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第一話:誰も知らぬ孤独の支配者
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異世界転生してから、もう二年が経つ。
転生した直後──自分が愛読していたボーイズラブ小説『アステルガルドの薔薇』に登場する、物語序盤で退場する“悲劇の君主”セレスティン・アルクヴェイドになってしまったと理解した瞬間の絶望は、今思い返しても胃が軋む。
けれど、そんな俺の混乱などお構いなしに、口も態度も勝手に「冷徹な君主」を演じ始めていた。
まるで原作の人格が、二度目の人生でそのまま身体に馴染んでしまったかのように。
その勢いのまま原作知識を総動員し、本来なら暗殺され帝国を混乱へと導くはずの運命を回避した。
二年という時間のあいだに、数々の危機をくぐり抜け、戦火に揺れる帝国をどうにか安定へと導いてきた。
外から見れば――
俺は「氷の美貌を持つ偉大な君主」。
完璧で、冷徹で、揺るがぬ支配者。
だが、その仮面の下で、俺の心は常に張り詰めている。
原作で早々に退場するキャラクターだ。
いくら平和を取り戻したとはいえ、いつ暗殺者の刃が喉元へ迫るか分からない。この玉座に座るかぎり、安息など訪れない。
唯一の慰めといえば、公文書の山を黙々と処理する作業くらいだ。
帝国の平穏は、俺という一人の人間を擦り減らし続けることで保たれているに過ぎない。
夕陽が差し込む執務室で、金の装飾が赤く輝く。
一日が終わる――だが、俺の本番はここからだ。
日中に終わらなかった事務処理。
明日の評議会の準備。
誰より早く起き、誰より遅くまで働く。
それが、原作で早々に死ぬはずだった“偽りの君主”として、この帝国に負わせた罪への、せめてもの償いだった。
◇
「セレスティン様、本日分の報告書でございます」
ノックもなく扉が開き、深紅の騎士団長ライオネルが書類の束を抱えて入室する。その後ろを、銀髪の宰相アシュレイが柔らかな笑みを浮かべながら続いた。
彼らの存在は、俺にとって常に緊張を強いるものだ。
「……遅い」
顔を上げず、ペンを走らせながら冷たく言い放つ。
疲労で掠れそうな声を、意識的に低く、重くした。
「申し訳ございません。辺境伯領の反乱分子に関する調査に手間取りまして」
ライオネルは顔色一つ変えず、机の前に立つ。その深く澄んだ青い瞳の奥には、俺を射抜く熱が宿っている。まるで、冷たい仮面の下の脆さを暴こうとするかのように。
「ですが、ご報告の通り、今朝には完全に鎮圧いたしました。これにて、帝国辺境の不安要素は一掃されたかと」
報告書に軽く目を通し、完璧な仕事ぶりに内心で舌を巻いた。
ライオネルは剣の腕も戦略眼も帝国随一。その武力は帝国を揺るぎないものにした最大の要因の一つだ。だからこそ、俺は彼を拒絶しきれない。
「よくやった。だが、不眠不休で働いていると聞く。自身の体も案じろ」
わずかに労いの言葉を口にする。偽りではない。俺は本当に、彼の健康を案じているのだ。
ライオネルはそれを、自分へのご褒美のように受け止める。
「セレスティン様のお言葉、このライオネルには何よりの栄誉でございます。この身を顧みず、貴方様と帝国のために尽くすことこそ、我が喜び」
忠誠を誓う言葉の裏で、目がぎらりと光る。
その視線は、俺の指先から、首筋、そして喉元へと這い上がってくるような錯覚を覚える。まるで、俺の全てを掌握しようとする獣の視線だ。
「ライオネル殿の献身には頭が下がります。しかし、セレスティン様のご懸念もごもっとも。健康を損ねては元も子もございません」
宰相アシュレイが柔らかく口を挟む。その銀髪は夕陽に照らされ、幻惑的な輝きを放つ。
細身だが研ぎ澄まされた刃のような美貌は、どんな貴族も魅了するだろう。しかし紫の瞳の奥には、ライオネルとは異なる狂気が宿る。
「私も、セレスティン様の御身を案じております。過労は万病の元。もしよろしければ、今夜の書類は私が確認し、明日朝に報告差し上げますが?」
にこやかに提案するアシュレイ。だが、その言葉には罠がある。彼に渡った書類がそのまま戻る保証はない。
彼の知略は帝国を安定させる上で不可欠だが、同時に最も恐ろしい武器でもある。彼は巧みに情報を操作し、俺の周囲から信頼できる人間を排除してきた。
その結果、俺は今、彼ら二人以外に心底から頼れる者がいなくなってしまった。
「お前たちの心遣いは理解している。だが、書類は私が直接目を通す。君主としての責務だ」
俺はきっぱりと断った。
彼らを信頼していないわけではない。しかし、彼らに全てを任せれば、俺はただの飾りになるだろう。それではいけない。
俺はあくまで君主として、この国の全てを掌握していなければならない。それが、俺の存在意義なのだから。
「恐れながら、セレスティン様。私どもも、貴方様の手足として尽力しております。どうか、もう少し私たちをお頼りください」
ライオネルは一歩踏み出し、俺の机に手をついた。その強靭な腕が、震えているように見えたのは気のせいだろうか。
「セレスティン様がすべてを抱え込んでは、いつかお倒れになってしまいます。そんな事態は、私どもが何としても避けたいと願うことでございます」
アシュレイの声は優しげだが、その目は俺から決して離れない。まるで、少しでも隙を見せれば、すぐにでも俺を食い破ろうとするかのような執着だ。
