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サリナの丘③
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クロードが休憩をするのを見届けて、ラフィーはまずロゼオの花の様子を見に行った。やはりまだ夜露は溜まっていないようだった。夜露は空気が一番冷え込む夜明け前にできやすい。結露にはまだ早いようだ。
それまで他の素材を採取することにする。
満月の夜には薬草も鉱物も土でさえも特別な素材になる。
ラフィーは片っ端から素材を袋に入れていった。
黙々と作業を続けて、ラフィーはふぅとひと息ついた。
ふとクロードの方を見ると、手持ち無沙汰だったのか、小さいけれど綺麗な花束を作っていた。草花を束ねただけなのに、白と水色とピンクの小花が可愛らしく配置されていて、とてもセンスがいい。
(クロードって、なんでもできるのね。師匠にでもあげるのかしら?)
感心して見ていたら、視線に気づいたクロードが微笑んで「暇つぶし。あげるよ」とその花束を差し出した。
花束なんてもらったことのなかったラフィーはびっくりして、じっと見つめた。
迂闊にもときめいてしまう。
(こういうの、ずるいと思う……)
「師匠にはあげないの?」
なんとなく口を尖らせて言うと、クロードは輝く笑みを見せて、視線を横にやった。
「それはここにあるよ」
視線の先にはラフィーに差し出されたものよりボリュームのある花束が置いてあった。それは赤系の花で彩られ、大人っぽく仕上げられている。赤と緑のコントラストが素敵だ。
それに安心して、ラフィーは花束を受け取った。
「ありがとう。すごくかわいい」
手のひらサイズの花束は可愛いだけでなく、甘いいい香りがして、ラフィーはそれに顔をうずめた。
「もうすぐ夜明けか」
微かに明るくなってきた東の空を眺めて、クロードがつぶやいた。
「夜露は溜まったかな?」
ラフィーがロゼオの花を見てみると、白い花びらに玉状の夜露がついていた。それをそっと小瓶に集めていく。ガイラには最低小瓶二本分は必要と言われたので、蜜蜂のように花から花へと回っていったが、ずっと中腰の姿勢はなかなか大変だった。
二本目の瓶が満杯になると、蓋をしっかり締めてから、ラフィーはへなへなと崩れ落ちた。
「大丈夫かい?」
クロードが手を差し伸べて、引っ張り起こしてくれる。有り難くその手を借りて、ラフィーは立ち上がった。
「ありがとう。腰に来た……」
ここに来る前に仮眠は取っていたけど、徹夜で素材採取はやはりきつくて、疲労困憊になったラフィーは腰をポンポン叩いて伸ばした。
「素材採取は終わりかい? 馬に乗れる? それとも、ちょっと休んでから帰るかい?」
「ううん、大丈夫。ここで休むより、早く帰って寝たいわ」
「じゃあ、帰ろうか」
クロードは少し離れたところに立っていた馬を呼び寄せた。名を呼ばれたマールはゆっくりとした常歩で歩いてくる。
クロードは鞍の後ろの両側につけた袋に、ラフィーの集めた素材や花束を丁寧に入れてくれた。
そして、疲れて眠そうなラフィーを抱き上げ、馬に乗せると、自分はその後ろに飛び乗った。
クロードが手綱を取ると、ラフィーは後ろから抱きかかえられているようで、戸惑った。
「えっ、どうして帰りは前?」
ラフィーが振り向いて見上げると、クロードが苦笑した。
「かなり疲れているようだし、途中で寝ちゃって馬から落ちることがないようにだよ」
「あー」
クロードの言葉に、あり得るとラフィーは納得した。
