俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
78 / 211
・番外編・ 天然タラシ(無自覚)はご遠慮ください

3.飲み過ぎじゃない?

しおりを挟む
最後のショートカクテルを煽るように飲み干して、カンッとグラスをテーブルに置いた和美は「じゃあ、送るよ」と言って、立ち上がる。

「飲み過ぎじゃない?」

心配そうに尋ねるハナに、和美は軽く笑って否定した。

「そんなでも無いよ。明日休みだし、大丈夫」
「もう帰ったら?」
「いや、送るって決めたからホテルまで行くよ」

真面目な和美は言い出したら聞かない所がある。ハナは諦めて和美のしたいようにさせる事にした。






「えーと、じゃあ」

ハナはホテルの前で立ち止まると、振り返ってお別れの挨拶を口にしようとした。
和美は無言で数秒ハナを見下ろしていたが、表情を強張らせてボソリと呟いた。

「部屋まで送る」

(やっぱり、酔っているよね)

見下ろす眼光の鋭さにハナはやや怯んだ。

優しい笑顔がデフォルトの筈の、和美のすごんだ表情には迫力がある。しかも小柄なハナが見上げると、照明の灯が顔に影を落とし更に威力が増すのだ。

「あ、うん……」

ハナは言われるがまま、エレベーターを上がった。






部屋の前に立ち扉を開けた。それから部屋の凹みにカードキーを差し入れると手狭なビジネスホテルの室内に淡い光が灯った。

「じゃ、ありがと。またね」
「……」
「え?ちょ、ちょっと……和美?」

和美が扉を壁に押し付けるように押さえて、入って来た。

バタン。

その手を離すとオートロックの分厚い防火戸が、スーバタンとあるべき場所に戻った。扉をピタリと閉まり、和美とハナは部屋の中に取り残されてしまった。

「話がある」

和美はまだ無表情のままだ。低価格のビジネスシングルは部屋数を確保するため天井がギリギリまで低い。かなり高身長の和美がその狭い部屋に仁王立ちしていると、半端では無い圧迫感で胸が苦しくなるような錯覚をハナに与えた。

「何……?あ、えっと座る?」

また子供の事だろうか?そういえば最近、仕事の話題ばかりで家庭の悩み事に関する相談が少なかったような気がする。明るい昼間に話し難い内容もあるかもしれない―――ハナはそう思い到った。だからお酒を飲んで勢いを付けたのだろうか、とバーでの和美の挙動を思い浮かべる。

「うん」

聞いているかいないか判らないような―――心ここに在らずといった生返事をして、和美はハナの肩に手を置いた。そしてその手を背中に滑らすと……もう一方の手をハナの腰に回して抱き寄せた。

「和美?」

ぎゅうっと抱き着いて来た大きな男が、肩口に埋めた顔を離して至近距離でハナを見つめた。

「ハナ……」

名前を呼ばれ返事をする間も無く、唇を温かいもので塞がれた。
次には足が浮いて、ハナは自分が抱え上げられた事に気が付いた。

呆気に取られている間に、和美はハナを抱えたままずんずんと部屋のベッドまで移動し―――ハナの軽い体が力強い腕に寄って狭いベッドに押し付けられた。






**  **  **






パチリと目を覚ますと、分厚い遮光カーテンの隙間の向こうは未だ闇世だった。街灯の灯りが微かに混じり……仄かに明るい。



結局ハナは和美に流されるまま、2度目の朝を迎えてしまった。

狭いベッドだから仕方がない事だが、和美はハナを抱き込むように身を寄せていた。裸の肌の感触が気持ち良い。

ハナが男と寝たのはヒロキが亡くなって以来2度目の事だ。

つまり前回酔っぱらった和美を慰めたのは―――ハナにとってかなり久しぶりの性交渉だったのだ。家庭と仕事に掛かり切りで、これまで男性と付き合う暇は皆無と言って良かった。

(まあお誘い自体、無いのだけれど)

