テリシア王国のアンドレイ

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アンドレイの戦争

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かつての知人たちとの再会
 父ブランニス王からテリシア軍の指揮を引き継いだアンドレイは、早速準備を始めた。まず彼は、兵士たちに向き合った。そこには若者だったアンドレイが戦場から逃げ出したことを知っている面々も多く含まれていた。彼らの目には、アンドレイに対する心もとなさや不確かさが映っていた。アンドレイは、兵士たちに対し、ありのままの姿を見せた――過去に過ちを犯し、恐怖や失敗を知り、しかし祖国のために戦うために戻って来たことを伝えた。

 アンドレイは戦場でつちかった経験と、ドランやロリアンから学んだ教訓を胸に、軍隊を指導する方法を模索した。彼は兵士たちに単なる力や勇気だけでなく、戦いの中での冷静さや計画的な行動の重要性を教え込んだ。アンドレイの指導は、多くの兵士たちから注目されるようになり、彼への敬意は徐々に高まっていった。

 アンドレイの子供時代からの友人たちの反応は様々だった。彼らは、かつてアンドレイを国王の子息として、そして将来有望な若者として彼と親交を結んでいた。しかしそのアンドレイが戦場で責任を放棄して逃げ出したのである。その後彼らに起こった出来事により、彼に対する対応も様々だった。

 ロデリックは、アンドレイの青年時代の最も親しい仲間の一人だった。名高い貴族の息子であるロデリックは、常にしっかりしていて誠実な人物であり、アンドレイが迷った時に頼れる存在だった。アンドレイが戦場から逃げた時、最も深く裏切られたと感じたのはロデリックだった。彼はその場に残り、勇敢に戦い、徐々にテリシア軍の中で昇進し、今では軍最高位の将官の一人となっていた。
 アンドレイが戻ったとき、ロデリックは温かく迎えることなく、冷ややかで職務的な態度で接した。年月がロデリックの心を硬化させていた。アンドレイの傭兵としての功績を耳にしていたが、目の前に立っている、かつて務めを放棄した若者だった彼と和解するのに苦労していた。
「お前は俺たちを見捨てた、アンドレイ」と、二人が再会して初めて話したとき、ロデリックは言った。「俺たちが最もお前を必要としていた時に、お前は逃げたんだ。俺はお前がいない中で、部隊を率いなければならなかった」
 アンドレイはしばらく黙ったまま、古い友人の言葉の重みを感じていた。
「分かっている、ロデリック。俺がしたことは取り返せないが、俺は今ここにいる。この国のために戦うために戻ってきただけだ」
 ロデリックは、あご強張こわばらせて言った。
「お前が変わったかどうかは、これから分かるだろう。でも、俺たちの間が昔のように戻るとは思うなよ」

 ララは、アンドレイが若い頃、彼の悩みを聞いてくれた存在で、父の期待に応えようとする彼の不安をいつも受け止めてくれた。ロデリックとは異なり、ララは戦いにあまり関心がなく、むしろ政治や外交の微妙な駆け引きに興味を持っていた。アンドレイが不在の間、彼女は宮廷で頭角を現し、王の重要な顧問となっていた。
 アンドレイが戻ってきたとき、ララは最初に彼に近づいた一人だったが、その表情は完全に歓迎するものではなかった。彼女の目には警戒の色があり、計算高い表情を浮かべていた。彼女は宮廷の厳しい政治の世界で生き延びる方法を学んでおり、アンドレイの帰還は、その微妙な権力のバランスに影響を与える可能性があった。特に王国が戦争の瀬戸際にある今、彼の再登場は複雑な状況を引き起こすかもしれなかった。
「まさか戻ってくるとは思わなかったわ」と、ララは冷ややかながらも優しさを含んだ声で言った。
「俺もそう思っていなかった」とアンドレイは認めた。「でも、今王国はどんな手助けでも必要としているんだろ?」
 ララはしばらく彼を観察した後、言った。
「あなたがいない間に、宮廷は変わったわ。王国も変わった。私たちもね。昔のようにすべてが元通りになるとは思わないで」
 アンドレイは彼女の言葉に隠された警告を理解し、うなずいた。
「期待していないよ、ララ。俺は手助けに来ただけだ。自分のものではないものを要求しに来たわけじゃない」
 ララはかすかに微笑んだが、目は微笑んでいなかった。
「それならいいわ。私たちには、戦場でのあなたが必要なの。宮廷の権力争いには関わらないで。そうしておきましょう」

