MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純

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駄菓子屋と聴覚

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「投稿完了っと」

 平日の正午過ぎ、私は店番しながらスマートフォンを操作していた。別に遊んでいたわけではない。昔は企業の宣伝としてテレビやラジオでCMを流していたけど、それを行えるのは潤沢な資金がある大手企業くらいだ。

(うちみたいな地域密着型の駄菓子屋では、絶対無理…)

とはいえ、祖母が大切にしてきたこのお店の行末を色々と考えた結果、多少の宣伝も必要だと考え、SNSを活用してみることにした。1人でお店を管理する私にとって、1番手っ取り早く行える手軽な営業手段であった。最初の頃は鳴かず飛ばずであったけど、2、3年経つ頃にはフォロワーの数も徐々に増えた。そのおかげか、1日に来店するお客さんの数が若干増えた気がした。

(これなら、お店の未来も少しは安泰かな)

そう思っていた矢先のこと、転機は訪れた。

 その日、私の投稿を偶然見かけた女性のお客さんが来店してきた。話を聞くと、カナダ出身で日本に住み始めて5年目だという。彼女はもともと日本のお菓子類全般に興味があり、コンビニやスーパーで売っているお菓子から伝統的な和菓子などをよく食べているそうだ。そんな時にSNSで私の投稿を見て、今までネットショッピングでしか買えなかった駄菓子が近所で購入できると知り、今に至るとのこと。

 彼女は店内の陳列棚を食い入るように隅々まで見ていき、時折私に質問しては驚き、買い物カゴに幾つも入れていく。そうして、大量の駄菓子を購入した彼女は次の来店を約束して満足気に帰っていった。

……………

…………

………

……



 3週間後。

「はぁ~、疲れた……」

疲労で思わず居酒屋の卓上に突っ伏す。

「お疲れのようですね」

そう言いながら、私の前で静かにお通しを食べている男がいる。彼は、祖母の代からのお得意様で、年齢不詳、上下黒のスーツの薬売り“黒衣 漆黒”だ。いつも黒い布マスクを着けているが、今は食事中なので外している。

「SNSでの宣伝がこんなに効果があるとは思わないよ。普通……」

「賑やかそうで良かったじゃないですか」

「そうだけどさぁ~」

先日来店したカナダ出身のお客さんが実は国内外に大勢のフォロワーを有する人で、うちで買った駄菓子を紹介する画像や動画がかなりの評判となったらしい。そのおかげか、近所の子供たちが学校に行っている時間帯に、海外からの観光客たちが来られるようになった。来店されるお客さんが増えることは、確かに嬉しいことだ。けれども、生憎私は英語が苦手だ。カナダ出身の彼女は日本語が流暢であったけれど、他のお客さんが全員そうであるとは限らない。実際に、中学と高校で学んだ英単語とジェスチャーでなんとか接客をこなすことが多い。

「ねぇ~、漆黒。飲んだらすぐに英語がペラペラになる薬とかってないの?」

空になったビールジョッキ越しに、向かいに座る漆黒に尋ねてみる。

「そうですね……」

空いた皿やジョッキをテーブルの隅に移しながら、彼は考え始めた。そこへ、

「失礼いたします。追加のビールと枝豆、冷やしトマト、そして“本日のお刺身の盛り合わせ”をお持ちいたしました」

私たちがいる個室のテーブル席に女性の店員さんが料理を運んできた。卓上にそれらを並べ終えると、造作もない様子で空いた食器を回収していく。漆黒は、店員さんが厨房へ戻ったのを確認すると私に話し始めた。

「…いくら私の薬でも、学ばずに他所の国の言語を習得するものはないですね。言葉とは、人が生まれてから今日に至るまでの周りからの影響の積み重ねでもありますから」

「え~、ないの?」

彼の前にある、枝豆が盛られた皿に手を伸ばしながら、なおも私は問う。

(やっぱ苦手な科目でも、ちゃんと勉強しておくんだった…)

不意に英語のテストで何度も再試験を受けた記憶が蘇ってきたので、掻き消すように冷えたビールを呷った。

グビッ。グビッ。

ッハァー!!

(なんでもかんでも、漆黒に頼るのは悪いか…)

飛躍的な英会話能力習得といった夢を諦めて、別の話題へと話を変えようとしたところ、

「沙月さんが求める効果が得られるかは保証しかねますが…」

刺身を醤油につけながら、漆黒が呟く。

「えっ、あるの⁉︎」

「以前、目が不自由な方のために作ったお薬で『反響巨匠エコ・マエストロ』という物があるんですけどね」

ブリの刺身を堪能しながら、彼は話を続ける。

「それを3日間毎食後に服用することで、聴覚に関与する大脳皮質の側頭葉と平衡感覚を司る小脳の神経細胞を驚くほど増殖・活発化させます。すると、自身や周囲から発せられて反射してきた音によって空間を認知し、音で周囲を“可視化”することで欠如した視覚を補います。つまり、コウモリと似た反響定位エコロケーション能力を身に付けられるんです」

(まるでSF映画みたい……)

「その薬の成分を上手く調整すれば、海外の言葉を聞き分けられるくらいの聴覚を得られるかもしませんね」

漆黒の言葉に希望を感じた私は、すぐに飲み放題のメニューを彼の前で掲げ、

「その薬代。ここでの会計ということで」

「ふっ。……仕方ありませんねぇ」

彼は苦笑いしながらメニューを受け取り、次に注文するお酒を選び始めた。

 後日、お店にやって来た漆黒から薬を受け取り、その日の昼食後から服用を始めることにした。一応、万が一のことに備えて、過剰な効果や副作用を中和する薬も貰った。彼なりの“サービス”らしい。

* * *

* * 

* 

 漆黒から薬を貰って、半年が経過しようとしていた。薬のおかげで、海外からのお客さんたちの会話が、まるで日本語での日常会話を耳にするかのように単語をひとつひとつ綺麗に聴き取れるようになった。とはいえ、それらの意味や文法が分からないと、まともに対応ができないので、近くの本屋で高校英語の教材を幾つか購入して学び直している。加えて、海外のお客さんの多くがクレジットカードでの支払いを希望されるので、思い切って設備投資をした。今では、カードだけでなく電子マネーでの決済も可能になっている。


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