と、自嘲的にハナはひとりごちる。

32歳はまだ若い。恋愛を十分謳歌しても不思議はない年齢だと思う。
しかし自分に到っては元々あまり色気というものに恵まれていないし、母子家庭となった今では一家の大黒柱臭が半端無く、周囲から恋愛対象としては敬遠されているだろうな―――と想像していた。

……まあ自分自身も色々乗り越えすぎて、もう今更恋愛遊戯に興味を抱けない……という所が真実に近いのだが。

一方和美はハナと似た境遇のように見えるが、男性の場合は少し違うのだろうな……とハナは同情した。

(溜まっていたのかな)

と身も蓋も無い事を考える。だから、抵抗はしなかった。

最愛の妻を失って2年が経過したが、仕事は激務な上多忙だ。真面目な和美は近寄ってくる肉食女子に気軽に手を出すという気持ちにはなれないのだろうと、ハナは理解していた。和美の年齢であれば『付き合う』=『結婚前提』になってしまうかもしれない。
そうなると自分の好悪感情だけでなく、息子と付き合う相手としての相性も考えなければならない。

踏み出すには和美にはハードルが高いのだ。
だからエリカがいない悲しみを癒したくても、なかなか安心して甘えられる相手がいないのだろうとハナは推測していた。



ヒロキが突然いなくなってしまった時、ハナは遺体に寄り添って火葬場まで行った。
にもかかわらず、暫く人混みの中にヒロキに似た背格好の人物を見つけては―――違う人間だったと気付き落ち込んだ。
ヒロキの喪失から立ち直るのは難しかったし、長い時間を要した。
そして傍にいる筈の人がいないというのは―――本当に心の芯から寂しいものだ。娘の晶がいなかったら、手近な人間に意地汚く縋ってしまったかもしれない。

和美も寂しいのだろう。

しかしハナと違って和美はモテるのだ。近い内に可愛くて性格も良くて、清美の事も大事にしてくれる若い女の子―――おそらく野心家の萌香は難しいだろうが―――と付き合って再婚することになるだろう。
ハナは自分を大事そうに抱き留めている男の顔を、相手が眠っている事を良い事に無遠慮に眺めた。



優しいし実力も合って、出世頭の働き盛りで。
ギャンブルも煙草も深酒もしない。
お腹も出てないし、スタイルも良い背の高いイケメンで―――おまけにセックスも上手い。
ちょっと、仕事人間過ぎるところはあるが……。

これは、モテるハズだわー!
と、改めて納得してしまう。



「大体ズルいよね。男は年取る度にカッコよくなるのに、女はどんどんオバサンになっちゃうしさ」

えいっと身を乗り出し腹いせに和美の綺麗な瞼にチュッと口付ける。
するとパチッと和美が目を覚ました。

「ハナは可愛いよ」

精悍な瞳に至近距離で見つめられ―――ハナはパチパチと瞬きをする。

「起きてたの?」

(この天然タラシが)

と、苦々しく心の中で悪態をついて―――ハナは和美の強い視線に負けないよう睨み返した。しかしカーテンの隙間からうっすらと朝日が染みだしているのに気が付くと、思い出したように和美を急かした。

「そうだ。早く家に帰んないと。息子が家で待っているよ」

ハナは体を起こそうと、自分を抱き込む和美の胸に手を突っ張って離れようとした。

「ハナ」

拘束を緩めない和美が、ハナの頭に口を寄せ彼女を呼んだ。息が当たって地肌が少し暖かくなる。

「俺、ハナに言いたい事があったんだ」

言いたい事があってここまで付いて来たのに、目的も果たさず性欲だけ発散しちゃったんですね……とハナは心の中で呟いた。しかし声に出して揶揄うのも時間の無駄かな、とハナは続きを促した。

「はい、どーぞ」
「ちょっと、座って」

体を引っ張られて起こされる。

そしてベッドの上に半裸の男女が向かい合って座るという―――シュールな光景が展開した。女の子座りのハナに対峙する和美は、何故か正座だ。

「何、改まって……」

ハナは大仰な和美の態度に、違和感を覚えて考えを巡らせた。
そしてハッと息を呑んだ。



(もしかして、借金の申込み……?)



