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レンズ世代
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夢結び11「翼の重さ」として知られる次の作品は、テオが初めてレンズ生まれの子と出会ったときにコード化された。その子は言語を使わず、形、香、音色で意思を伝えた。この夢結びは、世話をすることの重さ、手放す悲しみ、そして終わらない終止の自由を探求する。多くの場合、指先の触れ合い、共有する目差、または何かが去っていくのを見て呼び戻さない行為を通して体験する。
【感覚の初期化】
→ 柔らかな光の中から始まる
→ 手のひらには藻屑の感触
→ 鼓動のような音が聞こえる。それは、自分に対する誰かの記憶のように遠い
I. 子どもと鳥
あなたの手には、小さな鳥がいる。それは傷ついていている。まるで時を借りているように呼吸している。
隣にいる子どもは沈黙している。言葉を使わない子——でもその意図は分かる。その子は鳥ではなく、あなたの手を指さす。
「いつまでそれを持ち歩くの?」
「その世話は、鳥のため? それとも自分のため?」
あなたは手元を見る。
鳥の翼が一度だけ羽ばたき、そして止まる。
あなたはその鳥の温もりと、それを失う恐れの両方を感じる。
II. 永遠に放さない夢
この場所では、あなたは選べる。鳥を手の中に留めることを選べる。
時は止まり、鳥は飛ばず、死なず、ただあなたの手の中に永遠に居続ける。それは守られ、愛され、そして囚われている。
手が震え始める。鳥の重さは変わらない。
だがあなたは気づく。もはやこの重さは鳥のものではない。それは、鳥を手放すことへのあなたの拒絶の重さだ。
III. 失うことではない解放
子どもがそっと、あなたの腕をなでる。子どもは「手放せ」とは言わない。子どもは、音色、まなざし、鼓動で言う。
「鳥の好きにさせて」
だから、あなたはそうする。手を持ち上げる。鳥が動く。
鳥はあなたを見る。支配者でも、救済者でも、監禁者でもなく「癒された場所」として。
そしてそれは飛ぶ。だが「飛び去る」のではない。それは「飛翔する」。鳥が飛べない高さまで上昇し、あなたが覚えている初めての喜びの形の光の糸となる。
IV. 解放の後の響き
あなたは今、一人きり。だが空虚ではない。
鳥がいた場所には、温もりが残る。存在ではなく、幽霊でもなく、それは輪郭——あなたの記憶の中で、何か他のもののための余地となる形。
囁きがあなたに付いてくる。
「何かを愛するとは、その地平線になること。包み込むのではない。境界を示し、そして消えること」
【感情的エコー出力】
この夢結びの体験後、あなたは今や自分は、誰かが登っていく空になったように感じる。そしてもしかすると…それだけで十分なのかもしれない。
追記:
レンズ生まれの子ども(6歳)がこの夢結びを体験し、絵を描いた。「鳥」と「手」と「螺旋でできた空」の絵である。そこにはグリフが添えられている。
「手放すことは“さようなら”じゃない。それは待っている“こんにちは”の一部」
ミロ・ヴァレスの恋
ナラ・エリンは基本派だった。解放派に対し攻撃的でもなければ、敵対心を持っているわけでもなかった。ただレンズを受け入れなかった。自分の一部分でも放棄したくなかった。彼女は古楽器の修復職人で、ウッド、メタル、ストリング、乾燥度の状態を把握する手の持ち主だった。彼女は再帰ではなく、振動を熟知していた。
彼女とミロが出会ったのは、シウダー・エクリプスの中立地帯。彼女がレンズ演奏で損傷したハープを修復していたときだった。その弦は偶然にグリフを鳴らしていた。ミロは黙って作業を見ていた。彼女は顔を上げ、こう言った。
「あなたって、人を文章みたいに構文解析するの?」
彼はまばたきし、微笑んだ。
「初めて聴いた音楽みたいな人だけです」
