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暴発の脈動
集会所の日常・6
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この職場での最初の試練は、その仕事を覚えることではなかった。勿論、親切な管理人のおかげで、それもそれなりに骨の折れることではあった。なにせ、仕事を教えてくれる人がいないのだから。
だが、これは自分次第で何とか出来た。コーは、アルバンと二人暮らし。家事や雑務の担当で、物事を自分のやり方で取り仕切るのは慣れていた。だから、集会所の運営を何とかやりくり出来るようになるのに、それほど時間は必要なかった。
しかし、自分の力ではどうにもならないこともある。入団試験に挑戦しなかった自分に向かってくる、赤の他人からの悪意と嘲笑、時には叱責。これこそが、コーが最初に直面した試練だった。
来る客来る客、皆が負け犬の顔を見にやってきたのだ。最高の環境で育ちながら、それを活かせなかった男。挑戦が自由な国において、怖気づいて逃げ出した男。多くの見知らぬ顔が、多くは間接的に、時には直接的にコーを嗤い、嘲り、罵った。
負け犬の顔を見ることは、多くの者たちにとって最高の肴になるらしい。こういった事態が起こるかもしれないと、ある程度予想はしていたが、それでもやはり愉快な経験とは言えなかった。
集会所に勤め始めて数週間後の夕食の席で、アルバンに小さく不平を漏らしたことがある。そんなつもりはなかったのだが、仕事の話をしているうちに、話してみようという気になった。アルバンなら分かってくれるという期待もあった。
自分の決断は、自分だけのものではないのか。自治団試験を受験しなかっただけで、どうしてこんな扱いを受けなくてはならないのか。アルバンは、その口元に穏やかな笑みを浮かべてコーの話を聞き、最後にこう言った。
「発展途上と言う所じゃの。だが、始まりとしては悪くない。気楽にやりなさい」
どういう意味か、聞こうとは思わなかった。アルバンの言葉は直接的な救いではなかったが、何故だかコーの心を軽くしてくれたからだ。アルバンが持つ気楽な雰囲気は、彼が持つ最大の美徳の一つだとコーは感じていた。
それに、質問しても無駄だという思いもあった。アルバンが答えを教えてくれることは殆ど無いのだ。いつも、思わせぶりなことを言うだけで、相手が自分で考えるための材料を提示する。それが、アルバンのやり方だ。
そんな環境で育ったからだろうか、コーは考えることが好きな青年となった。自然の事、友の事、仕事の事、国の事、そして世界の事。色々なことを考えてきた。
中でも、コーの頭を捉え続けていること。それは、この世界において、自分が何が出来るのか。いや、何がしたいのかということだ。その答えの輪郭は、徐々にだが微かに見え始めたと言った所。この国と、世界に心安らかな時を・・・。
焦る必要はない。コーはそう思っていた。この場所から世の中を見ることは、必ずいい経験になる。期待外れの落ちこぼれとして、様々なことを見ておきたい。公的な立場を得ると、見ようとしなくなること、見えなくなってしまうこともあるのだ。
もし、この国と世界をより良い方向に変えていくことが今後の目標になるならば、遅かれ早かれ自治団に入る必要がある。その時には、必ず今の経験が活きてくる。まずは、栄光と繁栄の裏にに隠されたベスルベルクの歪みに光を当てるのだ。
「ふぅ」
コーは小さく息を吐き、汗をぬぐった。この仕事にも、すっかりと慣れたものだ。考え事をしながらも、テキパキと片付けを進めていく。
殆ど、自動的と言っても良い。箒で割れた皿の破片を集め、ゴミ袋へと投げ込み、机の上に散乱した皿たちを流し台へと運ぶ。
長机と流し場を何度か行き来しているうちに、荒れ放題だった長机の上も、だんだんと片付けられていく。この調子なら、一時間もかからないだろう。額に浮き出してくる汗を右腕で拭い、作業を続ける。
しばらくの間、黙々と動き続けると、長机の上に残された物は僅かとなった。コーがまだ手を付けていない席は、特別な席、つまりゴルドーの席だ。そこには、数枚の皿とジョッキが残されている。
この席だけを見れば、荒くれ者のような集団がこの長机で好き放題していたなど想像もつかないだろう。奇麗に片付けられた食事、整然と並べられた皿とジョッキだけが、そこに残されている。
