昔の友人

あや

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昔の友人

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 あいつが死んだ。
 
 そう聞いたのは母からの電話だった。

 仕事が終わって家でゆっくりしていると、母親からの着信があった。電話にでるとなにやら動揺している様子だったので、まずは落ち着かせて話を聞いた。

 「貴方と仲が良かった佐藤君が今日亡くなったって」

 そう聞かされ、数秒間言葉が出なかった。その後にやっとの事で絞り出した言葉は、

 「そうなんだ。葬式はいつやるの?」

 「明後日らしいけど、帰って来れるの?」

 「仕事を休んで帰るよ」

 母親との電話を終え、ソファに座り直す。どうやらいつの間にか立ち上がっていたらしい。テーブルの上にあったコーヒーを一口飲み、煙草に火をつける。大きく煙を吐き出しながら、何となく天井を見つめる。

 「そうか、あいつが死んだのか」

 一人暮らしの静かな部屋に、掠れた独り言が響く。あまりにも唐突で実感が湧かない。すっと目を閉じて、昔を思い出してみる。

 佐藤と出会ったのは小学生の時、四年生になった時に同じクラスになったのがきっかけだった。それからは遊び時はいつも一緒。俗に言う親友という奴だった。これといって劇的な出会いや、特別な出来事はなかったが、佐藤と一緒にいるのは楽しかった。

 佐藤との関係は高校を卒業するまで続き、俺が東京の大学に進学したのをきっかけに離れ離れになった。距離が離れてからも最初のうちは連絡を取り合っていたし、俺が実家に帰省した時なんかは会ったりもしていたのだが、社会に出て、日々の忙しさに奔走するとともに、段々と疎遠になっていった。

 東京でも新しい友達が出来たし、あいつもあいつで地元で楽しくやっているだろうと、今まで気にもしていなかった。思えばもう5年は連絡を取っていなかった気がする。最後の会話も何なのかもう覚えていない。こんなことになるぐらいならもう少し連絡していても良かったなと反省していると。

 「あつっ」

 どうやら長い時間目を閉じていたらしい。煙草の火がもう根本まできていた。限りなく短くなった煙草を最後に一口吸い、灰皿に押し当てる。

 「とりあえず仕事休むって伝えなきゃな」

 また独り言をした。

 葬式の日、俺は久しぶりに地元にいた。そこまで田舎という訳ではなく、かと言って都会でもない。なんとも中途半端なこの町に帰ってくるのは本当に久々だった。もう夏も終わるという頃、まだ暑い空気にうんざりしながら実家のドアを開ける。

 「ただいま」

 「あらおかえり。早かったのね」

 前に見た時よりも白髪が増えた母親が出迎えてくれた。時の流れを感じる。俺も30代になったし、こんなものだろう。

 「いつまでこっちにいるの?」

 母親が聞いてきた。

 「今日の葬式が終わったらすぐに帰るよ。明日も仕事だし」

 夜には新幹線で東京に戻る予定だ。

 「少しぐらいゆっくりしていけばいいのに」

 「今仕事が忙しいんだ。今日の休みだって急だから取れるか分からなかったぐらいだし」

 「そう言って貴方毎年帰ってこないじゃない」

 母親がそうぼやく。

 「少しは帰ってくるように頑張るよ。とりあえずもう行ってくる」

 母親との会話を終えて、俺は佐藤の葬式に向かった。

 場所は佐藤の実家だ。俺の実家からそこまで離れていないので徒歩で向かう。無事辿り着くと、そこには俺の昔の友人や、佐藤の家族がもう集まっていた。

 「久しぶり」

 声をかけられた方向を見ると、高校時代の友人、鈴木がいた。鈴木も仲が良かったが、高校を卒業してからは連絡をとっていなかった。

 「久しぶり、高校の卒業式以来だな。」

 「お前が全然地元に帰ってこないからだろ」

 にやけながら俺の脇腹を小突いてくる。そういえばこいつはいつもお調子者だったな。いや、俺が佐藤と仲が良かったのを知ってるから、励ましてくれてるのかもしれない。

 「佐藤とは最近会ったりしてたのか?」

 鈴木に聞いてみる。

 「いや、俺も最近は会ってなかったな。佐藤も病気だったら教えてくれたら良かったのに」

 そう言って涙ぐみ始めた。

 そんな会話をしていると葬式が始まり、何事もなく終わった。

 周りの人がみんな涙を流している中、俺は一粒の涙も出なかった。佐藤の遺影を見る。そこにはやけに楽しそうなあいつの顔があった。俺が知ってる顔よりもずっとおっさんになっている。そりゃ5年も会わなければなと、一人で納得した。

 葬式が終わり、昔の友人に別れを告げ、実家までの道を一人歩き出す。あいつ死ななければこのまま一生会わずに、忘れていたかも知れない。昔は仲が良かったはずなのに、お互い大人になったんだと、それでいいんだと思っていた。事実、あいつが死んでも、今まで連絡も取らなかったのだから、俺がのこれからの人生が変わるような事などないのだろう。しかし、佐藤が亡くなって初めて、あいつは本当の友人だったのだと思った。

 もう会えないと分かっているからこそ、昔の思い出が脳裏によぎり始めたのかも。などと考えながら、ゆっくりと歩く。ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。オレンジ色の空に向かって煙を吐き出す。

 「馬鹿野郎、なんで俺にも言わなかったんだ」

 また一人呟く。

 顔も見せない、連絡も取らないこんな薄情な俺にそんな事言う資格はないのに。

 口から吐きだした煙は、瞬く間に空に溶けて消えていった。

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