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・後日談・
■ 天体観測 <王子>
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地学部員 王子視点です。
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青少年科学館のプラネタリウムが、設備を一新するため閉館するらしい。
受験勉強真っ最中だが、どうしても想い出の場所が無くなってしまう前に森と一緒に訪れたかった。
「こんな時期だけど、最後に行ってみない?次の土曜日とか」
勿論、土曜日は森・弟が部活で身動きできない事は考慮済みだ。
「多分大丈夫だと思う。無くなっちゃうなんて淋しいね」
「彼方も行けるって」
「わ、久し振りだな。元気かな?」
「元気そうだよ。予備校通い大変みたいだけど。3人揃うのって本当に久しぶりだね」
俺と同中の彼方、そして森は青少年科学館で出会った。3人とも星が好きで、友達になってから何度もそのプラネタリウムに一緒に通ったものだ。中学生までは入館料がタダだから、それこそ飽きるくらい通った。
今でも森のワンピース姿が目に浮かぶ。最初は眩しい白、それから夏の空のような青だった。青いワンピースの森がプラネタリウムの座席で眠っている様子は―――本当に息を呑むほど可愛かった。
御伽噺の眠り姫だ。そう思った。
その時、俺は恋に堕ちたんだ。
そして彼女と同じ高校を受験した俺は、まんまと彼女の一番の友達の位置を確保した。中学では殆ど他人と交流していないと森に聞いていたが、高校では少し話せるようになったらしい。
「王子のお蔭だよ」
そう、言われて不思議に思う。
俺は何もしていない。むしろずっと俺を唯一の友人として他の男と話さないでくれ、と真逆の事を心の中で願っていたから、俺の所為で友達ができなかったと批難されてもしょうがない、くらいに思っていたのだ。
「王子と仲良くなってから、周りとも上手くしゃべれるようになったんだ。他人をあまり怖がらなくても良いって思えるようになったの。だから、王子のお蔭」
ふんわりと優しく笑う笑顔はすごくレアで、俺は思わず息を呑む。穏やかなやや低めの声で嬉しそうに言う森に対して、俺は自分の浅ましい独占欲が少し恥ずかしくなった。
しかし、俺はまだ甘かったのだ。
上には上がいた。
独占欲の塊のような森の『弟』に殺気の籠った目で睨まれて、人目を気にせず執着する様子を見せられて、自分の行動が手緩かったのだと気が付かされた。
それまで森は、部活以外で男子どころか女子とも親しく話していないように見えたから……俺は思いっきり油断していたのだ。人付き合いに奥手そうな彼女を怯えさせないよう―――ゆっくり距離を縮めて行く予定だった。だから今は一番の友人の位置さえキープしていれば良い、そう思っていた。
それは大きな誤算だった。
180センチを超える長身、異国の血が混じった精悍な容貌、中学時代から既に固定ファンがいるというバスケ部のエース。まさかそんなライバルがいるだなんて、想像もしていなかった。
うちの高校も道内では強豪校と聞くが、きっとアイツならもっと強い私立校からもお誘いがあっただろう。なのに何故、この学校を一般受験したのか。答えは明白だった。
思春期で口も聞いてくれない弟がいるとは聞いていたが、こんな奴だと誰が思い到るだろうか。しかも、連れ子同士。血は繋がっていないと言う。弟が森を見る目は明らかに、自分の番を見るものだった。
しかし今のところ、森は弟を異性として意識していない。
忙しい部活の合間を縫って、弟は森の周りをうろつく。必死だ。
それなのに森はその様子を『シスコン』と断じて、自分も『ブラコン』だからと笑ってされるがままに流していた。
森が彼を弟として大事に思っているのは分かる。分かるが、そのまま放置しておいてうっかり弟の本懐が叶ってしまう可能性はゼロだとは言い切れない。
だから俺も負けてはいられない。弟より友人の方が異性として意識して貰いやすい筈だ。お昼ご飯を地学部で食べていると聞いて、食堂行きを弁当に切り替えて顔を出したり、近所の図書館に通っていると知って、一緒の席に座るよう時間を合わせて出向いたりした。弟は憮然として、冷たい目でそんな俺を見る。
姉の友人にそんな扱いをして、怒られないのかな?
