氷の魔術師(引きこもり)のはずなのに、溺愛されても困ります。

入海月子

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ハイム遠征

 今度の遠征も前回と同じように馬車と騎馬に分かれて編成されていた。
 鳥の魔物に対処するためか、魔術師は多めに動員されているようだ。
 シーファが例によって一番奥の席に陣取り、サナリは隣に座る。
 壁に身をもたれかけさせ、すぐ目を閉じたシーファをサナリはぼんやり眺めた。

 ――補給してやれ。それが条件だ。

 彼の薄い唇を見つめ、そこに口づける自分を想像して、かあっと顔が熱くなる。
 でも、彼とそういうことをするのを嫌だと思っていない自分に気づいた。

(シーファは嫌がってるけどね)

 そっと溜め息をついて考える。
 自分がどう思ってもシーファの意志ははっきりしている。拒否だ。あんな経験をしたら、人と交わるのに不快感を覚えるのも無理はないと思った。
 それにシーファはサナリに心を許してくれているけど、男女の関係を望んでいるわけではないのを感じる。

(愛はあるけど恋じゃない)

 そう考えたサナリの心が疼く。
 なぜかとても切なく感じてしまって、サナリは胸を押さえた。
 それでも、領地を取り戻すには、シーファを口説いて補給してもらわなくてはならない。

(そんなことできない! でも、どうしたらいいのかしら……)

 サナリは嘆願書を思い出し、アルザラス地方の人々の飢えた顔を思い浮かべる。
 思考は堂々巡りに陥り、結論が出ないまま、深い溜め息をついた。
 結局、誰に対しても中途半端なことしかできない自分にガッカリした。





 二回の野営を経て、遠征隊はハイム地方の魔物が現れた地点に着いた。魔術師団長が言っていた通り、アルザラス地方にほど近い地域だ。
 前回と同じく、サナリはシーファに割り当てられたテントに泊まることになる。
 サナリはドキドキする心を隠しながら、シーファの世話を焼いたが、彼はサナリで補給しようとはしなかった。
 でも、現地に着いたときには、彼が言っていた通り魔力が回復したようで、シーファは元気になっているように見える。

(よかった)

 サナリが持ってきたチョコレートをモグモグしているシーファを見て、彼女はほっとした。

 ハイム地方は田園地帯で、見渡す限り穀物畑が広がっていた。
 今回は偵察隊が出るまでもなく、その畑の上を黒い雲のように鳥の魔物の大群が覆っているのが見える。
 ギャッギャッ、グエッというような魔物の不気味な鳴き声が騒がしく辺りに響き、耳が痛いほどだった。

(あんな魔物がブドウ畑に来たら、壊滅的な被害になりそうだわ)

 想像以上の光景に、サナリが身を震わせた。
 そんなサナリの背中をなぐさめるように撫でて、シーファが立ち上がった。
 集合の笛が鳴ったのだ。
 
「それじゃあ、行ってくる」
「くれぐれも気をつけてくださいね」
「うん」

 整った顔をニコリとさせて、シーファは気負いなくスタスタと魔物のほうへ向かっていった。
 やはり単独行動だった。
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