偽装結婚なのに幼馴染みの冷徹副社長に孕まされそうです

入海月子

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1巻

1-1

   プロローグ


「……寝るぞ」

 湯上がりにリビングで涼んでいたところ、一輝いつき陽葵ひまりの手を取り、寝室へ連れていこうとする。
 予期していたとはいえ、彼女の心臓は大きく跳ねた。
 先ほどから落ち着きなくソファーで待っていた陽葵は、一輝の顔をまじまじと見上げる。

(本気なの……?)

 キリリと上がった眉の下の一輝の瞳が熱を帯びて、じっと自分を見つめている。精悍せいかんだがどちらかというと無愛想な彼のそんな表情を見たことがなかったので、鼓動がさらに速まった。

「契約しただろう?」

 嫌がっているとでも思ったのか、念押しするように彼は言うと、気まずげに目を伏せる。
 意外と長いまつ毛が彼の整った顔に影を落とした。
 たしかに陽葵は一輝とある契約を交わして、今日入籍したところだ。
 その内容に納得したから、今、ここにいるのだ。
 でも――
 陽葵は掴まれた手を引っ込めて、表情の読めない彼に問いかけた。

「一輝、本当に私でいいの? 後悔しない?」

 彼にはたぶん想う人がいる。その人と結ばれるのが難しいから、偽装するため陽葵に契約結婚を持ちかけてきたのだと理解していた。

(ほかに好きな人がいるのに、私を抱けるの?)

 そう考えて、陽葵の胸がちくりと痛んだ。
 しかし、一輝は視線を上げるときっぱり答えた。

「後悔はない。それに早く子どもがほしい。……嫌か?」

 最後の言葉はトーンダウンして、陽葵をうかがうようにためらいがちに付け加えられる。

(そうだ、跡継ぎ……)

 誰もが知る家電メーカー、タカトーの社長の一人息子である一輝には、跡取りを作る義務がある。本当の想い人とは子どもは望めないから、陽葵に産んでほしいと言っているのだろう。
 陽葵はもちろん嫌だとは思っていない。
 むしろ、ずっと好きだった一輝との子どもを想像するとうれしくなる。彼との将来がどうあろうと、子どもを愛せる自信はあった。
 それにそもそも陽葵は契約条件を承知したのだ。嫌とかいいとか関係ない。
 だから、質問には答えずに意志だけ告げた。

「私も子どもがほしいわ」

 それを聞いて、一輝は表情を和らげたように見えた。そして、ふたたび陽葵の手を取る。
 今度は陽葵もためらうことなく素直に彼についていった。
 でも、緊張して足もとがふわふわする。
 寝室に入ると、真っ先にキングサイズのベッドが目に入り、ドキッとした。
 白い壁に一面だけウォールナット材を使った寝室は、間接照明の淡い光に照らされ、落ち着いた雰囲気だ。
 その広いベッドの端に陽葵を座らせ、一輝が横に腰かける。
 陽葵に向き合った一輝はその髪を掬い上げ、指を通すようにしてなでた。
 ゆるいウェーブを描いた髪は胸まで届く長さで、彼の指からサラリと流れ落ちる。
 一輝はじっと陽葵を見つめながら何度かそのしぐさを繰り返したあと、そのまま後頭部を掴んで引き寄せ、唇を合わせた。
 それは触れるか触れないかという軽いもので、一度距離を取った一輝は切れ長の目もとを赤らめ、ふいに照れた顔をした。
 その表情に陽葵はグッと心を掴まれ、しみじみ思う。

(やっぱり好きだなぁ)

 一度は忘れたと思っていたのに、再会してみたらやっぱり好きで、そばにいたらもっと好きになってしまった。少しもあきらめきれていなかった。
 でも、この感情は契約結婚には必要のないものだ。
 気持ちを悟られないようにそっと目を伏せると、一輝がまたキスしてきた。
 今度は長く唇を押し当てる。
 下唇を軽く噛まれるとジンとした快感が生まれて、陽葵は驚いた。

(キスって気持ちいいのね)

 偽りの結婚だから、こんな甘い雰囲気で口づけられるとは思っていなかった。
 好きな人とのキスを味わうことになるとは考えてもみなかったのだ。
 陽葵が感慨にふけっている間にもキスは深まっていき、口を開けと催促するように唇をぺろりと舐められた。
 驚いて唇を開くとすかさず舌が入ってくる。
 自分の体温より熱い舌が口の中を隅々まで確認するように動き回る。

