偽装結婚なのに幼馴染みの冷徹副社長に孕まされそうです

入海月子

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1巻

1-3

 一輝も誤解を招く発言だったと思ったのか、言葉を足してきた。

「君は昔から俺に対してフラットに接してくれた。家柄にとらわれないで、ちゃんと俺を見てくれた。そんな人はめったにいない。君と洸人ぐらいだ。だから、君がいいんだ」

 一輝がそんなことを思っていたとは知らず、驚いた。
 陽葵だって、一輝の家の金持ちっぷりには引くところはあったが、昔から知っているから慣れていたし、色眼鏡で見ることはしたくなくて気をつけてもいた。
 だからこそ、彼は陽葵を受け入れていたのだろう。

(そういうことだったんだ。本命は山科くんで、私は幼なじみで慣れてるからちょうどいいというわけね)

 幼なじみで気心知れた相手なら、一緒にいても許容できると考えたのかもしれない。
 考えてみたら、高校のとき、一輝が陽葵との仲を否定していたときにも山科がいた。
 好きな人に誤解されたくなかったのかもしれない。
 陽葵の中で点と点が繋がった。

「わかったわ」
「本当か? 結婚してくれるのか?」

 困っているのは陽葵のほうなのに、一輝は勢い込んで確認してくる。
 その熱心さに、彼のほうも悩んでいたのだとわかって、メリットがあるのは自分だけではないと安堵した。一方的な関係は嫌だったから。

「こちらこそ、お願いします」
「あぁ、よろしく」

 改まった口調で陽葵が言うと、一輝が爽快に笑った。よほどほっとしたのだろう。仲がよかったときにもめったに見られなかったその会心の笑みに心を掴まれ、陽葵は胸を押さえる。

(あれ? 私、大丈夫かな?)

 こんなことで動揺していて、彼との生活がうまくできるのかと少々不安になったが、そのうち慣れるだろうと軽く考えて流した。一輝と結婚できるという高揚感で夢見心地だったのだ。
 二人で話している間に駅に着く。

「じゃあ、私、お見合いに行ってくるね」
「なんでだ?」
「だって、ドタキャンするわけにはいかないでしょう? ちゃんと行って断らなきゃ」

 一輝との契約結婚を承諾したものの、今からお見合いをキャンセルすることはできない。誠意を持って謝ろうと考えたのだ。

「そういうことなら俺も行く」

 焦った表情を浮かべた一輝はほっと息を吐いて、そんなことを言いだした。
 子どものころから冷静沈着だった彼にしてはやけに感情を露わにしている。彼も人生の中の大事な決断をして感傷的になっていたのかもしれない。
 彼の態度を少し不思議に思いながら、陽葵は首を振って断った。

「いいよ。自分のことだもん。自分で始末をつけるわ」
「そういうわけにはいかない。結婚するのだから、俺のことでもある」

 きっぱりと言われて、陽葵の顔が赤らむ。
 急に彼との結婚が現実味を帯びて感じられたからだ。
 それに一輝が真剣に自分のことを考えてくれているのがうれしかった。

(一輝のこういう真面目なところ、本当に好き)

 結局、陽葵の気持ちは高校時代からまったく変わっていなかったのだ。

「ありがとう」

 勝気なわりに断ることは苦手だから、彼がついてきてくれるのは心強い。
 ほっと肩の力が抜けた。
 世田と結婚しないといけないと思い詰めていたのが一転、陽葵にとって最高の状況になった。

「それなら車で行こう」

 一輝は手を上げ、タクシーを捕まえる。

「着物だから、俺が先に乗ったほうがいいよな?」
「うん。っていうか電車でよかったのに」
「まだ車は苦手か?」
「そういうわけじゃないけど……」

 高校時代の嘘を蒸し返されて、陽葵は気まずくて口ごもる。
 考えたら、当時は自分の想いばかり優先して動いていたが、一輝にとって陽葵はいきなり距離を置き始めた幼なじみだ。
 それに対して、彼は怒っていないのだろうかと今さらながら思う。
 ちらりと顔色を窺うも、いつもの無愛想な表情に戻った一輝の考えは読めなかった。
 しばらくして、タクシーが見合いの場となるホテルに着いた。
 世田から指定されたのはその中の和食レストランの個室だった。
 そこまで来て、『付き添いなしで』と言われていたのを思い出す。
 案内された部屋の前で陽葵は一輝に言った。

「ごめん、ちょっとロビーで待ってて」
「なぜだ?」
「一人で来いって言われてたのを忘れてたのよ」

 ただでさえ断るのに、事前に出されていた指示を破るのは気が引けたのだ。
 一輝は眉を寄せ、不服そうだったが、しぶしぶというようにうなずいた。
 引き戸を開けると、上座であぐらをかいていた世田が立ち上がった。
 部屋に入った陽葵は戸を閉めたが、一歩中に入っただけで、そこに留まった。

「ようこそ、西方さん。いや、もう陽葵と呼んでもいいかな?」

 彼はニヤニヤと笑い、無遠慮にそう言う。いかにも自分が有利な立場だと確信している様子で、陽葵は嫌悪感を覚えた。

(いきなり呼び捨てって図々しいと思いますが?)

