49 / 96
シーファの過去③
(そんな条件、飲めるはずない……!)
師団長が出ていったドアをにらみながら、サナリは憤った。
シーファなら補給はしてもいいと思ったが、彼のつらい過去を聞いてしまったら、それを強要できるはずがない。
(でも、アルザラス地方が……。それにシーファだって命の危険があるのよね?)
どうしたらいいのかわからず、サナリが悩んでいると、シーファがぼそりとつぶやいた。
「……来たばかりの若いシスターだったんだ」
彼が蒼白な顔で説明してくれようとしていることに気づき、サナリは同情のまなざしで、やんわり止めた。
「無理に言わなくていいんですよ?」
「いや、よかったら聞いてほしい」
苦しそうにしながらもそう言うシーファに、吐き出したほうが楽になるかもとサナリはうなずく。先ほど聞いた話だけでも胸が痛む。シスターでそんなことをする人がいたなんて信じられなかった。
「わかりました。隣に座ってもいいですか?」
「もちろんだよ」
ベッドに座るシーファの隣にサナリは腰かける。
勇気づけようと思って手を差し出すと、シーファが握りしめてきた。
陰惨な過去のせいで人との接触が怖くなってしまった彼が自分には触れるのを許してくれていることに、心が熱くなる。
肩に触れたシーファの体温を感じながら、サナリは彼を見つめた。
シーファは軽く息をつき、話し始める。
「初めからやたらと触ってくる人だなとは思ってたんだ……」
そのあとの言葉を絞り出すようにして、シーファは一気に告げた。
「あるとき、シスターにお風呂に入ろうと言われて、脱がされたんだ。浴室で身体を押しつけられて、驚いた。なにをされてるか、わからなかった。なんでそんなところを触るのか、触らせるのか……」
吐き気がするというように、シーファは口もとを手で覆った。もう片方の手はサナリの手を握りしめている。
サナリは黙って、彼の手を両手で包み込んだ。
なにかを呑み込むように、ごくりと喉を動かして、シーファは苦しげな声を出した。
「……今思うと、さっさと石になればよかったんだ。なのに、当時の僕はパニックになって、魔力を暴走させてしまった。シスターを傷つけるつもりはなかったんだ。ただただ嫌で離してほしかっただけで」
「シーファは悪くないですよ。自業自得です」
シーファを激しく傷つけたシスターに、怒りが込み上げて、サナリはきっぱり告げた。
こんなに怒ったのは領地を騙し取られたと知ったとき以来だった。
激しい憤りのために、手が震える。
自分のために怒ってくれているサナリを見て、シーファはありがとうと微笑んだ。そして、自分を鼓舞するかのように明るい声になって続けた。
「そのあと先生が助けてくれたんだ」
「前の魔術師団長ですよね?」
「そう。僕に居場所を与えてくれて、魔法の使い方を教えてくれた。先生は厳しくて優しかった。ここを自由に使えるようにしてくれたのも先生なんだ」
前魔術師団長を心から尊敬していたようで、シーファの瞳が輝く。
彼を気にかけてくれる人がひとりでもいてよかったとサナリの心がやわらいだ。
「先生に出会えてよかったですね」
「うん。僕の人生でサナリと先生に会えたことは宝物のような出来事だよ」
幸運を噛みしめるような表情でシーファは目を細める。
サナリは息を呑んだ。
『先生』と同等に扱われるとは思っていなかったのだ。
(どうして……? どうしてそんなに私を大切に思ってくれるの? 大したことはなにもしてないのに)
サナリが問いかけようとしたとき、シーファが握っていた手を外して立ち上がった。
「そろそろ行く準備しないと。まもなく出発だ」
「でも、魔力が!」
サナリは急いで彼の服を掴んで止めた。
振り返ったシーファは彼女を安心させるように微笑む。
「大丈夫。帰ってきたばかりでまたすぐ馬車に乗りたくなくてごねてたけど、ハイム地方には一日半はかかる。その間に魔力も回復するよ」
「そう、なのですか?」
「うん、だから、大丈夫」
彼女のために無理をしようとしてくれているシーファに、サナリは気がとがめた。
でも、魔物討伐には彼の力が必要だ。
せめて自分にできることをしようとサナリは言った。
「私も準備してきます」
「一緒に行ってくれるの?」
「もちろんです!」
「ありがとう」
パッと喜色をにじませたシーファに、礼を言うのは自分のほうなのに、とサナリは胸が詰まった。
師団長が出ていったドアをにらみながら、サナリは憤った。
シーファなら補給はしてもいいと思ったが、彼のつらい過去を聞いてしまったら、それを強要できるはずがない。
(でも、アルザラス地方が……。それにシーファだって命の危険があるのよね?)