「お手数をおかけします……」
「どういましまして」
クロードはにこやかに微笑んだ。
帰り道、ラフィーは一生懸命目を開けていようとしたのだが、眠くて眠くて船を漕ぎ始めた。
自分より体温の高いらしいクロードの熱が背中に伝わって、眠気を助長する。
「もたれていいよ」
「う……ん、あり…が、とう……」
クロードは、グラグラ揺れるラフィーを自分の胸に引き寄せて、落ちないように腕で囲ったが、ほとんど夢の中にいた彼女はむにゃむにゃとお礼を言って、されるがままだった。
安心しきっているラフィーに、これはリュオも苦労するなと、クロードは苦笑した。
リュオは落ち着かない気分で魔札を作り続けていた。
密着して馬に乗るラフィーとクロードの姿が頭から離れず眠れないから、深夜にもかかわらず、納期の迫る魔札を作ることにしたのだ。
(僕の魔札は持っていってくれたかな)
クロードと一緒なら、まず間違いなく大丈夫だろうが、万が一のことを考えて、リュオはあの魔札にドラゴンに襲われても一定時間耐えられるほどの防御魔法を仕込んでいた。今作っている魔札の何十倍ものスペックだ。おかげで、昨夜はほぼ徹夜で、またガイラの体力回復薬のお世話になった。
(今回使わなくても、今後も素材採取でなにがあるかわからないし、大は小を兼ねるっていうし)
リュオは大真面目な顔で頷いた。
ノルマの魔札を作りながら、リュオはちょくちょく手を止めて、『今頃サリナの丘に着いた頃だろうか』とか『二人きりでなにを話してるんだろう』と考えてしまった。
ラフィーはクロードと幸せな時を過ごしているのだろうかと想像するだけで、キリキリと胸が痛み、焦る気持ちが募る。
(それでも、クロードが好きなのはガイラだ)
それだけがリュオの安心材料だった。しかし、それを日々思い知らされるラフィーはつらいだろうとも思う。リュオの目から見ても、クロードはガイラしか見ていないから。
『僕じゃダメか?』『僕にしときなよ』
何度も言おうとして言えなかった言葉。
今度こそ言いたい。リュオはそう思う。
(ラフィーはどう思うかな? ケンカばかりしている僕にそんなことを言われて、困るかな?)
ふぅっと溜め息をつき、リュオは作業に戻った。
明け方になり、ラフィーたちが戻ってくるのではないかとそわそわしだしたリュオは、結局、我慢しきれず、厩が見える場所を探してうろついた。
でも、角度的に屋内から見える場所は見つからず、外に出た。
朝日が昇り、周囲は光に満ちている。
徹夜した目にはまぶしすぎて、リュオは目に手をかざした。
ちょうどその時、王門から厩への小道を、その光に負けずにきらめいている存在が馬に乗ってやってきた。
クロードだった。
芦毛の馬に跨がり、陽に照らされて輝く姿は美しい絵画のようで、女性たちがいれば、また黄色い声に埋め尽くされるんだろうなとリュオは顔をしかめた。
目を凝らすとラフィーがクロードに抱きかかえられるように乗っているのが見えて、リュオは思わず走り出す。
ラフィーになにかあったのかと思ったのだ。
「やぁ、リュオ。早いね」
彼を見つけたクロードがまばゆい笑みを浮かべて、のんきに挨拶をしてきた。
近くで見ると、ラフィーはただ寝ているようで、クロードの様子からもなにかあったようには思えず、リュオは脱力した。
「寝てるのか?」
「あぁ、ぐっすりだね」
おかしそうに笑うクロードに、リュオは不機嫌そうに唇を噛んだ。
(なんでそんなに無防備なんだよ! 幸せそうな顔をして! そりゃ、好きな男に抱きかかえられて、うれしいんだろうけどさ!)