「っ、はぁ……」

 いつの間にか息を止めていた陽葵は苦しくなって、唇を離した。
 絡み合っていた舌がチュクッと音を立てて解かれ、その淫靡いんびな様に頬を染める。
 濡れた口の周りを手の甲で拭った一輝は荒々しい瞳を彼女に向けた。
 キスに翻弄されて頬を上気させ、ぼんやりしている陽葵を見て、彼の視線は一段と熱量を上げた気がした。
 肩を押され、ストンとベッドに倒れ込む。
 その上に覆いかぶさった一輝は、陽葵の身体をなでながら、唇を耳から首筋に落としていった。
 くすぐったくてゾワゾワして、勝手に身体がくねる。

「あ、ん……」

 胸をやんわりと揉まれて尖ってきた頂点を爪でカリカリと引っかかれると、初めての官能を覚えてあえいでしまった。
 そんな声は恥ずかしいと思わず口を塞いだら、「だめだ……」とつぶやいた彼がそっと手を外した。声を聞かせろということらしい。
 ますます恥ずかしくなってしまい、顔が熱い。

(こんな丁寧にしなくていいのに……)

 照れ隠しのように頭の中で文句を言う。
 ただ契約を履行するだけなのだから、雰囲気をよくする必要はない。
 陽葵は夜の営みについて、たいした知識を持っていないが、一輝が盛り上げようとしてくれているのだと感じた。
 それとも、彼自身のテンションを上げるためだろうか。そう考え直して切なくなった。
 好きでもない相手を抱くのだ。気分を高めないと続けられないのかもしれない。
 愛撫しながら、一輝は陽葵のパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
 徐々に現れる肌に唇を落としながら。
 彼に触れられた場所がぽっと熱を持ち、陽葵の身体がほてった。
 ボタンをすべて外して胸をさらすと、一輝はいったん身を引いて、彼女を眺めた。
 灯りを消し忘れていたので、彼の瞳にはっきりと自分の姿が映っているのが見えて、陽葵は赤面する。
 かといって、今さら隠すのも気まずくて、赤い頬のままささやいた。

「……電気、消して?」

 普段はどちらかというと勝ち気な自分が、ねだるような声を出してしまって恥ずかしい。
 一輝がくっと喉奥を鳴らした。
 彼の手が髪から肩をなでおろし、それとともに熱っぽい視線が自らの肢体の上をじっくりと動いていくのを感じて、ますます身体が熱くなっていく。

「……そのお願いは聞けないな」

 かすれた色気のある声で一輝がつぶやく。

「っ、なんで?」
「見たいから」

 断られるとは思いもしなかった陽葵が抗議の声をあげると、一輝はニヤリと笑って言った。
 その直球の答えに陽葵はどう返していいかわからず、口ごもる。

(どうして……?)

 戸惑っていただけなのに了承を得られたと思ったのか、一輝は身をかがめ、胸のふくらみに唇を這わし始めた。

「……っ、あ……」

 乳輪を辿るように舐め、芯を持った頂点を口に含む。
 熱く湿った舌がそこを弄ぶ。
 一輝が自分の胸に吸いついている様を見て、信じられない思いと羞恥心で、身もだえた。
 胸を揉みながら交互に乳首にしゃぶりつかれて、じんじんとしたうずきが身体の奥に広がる。
 口と指でたっぷり胸をかわいがったあと、一輝は陽葵のお腹をさすって、その下へ手を伸ばしてきた。
 パジャマのズボンの中に手が入ってきて、ショーツの上からなでられる。
 疼いているのはその奥なのにと、陽葵はじれったさを覚えて身をよじった。
 彼の手はふとももに移動して、なで下ろしながら、ズボンを脱がしていく。
 硬く大きな手が大切なものに触れるようにそっと肌を滑っていくから、陽葵は照れくささと官能でじっとしていられない気分になる。
 内ももを通って、一輝の指が脚の間に差しかかった。
 くちゅっ。
 すでにじっとりと濡れていたショーツが淫らな音を立て、ますます頬が熱くなる。

「濡れてる」
「だって……!」

 くすっと笑った一輝はやけに甘い声で甘いまなざしだった。

(一輝ってこんな顔もできるんだ……)

 硬派な彼が色気のある表情をするなんて想像したこともなかった。

(偽装結婚なのに、こんなに甘くされると勘違いしちゃう。やめてほしい)