いっそ呆れられてしまえば良いのに。
俺はそれを狙って弟を煽る。短気な性質なのか素直なのか、弟はすぐ挑発に乗ってくる。俺はその素直な様子が、可笑しくて仕様が無い。
がちゃり。
森の弟が、地学部に現れた。
森の隣に座る俺を認めると一瞬顔を強張らせる。しかし何も言わずぺこりと頭を下げ、席に座った。
「現地集合で良いかな?」
「あ、うん。9時だと早い?」
「大丈夫」
弟が顔を上げて、ジッと俺達を見た。
「どっか、行くの?」
「土曜日にプラネタリウムに行ってくる」
弟は眉を顰めて森を見つめた。俺の事は無視だ。
「何で?勉強は?」
「プラネタリウム閉館になっちゃうんだって。設備改修で。だから最後に見納めに。中学の時ずっと通っていたんだ。ね、王子」
「うん」
弟は更に眉間に皺を寄せた。
「地学部で行くの?」
「え?いや、森ともう1人の友達と」
「……そう」
あれ?
いつもこんな時、グダグダ文句を言って邪魔しようとするのに。
不快そうな様子はその態度から消えないが、低い声で弟は意外とあっさり了承の意を示した。
そして、眉間に皺を刻んだまま、弟が俺に視線を向けた。
「王子…先輩、姉貴をよろしくお願いします。あ、夕方の6時までに家に返して下さいね」
「え?あぁ、うん。わかった」
俺は耳を疑った。
『よろしく』っつった?!幻聴か?
不本意そうだけど、ほんとーに微かだけど……頭を下げた?
心境の変化?
姉離れ?
……。
―――もしかして、彼女でもできた??
だから『シスコン(?)』を卒業しようと決意したのか……?
喜ぶべきなのに、俺の胸にモヤモヤと不安が広がった。
安心してしまって果たして良いものだろうか。
こいつ、一体どういうつもりなんだろう……?
** ** **
受験勉強をしていると、何故か部屋の片付けをしたくなる。
つまり逃避だ。
逃避の途中で机の引き出しの中に、星座早見盤が入っているのを発見する。昔合宿で使ったものだ。地学部に返しそびれていた事を思い出す。俺は翌日、休み時間に2年生の教室を訪ねた。
館野がいなかったので、隣のクラスの安孫子に声をかける。
「王子先輩!久し振りっす。相変わらず、お美しーですね」
安孫子がニヤつきながら、舐めるように俺に視線を這わせる。
口を開かなければ十分可愛いと判断される容姿の安孫子だが、こっちは誉められても全く嬉しくない。BL好きのアイツの頭の中が気持ち悪い想像で一杯なのを知っているからだ。だから、館野に会いたかったのに。
「何か御用ですか?」
「星座早見盤。合宿のとき持ち帰って返すの忘れていたんだ」
「じゃあ、部室に戻しておきますね」
「よろしく」
ふと思い付いて、安孫子に尋ねた。
「安孫子、最近森の弟と会った?ちょっと様子が変わったような気がするんだけど、何か思い当たる事ある?」
「『聖耶』ですか?そうですね、思い当たる事……あるかもしれません」
安孫子の口元が、意味深に弧を描いた。
「何があったの?ちょっと雰囲気が柔らかくなったというか―――俺への当たりが緩くなったんだけど」
「知りたいですか?」
「うん」
早く教えてくれ。
居心地が悪くて仕方が無いんだから。
安孫子は何気に情報通だ。少し偏った目線だが、結構噂話の類に詳しい。ただ、『あの男子とこの男子の関係が妖しい』……とか、どう考えても俺の目には『違うだろ、まるきり友達関係だろ』としか映らない関係を深読みしすぎのガセネタも、時折混じっていたりするが。
「王子先輩に着て欲しい服があるんですよ」
「……は?」
突然話題が変わったので、思わず聞き返した。
「先輩がそれを着て私に写真を撮らせてくれれば―――お話しします」
「はあ?」
思わず声が大きくなってしまって、入口近くの2年生がちらりとこちらを見た。俺は慌てて声を低くする。
「何で俺がコスプレしなきゃなんないんだ。嫌に決まっているだろ」
憮然とした表情で安孫子を睨み付けるが、逆に余裕の表情でニッコリされた。
「『聖耶』はしましたよ」
「は?」
森・弟がコスプレ?!
奴は安孫子のねっとりした視線を毛嫌いしていたように見えた。絶対タダでコスプレなんかする筈が無い。
一体何があったんだ……?