リュオは心の中で悪態をついた。
「ほら、ラフィー、着いたよ」
厩の前で、クロードはラフィーに声をかけた。
「んー、わかっ…た……」
「ラフィー」
「ん……」
彼女は返事はするものの、よっぽど眠いのか、目を開けない。ポンポンと肩を叩いて、クロードがもう一度呼ぶが、生返事だ。
「しょうがないなぁ。リュオ、手伝って」
「いいけど、なにを?」
「君、『浮遊術』は使える?」
「使えるけど……?」
「じゃあ、はい」
「え、う、うわぁ~~!」
いきなりポンとラフィーを渡されて、ずっしりと腕に重みを感じて、リュオはよろめいた。
彼女を横抱きにして、抱え直すのと同時に浮遊術を使う。
ラフィーは小柄ではあるが、力を抜いた人間を運ぶのは、魔術師であるリュオには文字通り、荷が重かった。
ラフィーをリュオに預けたクロードは、馬を労ったあと、馬丁に渡すと、荷物を持って、さっさと王宮内に入っていった。
「ちょっと! どこに行くんだよ」
「サリのところだよ」
慌ててあとを追うと、ぐらついたのを感じたのか、ラフィーがリュオの服を握りしめた。
(かわいい)
無意識に彼にしがみつくラフィーを見て、リュオは微笑んだ。
やっぱり彼女からはいい匂いがする。
暖を求めてか、ラフィーが彼の胸に顔を擦り寄せた。
リュオは幸せな気分で廊下を進んだ。
ゆらゆらと体が揺れて、ラフィーは心地よい気分で覚醒した。
目はまだ開けられていないけど、誰かに運ばれていってるのを感じた。
(あれ? 私、クロードと一緒にサリナの丘に行って、馬に乗って帰ってた途中のはず……)
「………クロード?」
そう問いかけながら、ぼんやり目を開けると、ムッとした顔のリュオと目が合った。
「えっ! な、なんで、リュオが!?」
「僕で悪かったな」
一気にラフィーの目が覚める。
超絶に不機嫌そうなリュオに抱きかかえられていることに遅ればせながら気づいて、彼女はパニックになって、その腕から降りようともがいた。
「ちょ、ちょっと、暴れたら危ないって! っうわぁ!」
ラフィーを落とさないように支えたリュオだったが、絶妙なタイミングでまた暴れられて、バランスを崩して倒れてしまった。彼女を守ろうとしたリュオを押し倒してラフィーがのしかかる。
キスする寸前の距離で二人は見つめ合った。
「………ご、ご、ごめん!」
「………い、いや、怪我はない?」
「大丈夫。リュオは?」
「僕も大丈夫だ」
手を伸ばして少し引き寄せるだけで唇が重なった。
(そうできたらよかったのに)
リュオは心底そう思い、溜め息をついた。
彼の上からラフィーが退いて、リュオはゆっくり立ち上がった。そして、まだへたり込んでいるラフィーに手を差し出した。
二人がガイラの工房へ行くと、クロードがガイラに花束を渡しているところだった。
そっとリュオがラフィーの様子を窺うと、彼女は「私ももらったのよ!」とうれしそうにカウンターに置いてあった彼女の小さな花束を彼に見せた。
『僕ならもっと大きな花束をあげるよ!』
健気なラフィーにリュオはそう言ってやりたかった。
でも、花束に顔をうずめて微笑むラフィーになにも言えなかった。
「あら、おかえり。リュオもありがとう」
ガイラがにこやかに声をかけてきた。
「ただいま戻りました。無事素材を取ってきました」
「そう、じゃあ、残りはあと二つね」
「あと二つ! 残りはなんですか?」
ラフィーの問いにガイラがニヤリと笑った。
「惚れ薬を錬金術の試験にしたのは、ある意味正しかったわね」
(惚れ薬? ラフィーが作っていたのは惚れ薬なのか?)