しかし、それだけが「特別な理由」ではない。コーは、ゴルドーの残していった皿とジョッキをトレイに乗せていく。カシャンという乾いた音が響いた。コーは、思わず呟いた。
「やっぱり、今日もか」
だが、これは自分次第で何とか出来た。コーは、アルバンと二人暮らし。家事や雑務の担当で、物事を自分のやり方で取り仕切るのは慣れていた。だから、集会所の運営を何とかやりくり出来るようになるのに、それほど時間は必要なかった。
しかし、自分の力ではどうにもならないこともある。入団試験に挑戦しなかった自分に向かってくる、赤の他人からの悪意と嘲笑、時には叱責。これこそが、コーが最初に直面した試練だった。
来る客来る客、皆が負け犬の顔を見にやってきたのだ。最高の環境で育ちながら、それを活かせなかった男。挑戦が自由な国において、怖気づいて逃げ出した男。多くの見知らぬ顔が、多くは間接的に、時には直接的にコーを嗤い、嘲り、罵った。
負け犬の顔を見ることは、多くの者たちにとって最高の肴になるらしい。こういった事態が起こるかもしれないと、ある程度予想はしていたが、それでもやはり愉快な経験とは言えなかった。
集会所に勤め始めて数週間後の夕食の席で、アルバンに小さく不平を漏らしたことがある。そんなつもりはなかったのだが、仕事の話をしているうちに、話してみようという気になった。アルバンなら分かってくれるという期待もあった。
自分の決断は、自分だけのものではないのか。自治団試験を受験しなかっただけで、どうしてこんな扱いを受けなくてはならないのか。アルバンは、その口元に穏やかな笑みを浮かべてコーの話を聞き、最後にこう言った。
「発展途上と言う所じゃの。だが、始まりとしては悪くない。気楽にやりなさい」
どういう意味か、聞こうとは思わなかった。アルバンの言葉は直接的な救いではなかったが、何故だかコーの心を軽くしてくれたからだ。アルバンが持つ気楽な雰囲気は、彼が持つ最大の美徳の一つだとコーは感じていた。
それに、質問しても無駄だという思いもあった。アルバンが答えを教えてくれることは殆ど無いのだ。いつも、思わせぶりなことを言うだけで、相手が自分で考えるための材料を提示する。それが、アルバンのやり方だ。
そんな環境で育ったからだろうか、コーは考えることが好きな青年となった。自然の事、友の事、仕事の事、国の事、そして世界の事。色々なことを考えてきた。
中でも、コーの頭を捉え続けていること。それは、この世界において、自分が何が出来るのか。いや、何がしたいのかということだ。その答えの輪郭は、徐々にだが微かに見え始めたと言った所。この国と、世界に心安らかな時を・・・。
焦る必要はない。コーはそう思っていた。この場所から世の中を見ることは、必ずいい経験になる。期待外れの落ちこぼれとして、様々なことを見ておきたい。公的な立場を得ると、見ようとしなくなること、見えなくなってしまうこともあるのだ。
もし、この国と世界をより良い方向に変えていくことが今後の目標になるならば、遅かれ早かれ自治団に入る必要がある。その時には、必ず今の経験が活きてくる。まずは、栄光と繁栄の裏にに隠されたベスルベルクの歪みに光を当てるのだ。
「ふぅ」
コーは小さく息を吐き、汗をぬぐった。この仕事にも、すっかりと慣れたものだ。考え事をしながらも、テキパキと片付けを進めていく。
殆ど、自動的と言っても良い。箒で割れた皿の破片を集め、ゴミ袋へと投げ込み、机の上に散乱した皿たちを流し台へと運ぶ。
長机と流し場を何度か行き来しているうちに、荒れ放題だった長机の上も、だんだんと片付けられていく。この調子なら、一時間もかからないだろう。額に浮き出してくる汗を右腕で拭い、作業を続ける。
しばらくの間、黙々と動き続けると、長机の上に残された物は僅かとなった。コーがまだ手を付けていない席は、特別な席、つまりゴルドーの席だ。そこには、数枚の皿とジョッキが残されている。
この席だけを見れば、荒くれ者のような集団がこの長机で好き放題していたなど想像もつかないだろう。奇麗に片付けられた食事、整然と並べられた皿とジョッキだけが、そこに残されている。
しかし、それだけが「特別な理由」ではない。コーは、ゴルドーの残していった皿とジョッキをトレイに乗せていく。カシャンという乾いた音が響いた。コーは、思わず呟いた。
「やっぱり、今日もか」
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