MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純

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レジカウンターのイヴ

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 12月24日 午後10時半頃。

 定番のクリスマスソングと季節限定商品の宣伝アナウンスがエンドレスに流れるなか、俺は陳列棚に商品を補充していた。

 当初、今年のクリスマス・イヴは大学の友人たちと集まって、宅飲みでもしようかと考えていた。けれど、実家で家族と過ごす者、バイトのシフトが入っていた者などで催すことが困難だということが判明した。みんな、何かしらの予定が入っているらしい。

(動画配信サービスで映画を観ながら、家でのんびりするのも良いかもしれない)

思っていたはずなのに……。

「いらっしゃいませ~」

「スプーンとお箸は、お付けしますか?」

ありふれたセリフを口にしながら、今宵もバイト先のコンビニで生活費を稼いでいる。

「毎度ありがとうございました~………、ん?」

今しがた会計を終えたお客さんが出た直後の自動ドアの向こうに、面識のある2人組が通り過ぎていった。

(あの2人…、付き合っていたんだ……)

妙なところで同じ学部の人間模様を目撃してしまった。なぜだろう。特に想いを寄せていたわけでもないのに、今日ばかりは微笑ましい2人組を見かけると、無差別に失恋した気分になってしまう。

(考えても仕方ない)

レジから出て、品出しの作業に移ろうとしたところ、

「すいません。これ、お願いします」

不意に新たにお客さんの声がしたので、急いでレジの前に戻った。

「あっ」

その時、数ヶ月前の記憶が瞬時に頭の中で蘇ってきた。レジカウンターを挟んで目の前にいたお客さんは、以来再び来店されることはなかったけど、かなり印象に残っている人だった。

「あ、あの、人違いでしたら申し訳ありません。以前こちらで煉羊羹を箱でお買い上げされませんでしたか?」

「ん?……ああ。ありましたね」

(やっぱり‼︎)

どうやら、本人のようだ。1個100円もしない羊羹を箱買いして、帰り際に猫又のストラップをくれた、その人であった。



「あの時いただいたストラップ、今でも大切にカバンにつけています」

カウンターに置かれた3本の缶コーヒーのバーコードを読み取りながら、お礼の意味も込めて彼に話しかける。

「そうですか。作った本人にぜひ聞かせてあげたいですね」

電子決済で支払いをしながら、黒スーツの彼は嬉しそうに微笑む。

「あ、そういえば…」

何かを思い出したかのように、彼は持っていた黒い革製のカバンの中を探り始めた。

「実は猫又ストラップの制作者の方がですね、新しくグッズを作ったんですよ。こちら、そのサンプルです」

そう言って、彼がカウンターの上に置いたのは茶トラと黒といった2種類の猫又フィギュアだった。

「最近手に入れた3Dプリンターで作られたそうですよ」

「へ~」

2つのフィギュアは、それぞれがオレンジとグレーの台座に乗っており、全長で大体12cmぐらいだろうか。

「よろしかったら、ぜひお部屋に飾ってみてください」

「えっ⁉︎ いいんですか⁉︎」

まさにクリスマスの奇跡。猫好きの自分にとっては、最高の贈り物だ。

 2足立ちのフォルムがとても可愛らしく、つい見惚れてしまう。

「メリー・クリスマス」

彼が言うと、黒い霧のような物が彼の周囲を包み込んだ。

「っ⁉︎」

突然のことでレジの中で固まっていると、霧は勢いよく霧散し、彼ごと店内から消え去ってしまった。

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