ガイラの言葉にリュオは驚いた。それを他所にガイラは言葉を続ける。
「ラフィー、錬金術師の真髄は?」
「飽くなき探究心!」
常日頃から言い聞かされている言葉をラフィーは元気よく答えた。
良くできましたとガイラが頷き、質問を続ける。
「そのためには?」
「どんな苦難も厭わない!」
「素材がどんなに稀なものでも?」
「決してあきらめない!」
ラフィーの答えに、にこやかに頷いて、ガイラは言った。
「それを踏まえて、覚悟はいい?」
もったいぶって言うガイラに、ラフィーはごくりとつばを呑み込んで頷いた。
「次の素材は…………性液よ!」
「せーえき?」
ラフィーは意味がわからず繰り返し、クロードは一瞬目を見開いたあと、ふっと笑い、リュオは凍りついた。
それまで他の素材を採取することにする。
満月の夜には薬草も鉱物も土でさえも特別な素材になる。
ラフィーは片っ端から素材を袋に入れていった。
黙々と作業を続けて、ラフィーはふぅとひと息ついた。
ふとクロードの方を見ると、手持ち無沙汰だったのか、小さいけれど綺麗な花束を作っていた。草花を束ねただけなのに、白と水色とピンクの小花が可愛らしく配置されていて、とてもセンスがいい。
(クロードって、なんでもできるのね。師匠にでもあげるのかしら?)
感心して見ていたら、視線に気づいたクロードが微笑んで「暇つぶし。あげるよ」とその花束を差し出した。
花束なんてもらったことのなかったラフィーはびっくりして、じっと見つめた。
迂闊にもときめいてしまう。
(こういうの、ずるいと思う……)
「師匠にはあげないの?」
なんとなく口を尖らせて言うと、クロードは輝く笑みを見せて、視線を横にやった。
「それはここにあるよ」
視線の先にはラフィーに差し出されたものよりボリュームのある花束が置いてあった。それは赤系の花で彩られ、大人っぽく仕上げられている。赤と緑のコントラストが素敵だ。
それに安心して、ラフィーは花束を受け取った。
「ありがとう。すごくかわいい」
手のひらサイズの花束は可愛いだけでなく、甘いいい香りがして、ラフィーはそれに顔をうずめた。
「もうすぐ夜明けか」
微かに明るくなってきた東の空を眺めて、クロードがつぶやいた。
「夜露は溜まったかな?」
ラフィーがロゼオの花を見てみると、白い花びらに玉状の夜露がついていた。それをそっと小瓶に集めていく。ガイラには最低小瓶二本分は必要と言われたので、蜜蜂のように花から花へと回っていったが、ずっと中腰の姿勢はなかなか大変だった。
二本目の瓶が満杯になると、蓋をしっかり締めてから、ラフィーはへなへなと崩れ落ちた。
「大丈夫かい?」
クロードが手を差し伸べて、引っ張り起こしてくれる。有り難くその手を借りて、ラフィーは立ち上がった。
「ありがとう。腰に来た……」
ここに来る前に仮眠は取っていたけど、徹夜で素材採取はやはりきつくて、疲労困憊になったラフィーは腰をポンポン叩いて伸ばした。
「素材採取は終わりかい? 馬に乗れる? それとも、ちょっと休んでから帰るかい?」
「ううん、大丈夫。ここで休むより、早く帰って寝たいわ」
「じゃあ、帰ろうか」
クロードは少し離れたところに立っていた馬を呼び寄せた。名を呼ばれたマールはゆっくりとした常歩で歩いてくる。
クロードは鞍の後ろの両側につけた袋に、ラフィーの集めた素材や花束を丁寧に入れてくれた。
そして、疲れて眠そうなラフィーを抱き上げ、馬に乗せると、自分はその後ろに飛び乗った。
クロードが手綱を取ると、ラフィーは後ろから抱きかかえられているようで、戸惑った。
「えっ、どうして帰りは前?」
ラフィーが振り向いて見上げると、クロードが苦笑した。
