世界に彩りと輝きを

あや

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世界に彩りと輝きを

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 僕はモノクロの中で生きている。

 生まれつき色というものが分からないのだ。

 目に見える景色は全て白と、黒のみで構成されている。

 そこには赤も青も緑もない。といっても僕はその色が何なのか分からないのだが。

 人にその話をすると、可哀想などと色々言われるが、僕自身はそう思わない。

 これが普通なのだ。

 皆んな色が見えるのが普通のように、僕が生まれた時から世界はこんな色なのだ。


 医者の話だと原因は分からないらしいし、これから治るかもしれないと言っていたが、別にこのままでも良いと思っている。
 
 多少の不自由はあるが、特に人生に悲観する事なく今まで僕は過ごしてきた。

 あの絵に出会うまでは。

 正面玄関から学校に入ると、そこには絵が飾ってある。

 なんらかの賞をとったりした作品がよくそこに置かれるのだ。

 今まで絵に興味なんて少しもなかった僕だが、珍しく今飾ってある絵には目を惹かれた。

 色が分からないので何がテーマなのかは詳しくは知らないが、心が吸い込まれるような不思議な感覚に陥る。

 しばらく足を止めて見入っていたが、始業のチャイムに邪魔をされて、その場を後にした。

 教室に入り、授業が始まってからもずっとあの絵の事を考えていた。

 あの絵を描いたのは誰なのだろう。同じ学校の生徒なのは間違いない。こんなにも考えてしまうなんて、僕はあの絵に恋をしているのかもしれない。

 放課後、自然と絵の元に足が向かう。今まで絵を好きになった事なんてないのに。

 「絵が好きなんですか?」

 突然声をかけられる。確か美術の先生だったような気がするが、僕は美術の授業を取っていないので確証はないが。

 「普段は見ないですが、この絵だけは妙に気になって」

 僕は正直に答える。

 すると先生は笑いながら言う。

 「ふふ、大体の人はそんなものですよ。でもこの絵は良いですよね。繊細の色使いと、淡いタッチがとても素晴らしいです」

 普通の人がこの絵を見たらそう感じるらしい。色が見えない僕には分からない。

 「僕は素人なので、細かい事は分からないですけどね」

 自分の事をペラペラ喋るのも嫌だったので、お茶を濁して答えた。

 「絵を見るのに素人もなにもありませんよ。感じ方は人がそれぞれですから」

 そういうものかと納得する。

 「この後時間があるなら美術部に見学に来ませんか?他の絵も沢山見れますよ」

 別に用事がある訳ではないし、あの絵を描いた人に興味があったので、僕は先生の提案を了承した。

 美術部に向かう途中、先生はこれでもかと芸術の素晴らしさを語ってきた。どうやら僕を美術部に入部させたいらしい。しかし僕には絵なんか描けるわけないので、入部する気なんてさらさら無いのだけど。

 そんなこんなで5分も歩けば美術室にたどり着いた。

 美術室に入ると、普通の教室ではしない独特の香りが僕の鼻を刺激する。全体に目を向けると、部員であろう何人かが黙々と作業していた。
 
 「美術部には今日は来てない1人を含めて4人在籍しています。人数は少ないですが皆んな賞などを取った事がある凄腕揃いなんですよ」

 先生がまるで自分の事のように胸を張った。

 「あの飾ってあった絵の作者はどなたですか?」

 「その子は丁度今日お休みで…。でも明日は来る筈なので明日には会えますよ」

 なんでこの人は僕が明日も来る事を前提に話しているだろうか。作者に会えなかった事を残念に思いながらも、他の部員に軽く挨拶をし、美術室を見て回る。

 やはり置いてある絵はど申し訳ないがどれも一緒に見えてしまう。

 「何かいい絵はありましたか?」

 先生が聞いてくる。

 「どれも素晴らしいです」

 とりあえず無難に返してみたが、その時先生が少し悲しそうな顔をした気がした。

 「今日はありがとうございました」

 そう言って僕は美術室を後にした。

 帰ろうと玄関に向かうと、またあの絵が目に入る。やっぱりこの絵だけが特別なのだろうか。

 次の日になって、結局僕は美術室に行かなかった。作者とは会いたかったが、なんとなく行く気になれなかった。あの時の先生の顔がチラついたせいかもしれない。

 今でもあの絵はついつい見てしまうが、最初ほどの感動はない。人間は慣れる生き物である。あれ程心を奪われたのに、段々と興味を失っていった。

 それから少し日が流れて、玄関の展示物も変わり、僕はあの絵の事なんて忘れていた。普段は通りの生活を送り、相変わらずモノクロの世界を生きていた。

 ある日、天気がいいからと屋上で弁当を食べようかと屋上に向かう。たまには風に吹かれながら食べる昼飯も美味いだろう。そう思いながら屋上の扉を開けると、そこには先客がいた。

 空を見上げながら、何かを一心不乱にスケッチブックに書いている少女。いつもと変わらぬ屋上のはずなのに、その少女の周りの空気だけ何か違った。

 何も話してもいないし、一目見ただけなのだが、僕の中ではあの絵の作者だと確信した。普段初対面の人に話しかける事などしないが、その時は何故か自分から声をかけた。

 「何を描いているんですか?」

 「空」

 ぶっきらぼうに返事が返ってくる。

 「なんで空を?」

 「青が綺麗だったから」

 単純明快な答えだった。

 「僕は色が見えないので分からないですが、天気がいい日はいつも同じじゃないのですか?」

 なんとなく自分の事を話してしまった。そう言うと彼女は顔をこっちに向けた。

 「色が見えないの?」

 「はい」

 「あらそう、素敵ね」

 それだけ言うと彼女はまた絵の続きを描き始める。

 今まで他人にこの話をすると、皆んな可哀想だとか、物珍しい目で見てきた。しかし彼女の言葉は、嫌味でもなんでなく、純粋に褒めているのだけは分かった。

 「初めてそんな事言われました」

 「色が見えないって事はあなただけしか見えない景色があるって事でしょ?羨ましいわ」

 「僕には色が見えて、素敵な絵を描ける方が羨ましいですけどね」

 素直に思った事を言ってみる。

 「色が見えなくたって絵は描けるわ。絵の具を使うだけが絵じゃないもの。鉛筆でだって、頭の中だって。今描いてるのも鉛筆だしね」

 そう言って彼女は描いてる絵を見せてくれた。彼女が言っていたように、この絵は誰が見ても白黒なのだろう、しかし、青空なんて見たことがない僕がみても、色を見た事がなくても、この絵に描いてあるのは確かに、

 『青空』だった。

 その瞬間、世界が変わった気がした。いや、実際に変わったのだ。今までモノクロだった景色が、空が、人が、鮮明に色づき始めたのだ。

 「あなたのお陰で、僕の人生が変わった気がします」

 「何もしていないけれど、お役に立てたならよかったわ」

 彼女は僕に興味なさそうにまた絵を描き始める。

 僕は今日、初めて空の青さを知った。

 それはとても美しく、輝いて見えた。

 今まで色が見えなかったのは、今日、この日の為だったのかもしれない。

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