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ちょっと土器ッとした
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校門を抜け、桜舞う中を校舎に向かって歩いて行けば、誰もが私の姿に目を留めため息を漏らす。
抗うことの出来ない美しさを持つのがこの私、縄文のビーナス。長野県茅野市米沢の棚畑遺跡出身。雲母が練り込まれた肌はキラキラと輝き、グラマラスなプロポーションは正に美の女神。学園一、いいえ国宝級の超美少女として皆の羨望を集めている。
ふふっ、あそこの二人はおそらく新入生ね。私の美貌に目を丸くして変なポーズで固まっているわ。まるで踊っているみたい。
そうして教室へと入って歓談していると、ハート形土偶がこんな話題を持ち出した。
「ビーナス様、そう言えば今日このクラスに転入生が来るそうですわ。なんでも男子生徒だとか」
「あら、そう」
私は素っ気なく応える。どうせ大した男ではあるまい。この私に相応しい殿方に出会えるのは一体いつになるやら。
そして朝のホームルームが始まると、噂の転入生が現れた。
「青森県つがる市亀ヶ岡遺跡から来ました遮光器土偶です。よろしくお願いします」
そうぶっきらぼうに挨拶し、用意された席に着く。
ちょっと見たことのないタイプですけど、所詮は田舎者ですわね。変なゴーグルを着けていますし。
私はすぐに興味をなくした。
その日の昼休み、食堂へと足を運ぶと私たちがいつも座っているテーブルにあの転入生の姿がある。
中庭を見渡せるそのテーブルは私のグループの定位置となっており、他の生徒が座ることはなかった。
「ちょっとあなた! そこは私たちの席よ!」
ハート形土偶が食ってかかるが、遮光器土偶はこちらをチラリと見ただけで応える。
「どこに座ろうと僕の自由だろう。生徒ごとに席の指定があるなんて話は聞いてないけど?」
「ここはビーナス様のお気に入りなのよ!」
「席はまだ空いているんだ。相席すればいいじゃないか」
文句を言うハート形土偶に遮光器土偶はそう応じた。
この学園で私の意のままにならないことなどこれまでなかった。特に男となれば私に気に入られようとへりくだるのに。
私は踵を返すとカウンターで注文した料理を受け取り、遮光器土偶の目の前に腰を下ろす。取り巻きのハート形土偶たちも戸惑いながら同じテーブルに着いた。
お互い無言のまま食事を摂り終わる。それからも遮光器土偶は私のことなど眼中にないように振る舞っていた。まったく忌ま忌ましいったら……。
そんなある日、私たちは階段ですれ違う。私が上っていき遮光器土偶が下ってくる。日頃の鬱憤から睨みつけた際、私の足下がおろそかになった。
「きゃっ!」
階段を踏み外し、後ろに向かって倒れ込む。
「危ない!」
遮光器土偶が即座に手を伸ばして私の腕を掴んだ。強く引っ張られて彼の胸へと抱き締められる形になる。
「何やってんだよ、ちょっとドキッとしたじゃないか」
耳元で遮光器土偶が安堵のため息を漏らす。
「ご、ごめんなさい」
私の口から素直な言葉が漏れる。そして彼に抱き締められているのに気づいて慌ててその腕から抜け出した。
「あ、ありがとう。こ、この借りはいずれ返すわ。覚えておきなさい!」
そう叫んで私は階段を駆け下りる。本当は二階に上がるつもりだったのに動揺のあまり忘れていた。
どうしてだろう……顔が熱く火照って心臓がドキドキする。
◆
「わっ、すごいの出た! 先生! 先生!」
大学のゼミの課外授業として、遺跡発掘に参加していた彼女は掘り出した物を見て大声を上げる。
「ほう……見事な女性像だね。で、こっちは遮光器土偶か」
彼女が見つけた土偶を見て教授はそう呟いた。
