44 / 66
造形作家と制作依頼
しおりを挟む
ことの発端は、都内某所で新たに催す個展の打ち合わせを終え、宿泊しているホテルに向かっている最中のことだった。
「近松さん」
背後から呼ばれたので、振り返ってみると上質な黒いスーツが相変わらずよく似合う黒衣さんが立っていた。まさか都内で再会するとは思っていなかったので、驚きのあまり固まっていると、突然彼に手を掴まれ、気が付くと1件の日本家屋の前に立っていた。いきなりのことで状況を把握できていない僕に、
「こちらには、私の友人が住んでいましてね。以前、動物や妖を専門とする面白い造形作家の方が知り合いにいるとお話ししたところ、ぜひお会いしたいという連絡がありまして。突然ではありましたが、お連れした次第でございます」
「本当に突然ですね…」
玄関先で黒衣さんから一通りの説明を受けていると、
『おお、漆黒。やっと来たか』
家の中から家主と思しき人物が声をかけて来た。人間の声帯では出せないような低く、渋い声の持ち主だ。
「遅れていないと思いますが」
黒衣さんが微笑みながら返答する。それに合わせて、僕は家屋から現れた者に顔を向けた。
(……柴犬?)
視線の先に立っていたのは、成人男性よりもひと回りほど大きい2足立ちの柴犬であった。加えて、建設現場などで職人さんたちが着ている作業着姿だった。
(彼?が黒衣さんの言っていた友人…?)
驚きのあまり、呆然としていると、
『ほおっ、お前さんが漆黒の言う造形作家とやらか。よろしくなっ‼︎』
豪快に笑いながら、背中を勢いよく叩く。
「ち、近松です。ぐふっ…」
「二宙さん、彼は人間なんですから」
黒衣さんが苦笑いしながら諌める。
『おお、すまんな。まっ、挨拶はこのぐらいにして中に入ってくれ』
* * * * *
* * *
*
家の中は、実にシンプルな造りであった。まず入ってすぐのところにL字形の土間が拡がっており、その内側に半分が和室となっている板間が目に入った。板間の中心には囲炉裏があり、串刺しにされた魚が火を囲むようにして並べられている。
『夕食、まだだろ?食いながら話そう』
誘われるがまま靴を脱ぎ、板間に上がらせてもらう。囲炉裏の傍に腰を下ろすと、
「二宙さん。お仕事は、最近どうですか?」
魚の焼き加減を確認している二宙さんに黒衣さんが尋ねる。
『まあ、ぼちぼちだな』
串の角道を変えながら、他人事のように答える。
「二宙さんは各地で結界を張ったり、お祓いをしたりする一族の出身なんですよ」
土間にある台所の冷蔵庫から缶ビールを人数分取り出しながら黒衣さんが僕に教えてくれる。
『分家のさらに分家の次男坊だけどな』
「腕は一流でしょうに」
『それゆえ、本家の連中と折り合いが悪いのは、お前さんも知っているだろ。たっく…』
互いの信頼関係からくる“いじり合い”なのか、焼き加減を見る彼の口角がニヤリと上がる。
(複雑な事情があるのか…)
『……うしっ。おい、焼けたぞ』
二宙さんが顔を上げ、夕食の支度が整ったのを知らせる。
プシュッ。
プシュッ。
プシュッ。
「「『かんぱ~い‼︎』」」
各々で缶ビールを掲げ、乾杯をする。出来上がった焼き魚はかなり熱いので少し冷めるのを待つことにしたが、二宙さんは構うことなく食らいついていく。対して黒衣さんは、涼しげな様子で静かに食べていく。
(自分が猫舌なだけなのか……?)
