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カトリーナと大神官アルトゥール様 3

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「アルトゥール様……?」


 アルトゥール様が固まって動かない。
 清めた右手をつん、とつつくとハッと我に返り、右手を見つめてまた動かなくなった。

 考え込んでいるようだ。


「アルトゥール様、カトリーナ様の清めはいかがでしたか?」

 背後からお付きの神官様がそっと話しかける。
 髭を蓄えたおじいさんかと思ったら、よく見るとまだおじさんだ。


「……すばらしいです。手を清めるだけなのに、カトリーナさんは全身が光に包まれていました。豊かで、あたたかで、比類なき清らかさでした。クリスティアの光など比較になりません。たしかに聖女と言いたくなるでしょう」


「……では!」
「そうでしょう、やはり!」

 お付きの神官様と、カトリーナの背後のハーラン先生が嬉しそうな声をあげる。

 やめてよ、聖女はイヤなんだから!

「……しかし、癒しを使えないというのは、なるほど本当のようです。手を清めただけで余力がありません。聖女とするのは、どうでしょうか……」



 アルトゥール様の言葉にカトリーナは目を見開いた。
 余力も見えるなら、カトリーナが余裕たっぷりなことがわかるはずだ。

 ……もしや、カトリーナの意思を汲んで、嘘を言ってくれている?
 大神官が?

「そんな! カトリーナ様ならば修行をつめば、必ず使えます! 初代聖女の生まれ変わりですよ……!」

「ハーラン先生、それ違うから本当にやめてください!」

「……ハーラン、聖女の務めは強要することではないのですよ」


「しかしこのままではあのクリスティア様が」


 ハーラン先生はクリスティアが聖女になるのは反対のようだ。
 私は閉じ込められてヒューと結婚できないなんてイヤ、やりたい人がやればいいよ!



「ここまで素晴らしい光をお持ちのカトリーナさ……ん、にはぜひ教会にいていただきたいですが……」

「それは無理です、ヒュー……婚約者が待っています。早く帰りたいです」

「カトリーナ様、私が粉骨砕身でお仕えいたします、どうか、教会に、首都にいてください! 私を置いて行かないでください!」


 ハーラン先生が土下座し、絨毯を敷いた床に額を打ち付けた。


「ええ……?」

 カトリーナはドン引きした。
 やっぱりハーラン先生は怖い。


 アルトゥール様もお付きの神官様も困惑している。

「ハーラン、あなた……」

「カトリーナ様が帰るのなら私も町へ、いや集落に参ります! アルトゥール様、どうかカトリーナ様との同行をお許しください!」

 ハーラン先生はアルトゥール様に向き直りまた額を打ち付けた。


「ダメー! 集落にはこないでください!」

「そんな、カトリーナ様! 必ずお役に立ちますからどうかおそばに置いてください!」


 カトリーナにすがりつこうとしたハーラン先生を、パパが身代わりになって止めてくれた。


「カトリーナさ……ん、お父上とお二人で部屋に戻れますか? ハーランには罰を与えてから戻します」

 アルトゥール様も、あの雑な罰を与えるのか……。
 カトリーナは首を振った。

「あの、罰はいいので、ハーラン先生は部屋によこさないでください」

「なるほど、わかりました。別の神官を行かせます」

「そんな、カトリーナ様……!私が、私がお世話します……!」


 わぁわぁ泣いてしまったハーラン先生をお付きの神官様がパパから引き剥がしてくれ、今のうちに! と言うのでアルトゥール様にぺこりと頭を下げて退室した。


 閉めた扉の向こうでカトリーナ様! とハーラン先生の声がする。
 ごめんね、ハーラン先生。
 先生のこと頼りになるなって思ったけど、やっぱり怖いよ……。



「待ちなさいよ」


 廊下を少し進んだところで刺々しい声に呼び止められた。


 クリスティア!
 アルトゥール様、ちゃんと叱りました!? 懲りてないみたいですよこの人ー!







あとがき

ハーラン先生は湧き上がる愛しさを素直に表現しています。
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