 そう思ったものの、声には出さずに、頭を下げる。

「世田さん、申し訳ありません。せっかくのお話ですが、なかったことにさせてもらいたいんです」
「なんだと!?」

 まさか断られるとは思っていなかったようで、世田は瞬時に顔を醜く歪めた。そればかりか、大股で近づいてきて、陽葵の手を掴む。

「どういうことだ!?」

 その剣幕に陽葵はビクッと肩を震わせた。
 それでも、彼の手を振り払い、事務的な態度で淡々と言う。

「一億円はお返ししますので、あなたとは結婚しません」

 すると、そのとたん、無言で突き飛ばされた。

「きゃっ!」

 なにをされたのかわからないまま畳の上に転がった陽葵に、世田がのしかかってくる。
 両手首を掴まれて、着物の裾が乱れたのも直せない。

「ふざけるな! 一億だぞ? 返せるわけないだろ!」
「返せますから、放してください!」
「よけいな抵抗してないで、俺の女になればいいんだ!」
「嫌です!」

 目をギラギラさせた世田が恐ろしくて、逃れようともがくが、彼はびくともしない。
 そこへ――

「なにをしてる!」

 鋭い声が響き、ふっと陽葵の身体の上から重みが消えた。
 一輝が世田を投げ飛ばしたのだ。
 そして、彼は陽葵を抱き起こして裾を直してくれる。

(一輝……)

 安堵に瞳が潤んだが、それをぐっとこらえて、陽葵は世田をにらんだ。
 世田のほうも尻もちをついた状態で、一輝と陽葵を交互ににらみつけている。

「誰だ、お前は?」

 凶悪な声で、世田がすごむ。
 陽葵を背中にかばいながら、一輝が鋭いまなざしを向け答えた。

「陽葵の婚約者だ」
「婚約者!? どういうことだ?」

 真っ赤な顔をして口もとを震わせた世田はわめく。その姿は自分の欲が満たせないと暴れるわがままな子どものようだ。

「俺は高遠一輝だ。一億円は口座を言ってもらえれば、即座に払うから、二度と陽葵には手出ししないでくれ」

 そう宣言して、一輝は名刺を座卓の上に置いた。
 それを確認した世田は驚いたように目を剥く。

「タカトーの副社長だと?」

 格が違う相手だと気づいた彼は悔しそうに唇を噛んだ。
 セタマートは地域密着といえば聞こえはいいが、都内十店舗規模の会社だ。それに対して、タカトーは家電を全世界に流通させているグローバル企業なのだ。
 無言で立ち上がった世田は、座卓の上の鍵を掴んで、荒々しく立ち去った。彼が持っていたのは明らかにこのホテルのルームキーだった。
 それを見た陽葵は身を震わせる。
 もしかしたら、世田はここの部屋を取っていて、自分をさっそく奪おうとしていたのかもしれないと思ったのだ。

「大丈夫か?」

 蒼白になった彼女の頬を温めるように一輝は手を添え、気遣ってくれた。
 彼がいてくれて本当によかったと陽葵は胸をなでおろす。
 一輝の申し出がなければ、どんなに嫌でも世田にされるがままだったに違いない。
 覚悟したつもりだったが、実際に本人を目の前にしたら拒否感がすさまじく、甘く考えていたことを痛感した。そもそも彼とは生理的に合わないから、ずっと誘いを断っていたのだ。その直感は正しかったとつくづく思った。

「……ありがとう、大丈夫よ」

 震えそうになる声を抑えて、陽葵は一輝を見上げる。
 その瞬間、抱きしめられた。
 温かい腕の中、硬い胸板に顔が押しつけられて、やけに速い彼の鼓動を感じる。
 そこは安心できる場所で、守られていると思えた。
 涙が出そうになるのを目をぎゅっとつぶって堪えて、代わりに彼のジャケットの端を握る。
 一輝は陽葵がふっと肩の力を抜くまでそのままで、背中をなでてくれていた。

「ありがとう。もう大丈夫」

 先ほどと同じような言葉が出たけれど、今度は虚勢ではなく本当に落ち着いていた。
 一輝が腕を解くと、あまりに近いところに顔があって、二人は顔を赤らめる。

「悪い……」

 顔を背けた一輝は立ち上がり、陽葵に手を差し出した。
 その手に掴まって立つと、「帰ろう」と言った一輝にそのまま手を引かれていく。
 レストランを出るとき、支払いをさらりと済ませた一輝のとてもスマートな対応に陽葵は感心した。
 タクシーで実家に戻ったら、そのまま一輝がついてくる。
 不思議そうな顔をした陽葵の反応が不服だったようで、彼は無愛想に言った。