苦労人のハナには、その程度の想像力しか無い。

そんな事をハナが想像して、息を詰めているなどと一粒も思い至らない和美が―――意を決して、頭を下げた。

(え……土下座?どんだけ高額の借金をする気……?)

ハナは思わず顔を青くして、頭を下げる和美を凝視した。

「付き合って下さい」
「……」

ハナは無言。

和美は顔を上げて、今度はハナの顔をしっかり見て申し込んだ。

「ハナの事が好きなんだ。付き合って下さい」
「……あれ?」

ハナは首を傾げた。

「借金の申込み……ではない?」

今度は和美が首を傾げた。

「違う。何でそーなる」
「色仕掛け……」

正座した和美を見た時、咄嗟にハナは昨日の熱心な和美の奉仕の意味をそう曲解したのだった。下心ありだったか……!と。

「違う」

和美は呆れたようにハナの妄想力の暴走に溜息を吐いた。
しかし気を取り直して、軽く咳払いをしハナの瞳を再び覗き込む。

「だけど『色仕掛け』で落ちてくれるのなら―――もう1回頑張るけど」

ニヤリと和美はいつもと違う笑い方をした。

言った傍から色気が滲み出て来るような笑顔だ。
だからハナは何だかドキドキと落ち着かない気持ちになってしまった。

赤くなって口を開かないハナの様子を了解と受け取って―――和美はハナの頬に手を伸ばした。
そっと唇に触れ―――、一度離れてから再び深く口付ける。
じっくり味わうように時間を掛けてハナの咥内を堪能してから、改めて和美はゆっくりとハナに覆いかぶさった。

ポスンとハナの背中が、ベッドに到達する。






「あ」





その時思い出したように、ハナが素の声を発した。
流れを止められた和美は、訝しそうにハナの表情を見守った。

「……えっと……二股になるけど、それでも良い?」

「は?」

思わず、和美も素になった。

ハナが何を言っているのか、理解するのに数秒かかった。何故か和美はハナに恋人はいないと決め付けていたが、そういえば一度も確認していない事に気が付いて唖然とした。

「いったい、誰と……」

思わず声が擦れたが、ハナの答えに一気に力が抜けた。

「ヒロキの事、まだ好きだから」
「ああ……そう言う事……」

安堵の溜息を漏らすと、ハナが真面目な顔で言った。

「大事な事だよ」
「うん、そうだね。じゃあ、俺も二股だからお互い様……」

和美がこれ以上待てないというように、瞼を閉じてハナに再び覆い被さって来た。
ハナはその顔をまじまじと見つめながら「近距離に耐える綺麗な顔だな」と改めて感心していた。
唇が触れる直前でピタリと和美が制止し、パチリとその形の良い瞼が開いた。

「ヒロキ以外の生身の男は駄目だから」

真面目な顔で言うものだから、思わずハナは噴き出した。

「和美もね。あと、今後無自覚に女性を誑し込むのも禁止」
「そんな覚えないけど……判ったよ」

『もう話はしまい』と、和美がハナの唇を性急に奪った。






こうして、2人は付き合う事になったのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】就職氷河期シンデレラ!

たまこ
恋愛
「ナスタジア!お前との婚約は破棄させてもらう!」  舞踏会で王太子から婚約破棄を突き付けられたナスタジア。彼の腕には義妹のエラがしがみ付いている。 「こんなにも可憐で、か弱いエラに使用人のような仕事を押し付けていただろう!」  王太子は喚くが、ナスタジアは妖艶に笑った。 「ええ。エラにはそれしかできることがありませんので」 ※恋愛小説大賞エントリー中です!

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

処理中です...