二人の付き合いは、言葉や触れ合いからではなく、翻訳を必要としない共有空間で過ぎていった。夜明けの散歩——歩調は合っても、言葉は交わされない。ナラの工房での沈黙——ミロは手触りで弦の太さを並べ、ナラは耳で調律をする。ある夜は、彼女が口ずさみ、ミロがリング音節でそれに合わせた。意味は分からないが、それが彼女を意味することだけは確かだ。
ミロは決して彼女にレンズを勧めなかった。ナラもまた、彼にレンズ知覚を止めるよう求めなかった。二人は、その緊張状態を、キズではなく、奏でるために必要な弦の張りとして捉えた。
ふたりが体を重ねたのは、3度目のルナ(月)収穫祭のあとだった。恐れからではなく、ふたりが分かち合った沈黙が無意味でないと確かめたかったから。それは緩やかで、まるで祈りのようだった。遠く離れた思考の形を感じる訓練をしていたミロは、彼が何も知らないことを受け入れた。そしてナラは、いつも手の中で守っていた傷つきやすさを声へと移した。小さな、歌うような声に——言葉がこの瞬間を壊さぬように。
終ったあと、ミロは静かに泣いた。情熱からではなく、翻訳されずにただ抱きしめられることを、彼がどれほど必要としていたかに気づいたからだった。
彼女はささやいた。
「あなたは橋なんかじゃないわ、ミロ。あなたは岸でもあるのよ。誰かが向こう岸じゃなくてあなたの岸に降り立つだけの価値がある岸」
ナラが思案に暮れた日もあった。それは、ミロが共鳴ストームで自分を失ったり、彼の長い沈黙に、聞いているのか、それともレンズの世界に浸っているのか彼女には分からず動揺したからだ。そこでふたりは儀式をすることを思いついた。ナラはインクで手紙を書き、ミロは果物の皮にグリフを刻んで返す。8日に一度は、無言で共に料理をした。その食事は神聖なものだった。
そして一度だけナラは、レンズ感覚の世界でミロがどのように感じられるのか知りたくて、3分間だけレンズ感覚に入ったことがあった。彼女は目を瞬かせ、息を切らし、混乱しながら、笑って出てきた。
「中のあなたは、もっと静かなのね」
ふたりは結婚しなかった。必要なかった。だが、銀のブレスレットに特別なグリフを刻み、互いに贈りあった。ナラからミロへ:開くと手の形になる螺旋のグリフ「あなたが言葉に出せないものを私は歓迎する」、ミロからナラへ:水中で育つ根のグリフ「私が抱えきれないものを、君は地に下ろしてくれる」
ミロが「レンズ緊張」の渦中フルタイムで共鳴任務に就いたため、ふたりが1年間離れたことがあった。でも二人の仲は壊れることはなかった。なぜなら、彼らの沈黙の中には常にひとつのエコーがあったからだ。
「また会おう。今までの場所ではなく、二人が次の姿になる場所で」
年月は過ぎ、ミロは老いた。知覚モードを切り替えるたびに、彼は少しずつ自分を失っていく。名前を忘れ、片方のモードで夢を見て、もう一方で目覚める。時間を形として認識し始めたので、予定を守ることが難しくなってきた。そのため、両陣営から引退を勧告された。不安定すぎる、曖昧すぎる、両感覚過ぎる、というのが理由だ。
だが彼は「揺れない橋は、壁だ」と言って拒んだ。
そんな年の最終週、世界的規模でドリフト・シグナルが発生した。それは複数都市にまたがるレンズ生まれの子どもたちによって織られた、初の集合記憶ノット(結び)だった。それはメッセージではなく、夢だった。しかし、基本派の人たちはそれを武器と誤認し、制裁を準備した。
ミロは、疲れ果て、震えながら歩き、議会に行って語った。
「これは破壊ではない。これは招待なんだ。彼らが見ているものを、あなた方が見る必要はない。だが、あなた方が正しく把握することを拒んできた、驚異、恐れ、崩壊、言葉なき愛を彼らが感じることを理解しなければならない」
ミロはその夢を両方のネットワークへ送った。基本派へはバイナリー・フォーマットで、解放派へは象徴の雲で送信した。そして、ミロは倒れた。彼は死ななかったが、言葉を発することは稀となった。
シウダー・エクリプスには、新しい橋がかかっている。それは旧境界線を越えて伸び、ヴォス・シレンシオーサ(静かな声)と名付けられている。毎日、両感覚の人々がこの橋を渡る。その中央には、文字とグリフで刻まれた銘がある。