「結婚するって報告しないといけないだろ?」
「あっ、そっか。一緒に来てくれるの?」

 たしかに、ことの顛末を話すのに一輝がいたほうがいい。でも、これ以上面倒をかけるのも申し訳ないという気持ちもあった。
 しかし、一輝はきっぱりと言ってくれた。

「当たり前だろう。俺たち二人のことなんだから」
(二人のこと……)

 彼の言葉がうれしくて、陽葵は頬をゆるめる。

「そうだね。よろしくね」

 彼らが連れ立って家の中に入ると、あまりに早い帰宅に祖母も叔母も驚いていた。

「ずいぶん早かったのね。それに一輝くんはどうして?」

 祖母に聞かれて、陽葵は照れくさそうに一輝を見上げてから答えた。

「いろいろあって、一輝と結婚することにしたの」
「えぇっ!?」

 その言葉に祖母も叔母も驚愕の声を漏らした。
 とりあえず居間へ上がって、陽葵と一輝は並んで座る。
 向かいに座った祖母と叔母を見て、真摯な姿勢で一輝が頭を下げた。

「陽葵さんと結婚させてください」

 いきなりのことに戸惑ったままの祖母は一輝を見たり陽葵を見たりして視線をさまよわせた。そして、最後に相談するように叔母に視線を合わせる。
 叔母はどうしたらいいかわからないとばかりに肩をすくめた。
 しかたないというように祖母は一輝を見て答える。

「ありがたいお話だけど、なにがどうなってるのか……」
(そりゃそうよね)

 陽葵が苦笑して、口を挟んだ。そして、簡単に説明する。

「あのね。借金のことを話したでしょう? そうしたら一輝がプロポーズしてくれたの」
「どういうこと?」

 借金とプロポーズの繋がりがわからず、祖母は聞いてくる。
 すると、今度は一輝が説明を引き受けた。

「ずっと好きだった陽葵をほかの男に取られるのは嫌だったので、借金は俺が払うから、結婚してくれと言ったんです」
「ちょっと、一輝!」
「まぁ!」

 タクシーの中で打ち合わせて、よけいな心配をかけるので、契約結婚だということは黙っておこうと口裏を合わせていた。しかし、彼がそんな嘘をつくとは思わなくて、陽葵は焦って声をあげた。
「それらしいだろ?」と一輝がささやくから、そういうことかと悟り、動揺して損した気持ちになる。しかし、祖母がそれを聞いて、ぱっと顔を明るくしたので、否定もできない。
 叔母も納得してうなずき、頬をゆるめて陽葵を見る。

「そうだったのね。陽葵ちゃん、やるわね。歳の離れたおじさんより一輝くんのほうがよっぽどいいじゃないの!」

 調子のいい叔母は世田を薦めていたくせにあっさり手のひらを返してそう言うから、陽葵はあきれた。
 いろいろ思うところはあるが、陽葵は状況に乗っかって言った。

「一輝がそう言ってくれるから、それに甘えようと思って。……私も同じ気持ちだったし」

 最後にこそっと自分の気持ちも付け加えてみたら、一輝が驚いたように見てきたので、「もっともらしいでしょ?」とやり返すように彼にささやいた。
「なるほど」と一輝は苦笑したあと、もう一度祖母を見て告げる。

「そういうわけで、陽葵と結婚したいんです」

 今度は祖母も笑顔でうなずいて答えた。

「一輝くん、ありがとう。あなたなら安心して陽葵を任せられるわ。本当にありがとう。お金は少しずつでも必ず返すから」

 もともと陽葵を世田とお見合いさせるのさえためらっていた祖母は、結婚相手が一輝になってよかったと喜び、彼の手を取って、何度も礼を言う。

「いいえ、俺のほうこそ、陽葵と結婚できてうれしいんです。お金のことは気にしないでください。家族になるのですから」

 一輝が言葉通り本当に幸せそうに微笑むから、陽葵の心臓がトクトクと騒ぎ出した。

(おばあちゃん達を心配させないための演技だわ)

 そう思うものの、少しでも真意が混じっていたらいいなとつい願ってしまう。

「それじゃあ、今晩はお祝いにしない?」

 弾んだ声で祖母が言うので、だましているようで陽葵の胸が痛んだ。
 陽葵が答える前に、一輝がやんわりと言った。

「お誘いは嬉しいのですが、このあとうちにも報告に行きたくて。日を改めてお呼ばれしていいですか?」
(そっか、一輝のところにも挨拶に行かないとね)

 結婚ともなると自分たちだけのことではないと今さらながら気づく。
 急に不安になってきて考えた。

(高遠のおじさまもおばさまも本当に一輝の相手が私でいいのかしら?)

