夢魔はじめました。

入海月子

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どうしよう……?

夢魔はじめました。

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 私達は起きて、身支度を整えると、ライアンは朝食を頼みに行った。
 部屋に戻ってくると、ライアンは先に私に朝食を与えてくれた。
 相変わらず、彼のは甘い……。

 朝食を食べた後、宿を引き払い、街へ出る。
 馬車乗り場に行くと、昨夜は遅くていなかった案内人にライアンが尋ねた。

「シュトラーセ教国に行きたいんだが、そっち方面の馬車はあるか?」
「それだったら、あそこの馬車がルミーゼ行きだ。間もなく出発だぞ」
「ありがとう」

 教えられた馬車に急ぐ。
 今の時間に出発ってことは結構遠くまで行く馬車なのかな。

「二人乗れるか?」
「あぁ、空いてるよ。すぐ出発だから乗ってくれ」

 御者にお金を払って、馬車に乗り込む。
 半分くらい席が埋まっていた。
 ライアンは私を窓際に座らせてくれて、自らも横に座った。
 座った途端、馬車は動き出した。
 本当に出発寸前だったんだ。

 そういえば、なかなかアクセサリーを換金できないから、旅費をすべてライアンに出してもらってるなぁ。
 お金足りるのかな?
 大事な使命の予算があるのかしら?それとも個人のお金?
 なんとなくライアンの性格から後者のような気がする。
 そうだとしたら、なおさら自分で払いたい。
 でも、先を急がないといけないから、無理も言えないし……。

「この馬車に乗れてラッキーだったな。ひとつ街を飛ばせたぞ」
「そうなんですか?」

 ライアンは地図を取り出して、見せてくれた。

「レーベンがここだろ?ルミーゼがここだ。普通はレーベンからグルートの街経由でルミーゼに行かないといけないんだ。馬車乗り場に先に来てよかった」
「タイミングよかったですね」
「そうだな。でも、今日も遅くに到着するはずだから、たびたび補給した方がいいな」

 補給……ライアンは何気なく口にするけど、私的にはキスする宣言をされてるようで、恥ずかしい。
 頬の赤さを隠すように私はうつむいた。



 今日の乗客は、一人旅の人が多いようで、話してるのは私達だけで、後は目をつぶってるか、窓の外を眺めていた。
 若い人も私達ぐらいで、他はみんなおじさん。
 女性はひとりもいなかった。

 私も外を眺める。
 そこは見渡す限り荒野が広がっていて、たまに生えてる木も立ち枯れているようだった。

「そういえば、これから行くところって、暖かくなるんですか?寒くなるんですか?」
「だんだん寒くなるはずだ。途中で服を買い足さないと寒いかもな」

 地図の上に向かって進んでいっていたから、私の感覚では北に向かってるのかなって思ってたけど、寒くなるなら、やっぱりその感覚で正しいのかな?
 寒いのはあまり得意ではないけど、雪とか降ったりするのかな?

「シュトラーセ教国に着く頃には、雪の季節になるかもしれない。その前に着きたいな」
「雪……降らないといいですね」
「寒いのは苦手か?」
「はい。ライアンは平気なんですか?」
「騎士の鍛錬で、極限の暑さ寒さに耐えたり、不眠不休で動いたりさせられたからな。耐えるのはそれなりに得意だ」
「うわぁ、騎士って大変なんですね……」
「簡単になれたら騎士の価値がないからな」

 ライアンがさわやかに笑った。

 なんかすごいなぁ。
 孤児院もつらいところだったみたいだし、きっと騎士になるまでも相当な苦労があったと、何も知らない私でも容易に想像ができるのに、それを笑って済ませられる度量の広さに感心する。

 そんな風にぽつぽつとライアンと話していると、休憩所に着いた。
 いつもより大きなところのようで、何台かの馬車も停まっていて、お店屋さんっぽいところまであった。

「助かった。昼飯を買ってから馬車に乗るつもりが買う暇がなかったから、飯なしで過ごすつもりだったんだ」
「あれ、やっぱりお店屋さんなんですね」
「売り切れる前に買いに行こう」

 ライアンと一緒に馬車を降りて、お店へ行って、行列の一番後ろに並ぶ。
 みんな、買ってるのは、パンに野菜やお肉や魚を挟んだホットドッグのようなものだった。
 ライアンは、お肉のと魚のと二つ買っていた。
 それを持って、休憩所ではなくちょっと高台になっている場所に向かった。
 そこにもベンチがあった。