「何で森・弟がそんな事したんだよ。絶対嫌がるだろ、アイツ」
「もちろん、大好きなお姉さまの為です」
安孫子はきっぱりと言い放った。
その自身満々な態度に、俺は苛つくと同時に不安を煽られる。
だけどコスプレなんて勘弁して欲しい。
コスプレが嫌、というよりコスプレをした俺を見る安孫子の蛇のような視線が嫌だ。思わず想像してしまい、ぞぞぞと寒気が背筋を登った。
「無理……」
安孫子は眉を上げて俺を面白そうに見た。
「……残念です。でも気が変わったら、いつでも声かけてださいね」
絶対、かけない。
安孫子を見る俺の目は死人のように生気が無いモノだったと思う。しかし、彼女はその冷たい視線に、余裕でニヤリと嗤って返した。
しかし一体、何があったんだ?
あんなに安孫子にキャラクターの名前で呼ばれるのを拒否反応を示していたのに。それを飛び越えて安孫子がゴリ押しで強要したとしても、アイツがその要求に応じてコスプレするなんて、信じられない。
俺と森の距離感に対して寛容になるという、森・弟の心境の変化は喜ばしい事なのだけれども―――安孫子の不気味さがザラリと俺の感情を逆撫でして、不安に駆られる。
森に直接尋ねても良いんだけど―――他人の心情に絶妙に鈍い森が、弟の挙動の意味に気付いているか疑わしいと思う。
それか反対に―――あっさり『清美に彼女ができたんだー』とか言って、何でも無いように話してくれそうな気もするけど。
何となくモヤモヤした気分が消えないが、とりあえず週末の楽しい約束の事を考えよう。この時期受験勉強一色だから、最高の息抜きになるだろう。
俺は不安を胸の奥に仕舞い込む事に決め、2年の教室を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただき、有難うございました。
コスプレ出来るか出来ないかに、清美と王子の想いの重さが現れてしまったかも?
まだ勝負に負けた事に気付いてない気の毒な王子様でした。
取り敢えずこの話で一旦後日談を終了します。
お付き合いいただき、有難うございました。
この後高坂先輩視点の番外編を投稿する予定です。
お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです!
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青少年科学館のプラネタリウムが、設備を一新するため閉館するらしい。
受験勉強真っ最中だが、どうしても想い出の場所が無くなってしまう前に森と一緒に訪れたかった。
「こんな時期だけど、最後に行ってみない?次の土曜日とか」
勿論、土曜日は森・弟が部活で身動きできない事は考慮済みだ。
「多分大丈夫だと思う。無くなっちゃうなんて淋しいね」
「彼方も行けるって」
「わ、久し振りだな。元気かな?」
「元気そうだよ。予備校通い大変みたいだけど。3人揃うのって本当に久しぶりだね」
俺と同中の彼方、そして森は青少年科学館で出会った。3人とも星が好きで、友達になってから何度もそのプラネタリウムに一緒に通ったものだ。中学生までは入館料がタダだから、それこそ飽きるくらい通った。
今でも森のワンピース姿が目に浮かぶ。最初は眩しい白、それから夏の空のような青だった。青いワンピースの森がプラネタリウムの座席で眠っている様子は―――本当に息を呑むほど可愛かった。
御伽噺の眠り姫だ。そう思った。
その時、俺は恋に堕ちたんだ。
そして彼女と同じ高校を受験した俺は、まんまと彼女の一番の友達の位置を確保した。中学では殆ど他人と交流していないと森に聞いていたが、高校では少し話せるようになったらしい。
「王子のお蔭だよ」
そう、言われて不思議に思う。
俺は何もしていない。むしろずっと俺を唯一の友人として他の男と話さないでくれ、と真逆の事を心の中で願っていたから、俺の所為で友達ができなかったと批難されてもしょうがない、くらいに思っていたのだ。