 抗議をしようとした陽葵は口を開くが、割れ目に沿って指を動かした一輝が敏感な尖りを見つけてくるりとなでたので、嬌声しか出てこなかった。

「あんっ、そこ、やっ、あぁ……」

 味わったことのない快感が身体の底からつま先まで走って身体中をしびれさせる。
 愛撫しながら陽葵の反応を楽しげに眺めていた一輝だが、身をよじるたびに揺れる胸の先のかわいらしい果実に目を留め、思わずというように口に含んだ。

「ああっ」

 性感帯を二箇所も攻められて、快感が倍増どころではなくなり、陽葵は甲高い声をあげた。
 身体がびっくりするくらい熱くなり、背が反って息が浅くなる。
 溜まってきた快感が膨れ上がり、爆発する寸前、一輝は手を止め、口も離してしまった。

「っ、はぁ……え……?」

 拍子抜けした陽葵は彼を見上げる。
 普段はクールな一輝が余裕をなくした表情を浮かべていた。彼はふぅと深く息を吐いてから、びしょびしょに濡れていたショーツに手をかける。
 ゆっくり脱がされる様子を見ているのがいたたまれなくて、陽葵は目を逸らしシーツを掴んだ。
 生まれたままの姿になった陽葵に熱い視線を向けながら、一輝は膝立ちになり自らも服を脱いでいく。
 剣道で鍛えられた身体は割れた腹筋が美しく、見惚れていると、へそにつくほどに立ち上がった屹立きつりつが現れて、思わず唾を呑んだ。

(大きいし、太い。あれが入るの……?)

 恐れと期待に身体が震える。
 陽葵の視線からそれを隠すように、一輝はまた身をかがめた。
 改めて彼女の髪の毛から胸、腰をねっとりなでると、脚の間に手を戻す。しかし、今度は尖りを通り過ぎ、蜜口を手で覆い、中指を差し込んできた。

「んっ……」

 痛くはなかったが、初めて他人のものを身のうちに受け入れて、ビクッと反応してしまう。

「痛いか?」
「ううん、大丈夫……」

 心配そうに手を止めて聞いてきた一輝に平気な顔を作ってみせるが、そのやり取りも恥ずかしくて、早く終わってほしいと思う。
 ほっとした顔をして一輝は指を動かし始めた。
 狭い中をほぐすように。
 愛芽をこねられたときのような鋭い快感はないが、じんわりとした気持ちよさに身をくねらせる。

(気持ちいい……もっと……)

 でも、まだなにか足りない、決定的ななにかがほしいともどかしい思いに襲われる。

「あっ……ん……一輝、もう……」

 ねだるように言うと、彼は大袈裟おおげさなほどに肩を跳ねさせた。
 ゴクリと喉を動かして、陽葵を見つめる。
 その意思を確かめるように。
 自分を切望するかのようなまなざしに陽葵は戸惑った。
 偽装結婚のはずなのに、どうして――と。




   第一章 十年ぶりの幼なじみ


西方にしかた、ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう?」

 そろそろ帰ろうと考えていたときに上司から呼ばれ、嫌な予感とともに陽葵は立ち上がった。

「これ明日の朝までに直せるか?」
「えっ、これって昨日最終入稿したものですよね……?」

 上司がパソコン画面を指し示し、それを覗いた陽葵は少しツリ気味の目を瞬いて声をあげた。
 そこには昨夜仕上げたばかりのデザインに、写真の差し替えやレイアウト変更の指示が書き込まれたものが映っていたのだ。

「クライアントがデザインの修正をしてほしいってさ」
「またですか!? その件は明日の朝では間に合いません。今日中に印刷所に差し替え原稿を入れないと。セタマートさん、前回もでしたよね?」
(あんなに最終だって確認したのに。しかも、私を通り越して課長に言うなんて……)

 心の中でぶつぶつ文句を言うものの、口には出せない。
 上司も同意して肩をすくめる。

「そうなんだよな。断りたいが、一応大事なお得意様だしなぁ」

 セタマートからは定期的にスーパーのチラシデザインを発注されている。陽葵の会社の安定した収入源となっており、失うことのできない大事な取引先だ。条件はよくないし、こうして修正が入りまくるので面倒ではあるが。
 そのうえ担当者の世田はこんなふうに都合が悪いときだけ上司に直接連絡するので、それも止めてほしいと思う。たぶん陽葵が断りにくくするためだろう。
 にやけた世田の顔を思い浮かべて、ついしかめ面になってしまった。
 困ったように眉を下げた上司に陽葵はあきらめの境地で返す。