彼らは、俺が弱音を吐くことを、俺が彼らに依存することを、心待ちにしているようだった。
転生した直後──自分が愛読していたボーイズラブ小説『アステルガルドの薔薇』に登場する、物語序盤で退場する“悲劇の君主”セレスティン・アルクヴェイドになってしまったと理解した瞬間の絶望は、今思い返しても胃が軋む。
けれど、そんな俺の混乱などお構いなしに、口も態度も勝手に「冷徹な君主」を演じ始めていた。
まるで原作の人格が、二度目の人生でそのまま身体に馴染んでしまったかのように。
その勢いのまま原作知識を総動員し、本来なら暗殺され帝国を混乱へと導くはずの運命を回避した。
二年という時間のあいだに、数々の危機をくぐり抜け、戦火に揺れる帝国をどうにか安定へと導いてきた。
外から見れば――
俺は「氷の美貌を持つ偉大な君主」。
完璧で、冷徹で、揺るがぬ支配者。
だが、その仮面の下で、俺の心は常に張り詰めている。
原作で早々に退場するキャラクターだ。
いくら平和を取り戻したとはいえ、いつ暗殺者の刃が喉元へ迫るか分からない。この玉座に座るかぎり、安息など訪れない。
唯一の慰めといえば、公文書の山を黙々と処理する作業くらいだ。
帝国の平穏は、俺という一人の人間を擦り減らし続けることで保たれているに過ぎない。
夕陽が差し込む執務室で、金の装飾が赤く輝く。
一日が終わる――だが、俺の本番はここからだ。
日中に終わらなかった事務処理。
明日の評議会の準備。
誰より早く起き、誰より遅くまで働く。
それが、原作で早々に死ぬはずだった“偽りの君主”として、この帝国に負わせた罪への、せめてもの償いだった。
◇
「セレスティン様、本日分の報告書でございます」
ノックもなく扉が開き、深紅の騎士団長ライオネルが書類の束を抱えて入室する。その後ろを、銀髪の宰相アシュレイが柔らかな笑みを浮かべながら続いた。
彼らの存在は、俺にとって常に緊張を強いるものだ。
「……遅い」
顔を上げず、ペンを走らせながら冷たく言い放つ。
疲労で掠れそうな声を、意識的に低く、重くした。
「申し訳ございません。辺境伯領の反乱分子に関する調査に手間取りまして」
ライオネルは顔色一つ変えず、机の前に立つ。その深く澄んだ青い瞳の奥には、俺を射抜く熱が宿っている。まるで、冷たい仮面の下の脆さを暴こうとするかのように。
「ですが、ご報告の通り、今朝には完全に鎮圧いたしました。これにて、帝国辺境の不安要素は一掃されたかと」
報告書に軽く目を通し、完璧な仕事ぶりに内心で舌を巻いた。
ライオネルは剣の腕も戦略眼も帝国随一。その武力は帝国を揺るぎないものにした最大の要因の一つだ。だからこそ、俺は彼を拒絶しきれない。
「よくやった。だが、不眠不休で働いていると聞く。自身の体も案じろ」
わずかに労いの言葉を口にする。偽りではない。俺は本当に、彼の健康を案じているのだ。
ライオネルはそれを、自分へのご褒美のように受け止める。
「セレスティン様のお言葉、このライオネルには何よりの栄誉でございます。この身を顧みず、貴方様と帝国のために尽くすことこそ、我が喜び」
忠誠を誓う言葉の裏で、目がぎらりと光る。
その視線は、俺の指先から、首筋、そして喉元へと這い上がってくるような錯覚を覚える。まるで、俺の全てを掌握しようとする獣の視線だ。
「ライオネル殿の献身には頭が下がります。しかし、セレスティン様のご懸念もごもっとも。健康を損ねては元も子もございません」
宰相アシュレイが柔らかく口を挟む。その銀髪は夕陽に照らされ、幻惑的な輝きを放つ。
細身だが研ぎ澄まされた刃のような美貌は、どんな貴族も魅了するだろう。しかし紫の瞳の奥には、ライオネルとは異なる狂気が宿る。
「私も、セレスティン様の御身を案じております。過労は万病の元。もしよろしければ、今夜の書類は私が確認し、明日朝に報告差し上げますが?」
にこやかに提案するアシュレイ。だが、その言葉には罠がある。彼に渡った書類がそのまま戻る保証はない。
彼の知略は帝国を安定させる上で不可欠だが、同時に最も恐ろしい武器でもある。彼は巧みに情報を操作し、俺の周囲から信頼できる人間を排除してきた。
その結果、俺は今、彼ら二人以外に心底から頼れる者がいなくなってしまった。
「お前たちの心遣いは理解している。だが、書類は私が直接目を通す。君主としての責務だ」
俺はきっぱりと断った。
彼らを信頼していないわけではない。しかし、彼らに全てを任せれば、俺はただの飾りになるだろう。それではいけない。
俺はあくまで君主として、この国の全てを掌握していなければならない。それが、俺の存在意義なのだから。
「恐れながら、セレスティン様。私どもも、貴方様の手足として尽力しております。どうか、もう少し私たちをお頼りください」
ライオネルは一歩踏み出し、俺の机に手をついた。その強靭な腕が、震えているように見えたのは気のせいだろうか。
「セレスティン様がすべてを抱え込んでは、いつかお倒れになってしまいます。そんな事態は、私どもが何としても避けたいと願うことでございます」
アシュレイの声は優しげだが、その目は俺から決して離れない。まるで、少しでも隙を見せれば、すぐにでも俺を食い破ろうとするかのような執着だ。
彼らは、俺が弱音を吐くことを、俺が彼らに依存することを、心待ちにしているようだった。
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