 グレゴールは、アンドレイの幼少期の友人たちの中でも、最も自由奔放で無邪気な性格の持ち主だった。いつも笑いを忘れず、何事にも深刻にならない彼は、若き日の冒険の源でもあった。しかし、アンドレイが去った後、グレゴールの人生は暗い方向へと進んだ。彼は、アンドレイ不在中に続く戦闘に参加し、テリシアの民が戦争の代償を払う姿を目の当たりにした。アンドレイが帰ってきた時、グレゴールは王室や貴族に幻滅した恨みがましい人物になっていた。
 アンドレイがグレゴールに再会した時、彼はその変わりように驚いた。朗らかさを忘れた彼の声は皮肉を含み、しかめっ面が身に付いていた。彼は、せせら笑ってアンドレイを迎えた。
「おや、王子様のお帰りだな」とグレゴールは言った。その声には嫌味がこもっていた。「英雄を気取りに戻ってきたのか?」
 アンドレイは彼の言葉に込められた痛みを感じ、眉をひそめた。「俺は王国のために戻ってきただけだ、グレゴール」
 グレゴールはあざけるように言った。「お前は逃げ出したんだ、アンドレイ。俺たちがお前の尻ぬぐいをしたんだぞ。それで今さら戻ってきて、みんなが喜んで迎えてくれるとでも思ってるのか!」
 アンドレイは溜息をついた。
「何も期待していない。ただ、助けたいだけだ」
 グレゴールの目が怒りで光った。
「助けるだと?俺たちが死者を埋めていた時、お前はどこにいた?王国が血を流していた時、お前は何をしていた?」
 二人は長い沈黙の中で立ち尽くし、過去の重みが二人の間に横たわっていた。グレゴールは首を振り、その声は冷たく響いた。
「もう遅いんだ、アンドレイ。お前は変わったかもしれないが、過去の傷は消えない」

アンドレイの戦争
 アンドレイは、傭兵時代の経験から敵・味方の内情を知ることの重要性を痛いほど知っていた。彼は先ず将官になっていたロデリックに、ブランシア国について、どれだけ情報を持っているのか確認した。ロデリックによると、ブランシア軍の兵力増強程度とその動静は把握しているらしかった。これでは不十分とアンドレイは感じた。そこで彼は、傭兵時代に得た財産ともいえる、傭兵ネットワークを活用することにした。

 数日後テリシアとブランシアの国境近くにある薄暗い酒場で、目立たない放浪傭兵の姿をしたアンドレイが椅子に寄りかかっていた。一筋のろうそくの揺れる光が、彼と同席している二人の顔を照らしている。一人は傭兵時代の古い仲間ジョレク、もう一人は秘密を暴くことで評判の狡猾こうかつ斥候せっこうラリーナだった。

「お前は綱渡りをしているようなもんだぞ、アンドレイ」ジョレクはビールの泡を揺らしながら言った。「ブランシアの司令官たちは裏切りを絶対許さない」
「裏切りを頼んでいるわけじゃない」アンドレイは静かだが毅然とした声で答えた。「情報が欲しいんだ。ブランシアが侵攻する動機、彼らの真の目的。この戦争は単に版図はんとや権力だけの問題じゃない。もっと深い理由があるように思える」
 ラリーナがにやりと笑った。「相変わらず厄介ごとを見つけるのが得意ね。幸運なことに、私は数週間彼らの司令部を影のように追っていたわ。彼らの軍は落ち着かない様子よ。彼らが雇った傭兵たちの一部は既に文句を言っている――賃金の安さ、長距離の行軍、そしてこの戦争が...何か間違った方向に向かっているという感覚」
 アンドレイは前かがみになり、目を細めた。「間違った方向?どういう意味だ?」
 ラリーナは声を落として、囁き声で言った。「王の弟、アラリック王子よ。彼が王にテリシアの侵略についてうその報告をしている。王位を狙っていて、戦争をその手段として考えているの」

