく。遠いはずの存在が、急に近くなる。
もし、この亜由美が本当に美沙の隣にいる人なら。もし、亜由美が美沙の呼吸の近くにいる人なら。私が直接、美沙に連絡をするより、ずっと安全に、美沙の様子を聞ける。そして何より、私が美沙に直接触れた瞬間、美沙はまた「平気」で自分を縛るかもしれない。あの言葉を盾にして、息を整えて、私を遠ざけるかもしれない。それを、避けられる。
美沙は、私からのメッセージを読んでくれない。返事もくれない。でも亜由美なら――
息を吐いて、送信画面に戻った。
『突然すみません。
私は篠崎夕紀といいます。
中学のとき、水野美沙さんと同じクラスでした。』
ここで一度、指が止まる。「同じクラスだった」は過去形なのに、まだ終わっていない感じがして、胸が痛い。
送るなら、亜由美自身が選べる形にしないといけない。返事を強要しない、会うことを求めないようにしたほうがいい、最初から逃げ道を置いたほうがいい。
私はメモ帳を開いて、文章を作っては消した。敬語が硬すぎると距離が刺さるし、軽すぎると無神経になってしまう。何度も書いて、消して、最後に残ったのは、短い問いだけだった。
『あなたは、小学校で美沙と仲が良かった朝倉亜由美さんですか?
もし違っていたら、このまま無視してください。
美沙は今、元気ですか?
美沙は今、大丈夫ですか?』
送信。
「……」
私は、逃げるみたいにスマホの電源を落とした。廊下に出ると、午後の授業開始の予鈴が飛んでくる。春の光の中で、世界は何も変わっていない顔をしていた。私はその中へ、遅れないように歩き出した。返事が来るかどうか分からないまま、胸の奥だけがずっと騒いでいた。
夕方。スマホの電源を入れると、通知がひとつ光っていた。亜由美からだ。画面を開く指が、少しだけ震える。
『はい、そうです。今日、美沙は体調不良で休んでいます』
短い文なのに、何度も読み返してしまう。『休んでいます』の最後の「います」が、息みたいに残る。
私の知らない場所で、美沙は今日もどこかにいる。それだけで、胸の奥がほどけた。ほっとした。
同時に、苦しくもなる。私はそこにいない。私は、触れられない。
四月十八日。
「わからない……」
『体調不良で休み』に『大丈夫ですか?』と返すのも、なんか違う気がする。
私は、昨日からずっと、返事の文を考えていた。打っては消して、消してはまた打つ。言葉が、どれも重すぎるか、軽すぎる。結局、夕方まで引きずり、やっと送信した。
『お返事ありがとうございます。
体調不良……今日の美沙は、少しは元気になりましたか?』
送信。すぐに既読がつく。そして、思ったより早く返ってきた。
『わかりません。でも、連絡は取れます。何かあったの?』
その一文で、喉が詰まった。
――『わかりません』
元気かどうかを、隣にいるはずの亜由美が分からない。それは、美沙が元気じゃない、ということなのかもしれない。それとも、美沙が「平気」で、全部を閉めているだけなのかもしれない。
――『連絡は取れます』
取れるのに、届かない。届いても、触れたら崩れる。
――『何かあったの?』
亜由美の問いは、正しい。でも、その正しさが痛い。
私は「会いたい」と思った。だから、亜由美に連絡をした。
『今の美沙』に会いたい。けれど、それを言葉にした瞬間、私の願いは要求になる。
夕食を食べて、寝る準備をして、明日の用意も終えた。それでも、私は返事を打てないまま、時間だけが過ぎていく。
答えが出ないまま、もう一度だけ画面を見た。亜由美の質問が、そこに残っている。
――『何かあったの?』
私の中では、ずっと「あの日」が息をしているのに、指先だけが、黙ったままだった。
亜由美にこれ以上聞くのは難しい。そう分かっているのに、美沙の様子が気になって仕方なかった。
私は別のSNSを開き、検索窓に名前を打つ。
――水野美沙。
虫眼鏡アイコンを押すと、結果が流れ出した。同じ表記の誰か、関係のない話題、見知らぬ投稿。名前は世界にいくらでもある。
