氷の魔術師(引きこもり)のはずなのに、溺愛されても困ります。

入海月子

文字の大きさ
27 / 96

外に出る訓練

しおりを挟む
「ねぇ、食堂に行ってみませんか?」
「ムリ」

 気を取り直したサナリが誘うと、シーファは即答した。
 それでも彼女は精一杯、シーファを誘惑しようとする。
 
「焼き立てのホットケーキを食べたくないですか? バターとハチミツが蕩けるとびきり美味しいのを。たっぷりのホイップクリームを添えてもいいですね」

 甘いもの好きなシーファがゴクリとツバを吞む。
 これはいけるかもとサナリが期待する。

「ホットケーキ……。先生がいたときに何度か食べたことがある。すごくおいしかった」
「食堂でですか?」
「ううん、先生が持ってきてくれた。サナリみたいに」
「そうですか。食堂の出来立てのホットケーキはもっとおいしいですよ?」
「だけど、僕は猫舌だし、熱くなくていいよ……」

 惹かれた様子のシーファだったが、はっと気づいて、また首を横に振る。
 もうひと押しと、サナリはどうにかハードルを下げようとする。

「今の時間なら、食堂にそんなに人はいないですよ? 行きましょうよ」

 そう言ってサナリが手を差し出すと、シーファは迷うようにその手をじっと凝視する。
 しばらく手を出していたけど、彼が動こうとしなかったので、やっぱり無理かとサナリはあきらめかけた。そのとき、そろそろと彼の手が上がり、彼女の手を握った。
 にっこり笑ったサナリはシーファを引っ張って、部屋を出た。

 廊下に出たシーファは研究室では見せない硬い表情を顔に貼りつけて、サナリのあとをついてきた。
 ぎゅっと握った手が幼い子のようで、サナリは微笑ましく感じる。
 シーファはひょろっと背が高く、頭ひとつサナリより大きいのだが。
 幸い、ほとんど人とすれ違うこともなく、食堂に着く。
 そして、食堂の中も人はまばらで、シーファはほっとしたようだった。

「すみません。ホットケーキを二枚お願いします」
「はいよ」

 サナリが注文すると、シーファが彼女の袖を引き、小さな声で要求した。

「ホイップクリームも欲しい」
「わかりました」

(しっかり聞いていたのね)
 
 ふふっと笑って、サナリは追加の注文をする。
 
「一枚にはホイップクリームをたっぷりつけてください」

 ホットケーキが焼けるまで、二人はすみの席に座り、待っていた。
 シーファが落ち着きなく周囲をきょろきょろしているので、サナリは食堂のデザートメニューを彼に教えてあげる。

「いつもシーファに持ってきてる焼き菓子もあるし、ゼリーやプリンもあります。日替わりで作ってくれるから楽しみですよね? シーファはなにが一番好きですか?」

 大好きなスイーツの話をすると、シーファは目を輝かせて、サナリを見た。
 今まで食べたものを思い浮かべて、真剣に悩んでいる。

「う~ん、なにかな? プリンも好きだし、チョコも好きだし、この間、サナリが持ってきてくれたシュークリームもおいしかった。……サナリはなにが好きなの?」

 決めきれなかったようで、シーファが逆にサナリに質問してきた。
 それほど甘いものに興味はない彼女はなんの気なしに答える。
 
「そうですね。甘いものもいいのですが、私はチーズが好きです」
「チーズ? チーズケーキじゃなくて?」
「そうです。普通のチーズが好きなんです」

 そう言うと、シーファは信じられないとばかりに、目を丸くした。
 彼の驚愕の表情に、サナリのほうも驚く。
 シーファは叫んだ。
 
「チーズはデザートじゃないよ!」
「えっ?」
「だって、甘くないじゃん。僕、おやつにチーズが出てきたら暴れる!」

 その場面を想像したらしいシーファがとても不満そうに言うので、サナリは噴き出した。

「暴れるんですか?」
「うん」
「今まで、おやつにチーズを持っていかなくてよかったです」

 サナリの笑い声に、シーファも釣られて笑いだした。
 めったに見かけないシーファの姿にひそかに注目していた人々がざわめく。
 彼の笑顔に目を疑っていた。
 美味しそうな匂いが漂ってきて、ホットケーキが焼けたのだとわかる。
 早速、取りに行こうと立ち上がったサナリに置いていかれまいとシーファも慌てて席を立った。
 二人はホットケーキの載った皿を持ち、席に戻る。
 シーファの皿には注文通り、ホイップクリームが山になっていた。
 
「本当においしいね、サナリ」

 クリームをたっぷりつけたホットケーキを口に頬張り、幸せそうにシーファは目を細めた。
 サナリはバターを塗って食べる。
 食堂のお菓子がおいしくて、よかったと思いながら。
 
 こうした調子で、演習に備えて、サナリは何度かシーファを部屋から連れ出した。
 最初は渋っていたシーファも、だんだん食堂に行くことには慣れていった。
 
 しかし、その努力も必要ないものになってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「俺、殿下は女だと思うんだ」

夏八木アオ
恋愛
近衛騎士チャールズは、ある日自分の仕える王太子殿下の秘密に気付いてしまう。一人で抱えきれない秘密をルームメイトに話してしまい……から始まる、惚れっぽくてちょっとアホなヒーローx男装ヒロインのゆるふわ設定のラブストーリーです。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました

春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。

処理中です...