「もしかしてこれって大発見かも。ちょっとドキッとした」
彼女は興奮しながらそう言うのだった。
~END~
抗うことの出来ない美しさを持つのがこの私、縄文のビーナス。長野県茅野市米沢の棚畑遺跡出身。雲母が練り込まれた肌はキラキラと輝き、グラマラスなプロポーションは正に美の女神。学園一、いいえ国宝級の超美少女として皆の羨望を集めている。
ふふっ、あそこの二人はおそらく新入生ね。私の美貌に目を丸くして変なポーズで固まっているわ。まるで踊っているみたい。
そうして教室へと入って歓談していると、ハート形土偶がこんな話題を持ち出した。
「ビーナス様、そう言えば今日このクラスに転入生が来るそうですわ。なんでも男子生徒だとか」
「あら、そう」
私は素っ気なく応える。どうせ大した男ではあるまい。この私に相応しい殿方に出会えるのは一体いつになるやら。
そして朝のホームルームが始まると、噂の転入生が現れた。
「青森県つがる市亀ヶ岡遺跡から来ました遮光器土偶です。よろしくお願いします」
そうぶっきらぼうに挨拶し、用意された席に着く。
ちょっと見たことのないタイプですけど、所詮は田舎者ですわね。変なゴーグルを着けていますし。
私はすぐに興味をなくした。
その日の昼休み、食堂へと足を運ぶと私たちがいつも座っているテーブルにあの転入生の姿がある。
中庭を見渡せるそのテーブルは私のグループの定位置となっており、他の生徒が座ることはなかった。
「ちょっとあなた! そこは私たちの席よ!」
ハート形土偶が食ってかかるが、遮光器土偶はこちらをチラリと見ただけで応える。
「どこに座ろうと僕の自由だろう。生徒ごとに席の指定があるなんて話は聞いてないけど?」
「ここはビーナス様のお気に入りなのよ!」
「席はまだ空いているんだ。相席すればいいじゃないか」
文句を言うハート形土偶に遮光器土偶はそう応じた。
この学園で私の意のままにならないことなどこれまでなかった。特に男となれば私に気に入られようとへりくだるのに。
私は踵を返すとカウンターで注文した料理を受け取り、遮光器土偶の目の前に腰を下ろす。取り巻きのハート形土偶たちも戸惑いながら同じテーブルに着いた。
お互い無言のまま食事を摂り終わる。それからも遮光器土偶は私のことなど眼中にないように振る舞っていた。まったく忌ま忌ましいったら……。
そんなある日、私たちは階段ですれ違う。私が上っていき遮光器土偶が下ってくる。日頃の鬱憤から睨みつけた際、私の足下がおろそかになった。
「きゃっ!」
階段を踏み外し、後ろに向かって倒れ込む。
「危ない!」
遮光器土偶が即座に手を伸ばして私の腕を掴んだ。強く引っ張られて彼の胸へと抱き締められる形になる。
「何やってんだよ、ちょっとドキッとしたじゃないか」
耳元で遮光器土偶が安堵のため息を漏らす。
「ご、ごめんなさい」
私の口から素直な言葉が漏れる。そして彼に抱き締められているのに気づいて慌ててその腕から抜け出した。
「あ、ありがとう。こ、この借りはいずれ返すわ。覚えておきなさい!」
そう叫んで私は階段を駆け下りる。本当は二階に上がるつもりだったのに動揺のあまり忘れていた。
どうしてだろう……顔が熱く火照って心臓がドキドキする。
◆
「わっ、すごいの出た! 先生! 先生!」
大学のゼミの課外授業として、遺跡発掘に参加していた彼女は掘り出した物を見て大声を上げる。
「ほう……見事な女性像だね。で、こっちは遮光器土偶か」
彼女が見つけた土偶を見て教授はそう呟いた。
「もしかしてこれって大発見かも。ちょっとドキッとした」
彼女は興奮しながらそう言うのだった。
~END~
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