「かなり疲れているようだし、途中で寝ちゃって馬から落ちることがないようにだよ」
「あー」
クロードの言葉に、あり得るとラフィーは納得した。
「お手数をおかけします……」
「どういましまして」
クロードはにこやかに微笑んだ。
帰り道、ラフィーは一生懸命目を開けていようとしたのだが、眠くて眠くて船を漕ぎ始めた。
自分より体温の高いらしいクロードの熱が背中に伝わって、眠気を助長する。
「もたれていいよ」
「う……ん、あり…が、とう……」
クロードは、グラグラ揺れるラフィーを自分の胸に引き寄せて、落ちないように腕で囲ったが、ほとんど夢の中にいた彼女はむにゃむにゃとお礼を言って、されるがままだった。
安心しきっているラフィーに、これはリュオも苦労するなと、クロードは苦笑した。
リュオは落ち着かない気分で魔札を作り続けていた。
密着して馬に乗るラフィーとクロードの姿が頭から離れず眠れないから、深夜にもかかわらず、納期の迫る魔札を作ることにしたのだ。
(僕の魔札は持っていってくれたかな)
クロードと一緒なら、まず間違いなく大丈夫だろうが、万が一のことを考えて、リュオはあの魔札にドラゴンに襲われても一定時間耐えられるほどの防御魔法を仕込んでいた。今作っている魔札の何十倍ものスペックだ。おかげで、昨夜はほぼ徹夜で、またガイラの体力回復薬のお世話になった。
(今回使わなくても、今後も素材採取でなにがあるかわからないし、大は小を兼ねるっていうし)
リュオは大真面目な顔で頷いた。
ノルマの魔札を作りながら、リュオはちょくちょく手を止めて、『今頃サリナの丘に着いた頃だろうか』とか『二人きりでなにを話してるんだろう』と考えてしまった。
ラフィーはクロードと幸せな時を過ごしているのだろうかと想像するだけで、キリキリと胸が痛み、焦る気持ちが募る。
(それでも、クロードが好きなのはガイラだ)
それだけがリュオの安心材料だった。しかし、それを日々思い知らされるラフィーはつらいだろうとも思う。リュオの目から見ても、クロードはガイラしか見ていないから。
『僕じゃダメか?』『僕にしときなよ』
何度も言おうとして言えなかった言葉。
今度こそ言いたい。リュオはそう思う。
(ラフィーはどう思うかな? ケンカばかりしている僕にそんなことを言われて、困るかな?)
ふぅっと溜め息をつき、リュオは作業に戻った。
明け方になり、ラフィーたちが戻ってくるのではないかとそわそわしだしたリュオは、結局、我慢しきれず、厩が見える場所を探してうろついた。
でも、角度的に屋内から見える場所は見つからず、外に出た。
朝日が昇り、周囲は光に満ちている。
徹夜した目にはまぶしすぎて、リュオは目に手をかざした。
ちょうどその時、王門から厩への小道を、その光に負けずにきらめいている存在が馬に乗ってやってきた。
クロードだった。
芦毛の馬に跨がり、陽に照らされて輝く姿は美しい絵画のようで、女性たちがいれば、また黄色い声に埋め尽くされるんだろうなとリュオは顔をしかめた。
目を凝らすとラフィーがクロードに抱きかかえられるように乗っているのが見えて、リュオは思わず走り出す。
ラフィーになにかあったのかと思ったのだ。
「やぁ、リュオ。早いね」
彼を見つけたクロードがまばゆい笑みを浮かべて、のんきに挨拶をしてきた。
近くで見ると、ラフィーはただ寝ているようで、クロードの様子からもなにかあったようには思えず、リュオは脱力した。
「寝てるのか?」
「あぁ、ぐっすりだね」
おかしそうに笑うクロードに、リュオは不機嫌そうに唇を噛んだ。
(なんでそんなに無防備なんだよ! 幸せそうな顔をして! そりゃ、好きな男に抱きかかえられて、うれしいんだろうけどさ!)
