短編集

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ある夜の一角

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 「恋なんてのは、ただの傷の舐め合いだぜ」

 気取った口調で、彼が言う。

 そうかなぁ、なんて気のない返事をすると、そうだぜ、とずいぶん怒ったような口調で彼は返した。

 「結局、互いが互いを認めてもらいたくて、愛し合ってるふりなんかするんだ」

 そんな悲しいこといわないでよ。それって、遠回しに誰も、誰の事も愛してないっていうことじゃん。喉まで言葉が出てきたが、うまく吐き出せない。代わりに、そんな考えじゃ一生結婚できないんじゃん、と相手を責めた。

 「そういうもんなんだよ、大人の恋愛ってのは」

 だから、仕方ないんだ。その言葉は実際には聞こえなかったが、周囲の空気に流されて彼から伝わってきた。

 上で、カラスの鳴き声が聞こえる。かぁ、かぁ、というものが基本だが、たまに、あほぅ、あほぅ、と気の抜けた、馬鹿にした鳴き声を発するカラスもいる。いつも、情けない奴だ、と思う。

 夕闇が、空を、空気を押しつぶしていく。空間が、変わり始める。

 「…もう六時じゃん」

 声につられて、公園内に設置されている時計を見てみると、針は六時をしっかり刺していた。辺りには、あまり人気がない。元々子供も寄り付かず、更に人通りもないため、公園にはわたしたちだけの世界ができているようだった。

 沈黙が、漂っている。木々が、ざわざわ騒ぐ。電灯のあたりに、虫がたかっている。冬特有の、寒さがある。その冷たい空気すら、気持ちいいように感じられた。

 帰りたく、ない。

 「…そうだね、帰ろう」

 だけど、私は意気地なしなのだ。

 手に持っていた炭酸飲料を一気に飲み干すと、ベンチから立ち上がって、公園の隅に設置してあるゴミ箱めがけて空っぽのペットボトルを投げ込む。しかし見事に盛大に外れて、砂の上を数回コン、コンと鳴って地面に転がった。

 「また、明日ね」

 彼の顔は見ない。まっすぐ公園の出口へ走る。後ろを振り向くと、彼はまだベンチに座ったままだった。

 夜が、頭上に見える。
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