「……注文は細かいですけど、仕事はいっぱいくれますもんね。仕方ないですね。あ、でも、相手方はどなたが確認するんです? 世田さんが終わるまで残ってくださるとか?」
「それが、『信用してるから任せた』って」
「いい加減すぎると思います。ぜったい居残るのが嫌でそう言ってるだけですよね?」
「まぁ、そうだな。でも、見せてから、もう一度修正ってなるよりましじゃないか?」
「そうですけど……」

 毎度のことながら、責任感のなさに陽葵はあきれた。

(せっかく今日は早く帰れると思ったのに)

 残業が決まりがっかりしたが、陽葵の性格上、冷たく断ることもできない。

(世田さんにもしっかり釘を刺せていたら、こんなことにならなかったのかなぁ)

 気が強いわりに、強くは出られない自分を情けなく思う。
 せめてさっさと終わらせようと陽葵は気持ちを切り替えた。


 西方陽葵はデザイナーだ。ここクロスデザイン事務所でパンフレットやパッケージなどのデザインに携わり五年経つ。
 仕事は好きだが量が多すぎる。そのうえ、しばしばこういうクライアントの理不尽な要求に振り回されるから、頻繁に終電での帰宅になるほどだ。
 それでも、昔からあこがれていたデザイナーになれたのは幸運だと思う。
 陽葵は幼いころから絵が好きで暇さえあればイラストを描いていた。奨学金をもらって大学に行ってからは、デザインの勉強に必死で取り組んだものだ。バイト先もデザイン事務所を選び、雑務をしながら実務を教えてもらって、ようやく今の会社に就職が決まったときには涙が出るほどうれしかった。
 もっと腕を磨いて、人の記憶に残るようなデザインをしたいという野望を持っている。

「よし、やるか!」

 気を取り直して、さっそく修正しようとデスクに戻ったとき、ピコンと電子音がして、スマートフォンにメッセージが入ったのが見えた。祖母からだった。

『急で悪いんだけど、明日うちに来られない? ちょっと相談があって』

 七十四歳になってもかくしゃくとして駄菓子屋を営んでいる祖母にしては、めずらしい。

(おばあちゃんから相談があるなんて初めてかも。どうしたんだろう?)

 なにかよほどの問題でも起きたのかと心配になる。
 陽葵は小学生のときに交通事故で両親を亡くし、母方の祖母に育てられた。父方の親族はすでに亡くなって、いなかったのだ。お金はなかったけど、愛情たっぷりに育ててくれた祖母には感謝している。今、会社の近くの賃貸アパートで一人暮らしをできているのも、祖母のおかげだ。
 その祖母になにかあったらと思うと血の気が引く。
 思わず、胸もとのブローチに触れて、気持ちを落ち着けた。
 アクアマリンで花をかたどったかわいらしいブローチは昔好きだった人からもらったものの一つだ。つるりとした表面をなでると心が癒されるので、お守りがわりになっている。
 気を取り直した陽葵はメッセージを打ち込んだ。

『昼には行けるよ』

 明日は土曜日だから、降って湧いてきたこの仕事を今日終わらせれば休日出勤はない。

『よかった。じゃあ、待ってます』

 祖母は待ち構えていたのか、即座に返信が来た。
 不安に思いながらも、今はまず目の前の仕事を片づけないといけない。
 陽葵はパソコンに集中してデザインの修正を始めた。
 それなのに、今度は電話が鳴り、作業を中断させられる。

「お電話ありがとうございます。クロスデザイン事務所の西方です」
『あっ、西方さん? セタマートの世田です。ちょうどよかった。今、やってもらってるチラシで、一つ差し替えてもらいたい写真があるんです』

 そう言われた陽葵はちらりと時計を見て、溜め息をついた。
 時刻はもう六時を過ぎている。修正を依頼するには遅すぎる時間だ。

「世田さん、これ以上の修正は本当に間に合わなくなるので困ります」
『そこをなんとか。お詫びに今度食事でも奢りますから』
「いいえ、それには及びません。至急、どの写真を差し替えるのかメールをください」

 陽葵は淡々と事務的に言った。
 世田はことあるごとにプライベートに入り込むような誘いをしてくるので、迷惑しているのだ。本当は度重なる修正に文句の一つも言いたいところだが、大事な取引先の機嫌を損ねることはできないし、そもそも彼との話を長引かせたくない。結局、それには触れなかった。

『相変わらず、つれないですね~。でも、これからはそうも言っていられないかもしれませんよ?』
「はい?」
『なんでもないですよ。じゃあ、メール送ります』

 謎なことを言われて聞き返したものの、世田は言いたいことだけ言って、プツリと電話を切ってしまう。

(もうっ、勝手なんだから!)