「王子と仲良くなってから、周りとも上手くしゃべれるようになったんだ。他人をあまり怖がらなくても良いって思えるようになったの。だから、王子のお蔭」
ふんわりと優しく笑う笑顔はすごくレアで、俺は思わず息を呑む。穏やかなやや低めの声で嬉しそうに言う森に対して、俺は自分の浅ましい独占欲が少し恥ずかしくなった。
しかし、俺はまだ甘かったのだ。
上には上がいた。
独占欲の塊のような森の『弟』に殺気の籠った目で睨まれて、人目を気にせず執着する様子を見せられて、自分の行動が手緩かったのだと気が付かされた。
それまで森は、部活以外で男子どころか女子とも親しく話していないように見えたから……俺は思いっきり油断していたのだ。人付き合いに奥手そうな彼女を怯えさせないよう―――ゆっくり距離を縮めて行く予定だった。だから今は一番の友人の位置さえキープしていれば良い、そう思っていた。
それは大きな誤算だった。
180センチを超える長身、異国の血が混じった精悍な容貌、中学時代から既に固定ファンがいるというバスケ部のエース。まさかそんなライバルがいるだなんて、想像もしていなかった。
うちの高校も道内では強豪校と聞くが、きっとアイツならもっと強い私立校からもお誘いがあっただろう。なのに何故、この学校を一般受験したのか。答えは明白だった。
思春期で口も聞いてくれない弟がいるとは聞いていたが、こんな奴だと誰が思い到るだろうか。しかも、連れ子同士。血は繋がっていないと言う。弟が森を見る目は明らかに、自分の番を見るものだった。
しかし今のところ、森は弟を異性として意識していない。
忙しい部活の合間を縫って、弟は森の周りをうろつく。必死だ。
それなのに森はその様子を『シスコン』と断じて、自分も『ブラコン』だからと笑ってされるがままに流していた。
森が彼を弟として大事に思っているのは分かる。分かるが、そのまま放置しておいてうっかり弟の本懐が叶ってしまう可能性はゼロだとは言い切れない。
だから俺も負けてはいられない。弟より友人の方が異性として意識して貰いやすい筈だ。お昼ご飯を地学部で食べていると聞いて、食堂行きを弁当に切り替えて顔を出したり、近所の図書館に通っていると知って、一緒の席に座るよう時間を合わせて出向いたりした。弟は憮然として、冷たい目でそんな俺を見る。
姉の友人にそんな扱いをして、怒られないのかな?
いっそ呆れられてしまえば良いのに。
俺はそれを狙って弟を煽る。短気な性質なのか素直なのか、弟はすぐ挑発に乗ってくる。俺はその素直な様子が、可笑しくて仕様が無い。
がちゃり。
森の弟が、地学部に現れた。
森の隣に座る俺を認めると一瞬顔を強張らせる。しかし何も言わずぺこりと頭を下げ、席に座った。
「現地集合で良いかな?」
「あ、うん。9時だと早い?」
「大丈夫」
弟が顔を上げて、ジッと俺達を見た。
「どっか、行くの?」
「土曜日にプラネタリウムに行ってくる」
弟は眉を顰めて森を見つめた。俺の事は無視だ。
「何で?勉強は?」
「プラネタリウム閉館になっちゃうんだって。設備改修で。だから最後に見納めに。中学の時ずっと通っていたんだ。ね、王子」
「うん」
弟は更に眉間に皺を寄せた。
「地学部で行くの?」
「え?いや、森ともう1人の友達と」
「……そう」
あれ?
いつもこんな時、グダグダ文句を言って邪魔しようとするのに。
不快そうな様子はその態度から消えないが、低い声で弟は意外とあっさり了承の意を示した。
そして、眉間に皺を刻んだまま、弟が俺に視線を向けた。
「王子…先輩、姉貴をよろしくお願いします。あ、夕方の6時までに家に返して下さいね」
「え?あぁ、うん。わかった」
俺は耳を疑った。
『よろしく』っつった?!幻聴か?
不本意そうだけど、ほんとーに微かだけど……頭を下げた?
心境の変化?
姉離れ?
……。
―――もしかして、彼女でもできた??
だから『シスコン(?)』を卒業しようと決意したのか……?
喜ぶべきなのに、俺の胸にモヤモヤと不安が広がった。
安心してしまって果たして良いものだろうか。
こいつ、一体どういうつもりなんだろう……?