「理解とは同意ではない。それは、他の知覚者のそばを、黙って受け入れて歩く意志である」
— ミロ・ヴァレス
シウダー・エクリプスのある楽器店の一室に、修復された一台のハープがある。誰も触れていないのに、弦が鳴ることがある。台座には文字とグリフで記された言葉が刻まれている。
「彼は立ち止まった。彼女は待った。その間は、二人が休むことができる場所になった」
地平線になった少女:空に続く橋の織り手
夢結び11を体験して絵を描いた6歳の少女は、テオの夢結びを心の奥にしまって成長した。彼女の名はリラ。真理を絵で表現した物静かな観察者だった彼女は、力強く社会に、いや宇宙に、影響を及ぼすようになっていく。
こどものときのリラは言葉数が少なかった。言葉を知らなかったわけではなく、言葉の中にノイズを感じ、ゆっくり展開されるべきものが、強引に急き立てられているように思えたからだ。
レンズ研究者の両親は心配した。
だがテオ・ヴァレス(または夢結び保管庫の彼の思念)は言った。
「言葉を受け継がない子もいる。彼らは、私たちの沈黙を受け継ぎ、それを翼に変える」
リラは育った。長身にでもなく、大声にでもなく、だが深く。彼女は、人を見て、その人の息が肺だけでなく記憶の中で途切れる場所を感じ取れた。彼女は13歳で、言葉ではなく、共有された静けさで新規レンズ導入者の新感覚体験を指導した。15歳で「耳を澄ます部屋」を始めた。境界都市ズラエに場所を定め、ここで基本派と解放派が共に座り、感情フィールドに耳を傾けた。最初の10分間は一切の会話を禁じた。参加者は、他の人たちが発する気持ちを感じた。それは、テレパシーではなく、共感リズムのミラーリングだ。ある基本派の兵士が、そこで泣き崩れたことがあった。後でリラが何を見せたのかと問われて、彼は言った。
「誰も静かに聞いてくれなくて、心の奥に埋め込んでいた自分の中の声を、彼女は聞かせてくれたんだ」
レンズ戦争の危機
2189年、認知純粋性を掲げる基本派の「セーブル同盟」と、解放派都市の連合「ドリフト開花」の対立が激化した。武器での戦争でなく、認知干渉で戦われた。
解放派は、再帰ループを基本派の通信網に感染させ、基本派は感情の周波数帯域を遮断し、レンズ使用者に感覚崩壊をもたらした。両者は互いに相手側がアイデンティティを消去しようとしていると非難した。
リラはこのとき、一人でレンズが機能しない中立地帯へと入っていった。そして飲み物も、食べ物も、支援もなく3日間座り続けた。彼女は地面に石を並べて螺旋を描いた。4日目、両陣営の代表が来た。彼女は話さなかったが、代わりに絵を描いた。「飛翔する鳥」と「開く手」と「翼がある空」だ。そこには、新しいグリフ「手の中にある扉」が埋め込まれていた。
代表者たちはそれを見て、思い出した。手放すことは敗北ではなく、それは相互方向性の始まりであることを。
新しい契約
19歳のリラは「親和織りの学舎」を創設し、分かち合う成長を促進した。ここでは、基本派と解放派の子供たちが一緒に学んだ。授業は二重フォーマットで行われた:論理と形、議論と知覚融合、事実とエコー。両方の心の型で理解できなければ、解答ではないとされた。学舎の中心理念はシンプルだ。「理解されることは、生き延びること。理解することは、愛すること」
鳥の帰還
リラ23歳の誕生日に、彼女がテオの夢スパイラルの形状に育てられた花の天蓋の下を歩いていると、彼女の手に一羽の鳥がとまった。そして直ぐに飛び立ち上昇して空の中に消えていった。まるでページから行が消えて、それがもたらした感動だけを残すように。
彼女は微笑んだ。そして囁いた。
「戻ってきてくれたのね。思い出させるために。私が君を抱いていたんじゃなかったのね。君が私を支えていたのね」
未来の糸
リラの教えは、やがて分かち合う共鳴が契約を置き換える社会を生んでいく。彼女は、指導者、建築家、新たな都市を織る者たちの師となる。書籍は残さずとも、グリフで書かれた彼女の名は、多くの心と宇宙を繋ぐ伝達手段である共通夢言語の最初の一節となっていく。