リュオは心の中で悪態をついた。
「ほら、ラフィー、着いたよ」
厩の前で、クロードはラフィーに声をかけた。
「んー、わかっ…た……」
「ラフィー」
「ん……」
彼女は返事はするものの、よっぽど眠いのか、目を開けない。ポンポンと肩を叩いて、クロードがもう一度呼ぶが、生返事だ。
「しょうがないなぁ。リュオ、手伝って」
「いいけど、なにを?」
「君、『浮遊術』は使える?」
「使えるけど……?」
「じゃあ、はい」
「え、う、うわぁ~~!」
いきなりポンとラフィーを渡されて、ずっしりと腕に重みを感じて、リュオはよろめいた。
彼女を横抱きにして、抱え直すのと同時に浮遊術を使う。
ラフィーは小柄ではあるが、力を抜いた人間を運ぶのは、魔術師であるリュオには文字通り、荷が重かった。
ラフィーをリュオに預けたクロードは、馬を労ったあと、馬丁に渡すと、荷物を持って、さっさと王宮内に入っていった。
「ちょっと! どこに行くんだよ」
「サリのところだよ」
慌ててあとを追うと、ぐらついたのを感じたのか、ラフィーがリュオの服を握りしめた。
(かわいい)
無意識に彼にしがみつくラフィーを見て、リュオは微笑んだ。
やっぱり彼女からはいい匂いがする。
暖を求めてか、ラフィーが彼の胸に顔を擦り寄せた。
リュオは幸せな気分で廊下を進んだ。
ゆらゆらと体が揺れて、ラフィーは心地よい気分で覚醒した。
目はまだ開けられていないけど、誰かに運ばれていってるのを感じた。
(あれ? 私、クロードと一緒にサリナの丘に行って、馬に乗って帰ってた途中のはず……)
「………クロード?」
そう問いかけながら、ぼんやり目を開けると、ムッとした顔のリュオと目が合った。
「えっ! な、なんで、リュオが!?」
「僕で悪かったな」
一気にラフィーの目が覚める。
超絶に不機嫌そうなリュオに抱きかかえられていることに遅ればせながら気づいて、彼女はパニックになって、その腕から降りようともがいた。
「ちょ、ちょっと、暴れたら危ないって! っうわぁ!」
ラフィーを落とさないように支えたリュオだったが、絶妙なタイミングでまた暴れられて、バランスを崩して倒れてしまった。彼女を守ろうとしたリュオを押し倒してラフィーがのしかかる。
キスする寸前の距離で二人は見つめ合った。
「………ご、ご、ごめん!」
「………い、いや、怪我はない?」
「大丈夫。リュオは?」
「僕も大丈夫だ」
手を伸ばして少し引き寄せるだけで唇が重なった。
(そうできたらよかったのに)
リュオは心底そう思い、溜め息をついた。
彼の上からラフィーが退いて、リュオはゆっくり立ち上がった。そして、まだへたり込んでいるラフィーに手を差し出した。
二人がガイラの工房へ行くと、クロードがガイラに花束を渡しているところだった。
そっとリュオがラフィーの様子を窺うと、彼女は「私ももらったのよ!」とうれしそうにカウンターに置いてあった彼女の小さな花束を彼に見せた。
『僕ならもっと大きな花束をあげるよ!』
健気なラフィーにリュオはそう言ってやりたかった。
でも、花束に顔をうずめて微笑むラフィーになにも言えなかった。
「あら、おかえり。リュオもありがとう」
ガイラがにこやかに声をかけてきた。
「ただいま戻りました。無事素材を取ってきました」
「そう、じゃあ、残りはあと二つね」
「あと二つ! 残りはなんですか?」
ラフィーの問いにガイラがニヤリと笑った。
「惚れ薬を錬金術の試験にしたのは、ある意味正しかったわね」
(惚れ薬? ラフィーが作っていたのは惚れ薬なのか?)
ガイラの言葉にリュオは驚いた。それを他所にガイラは言葉を続ける。
「ラフィー、錬金術師の真髄は?」
「飽くなき探究心!」
常日頃から言い聞かされている言葉をラフィーは元気よく答えた。
良くできましたとガイラが頷き、質問を続ける。
「そのためには?」
「どんな苦難も厭わない!」
「素材がどんなに稀なものでも?」
「決してあきらめない!」
ラフィーの答えに、にこやかに頷いて、ガイラは言った。
「それを踏まえて、覚悟はいい?」
もったいぶって言うガイラに、ラフィーはごくりとつばを呑み込んで頷いた。
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