 高台から見下ろす景色は広大で壮観だった。
 思ったより高いところに来ていて、眼下は見事になんにもない赤茶けた荒野が広がり、遥か遠くに山が見えた。
 そういえば、途中からずっと登りだったな。

 その景色を見ながら、ライアンはご飯を食べて、「味見」と言って、途中で私に口づけた。
 いつもよりちょっと香ばしい。

 食べ終わってから、またキスをくれる。
 次の休憩がいつかわからないから、がっつりと彼のものを与えてくれた。

 ぽーっとなってる私の頬をなでて、「行くぞ」と手を取られた。

 馬車に乗り込むと、再び出発だ。

 ずっと同じ景色が続き、さすがに退屈してくる。

「ライアンはルミーゼに行ったことはあるんですか?」
「いや、ないな。ルミーゼは装飾品の加工で有名だと知識で知ってるだけだ。エマにもなにか買ってやろうか?髪飾りとか」

 そう言って、ライアンは私の髪の毛を指に絡める。

「だ、だいじょうぶです!」
「大丈夫って……」

 突然の提案に焦って吃った私をライアンはくっと笑った。

「遠慮するな。旦那が妻にプレゼントするのは普通だ」

 赤くなっている私に畳み掛ける。
 絶対からかいモードだ。

「これ以上余計なお金を使わせるわけにはいきません!」
「どうしてだ?かわいい妻に金をかけるのは当たり前だろう?」
「もう、ライアン!」

 暇だからって、私で遊ばないでほしい。
 悔しいからなにか反撃したい……。
 ライアンが焦りそうなことってなんだろう?
 うー、思いつかない。
 悔しいなぁ。

 しょうがないから話題を変えた。

「アーデルトはどんな街なんですか?」
「ん?アーデルトも行ったことはないんだが、交易が盛んで、月に一度、巨大な市が立つというので有名だ。そこに行けば大概のものが手に入ると言われている」

 へー、楽しそう!
 私の『市が立つ』というイメージは、テントが並んで、行商人におすすめを聞いたり、値切り交渉したりと会話を楽しみながら買い物をするというもの。
 フリーマーケットのような感じかな。

「あそこで防寒着を買うのもいいな。市が立つ時以外にも店は多くて、物価は安いらしいから」

 私が目を輝かせたのを見て、ライアンが笑った。

「女の子は買い物が好きだな」
「だって、見てるだけでも楽しいんです。だから、その時までにはアクセサリーを売りたいです」
「そうだな。じゃあ、ルミーゼで売った方が高く売れそうだ。その時間くらいは取ろう」
「ありがとうございます」

 アーデルトに行くのがますます楽しみになる。
 夢魔に出会えたら、聞くこともまとめておかなきゃ。




 その後、一回短い休憩があって、辺りが暗くなってきた頃、ルミーゼの街の灯りが見えてきた。
 そして、私は飢えていた……。
 休憩の時にちゃんとライアンの補給は受けていたのに。

「ライアン……」

 彼の袖をそっと引くと、ライアンが私の顔を覗き込んで慌てた。
 私の瞳が赤くなっているんだと思う。

 馬車の中も薄暗くなっていたのをいいことに、ライアンは私を抱き寄せ、フードで顔を隠して、キスしてくれた。
 甘い唾液が入ってくる。
 美味しい……けど、なにか足りない。

「戻らないな……」

 再び顔を覗き込んで、ライアンはつぶやいた。

「もう少しで着くから、宿まで我慢してくれ」
「はい……」

 ライアンにキュッとしがみつく。

 こんなことは初めてだ。
 このまま瞳が赤いままだったらどうしよう……。
 ライアンは先を急がないといけない。
 足手まといな私はここに残るしかない。

「大丈夫だ」

 泣きそうな私を抱きしめて、ライアンが力強く言ってくれた。
 そして、耳許でささやく。

「絶対置いていかないから」

 私は黙って首を横に振った。
 ダメ!そんなの!
 私はライアンの重荷にはなりたくない。

 もし瞳の色が戻らなかったら、ライアンに抱いてもらって、娼館に行こう。
 目をつぶって、目が見えないフリをして。
 彼以外だったら誰でも同じだよね……。

 でも、彼以外の人に触られて平気なのかな?
 そんな思いをしてまで生きる必要があるのかな?
 ライアンに最後に抱いてもらったら、前の世界で心残りだったすべてを達成するんじゃない?
 そうなったら、もういいんじゃないかな?
 そう思うとふと気持ちが楽になった。

「良くないことを考えてないか?ダメだぞ?」

 ライアンが諌めるように言って、抱きしめる手に力を入れた。

 そんな状態でルミーゼに着いた。

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