しばらくすると、
『なあ、作家さんよ』
「ん、はい?」
缶ビールを傾けながら二宙さんが私に話しかけてくる。
『今回呼んだのは、あんたに頼みたいことがあったからなんだ』
(“頼みたいこと”?…何だろうか)
唐突の本題に頭を傾ける僕に、二宙さんは話を続けた。
『なに、簡単なことだ。作家さんに俺を模った模型を1つこしらえて欲しいんだ』
意外な形での制作依頼に思わず思考が停止してしまう。
「えっと……、ミニチュアってことですか?」
『そう捉えてもらって構わない。前に、黒衣から作家さんの話を聞いてからな、機会があったら俺をミニチュア化してもらって部屋にでも飾りたいなと思ってたんだ』
照れ隠しなのだろうか。二宙さんは頭を掻きながら返答する。
「そうでしたか…」
『もちろん、代金はそれなりに払う。どうだろうか?』
二宙さんは僕のほうに体を向けて頼み込んできた。
「えっと…。今個展の準備でちょっと忙しいので、それが終わった後に制作する流れでよろしければ」
『おおっ、構わん。構わん。頼むっ』
特に断る要素がなかったので引き受けることにした。柴犬が大柄な人の形をした二宙さんからは、アーティスト魂に訴えてくる何かが感じられたからだ。
「良かったですね、二宙さん」
黒衣さんが優しく微笑む。
その後外部に漏らさないことを約束し、ミニチュア制作用の資料として二宙さんの写真を数枚撮らせてもらった。
食事を終えてからは家主自慢の風呂に入り、黒衣さんが持参した珍しい酒を飲みながら二宙さんの修行時代の思い出話で大いに盛り上がった。
翌朝目を覚ますと、僕は連泊していた都内のホテルのベッドの上に横になっていた。どうやってホテルに戻ったのかを深く考えないようにした私は、チェックアウトをするためにフロントへ向かうのであった。
* * * * *
* * *
*
後日作品が完成したという連絡を受け、二宙さんがオレンジ色のフォルクスワーゲン typeⅡに乗って、僕の工房までやって来た。自身のミニチュアを受け取った彼の喜び様は凄まじく、代金を私に支払うや否や、工房兼自宅前に祭壇を組み立て始めた。そして儀式をすぐに執り行い、祖父から相続した山全体を覆い尽くすほどの巨大な人払い用の結界を張ってくれた。彼曰く、この結界によって僕に用がある人間以外で山に不法侵入するような輩は10年間現れることはないだろう、とのことらしい。
「近松さん」
背後から呼ばれたので、振り返ってみると上質な黒いスーツが相変わらずよく似合う黒衣さんが立っていた。まさか都内で再会するとは思っていなかったので、驚きのあまり固まっていると、突然彼に手を掴まれ、気が付くと1件の日本家屋の前に立っていた。いきなりのことで状況を把握できていない僕に、
「こちらには、私の友人が住んでいましてね。以前、動物や妖を専門とする面白い造形作家の方が知り合いにいるとお話ししたところ、ぜひお会いしたいという連絡がありまして。突然ではありましたが、お連れした次第でございます」
「本当に突然ですね…」
玄関先で黒衣さんから一通りの説明を受けていると、
『おお、漆黒。やっと来たか』
家の中から家主と思しき人物が声をかけて来た。人間の声帯では出せないような低く、渋い声の持ち主だ。
「遅れていないと思いますが」
黒衣さんが微笑みながら返答する。それに合わせて、僕は家屋から現れた者に顔を向けた。
(……柴犬?)
視線の先に立っていたのは、成人男性よりもひと回りほど大きい2足立ちの柴犬であった。加えて、建設現場などで職人さんたちが着ている作業着姿だった。
(彼?が黒衣さんの言っていた友人…?)
