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第1章「仕事人間、異世界に立つ』編

第12話『リアドの町で人助け・7』

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 宿屋『鹿陽亭かようてい』。
 とにかくボロイ。
 あちこち傷だらけだ。
 床板も剥がれている箇所が至る所にある。

「すいませーん!」

 大声で呼んでみる。
 だって、人気を感じないだからしょうがない。
 「索敵」には「青」の表示があるのでいるみたいなんだけどな。

「はいよ。悪いね、ウトウトしてて……」

 いや、もういい時間だよ?
 やる気ないなぁ……。

 大丈夫か?この店。

「失礼とは思いますが……この宿屋はやっているのですか?」
「素泊まりだけどやってるよ」
「はぁ……」
「一泊、大銅貨1枚だよ。どうする?」

 安い。
 安いがボロ過ぎてムリ。

「ここは女将さんだけで経営を?」
「変なこと聞くお客だねぇ。まあ、その通りだよ」
「旦那さんは?」
「少し前の魔物討伐で死んだよ」
「それは、お気の毒でしたね」
「珍しくもない話しさ。それで、泊まるのかい?」
「いえ……。実はお話がありまして……」
「何だい。お客じゃないのかい?」
「はい。突然なんですがこの場所を買わせていただけないかと……」
「そういう話なら帰っておくれ。ここを売るつもりはないよ」
「買うと言いましても、出て行けというわけではありません」

 女将さんは俺の言葉に眉を吊り上げながらも話を聞いてくれた。

 ここを宿屋ではなく、『風呂屋』にしたいこと。
 経営の中心は女将さんに委託すること。
 売り上げの2割を俺に渡すこと。
 設備・備品関係は俺が用意する物を使うこと。

 この条件が呑めれば店は女将さんの物として譲渡するとした。

「条件があまりにも私に都合が良すぎないかい?」
「確かにそう聞こえるでしょうが、これはこの街の住人全員にとって重要な場所になるからです。そしてそれは、俺にも助かる場所になるわけです」
「意味が分からないよ」
「体を綺麗にすることは病気やケガに良いんです。もちろん、病気になりにくくもなりますし、女性にとっては肌や美硫黄にも良いんです」
「しかし、風呂ってのは貴族くらいしか入れないくらいお高い物なんだろう?」
「確かに、全部を人件費で賄うととんでもないことになりますが、天然のお湯ならば元値はタダですからね」
「天然って、お湯って自然に沸くものなのかい?」
「ええ。地中にはそういうお湯が流れる水脈というものがあるんですよ」

 俺の言葉に疑いつつも興味はあるようだ。
 まあ、信じるというのには無理があるよな。
 こっちに確信があっても、初めての試みなるのだから躊躇するのもわかる。

 何か良い方法はない物だろうか?
 上手く説得……いや、信頼されるような……。


 ピロピロリ~ン。


『新たなスキル「交渉」を取得しました。新たなスキル「信望」を取得しました』

 おおう。また、とんでもスキルを得たな。
 2つとも段階ランクを10にする。

 交渉スキルはランクを上げると『王族』や『神族』にまで交渉事で対等に渡り合えるらしい。
 信望スキルは最終ランクでどんな相手にも信頼を得られるらしい。
 うむ。これから先使えるスキルだな。

「分かった。あんたを信じるよ」

 無条件で信じてもらえました。

 この後はギルドで契約書を作成してもらい、建物ごと土地を購入する。
 しかし、土地・建物管理者欄は元の持ち主の女将さんの名前にしてある。

「また、面白いことを始めるようですね?」
「あ、グラマス。お世話になります」
「孤児院を作って軌道に乗ったと思ったら、今度は何をするつもりですか?」
「確かに軌道には乗りましたが、今のままでは俺がいなくなったら立ち行かなくなりますよ」
「それってどういう……」
「孤児院を運営する費用ですよ。食費や衣装代、人件費にはそれなりお金が必要ですからね」

 実際、俺の資金がなければ数か月しか持たないだろう。
 俺がいつまでもここにいられれば問題はないが、俺の役目はこの世界中に『種を蒔くこと』なのだ。
 だからと言って、やりっぱなしでは無責任である。
 このアンバランスな世界を少しでも平坦にするためにも、生活水準を最低限にまで引き上げなくてはならない。

「それで、あの場所に何を作るつもりなんです」
「浴場です。汚れた体は病気になりやすいですからね」
「しかし、平民には高いんじゃ……」
「それはお湯を人手で沸かしたりすればですよ。でも自然に沸いお湯ならタダですからね」
「では、出来上がったらいくらでは入れるようにするんですか?」
「お風呂に入るだけなら子供は銅貨3枚。大人は銅貨6枚です」
「や、安すぎじゃありませんか?」
「その代わり風呂上がりの飲み物やちょっとした摘まみは別料金にします。また、家族なので部屋を借りたりして、ちょっとした料理も提供できるようにも……と考えております」
「何か楽しそうですね?」
「まあ、出来上がったら試してもらいますから楽しみにしててください」
「分かりました。楽しみにしていますね」