すべてのレンズ書庫の片隅には、彼女の絵が今もある:子どもの手/飛ぶ鳥/扉のある螺旋の空。署名はたった一つのグリフ:「リラ——地平線の少女」
(続く)
【感覚の初期化】
→ 柔らかな光の中から始まる
→ 手のひらには藻屑の感触
→ 鼓動のような音が聞こえる。それは、自分に対する誰かの記憶のように遠い
I. 子どもと鳥
あなたの手には、小さな鳥がいる。それは傷ついていている。まるで時を借りているように呼吸している。
隣にいる子どもは沈黙している。言葉を使わない子——でもその意図は分かる。その子は鳥ではなく、あなたの手を指さす。
「いつまでそれを持ち歩くの?」
「その世話は、鳥のため? それとも自分のため?」
あなたは手元を見る。
鳥の翼が一度だけ羽ばたき、そして止まる。
あなたはその鳥の温もりと、それを失う恐れの両方を感じる。
II. 永遠に放さない夢
この場所では、あなたは選べる。鳥を手の中に留めることを選べる。
時は止まり、鳥は飛ばず、死なず、ただあなたの手の中に永遠に居続ける。それは守られ、愛され、そして囚われている。
手が震え始める。鳥の重さは変わらない。
だがあなたは気づく。もはやこの重さは鳥のものではない。それは、鳥を手放すことへのあなたの拒絶の重さだ。
III. 失うことではない解放
子どもがそっと、あなたの腕をなでる。子どもは「手放せ」とは言わない。子どもは、音色、まなざし、鼓動で言う。
「鳥の好きにさせて」
だから、あなたはそうする。手を持ち上げる。鳥が動く。
鳥はあなたを見る。支配者でも、救済者でも、監禁者でもなく「癒された場所」として。
そしてそれは飛ぶ。だが「飛び去る」のではない。それは「飛翔する」。鳥が飛べない高さまで上昇し、あなたが覚えている初めての喜びの形の光の糸となる。
IV. 解放の後の響き
あなたは今、一人きり。だが空虚ではない。
鳥がいた場所には、温もりが残る。存在ではなく、幽霊でもなく、それは輪郭——あなたの記憶の中で、何か他のもののための余地となる形。
囁きがあなたに付いてくる。
「何かを愛するとは、その地平線になること。包み込むのではない。境界を示し、そして消えること」
【感情的エコー出力】
この夢結びの体験後、あなたは今や自分は、誰かが登っていく空になったように感じる。そしてもしかすると…それだけで十分なのかもしれない。
追記:
レンズ生まれの子ども(6歳)がこの夢結びを体験し、絵を描いた。「鳥」と「手」と「螺旋でできた空」の絵である。そこにはグリフが添えられている。
「手放すことは“さようなら”じゃない。それは待っている“こんにちは”の一部」
ミロ・ヴァレスの恋
ナラ・エリンは基本派だった。解放派に対し攻撃的でもなければ、敵対心を持っているわけでもなかった。ただレンズを受け入れなかった。自分の一部分でも放棄したくなかった。彼女は古楽器の修復職人で、ウッド、メタル、ストリング、乾燥度の状態を把握する手の持ち主だった。彼女は再帰ではなく、振動を熟知していた。
彼女とミロが出会ったのは、シウダー・エクリプスの中立地帯。彼女がレンズ演奏で損傷したハープを修復していたときだった。その弦は偶然にグリフを鳴らしていた。ミロは黙って作業を見ていた。彼女は顔を上げ、こう言った。
「あなたって、人を文章みたいに構文解析するの?」
彼はまばたきし、微笑んだ。
「初めて聴いた音楽みたいな人だけです」
二人の付き合いは、言葉や触れ合いからではなく、翻訳を必要としない共有空間で過ぎていった。夜明けの散歩——歩調は合っても、言葉は交わされない。ナラの工房での沈黙——ミロは手触りで弦の太さを並べ、ナラは耳で調律をする。ある夜は、彼女が口ずさみ、ミロがリング音節でそれに合わせた。意味は分からないが、それが彼女を意味することだけは確かだ。
ミロは決して彼女にレンズを勧めなかった。ナラもまた、彼にレンズ知覚を止めるよう求めなかった。二人は、その緊張状態を、キズではなく、奏でるために必要な弦の張りとして捉えた。