 この重大な情報を得たアンドレイは、王宮に戻った。王は病弱だが毅然としており、アンドレイの説明をじっくりと聞いた。
「ブランシアの王は、我々が彼らを攻撃する準備をしていると信じている」アンドレイは説明した。「これはアラリック王子が作り上げた嘘です。彼の策略の証拠を見つければ、ブランシアの王は和平を考えるかもしれません」
 王はうなずいた。「どうやってそれを実現する?」
「少人数のチームを編成して、ブランシアの軍司令部に潜入します。証拠を見つけ出し、直接彼らの王に届ける。それが成功すれば、この戦争が始まる前に終わらせることができます」

 王の許可を得たアンドレイとそのチームは、夜の闇に紛れブランシアの野営地に潜入した。傭兵ネットワークが非常に役立ち、ジョレクが用意した偽造ぎぞう書類や変装のおかげで、補給物資を届ける商人として通過することができた。
 陣営の内部を通過し、ラリーナは、彼女の偵察能力をフル活用してアラリック王子のテントへと導いた。そこで彼らは、不正を証明する通信文を発見した――テリシア軍のにせ動静を詳細に記した手紙、存在しない国境の砦を示す偽造地図、そしてブランシア王が戦場で失策するよう仕向ける計略である。
 ところが、立ち去ろうとしたその時、アラリック本人が不意にテントに入ってきたのだ。素早く渡り合ったアンドレイのチームは、アラリックに浅い傷を負わせた後制圧し、平静を装い立ち去った。

 二日後、アンドレイと彼のチームは、大胆にも敵国ブランシアの王との秘密会談をセットアップすることに成功した。傭兵ネットワークが陰ながら影響を与えた結果である。亡命を求める脱走兵を装い、彼らは盗み出した文書を国王に直接手渡した。
 ブランシアの王は、テリシア国王同様、長年の統治に疲れた厳格な人物で、証拠の文書に無言で目を通し始めた。真実が明らかになるにつれて、その顔は次第に暗くなり、怒りがにじみ出た。
「私の実の弟が…私を自分の野心の駒に仕立てたとは…」
「血を流す必要はありません」アンドレイは言った。「兵士たちはあなたに忠誠を誓っています。アラリックにではありません。侵攻を中止し、テリシアとの和平を交渉してください。そして、アラリックの裏切りを暴露すれば、両国の安定を守ることができます」

 戦争の愚かさと弟の危険性を悟ったブランシアの王は、アンドレイの提案に同意した。劇的な展開の末、彼はアラリックの逮捕を命じ、軍の進軍を止めた。
 一週間後、両国の使節団が中立地帯で会談を開いた。条約は明確な国境、相互貿易協定、そして不可侵条約を定めた。アンドレイはテリシアの王とブランシアの王が握手するのを見守り、二人の間にあった緊張が解けるのを見た。

 その夜、キャンプの火が低く燃える中、アンドレイは一人星空を見上げて座っていた。ラリーナが近づき、いつもの皮肉めいた笑みが消えた柔らかな表情で言った。
「やったじゃない」彼女はアンドレイの隣に腰を下ろしながら言った。「戦争を止めたのよ」
 アンドレイは頷いた。「今のところはな。けど、平和は脆い。続いてくれるといいが」
 ラリーナはくすっと笑った。「哲学者みたいなことを言うのね。傭兵じゃないみたいね」
 彼はかすかに微笑んだ。「たぶん、やっと自分が何のために戦いたいのかが分かってきたのかもしれない」
 沈黙が続き、戦争の影が消え去った希望に満ちた夜明けの光が微かに差し始めていた。

<終>
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