驚きのあまり、呆然としていると、
『ほおっ、お前さんが漆黒の言う造形作家とやらか。よろしくなっ‼︎』
豪快に笑いながら、背中を勢いよく叩く。
「ち、近松です。ぐふっ…」
「二宙さん、彼は人間なんですから」
黒衣さんが苦笑いしながら諌める。
『おお、すまんな。まっ、挨拶はこのぐらいにして中に入ってくれ』
* * * * *
* * *
*
家の中は、実にシンプルな造りであった。まず入ってすぐのところにL字形の土間が拡がっており、その内側に半分が和室となっている板間が目に入った。板間の中心には囲炉裏があり、串刺しにされた魚が火を囲むようにして並べられている。
『夕食、まだだろ?食いながら話そう』
誘われるがまま靴を脱ぎ、板間に上がらせてもらう。囲炉裏の傍に腰を下ろすと、
「二宙さん。お仕事は、最近どうですか?」
魚の焼き加減を確認している二宙さんに黒衣さんが尋ねる。
『まあ、ぼちぼちだな』
串の角道を変えながら、他人事のように答える。
「二宙さんは各地で結界を張ったり、お祓いをしたりする一族の出身なんですよ」
土間にある台所の冷蔵庫から缶ビールを人数分取り出しながら黒衣さんが僕に教えてくれる。
『分家のさらに分家の次男坊だけどな』
「腕は一流でしょうに」
『それゆえ、本家の連中と折り合いが悪いのは、お前さんも知っているだろ。たっく…』
互いの信頼関係からくる“いじり合い”なのか、焼き加減を見る彼の口角がニヤリと上がる。
(複雑な事情があるのか…)
『……うしっ。おい、焼けたぞ』
二宙さんが顔を上げ、夕食の支度が整ったのを知らせる。
プシュッ。
プシュッ。
プシュッ。
「「『かんぱ~い‼︎』」」
各々で缶ビールを掲げ、乾杯をする。出来上がった焼き魚はかなり熱いので少し冷めるのを待つことにしたが、二宙さんは構うことなく食らいついていく。対して黒衣さんは、涼しげな様子で静かに食べていく。
(自分が猫舌なだけなのか……?)
しばらくすると、
『なあ、作家さんよ』
「ん、はい?」
缶ビールを傾けながら二宙さんが私に話しかけてくる。
『今回呼んだのは、あんたに頼みたいことがあったからなんだ』
(“頼みたいこと”?…何だろうか)
唐突の本題に頭を傾ける僕に、二宙さんは話を続けた。
『なに、簡単なことだ。作家さんに俺を模った模型を1つこしらえて欲しいんだ』
意外な形での制作依頼に思わず思考が停止してしまう。
「えっと……、ミニチュアってことですか?」
『そう捉えてもらって構わない。前に、黒衣から作家さんの話を聞いてからな、機会があったら俺をミニチュア化してもらって部屋にでも飾りたいなと思ってたんだ』
照れ隠しなのだろうか。二宙さんは頭を掻きながら返答する。
「そうでしたか…」
『もちろん、代金はそれなりに払う。どうだろうか?』
二宙さんは僕のほうに体を向けて頼み込んできた。
「えっと…。今個展の準備でちょっと忙しいので、それが終わった後に制作する流れでよろしければ」
『おおっ、構わん。構わん。頼むっ』
特に断る要素がなかったので引き受けることにした。柴犬が大柄な人の形をした二宙さんからは、アーティスト魂に訴えてくる何かが感じられたからだ。
「良かったですね、二宙さん」
黒衣さんが優しく微笑む。
その後外部に漏らさないことを約束し、ミニチュア制作用の資料として二宙さんの写真を数枚撮らせてもらった。
食事を終えてからは家主自慢の風呂に入り、黒衣さんが持参した珍しい酒を飲みながら二宙さんの修行時代の思い出話で大いに盛り上がった。
翌朝目を覚ますと、僕は連泊していた都内のホテルのベッドの上に横になっていた。どうやってホテルに戻ったのかを深く考えないようにした私は、チェックアウトをするためにフロントへ向かうのであった。
* * * * *
* * *
*
後日作品が完成したという連絡を受け、二宙さんがオレンジ色のフォルクスワーゲン typeⅡに乗って、僕の工房までやって来た。自身のミニチュアを受け取った彼の喜び様は凄まじく、代金を私に支払うや否や、工房兼自宅前に祭壇を組み立て始めた。そして儀式をすぐに執り行い、祖父から相続した山全体を覆い尽くすほどの巨大な人払い用の結界を張ってくれた。彼曰く、この結界によって僕に用がある人間以外で山に不法侵入するような輩は10年間現れることはないだろう、とのことらしい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、10人の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