 女将さんには孤児院の方では矢を用意して寝泊まりしてもらい、俺はまず建物に『修理リペア』に使い新品同様にする。

「さて、本番はここからなんだが……」
『どうかしましたか?』
「この建物自体は使えないから一度木材に戻せればいいんだけど……」
『つまり、一度建物を解体して建て直したいと?』
「そういうこと」

 しかし、人手を雇うのもなぁ……。

 ピロピロリ~ン。

『新たなスキル「解体」を習得しまっした。新たなスキル「構築」を習得しました』

 解体スキルは動物の解体からランクを上げることに組み立てられた物の解体もできるようになる。
 構築スキルは材料さえあれば思い浮かべたものに構築できるスキル。大きいものを構築するにはランクを上げなくてはならない。

 俺は2つのスキルをランク10にする。

「まずは……『解体』」

 俺の言葉で建物は木材に戻る。
 それをマジックバックに入れると、目の前はただの更地になった。

 あとは造り直すだけなのだが、まずは露天風呂造りが先だろう。
 そうなると、材料調達が先だな。

 俺は木材と石材を買い、更地に戻る。
 『探知』スキルで『お湯』の位置を探る。
 地面を見つめるとお湯の流れが見える。
 他の水脈とは重なってないようなので、あとは穴を掘ればいいんだけど……。

 ピロピロリ~ン。

『新たなスキル「掘削くっさく」を習得しました』

 ランクを10にしたところで、ただ穴を掘ってお湯を掘り当てれば良いわけでないことに気づく。
 露天風呂はそれはそれで風情があるが、こんな街中では景色的に開放感は無いし、冬場になれば室内浴場があった方がいい。
 それに洗い場もいるし、排水も考えなくてはいけない。

「お湯の沸かせ方やお湯の捨て方をどうするか……」
『そうなると、魔法付与が必要でしょうか?』
「魔法付与?」

 ピロピロリ~ン。

『新たなスキル「魔法付与エンチャント」を習得しました』

 『魔法付与エンチャント』は武器や道具に特定の要素を追加するスキルであるらしい。
 なるほど、これは使えるな。
 俺は「魔法付与エンチャント」のランクを10にする。

 まず、お湯を沸かせる場所を決める。
 そして、「掘削くっさく」スキルで露天風呂と室内風呂のお湯を張る分だけ地面を削る。
 4箇所出来たところでまずは石材を「構築」スキルで「石床」を作る。
 露天風呂の浴槽の床と歩く地面に石床を「構築」スキルで張っていく。
 露天風呂の浴槽の側面を石材を使って「構築」スキルで良い感じの露天風呂になる。
 あと2つの浴槽は木材に『腐食防止』の「魔法付与エンチャント」をして「構築」スキルで木風呂にする。
 あとは残った石材と木材で湯口を作る。

 「掘削くっさく」スキルでお湯を掘り当てる。
 ランク10のおかげで、穴の側面は石壁になりお湯が汚れることはない。
 お湯の出口に湯口を「構築」で設置すればあとは浴槽に溜まっていくわけだ。

 しかし、このままではかけ流しなのでお湯が溢れてしまう。
 俺は何か所か排水用の細穴を「掘削くっさく」スキルで作り、穴の中に「魔法付与エンチャント」スキルで「洗浄」を付ける。

 あとは洗い場を作り、木材を取り出して「構築」スキルで建物を仕上げる。
 感じとしてはちょっとオシャレな公衆浴場といった感じだ。

 出入口は一箇所で、中に入ると番頭がお出迎えする。ここでお金を払い男湯と女湯に分かれる。
 脱衣所、トイレ、浴場、露天風呂がセットになっており、追加料金を払えば脱衣所にある階段で2階の夕涼みの休憩場、3階の畳部屋でゆっくりできる。
 この世界には馴染みの『米』があるので当然だが稲藁があるから、「構築」で畳も作りたい放題だ。

「あとは内装の家具を買い足さないとな」
『家具も「構築」で作れますが?』
「何でも俺がやるとこの世界の発展の妨げになるからね。この世界で揃えられるものは購入した方がいいんだよ」
『なるほど』

 とはいっても買い物は女将さんを中心に頼むつもりだ。
 俺にそういったセンスは無いしな。

 とりあえず公衆浴場の外観は出来上がった。
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みんなの感想(1件)

異世界の姫
2018.05.20 異世界の姫
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AZ
2018.05.22 AZ

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