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受験勉強をしていると、何故か部屋の片付けをしたくなる。
つまり逃避だ。
逃避の途中で机の引き出しの中に、星座早見盤が入っているのを発見する。昔合宿で使ったものだ。地学部に返しそびれていた事を思い出す。俺は翌日、休み時間に2年生の教室を訪ねた。
館野がいなかったので、隣のクラスの安孫子に声をかける。
「王子先輩!久し振りっす。相変わらず、お美しーですね」
安孫子がニヤつきながら、舐めるように俺に視線を這わせる。
口を開かなければ十分可愛いと判断される容姿の安孫子だが、こっちは誉められても全く嬉しくない。BL好きのアイツの頭の中が気持ち悪い想像で一杯なのを知っているからだ。だから、館野に会いたかったのに。
「何か御用ですか?」
「星座早見盤。合宿のとき持ち帰って返すの忘れていたんだ」
「じゃあ、部室に戻しておきますね」
「よろしく」
ふと思い付いて、安孫子に尋ねた。
「安孫子、最近森の弟と会った?ちょっと様子が変わったような気がするんだけど、何か思い当たる事ある?」
「『聖耶』ですか?そうですね、思い当たる事……あるかもしれません」
安孫子の口元が、意味深に弧を描いた。
「何があったの?ちょっと雰囲気が柔らかくなったというか―――俺への当たりが緩くなったんだけど」
「知りたいですか?」
「うん」
早く教えてくれ。
居心地が悪くて仕方が無いんだから。
安孫子は何気に情報通だ。少し偏った目線だが、結構噂話の類に詳しい。ただ、『あの男子とこの男子の関係が妖しい』……とか、どう考えても俺の目には『違うだろ、まるきり友達関係だろ』としか映らない関係を深読みしすぎのガセネタも、時折混じっていたりするが。
「王子先輩に着て欲しい服があるんですよ」
「……は?」
突然話題が変わったので、思わず聞き返した。
「先輩がそれを着て私に写真を撮らせてくれれば―――お話しします」
「はあ?」
思わず声が大きくなってしまって、入口近くの2年生がちらりとこちらを見た。俺は慌てて声を低くする。
「何で俺がコスプレしなきゃなんないんだ。嫌に決まっているだろ」
憮然とした表情で安孫子を睨み付けるが、逆に余裕の表情でニッコリされた。
「『聖耶』はしましたよ」
「は?」
森・弟がコスプレ?!
奴は安孫子のねっとりした視線を毛嫌いしていたように見えた。絶対タダでコスプレなんかする筈が無い。
一体何があったんだ……?
「何で森・弟がそんな事したんだよ。絶対嫌がるだろ、アイツ」
「もちろん、大好きなお姉さまの為です」
安孫子はきっぱりと言い放った。
その自身満々な態度に、俺は苛つくと同時に不安を煽られる。
だけどコスプレなんて勘弁して欲しい。
コスプレが嫌、というよりコスプレをした俺を見る安孫子の蛇のような視線が嫌だ。思わず想像してしまい、ぞぞぞと寒気が背筋を登った。
「無理……」
安孫子は眉を上げて俺を面白そうに見た。
「……残念です。でも気が変わったら、いつでも声かけてださいね」
絶対、かけない。
安孫子を見る俺の目は死人のように生気が無いモノだったと思う。しかし、彼女はその冷たい視線に、余裕でニヤリと嗤って返した。
しかし一体、何があったんだ?
あんなに安孫子にキャラクターの名前で呼ばれるのを拒否反応を示していたのに。それを飛び越えて安孫子がゴリ押しで強要したとしても、アイツがその要求に応じてコスプレするなんて、信じられない。
俺と森の距離感に対して寛容になるという、森・弟の心境の変化は喜ばしい事なのだけれども―――安孫子の不気味さがザラリと俺の感情を逆撫でして、不安に駆られる。
森に直接尋ねても良いんだけど―――他人の心情に絶妙に鈍い森が、弟の挙動の意味に気付いているか疑わしいと思う。
それか反対に―――あっさり『清美に彼女ができたんだー』とか言って、何でも無いように話してくれそうな気もするけど。
何となくモヤモヤした気分が消えないが、とりあえず週末の楽しい約束の事を考えよう。この時期受験勉強一色だから、最高の息抜きになるだろう。
俺は不安を胸の奥に仕舞い込む事に決め、2年の教室を後にした。
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お読みいただき、有難うございました。
コスプレ出来るか出来ないかに、清美と王子の想いの重さが現れてしまったかも?
まだ勝負に負けた事に気付いてない気の毒な王子様でした。
取り敢えずこの話で一旦後日談を終了します。
お付き合いいただき、有難うございました。
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