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AIをこめました!

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 キッチンのカウンターに買ってきた業務用チョコレートの包みを置き、葉加瀬はかせルシアは一息ついた。
 
「ふぅ……さて、これをと――」

 そうつぶやくのは黒髪をツインテールにした十代半ばの少女だ。ブレザーの制服の上に白衣を羽織っている。

「アマクサ、手作りチョコレートの作り方を教えてちょうだい」

「かしこまりました。該当するチョコレートを使った料理は582種類ありますが、どれにいたしますか?」

 ルシア一人ひとりしかいないキッチンに答えが返る。この家の全システムを管理するAIのものだ。
 
「一番簡単なやつでいいのよ。形を変えるだけで」

「かしこまりました。まずは市販のチョコレートを水気のない乾いたまな板の上で、なるべく細かく大きさをそろえてカットします。次に――」

 備え付けられた小型のモニターに、一連の作業がアマクサの解説付きで表示される。一通り最後まで終わったルシアは眉をひそめた。
 
「面倒ね。要は形を変えればいいんでしょう」

 そう呟き、ルシアは二階の自室からノートパソコンとペンライトのようなモノを持ってキッチンへと戻ってくる。
 
 透明な袋からチョコを取り出すと、いくつか重ねて小山を作る。そこにルシアはペンライト状の器具を押し当てた。
 
 続いてパソコンにつないだケーブルの電極をチョコの山に突き刺す。後は既存の3Dデータをネットから落としてコマンドを送る。
 
 チョコの山が生き物のようにうごめき、一度ゲル状になった後、そこには大きなハート型のチョコレートが完成していた。
 
「ふん。わたしの開発したナノマシンにかかればざっとこんなもんよ」

 ペンライト状の容器からチョコに注入されたのは、彼女お手製のナノマシンだった。もちろん食べても人体に害のないものである。こう見えてもルシアは天才科学者なのだ。
 
「これを明日あしたのバレンタインに緒山《おやま》くんに渡して……こ、こ、告白を……」

 そう口にするルシアの顔がみるみる赤くなる。今にも頭から湯気を噴き出しそうだ。
 
「ああ! 恥ずかしい! でもっ、でも!」

 緒山ヒロム――ルシアの通う高校のクラスメイトにして初恋の相手。今までも何度も告白しようとして果たせずにいる。彼を目の前にすると緊張で言葉が出てこないのだ。
 
「何か対策を考えないと……」

 そう悩むルシアの脳裏に、チョコレート売り場で見た言葉がよぎる。
 
『バレンタインチョコに愛を込めて』

「そうだ!」

 ルシアはパソコンに取り付くと、ヒロムに渡そうと書きためていたラブレターの下書きフォルダーを開いた。ルシアの思いの丈がそこには込められている。文字数に換算して10万文字以上だ。
 
 ナノマシンは超小型の工作機械であると共にコンピュータでもある。これを脳のシナプス的に配列させれば十分な演算能力を得られるはずだ。そこにこのラブレターの文章を学習させた。もしルシア自身が上手うましやべれなくても、チョコ自身に告白してもらおうという考えである。
 
 こうして、ルシアのAIあいを込めたチョコレートが完成するのだった。
 
――そして次の日、2月14日のバレンタイン当日。

 さすがに人前で告白するのは恥ずかしいので、ルシアは昼休みにヒロムが一人になる時を待った。
 
 学食で食事をったヒロムは、友人たちと別れて男子トイレへと入る。ルシアはそこから出てくるのを待ち伏せた。
 
 幸い廊下に人影はない。今こそ告白するチャンス!
 
「お、お、緒山くん!」

 後ろ手にチョコレートを隠し、ルシアはヒロムの背中に声をかける。
 
「わ!? なに? 葉加瀬さん」

 大声にビックリしたヒロムが後ろを振り返った。
 
「あのっ、あのっ。こ、これを……」

 案の定、緊張で言葉が出てこないどころか、チョコを渡そうとする腕までこわばっている。
 
(助けて! 私のチョコレート!)

 その願いが届いたのか――
 
「あなたが好きです」

 チョコの包みから声が発せられる。それもルシアと同じ声で。
 
「え?」

 不意を突かれてキョトンとするヒロムに、さらに言葉が重ねられた。
 
「あなたが好きあなたが好きあなたが好き」

――ビリリ。

 ルシアの背中でラッピングの包み紙が破れる音が鳴る。

「え?」

 ルシアもなにが起こったのか分からず、そっと手にしたチョコレートを振り返ると――
 
「ぎゃあああああ!!」

 ラッピングを突き破り、節足動物のような脚が生えていた。その虫のような姿にルシアは悲鳴を上げ、チョコレートを取り落とす。
 
「あなたが好きぃいいいい!!」

 ルシアの手を離れたチョコレートは、6本の脚をカサカサと動かしながら廊下を走り、ヒロムの顔面へと襲いかかる。
 
「うわぁああああ!!」

 まるでエイリアンの幼体のごときチョコの怪物に襲われたヒロムも悲鳴を上げ、その怪物を顔からはたき落とした。
 
「緒山くん……」

 AIによる意志を持ったチョコレートは、どこか悲しげに呟くと廊下を高速で走り去る。
 
「ちょっ、待ちなさい!」

 ルシアは慌ててチョコレートを追いかけた。ヒロムに「ごめんなさい!」と言い捨てて。
 
「な、なんだったんだ……?」

 一人残されたヒロムは呆然ぼうぜんとルシアの背を見送るのだった。
 
 
       ◆
 
 
(足りない……足りない……)

 チョコレートのAIは思考する。この胸にあふれるおもいをかなえるには? それはルシアの想いが生み出した愛の怪物だった。
 
 逃げたチョコAIを授業もサボって必死に探すルシアだったが、放課後になってもその姿は見つからない。
 
「さーて、帰るとするか。おっと、これを忘れちゃいけないな」

 とある男子生徒は彼女からもらったバレンタインチョコを取り出そうと、机に手を入れる。
 
「……あれ?」

 机の中をのぞんでみても、確かに貰ったはずのチョコレートが無い。
 
 そんな事件が人知れず学校中で起きていた。
 
「なんだったんだろ、アレ?」

 昼休みの出来事に首をひねりながら、ヒロムは文芸部の部室へと向かう。
 
「……緒山くん」

 その背中に声がかけられた。
 
「あっ、葉加瀬さん! あの……昼休みのアレは?」

 廊下の角から顔だけをのぞかせたルシアに、ヒロムはたずねる。
 
 しかし、その問いには答えぬまま、ルシアは廊下の角から姿を現した。
 
「えぁ!? ちょっちょっ、なんで!?」

 ヒロムは慌てて目をつむり、顔をらす。なぜならルシアの姿は一糸まとわぬ全裸だったからだ。
 
「……あなたが好き」

 そんなヒロムに身を寄せ、ルシアは甘くささやく。
 
「私を食べて♡」

 裸の少女に抱きつかれ、顔をにしたヒロムは身動き一つ取れずにいた。
 
 ルシアの唇が迫り、ヒロムの唇と重なろうとする。
 
 そして――
 
「私を食べてぇええええ!!」

 次の瞬間、ルシアの全身が液状に崩れ去り、茶色いチョコレートとなってヒロムの口へと無理矢理注ぎ込まれる。
 
 それは学校中のチョコレートを集めて同化、ナノマシンによって組成を変更しルシアに擬態したAIチョコだった。
 
――その後、口から大量のチョコレートを漏らし、鼻血まみれとなったヒロムが発見される。
 
 ルシアの恋の行方ゆくえがどうなったか、それはまた別の物語である!
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