 陽葵はムカムカしながらも届いたメールを確認して、作業を進めた。
 新たに届いた写真は背景をトリミングしないといけないもので、地味に面倒くさい。
 それでも九時前には終わり、上司に確認してもらってから、印刷所にデータを送る。

「はぁー、疲れた」
「お疲れさま」

 陽葵が伸びをしていると、上司が慰労してくれた。

「いえいえ、お付き合いいただいて、ありがとうございました」
「俺が受けた話だからな。それにやらないといけない仕事があったから、それが片づいて、すっきりしたよ」
「それならいいのですが」

 陽葵はパソコンの電源を落とし、帰る準備をした。
 カバンを持って立ち上がる。

「お先です」
「あぁ、よい週末を」

 挨拶をして会社を出ると、祖母の相談ごとを思い出して、陽葵は顔を曇らせた。

(気になるから、明日早めに行こう)

 そう考えながら帰途に就いた。


「あっ……」

 久しぶりの実家に帰ると、玄関先で長身の男性と行き合った。
 キリリと上がった眉が印象的で整った顔つきの彼は幼なじみの高遠たかとお一輝だ。
 一輝は隣の豪邸に住む大手家電メーカー、タカトーの御曹司で、今は副社長をしていると聞く。幼なじみといっても、高校卒業以来会っていなくて、陽葵にとって遠い存在になっていた。
 それでも小さいころはべったりひっついていたし、両親が亡くなったときも誰よりもそばにいてくれた。当時はずいぶんと心を慰められたものだ。
 陽葵は思わず、ガーネットのブローチを握りしめる。
 それはパワーがほしいときにつけるブローチで、祖母の連絡に不安になったので、今日はこれを選んだのだ。
 これは目の前の一輝からもらったもので、陽葵が持っているブローチのほとんどは彼からのプレゼントだった。一輝はいちいち覚えていないだろうが。
 高校三年生まで、一輝とは仲がいいと思っていた。毎朝一緒に彼の家の車で通学するほどに。
 無愛想だが心根は優しい一輝のことが、陽葵は昔から好きだった。
 自分の気持ちを悟ったのは中学のときだ。彼が告白されているのを見て、猛烈な嫉妬を覚え、幼なじみとしてではなく異性として一輝に好意を持っているのに気づいた。
 そのときあっさりと告白を断った彼を見て、陽葵はほっとした。でも今の関係を壊すのが怖くて、気持ちを隠すことにした。
 文武両道の一輝はかっこよくてモテる。それなのに、誰ともつき合わないどころか、陽葵以外の女の子とはめったにしゃべらなくて、もしかしたら自分たちは両想いかもと期待する気持ちもあった。
 そんなあるとき、陽葵は学校の昼休みに一輝と友達の会話を聞いてしまったのだ。

「高遠ってさ、西方といつも一緒に通ってるよな。つき合ってるのか?」
「違う。あいつの家、生活が大変そうだから少しでも助けになればと送ってやってるだけだ」

 一輝は二人の関係をきっぱり否定していた。
 ショックだった。みじめだった。
 まさか送迎が貧乏な自分への同情から行われていたとは知らなかったのだ。
 一輝も自分と同じ気持ちかもしれないと思っていただけに、衝撃が大きすぎて、そのあと放課後までなにをしていたのか覚えていない。
 その日は彼を待たず、一人で電車に乗った。『これからは電車で行くことにしたから。今までありがとう』とメッセージを送って、スマホの電源を切った。
 一輝から理由を聞かれても、冷静に対応できる気がしなかったからだ。
 帰宅して自室に入るなり、陽葵はカバンをぼとりと落として、わっと泣き出した。
 帰ってくるまで、必死に涙をこらえていた。
 膝から崩れ落ちて、号泣する。

(ただの同情だったなんて……。一輝が昔から私に優しかったのはそれが理由だったの……?)

 考えたら、彼はしょっちゅう陽葵にプレゼントをくれた。

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