どうしたらいいのかわからず、サナリが悩んでいると、シーファがぼそりとつぶやいた。
「……来たばかりの若いシスターだったんだ」
彼が蒼白な顔で説明してくれようとしていることに気づき、サナリは同情のまなざしで、やんわり止めた。
「無理に言わなくていいんですよ?」
「いや、よかったら聞いてほしい」
苦しそうにしながらもそう言うシーファに、吐き出したほうが楽になるかもとサナリはうなずく。先ほど聞いた話だけでも胸が痛む。シスターでそんなことをする人がいたなんて信じられなかった。
「わかりました。隣に座ってもいいですか?」
「もちろんだよ」
ベッドに座るシーファの隣にサナリは腰かける。
勇気づけようと思って手を差し出すと、シーファが握りしめてきた。
陰惨な過去のせいで人との接触が怖くなってしまった彼が自分には触れるのを許してくれていることに、心が熱くなる。
肩に触れたシーファの体温を感じながら、サナリは彼を見つめた。
シーファは軽く息をつき、話し始める。
「初めからやたらと触ってくる人だなとは思ってたんだ……」
そのあとの言葉を絞り出すようにして、シーファは一気に告げた。
「あるとき、シスターにお風呂に入ろうと言われて、脱がされたんだ。浴室で身体を押しつけられて、驚いた。なにをされてるか、わからなかった。なんでそんなところを触るのか、触らせるのか……」
吐き気がするというように、シーファは口もとを手で覆った。もう片方の手はサナリの手を握りしめている。
サナリは黙って、彼の手を両手で包み込んだ。
なにかを呑み込むように、ごくりと喉を動かして、シーファは苦しげな声を出した。
「……今思うと、さっさと石になればよかったんだ。なのに、当時の僕はパニックになって、魔力を暴走させてしまった。シスターを傷つけるつもりはなかったんだ。ただただ嫌で離してほしかっただけで」
「シーファは悪くないですよ。自業自得です」
シーファを激しく傷つけたシスターに、怒りが込み上げて、サナリはきっぱり告げた。
こんなに怒ったのは領地を騙し取られたと知ったとき以来だった。
激しい憤りのために、手が震える。
自分のために怒ってくれているサナリを見て、シーファはありがとうと微笑んだ。そして、自分を鼓舞するかのように明るい声になって続けた。
「そのあと先生が助けてくれたんだ」
「前の魔術師団長ですよね?」
「そう。僕に居場所を与えてくれて、魔法の使い方を教えてくれた。先生は厳しくて優しかった。ここを自由に使えるようにしてくれたのも先生なんだ」
前魔術師団長を心から尊敬していたようで、シーファの瞳が輝く。
彼を気にかけてくれる人がひとりでもいてよかったとサナリの心がやわらいだ。
「先生に出会えてよかったですね」
「うん。僕の人生でサナリと先生に会えたことは宝物のような出来事だよ」
幸運を噛みしめるような表情でシーファは目を細める。
サナリは息を呑んだ。
『先生』と同等に扱われるとは思っていなかったのだ。
(どうして……? どうしてそんなに私を大切に思ってくれるの? 大したことはなにもしてないのに)
サナリが問いかけようとしたとき、シーファが握っていた手を外して立ち上がった。
「そろそろ行く準備しないと。まもなく出発だ」
「でも、魔力が!」
サナリは急いで彼の服を掴んで止めた。
振り返ったシーファは彼女を安心させるように微笑む。
「大丈夫。帰ってきたばかりでまたすぐ馬車に乗りたくなくてごねてたけど、ハイム地方には一日半はかかる。その間に魔力も回復するよ」
「そう、なのですか?」
「うん、だから、大丈夫」
彼女のために無理をしようとしてくれているシーファに、サナリは気がとがめた。
でも、魔物討伐には彼の力が必要だ。
せめて自分にできることをしようとサナリは言った。
「私も準備してきます」
「一緒に行ってくれるの?」
「もちろんです!」
「ありがとう」
パッと喜色をにじませたシーファに、礼を言うのは自分のほうなのに、とサナリは胸が詰まった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】
伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。
しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。
そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。
運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた――
けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった――
※「小説家になろう」にも投稿しています。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