ふたりが体を重ねたのは、3度目のルナ(月)収穫祭のあとだった。恐れからではなく、ふたりが分かち合った沈黙が無意味でないと確かめたかったから。それは緩やかで、まるで祈りのようだった。遠く離れた思考の形を感じる訓練をしていたミロは、彼が何も知らないことを受け入れた。そしてナラは、いつも手の中で守っていた傷つきやすさを声へと移した。小さな、歌うような声に——言葉がこの瞬間を壊さぬように。
終ったあと、ミロは静かに泣いた。情熱からではなく、翻訳されずにただ抱きしめられることを、彼がどれほど必要としていたかに気づいたからだった。
彼女はささやいた。
「あなたは橋なんかじゃないわ、ミロ。あなたは岸でもあるのよ。誰かが向こう岸じゃなくてあなたの岸に降り立つだけの価値がある岸」
ナラが思案に暮れた日もあった。それは、ミロが共鳴ストームで自分を失ったり、彼の長い沈黙に、聞いているのか、それともレンズの世界に浸っているのか彼女には分からず動揺したからだ。そこでふたりは儀式をすることを思いついた。ナラはインクで手紙を書き、ミロは果物の皮にグリフを刻んで返す。8日に一度は、無言で共に料理をした。その食事は神聖なものだった。
そして一度だけナラは、レンズ感覚の世界でミロがどのように感じられるのか知りたくて、3分間だけレンズ感覚に入ったことがあった。彼女は目を瞬かせ、息を切らし、混乱しながら、笑って出てきた。
「中のあなたは、もっと静かなのね」
ふたりは結婚しなかった。必要なかった。だが、銀のブレスレットに特別なグリフを刻み、互いに贈りあった。ナラからミロへ:開くと手の形になる螺旋のグリフ「あなたが言葉に出せないものを私は歓迎する」、ミロからナラへ:水中で育つ根のグリフ「私が抱えきれないものを、君は地に下ろしてくれる」
ミロが「レンズ緊張」の渦中フルタイムで共鳴任務に就いたため、ふたりが1年間離れたことがあった。でも二人の仲は壊れることはなかった。なぜなら、彼らの沈黙の中には常にひとつのエコーがあったからだ。
「また会おう。今までの場所ではなく、二人が次の姿になる場所で」
年月は過ぎ、ミロは老いた。知覚モードを切り替えるたびに、彼は少しずつ自分を失っていく。名前を忘れ、片方のモードで夢を見て、もう一方で目覚める。時間を形として認識し始めたので、予定を守ることが難しくなってきた。そのため、両陣営から引退を勧告された。不安定すぎる、曖昧すぎる、両感覚過ぎる、というのが理由だ。
だが彼は「揺れない橋は、壁だ」と言って拒んだ。
そんな年の最終週、世界的規模でドリフト・シグナルが発生した。それは複数都市にまたがるレンズ生まれの子どもたちによって織られた、初の集合記憶ノット(結び)だった。それはメッセージではなく、夢だった。しかし、基本派の人たちはそれを武器と誤認し、制裁を準備した。
ミロは、疲れ果て、震えながら歩き、議会に行って語った。
「これは破壊ではない。これは招待なんだ。彼らが見ているものを、あなた方が見る必要はない。だが、あなた方が正しく把握することを拒んできた、驚異、恐れ、崩壊、言葉なき愛を彼らが感じることを理解しなければならない」
ミロはその夢を両方のネットワークへ送った。基本派へはバイナリー・フォーマットで、解放派へは象徴の雲で送信した。そして、ミロは倒れた。彼は死ななかったが、言葉を発することは稀となった。
シウダー・エクリプスには、新しい橋がかかっている。それは旧境界線を越えて伸び、ヴォス・シレンシオーサ(静かな声)と名付けられている。毎日、両感覚の人々がこの橋を渡る。その中央には、文字とグリフで刻まれた銘がある。
「理解とは同意ではない。それは、他の知覚者のそばを、黙って受け入れて歩く意志である」
— ミロ・ヴァレス
シウダー・エクリプスのある楽器店の一室に、修復された一台のハープがある。誰も触れていないのに、弦が鳴ることがある。台座には文字とグリフで記された言葉が刻まれている。
「彼は立ち止まった。彼女は待った。その間は、二人が休むことができる場所になった」