私はもう一度指を置き、今度は名前のあとに場所を足した。
――西戸ノ森。戸ノ森。
結果が少しだけ絞られる。駅の写真、通学路の話、制服の話。『近い』匂いが増えた、その中に、ひとつだけ異物が混ざっていた――黒い背景に、細い波形。音声のサムネ。
(なんか、嫌な感じ……)
迷った末に、それでも私は押してしまった。再生に触れた瞬間、耳が先に反応する。押したのに、心臓のほうが鳴った。
笑い声。布が擦れる音。短い息。そのあとに言葉が立ち上がる。
『美沙は、美沙だよ』
次の瞬間、笑い声の流れが一瞬途切れて、別の言葉が落ちた。
『私、そういう噂の中心にいる人と近いの嫌』
そこで音声は終わり、最初に戻って、同じ箇所だけが何度も繰り返された。
「なにこれ? ……音が、一回切れてる」
――切り取り? そうであってほしくないのに、そうとしか思えなかった。
私は早鐘を打つ胸に手を当てたまま、画面をスクロールした。
そこには、笑いながら刺した文字が並んでいた。
『最低』
『やっぱり』
『こわ』
『水野ってそういうのあるよね』
『朝倉、意外と性格悪』
『亜由美ってこういう子だったんだ』
そして、タグ。
#近いの嫌 #常盤高校 #朝倉 #水野
スマホを握りしめる手が、小刻みに震えた。私は両腕で自分の身体を抱きしめ、身体を摩る。でも、冷えた心をどうにもできなかった。
その瞬間、亜由美が言った『わかりません』の意味が、やっと分かった。元気かどうかじゃない。美沙も亜由美も、元気でいられる場所にいない。
それなのに亜由美は、愚痴も不満も怒りもぶつけず、私のメッセージに真摯に返してくれた。亜由美は、切り取られた声の矛先を浴びながら、立っている。私は布団の中に閉じこもるしかできなかったのに……大違いだ。私は泣きそうになった――器が違いすぎる。
――亜由美の声は、美沙と亜由美の両方を殴っている。
――誰かが録って、切って、クラスの中から外へ飛ばして、二人を『公開処刑場』に引きずり出した。
「……私の時みたい」
握りしめても、手の中の冷たさは消えなかった。
(力になりたい)
膝の上で拳を握った。爪が少し食い込んで、痛みが頭を止める。
――私は、本当に助けたいだけなの? それとも赦されたいから助けたいの?
迷いがほどけないまま、私は送信画面に戻った。指先に力を入れて、『軽くならない言葉』を選ぶ。
『今日、朝倉さんの切り取り音声が回っているのを見ました。
学校でも対応している最中だと思います。
朝倉さん本人がいちばん苦しいと思います』
そこまで打って、全部消した。
第三者が首を突っ込むべきじゃない。私の言葉で、もっと追い詰めてしまうかもしれない。
――拡散されていることは、知らないことにしよう。
私は、目を閉じて、深呼吸をした。頭の中で整理していく。
遠回しではなく、ただ、本題だけを伝える。本題が一番怖いけど、きちんと向き合わなければ、前に進めない。
――そうだ。私は、ただ素直に、自分の気持ちを伝えよう。
『私は、中学の時、途中まで美沙と同じクラスでした。
美沙と話をしたくて、連絡したんだけど届かなくて。
だから朝倉さんにメッセージを送りました。
どうしても、直接、美沙と話したいことがあります。
今すぐじゃなくて大丈夫です。
朝倉さんと美沙の都合がいいときでいいので、いつでもいいので、お返事をください』
送信。
送った瞬間、指先が冷たくなった。
――怖い。
既読がつくか、つかないか。返事が来るか、来ないか。どちらでもいい、と自分に言い聞かせても。
――怖い。美沙に、断られてしまうかもしれない、そう考えるだけで、内側から体が冷えていく。
私はスマホを机に置いた。画面の黒が、鏡みたいに私の顔を映す。
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その二つの間で、私の息だけが、静かに揺れていた。
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