理科部冒険記 〜実験結果は異世界転移〜

Taku-3

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プロローグ

第1幕・こんな日常

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眩しいオレンジ色の光が差し込む教室。
終業を告げるチャイム。
風で軋む窓枠と、街中に跋扈する鴉の声。

ある種の"終わり"を告げる数多の合図。
それは僕にとっての"始まり"でもあった。

これは、僕が放課後に遭遇した奇妙な現象と――

 ――その先にあった、冒険の記録だ。


・ ・ ・

【旧第3理科室】

「こんにちは、先輩」
開けっ放しの扉を潜るなり、僕は挨拶をした。

「おっ!来たかヨシヒコ!」
丸眼鏡の似合う短髪の人物が、こちらに歩み寄ってくる。

「早いですね、通谷先輩。班長はまだ来てないんですか?」
「おう、珍しく遅刻したみたいだな!」

…彼の名前は"通谷 昴"。僕の先輩だ。

そして、僕の名前は吉田ヨシヒコ。
公立中学校に通学している。
毎日放課後、理科部で独自の研究に励んでいる…はずだった。

「――遅刻じゃないわよ!ギリね…!」
理科室の入口から、誰かの声が聞こえた。

「あっ、班長!」

振り向いた先に立っていたのは、乱れたストレートヘアと尖った目つきをした女子生徒…

彼女が、僕達のグループの班長である"秋葉 原"先輩だ。
"アキハバラ"でも"アキバハラ"でもなく、"シュウバ オリジン"と読むらしい。

まあ…所謂キラキラネームだが、僕達の間では"班長"と呼んでいるので、この際名前は関係ない。

「よぉし!全員揃った事だし、今日のテーマ決めるぞぉ!」
「…やっぱり雑談の…ですよね…。」
俯いてボソリと呟いた。
威勢よく通谷先輩が返答する。
「あったりめーじゃん!という訳で今日のテーマは――」

僕達3人は理科部員。
しかし、それは名ばかりの肩書きに過ぎない。

…実態は、部室で雑談しているだけの放課後仲良しクラブと言ったところだ。
それなのに、名ばかりの部員である僕達を咎める人は誰一人として存在しない。
何故かって?それは――

「――ウンザリよ…」
…班長が、沈んだ声で何か呟いている。

「班長?何か言いましたか…?」
僕は班長の顔を覗き込む。
しかし、影の落ちたその顔がどんな表情をしているのかを、僕は認識出来なかった。

 ――或いは、認識する暇も無かったのかも知れない。

「ウンザリよ!こんな毎日…!」

直後、班長は手の平でバンと机を叩き、立ち上がった。
丸椅子が膝裏に押し出され、ガタリと床に倒れ込む。

「…は…班長!?」
驚きつつも、僕は班長の顔から目が離せない。

「班長、急にどうしたんすか!?」
通谷先輩も、吸い寄せられるかのように班長と目を合わせる。

「雑談だとか、そのテーマ決めだとか…違う…!私が理科部でやりたかった事はこんな事じゃない!」
班長は、泣いているかのような、はたまた怒っているかのような表情で叫ぶ。

「こんな事って…毎日仲間と90分雑談して…しょうもない事で笑い合って…で、帰る。
それだけで十分楽しくないすか?」
通谷先輩は変わらず飄々としている。

「…楽しくないか?…って、楽しい訳無いでしょッ!!!」
「まあまあ…落ち着いて班長…」
慌てて班長を宥める為に立ち上がった矢先、
班長は部屋の奥を指差した。

…そこには夕焼けに照らされながら散る埃、
チカチカと点滅する蛍光灯に、積み上げられた錆びた実験器具――

 ――そして、誰も居ない理科室の姿があった。

「…2人も、分かってるでしょう?
ウチの理科部は超実力主義…碌に成果を上げられない班は消される…部の名誉の為、活動場所を隔離された挙げ句"無かったことにされる"の…。」
文字通り・・・・の幽霊部員である私達に与えられるのは、物置部屋と化した旧第3理科室と、使いようのないオンボロの器具だけ…。
顧問には見捨てられ、他の部員に背に指差されながら送る学校生活…。
…こんな惨めな日常の中で、立ち止まったままなんて…嫌よ、私…。」
班長は悲しそうな表情を浮かべてそう語った。

「班長…。」
…班長の言う事はもっともだ。
部内での僕達への評価は"劣等生"に他ならない…このまま看過していい筈が無いのだから。ただ――

「…そんな事言われたってさあ…俺には顧問を見返せるような実験なんて、思いつかないっすよ…?」
通谷先輩は頬杖をつきながら言った。

…そう、部内での地位を覆せる程の成果を出せるか…それが問題だ。

「通谷先輩…メントスコーラの実験してた時の集中力は凄まじかったですよね…。」
「あん時は認められると思ってたんだ…努力の結晶とも言える実験成果がな…。
なのに顧問のヤツ、レポートの題名を見るなり鼻で笑いやがって…俺、すっかり萎えちまったよ…。
…とにかく班長、実験内容のネタは出せないっすよ。」

「…なら通谷、ヨシヒコ君も。私から…一つ質問するわ。」
班長は頭を掻き毟りながら、その場に立って僕らを見下ろした。
窓から差し込む夕焼けが逆光となり、班長のシルエットをくっきりと醸し出している。
…ついでに、頭髪から散るフケも。
何とも不似合いな夕焼けの眩しさに目を細める中、班長が口を開いた。

「…"サイエンティスト"って、どんな人間を指すと思う?」

「科学者!」
通谷先輩は間髪入れずに回答する。
「それ、和訳しただけ…!」
僕は脊髄反射的にツッコんでしまった。

「…サイエンティストってのはね…失敗を恐れずに挑戦を重ねる勇気と、常識を疑う探究心の持ち主…そんな人間の事だと思うの。」

「……つまり、何が言いたいんです?」
通谷先輩が問いかけた。

「世の中にはね、"理解の領域"と"不理解の領域"の他に、"誰も試していない領域"が存在するの。」
そう言いつつ班長は、ある一冊の本を取り出した。
…B級ホラー映画を彷彿とさせるデザインの表紙…そこに付いた傷や汚れが、その悍ましさを助長している。

タイトルは、"超越科学手記"。

「…それ、絶版になったオカルト本じゃないですか?」
「知ってるのか、ヨシヒコ?」
「この前出版社の倒産がネットニュースになってて、記事に載ってたんですよ。」
「マジすか班長…遂に迷信じみたモンにまで手を出すなんて…幾ら何でも追い込まれ過ぎっすよ…。」

呆れたまま肩を竦める通谷先輩とは裏腹に、
班長の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「甘いわ通谷…コレが"誰も試していない領域"…科学における人類未踏の地なのよ…。」
「はあ?何言って…」
「迷信だから…結果が読めているから何?
その程度の理由で挑戦の価値を見失う人間に…栄光も発展も…ある訳ないでしょっ!」
班長は突如、火が着いたかのように素早くページを捲り、本を僕達に向けてひっくり返した。

項を指差す班長の眼は、夕日のように輝いている。

「地動説は、天動説を疑った人間がいたから証明された!
雷は神の怒りでは無いと確信した人間が、その正体を解き明かした!
…だったら、私だって…私達にだって、出来るはず…。
新発見は…私の夢そのものだから…!」

「班長…。」
僕は…

壮大な声明を前に肩が竦んだ。身が震えた。

…でも、それ以前に――

「…りましょう」
「…ヨシヒコ?」

「…やりましょう…!皆で!」
 ――言葉が、飛び出していた。


To Be Continued
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