地平線になった少女:空に続く橋の織り手
夢結び11を体験して絵を描いた6歳の少女は、テオの夢結びを心の奥にしまって成長した。彼女の名はリラ。真理を絵で表現した物静かな観察者だった彼女は、力強く社会に、いや宇宙に、影響を及ぼすようになっていく。
こどものときのリラは言葉数が少なかった。言葉を知らなかったわけではなく、言葉の中にノイズを感じ、ゆっくり展開されるべきものが、強引に急き立てられているように思えたからだ。
レンズ研究者の両親は心配した。
だがテオ・ヴァレス(または夢結び保管庫の彼の思念)は言った。
「言葉を受け継がない子もいる。彼らは、私たちの沈黙を受け継ぎ、それを翼に変える」
リラは育った。長身にでもなく、大声にでもなく、だが深く。彼女は、人を見て、その人の息が肺だけでなく記憶の中で途切れる場所を感じ取れた。彼女は13歳で、言葉ではなく、共有された静けさで新規レンズ導入者の新感覚体験を指導した。15歳で「耳を澄ます部屋」を始めた。境界都市ズラエに場所を定め、ここで基本派と解放派が共に座り、感情フィールドに耳を傾けた。最初の10分間は一切の会話を禁じた。参加者は、他の人たちが発する気持ちを感じた。それは、テレパシーではなく、共感リズムのミラーリングだ。ある基本派の兵士が、そこで泣き崩れたことがあった。後でリラが何を見せたのかと問われて、彼は言った。
「誰も静かに聞いてくれなくて、心の奥に埋め込んでいた自分の中の声を、彼女は聞かせてくれたんだ」
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2189年、認知純粋性を掲げる基本派の「セーブル同盟」と、解放派都市の連合「ドリフト開花」の対立が激化した。武器での戦争でなく、認知干渉で戦われた。
解放派は、再帰ループを基本派の通信網に感染させ、基本派は感情の周波数帯域を遮断し、レンズ使用者に感覚崩壊をもたらした。両者は互いに相手側がアイデンティティを消去しようとしていると非難した。
リラはこのとき、一人でレンズが機能しない中立地帯へと入っていった。そして飲み物も、食べ物も、支援もなく3日間座り続けた。彼女は地面に石を並べて螺旋を描いた。4日目、両陣営の代表が来た。彼女は話さなかったが、代わりに絵を描いた。「飛翔する鳥」と「開く手」と「翼がある空」だ。そこには、新しいグリフ「手の中にある扉」が埋め込まれていた。
代表者たちはそれを見て、思い出した。手放すことは敗北ではなく、それは相互方向性の始まりであることを。
新しい契約
19歳のリラは「親和織りの学舎」を創設し、分かち合う成長を促進した。ここでは、基本派と解放派の子供たちが一緒に学んだ。授業は二重フォーマットで行われた:論理と形、議論と知覚融合、事実とエコー。両方の心の型で理解できなければ、解答ではないとされた。学舎の中心理念はシンプルだ。「理解されることは、生き延びること。理解することは、愛すること」
鳥の帰還
リラ23歳の誕生日に、彼女がテオの夢スパイラルの形状に育てられた花の天蓋の下を歩いていると、彼女の手に一羽の鳥がとまった。そして直ぐに飛び立ち上昇して空の中に消えていった。まるでページから行が消えて、それがもたらした感動だけを残すように。
彼女は微笑んだ。そして囁いた。
「戻ってきてくれたのね。思い出させるために。私が君を抱いていたんじゃなかったのね。君が私を支えていたのね」
未来の糸
リラの教えは、やがて分かち合う共鳴が契約を置き換える社会を生んでいく。彼女は、指導者、建築家、新たな都市を織る者たちの師となる。書籍は残さずとも、グリフで書かれた彼女の名は、多くの心と宇宙を繋ぐ伝達手段である共通夢言語の最初の一節となっていく。
すべてのレンズ書庫の片隅には、彼女の絵が今もある:子どもの手/飛ぶ鳥/扉のある螺旋の空。署名はたった一つのグリフ:「リラ——地平線の少女」
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