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1章

告白②(巳涼視点)

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 柳華乃葉。
 同じクラスの学級委員長。何の手も加えていない綺麗な黒い髪を三つ編みにして、丸眼鏡をかけている。私と対極にあるような人。

 そんな彼女に今日、告白をした。
 風が強く、開きっぱなしの窓から桜の花びらが吹き込んで、思わず見惚れてしまうような光景だった。
 驚く姿も慌てる姿も、笑っている姿も全てが私を虜にして、どんどん深みにはまっていくのを感じる。
 告白してから当然振られて、それでも優しい彼女は「友達から」と私を突き放さず、一緒に下校までしてくれた。
 戸惑っていただろうに、私の言葉をするりと受け入れて笑顔で語りかけてくれる彼女が好きだ。

「…あの…巳涼はなんで私に告白してくれたの?」

 何故告白したのか理由を聞かれる。
 それはそうだ。中学生の時の出来事を覚えていない彼女からしたら、入学5日で告白など考えても理解のできない行為だろう。
 それらを紐解くように華乃葉に説明する。

「うーん、そうだな。私、中学生の時華乃葉と会ったことあるんだよね」

 
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 中学生の頃、私の居場所などどこにもないのだと思い込んでいた。
 家では両親が常に喧嘩し、学校では遠巻きに見られ話しかけても会話にならない。
 だから、高校は誰も知ってる人がいない所に行こうと考えた。通学は大変だけど同級生がいない、それでいて生徒の雰囲気が良い高校、それが県立北高校だった。
 校則は緩く制服を着崩してる人も多い、偏差値もそこそこで、私にとってこれ以上ない最適な高校だと思った。
 常に1人だった私に勉強する時間は無限にあり、面接練習だって何回もやった。

 そして受験当日、私は華乃葉に出会った。
 私は、校門付近でパスケースを落としたのに気が付かず、後ろから走って追いかけてきた華乃葉に声をかけられた。

「あのー!これ、落としま…あ、受験の日に落としたとかは良くないですよね。はい、受験頑張りましょうね」
「…ありがとう、ございます」

 私の手を包み込んで、目を見てそう話してくれた彼女に、私は思わず目を剥く。
 初対面なのになぜ、そんなに無垢な笑顔を向けられるのだろうか。
 今まで嫌悪、恐怖、拒絶などの負の感情を向けられ続けられた私の心が一瞬で奪われるのは、必然だった。
 体温が上昇し、血液が全身をめぐるような、初めての感覚を覚える。触れた手にじんじんと残った感触を必死に思い出そうと開いて閉じて、忙しなく動かす。
 しかし、そこは受験会場であるのをすぐさま思い出し、足を進めた。それでも、冬の寒さを忘れ、熱を残した私の体はその日一日戻らなかった。
 出会って顔を合わせたのは一瞬でも、記憶には長く残る。中学を卒業しても思い出させる華乃葉の顔はとても綺麗だった。

 無事に高校には受かった。
 喜びを共有する人はいなかったが、受験の時に出会った彼女も合格しているといいな、という思いでいっぱいだった。
 入学初日に席を一緒に探したのも、帰りにぶつかったのも偶然だった。あれもこれも、同じクラスになれたから起こり得た事だろう。私は内心、教師に全力で感謝した。

 受験の時に体験したあの感覚が確かに恋なのか、知るべきだと考えた私は華乃葉の観察をしようと決意する。朝は必ず挨拶し、委員長の仕事をしていたら手伝う。そんな学校生活を過ごしていた。
 これが確信づいた決定的な出来事は、入学してから5日目。

 出席番号が近かった追崎おいさきという子と仲良くなり、お昼に誘われた。高校では人間関係が上手くいきそうだ、と思い顔が常に緩んでいたが華乃葉の席に座って、と言われた時は流石に固まった。
 無遠慮に座っていいものなのか、こんなに下心のあるものが華乃葉の席を使っていいのか葛藤していると、追崎に怪しまれ躊躇いつつ着席した。

 昼食を食べ始めてから数分、扉の向こうからパタパタと走ってくる足音が聞こえ、振り向いた。
 すると、そこには華乃葉が息を切らしながら私の座っている席、華乃葉の席に手を伸ばしたのだ。一瞬、ほんの一瞬だけ私に触れるのかと思い体がこわばった。しかし、そんなはずはなく、華乃葉の手は机の横にかけてある鞄に向かい、中からスマホを取り出した。
 勘違いも甚だしいが、私に用があるのだと思い込んでしまったことに赤面する。その顔をあまり見られたくないのと、まだ用事があるのならば私は邪魔になるため席を退こうと立ち上がった。…はずだったが、それは華乃葉の手によって阻止され、今度は本当に私の肩に手が触れていた。

「そこにいていいですよ、すぐ行くので!」

 その時、私は彼女が本当に好きなのだと確信した。

ーーそこにいていい
 
 華乃葉は何気なく言った言葉なのだろう。その言葉に、私が感じているほどの他意はない。
 それでも、中学生の頃常に居場所がないと思い込んでいた私に、そこにいていいのだと教えてくれた。
 受験の日に出会い、目を見て冷たい手を包み込んで温もりをくれた人。何気ない言葉で私の心を救ってくれる人。
 こんなに素晴らしい子を私は逃してはいけないと、もっと仲良くなりたいと心の底から思った。
 
 その後すぐに華乃葉は行ってしまったが、追崎には顔が赤い、と指摘されなんとか誤魔化し昼食に戻った。

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