英雄の息子

全幻庵

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プロローグ ~始まりの日~

大樹の下で

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「ねぇ、それでどうなったの?」
 暖かな陽の光が、緑の草原を明るく染める。暖かな春は疾うに終わりを告げ、夏の気配がすぐそこまで迫っている。草原と戯れるそよ風が伸びをして、緑の香りを彼方へと運んでいく。

 見渡す限りの緑の平原。どこまでも続くように思えた緑はしかし、ある一点で大きな黒き影へと飲み込まれた。巨大な影を落とす大樹の下に、何人かの子供たちが円を描くように集まっている。

 大樹の恵みの中には、生ぬるい空気は届かないようだ。影の下の子どもたちは、数にして十人以上。大きな麦わら帽子を被った男の子。泥だらけの赤いワンピースを着た女の子。膝を抱えるように座り込んだ男の子。

 年齢、性別、背格好。どれもバラバラに見える集団だが、一つだけ共通していることがある。集まった子供たちの目は、ある一点に注がれているのだ。子どもたちの目線の先、円の中央には、白いブラウス姿の女性が座っている。

 女性は、明らかに年長者。見たところ、二十歳に届くか届かないかといったところだろう。肩の位置で切りそろえられた黒髪が、そよ風を受けてサラサラと揺れている。涼し気な瞳は、どこか悲しみをたたえている様にも見える。

「全部、嘘だったんだ」
 泥だらけの赤いワンピースの女の子が、悲痛な声で言う。
「そんなわけあるかい!」
 膝を抱えていた男の子が、立ち上がって反論する。
「そんなの、ひどいじゃないか!だから、そんなわけないんだ!」
 そうだ、そうだと幾人かの男の子たちが囃し立てる。
「じゃあ、どうして?」

 赤いワンピースの女の子が、呟くように言った。女の子の不安に満ちた大きな瞳は、円の中央の女性を捉えている。反論の声を上げた麦わら帽子の男の子も、振り上げた右手もそのままで固まり、女性へと視線を投げかけた。

 他の子ども達も皆が皆、固唾を飲んで、その女性を見つめている。

 皆の視線を集めた女性は、子どもたちの視線を受け流すかのように立ち上がり、大樹の傘を抜け、陽の光の下へと進む。草原を包む眩しい光に手をかざして目を細めた彼女を、澄んだ青空が見下ろしていた。

 女性は、軽くため息を吐いて、子ども達を見渡した。どの子も、今にも叫び出しそうだ。女性の口が静かに動く。次の瞬間、子どもたちの目が大きく見開かれ、興奮した様子で口々に何かを叫び始めた。

 彼らの熱を冷ますかのように吹き付ける爽やかな風。小さな男の子は、大声で何かを叫んでいるようだが、風にかき消されたその声は、空には届かない。代わりに、男の子の麦わら帽子が舞い上がり、青に溶けていった。

 麦わら帽子を追って見上げた青の中で、鳥が舞っている。白いブラウス姿の女性の頬に、初めて笑みが浮かんだ。風が、心地よい。
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