 陽葵が悩んでいる間にも、祖母と一輝の会話は進んでいく。

「もちろんよ。ご両親によろしくね。あ、私もご挨拶に伺ったほうがいいかしら?」
「それなら、正式に顔合わせの場を設けましょう。来週の土曜日はいかがですか?」

 祖母が浮ついた様子で先走ったことを言うと、それを受けて一輝が如才なく段取りしていく。

「私のほうはいつでもいいけど、陽葵の予定は?」
「えっ、私? 大丈夫だけど……」
「じゃあ、どこか店を探して予約しておきます。決まったらご連絡しますね」

 どんどんと予定が決まっていくのを、陽葵は現実感なく見ていることしかできなかった。


 それから振袖姿の陽葵は、一輝に連れられて隣の高遠家に向かった。
 着替えてから行くかと一輝に聞かれたが、結婚の挨拶ならちゃんとした格好のほうがいいだろうと思い、そのまま行くことにしたのだ。
 まさかお見合いの格好がこんなふうに役立つとは思わなかったと陽葵は苦笑した。
 自分の家から高遠家の門前に行くのと、門から広い庭を通って玄関まで行く距離は変わらなくて、相変わらず広いなと思いながら歩いていく。
 白い立方体を重ねたような洒落た建物が高遠邸だ。
 鍵は生体認証キーにしたらしく、一輝がドアのハンドルを押しただけで開いた。
 玄関の床に敷いてある大理石に、幼いころ一輝と見つけたアンモナイトの化石を発見して、懐かしい気分になる。

(昔はしょっちゅうお邪魔していたのに、ずいぶん、ここにも来ていないわ)

 そこへ一輝の母親が通りかかり、陽葵を見て笑顔を浮かべた。

「ご無沙汰しております」
「あら、陽葵ちゃん、いらっしゃい。本当に久しぶりね。綺麗な格好をしてどうしたの? そういえば、お見合いって今日だったかしら?」

 歓迎してくれるものの、不思議そうな顔をされる。

「とりあえず、中に入って話をしないか?」
「それもそうね。ちょうどお茶にしようとしてたのよ。陽葵ちゃん、ケーキ好きでしょう? とっておきのがあるのよ」

 息子の言葉に、彼女はニコニコと一輝に似た顔で招いてくれた。
 こうして会うのは、実家に寄って偶然顔を合わせたぐらいでほぼ十年ブランクがあるというのに、以前と変わらない対応に陽葵はほっとした。
 それでも、結婚のことを言ったら反応が違うかもしれないと緊張しながら、久しぶりの高遠家に入る。
 通されたリビングは庭方面が全面ガラス張りで明るいのは変わっていなかったが、それ以外は濃紺のカーペットにコの字に配置されたライトグレーのソファーも、壁にかかった海を模したような抽象画もすべて見覚えのないものになっていた。
 まるで知らない家に来たみたいで、ますます肩に力が入る。

(当たり前よね。それにしても、こんなに長い間、一輝と離れていたんだ……)

 ソファーに一輝と並んで座ると、彼の父親もリビングに入ってきたので、陽葵は慌ててまた立ち上がった。

「やぁ、いらっしゃい、陽葵ちゃん」
「おじさま、ご無沙汰しております」
「ずいぶん大人になって、見違えたよ」

 挨拶をすると、眼鏡の奥の垂れた目をさらに下げて、やわらかな笑みを向けてくれる。
 一輝の両親は親のいない陽葵を実の娘のようにかわいがってくれていたことを思い出し、不義理をしていたと今さらのように思う。
 こんな自分を受け入れてもらえるのだろうかと不安は強まる一方だった。
 しかし、お茶とケーキを勧めたあと、一輝は両親とのんびり世間話をするだけで、なかなか本題に入ろうとしない。

「お味はどうかしら?」
「はい、とてもおいしいです」

 ケーキの感想を聞かれても、陽葵には残念ながら味わう余裕がなくて、にこやかに返すのがやっとだった。
 自分から言い出していいものかわからなかった陽葵は、焦れてきて、一輝の袖をそっと引いた。
 わかったというようにうなずいた彼は両親を見て、唐突に告げた。

「陽葵と結婚することにしたんだ」

 彼の両親の反応はわかりやすかった。
 びっくりして目を見開いたあと、喜色をにじませたのだ。
 それを見て、陽葵は心から安堵した。

「本当に? 陽葵ちゃんが一輝のお嫁さんになってくれるの?」

 尋ねられて、彼女は頭を下げる。

「は、はい! ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「なんてうれしいんでしょう、ねぇ、あなた?」
「本当だな。こちらこそ、一輝を頼んだよ。陽葵ちゃんなら大歓迎だ」

 懸念とはうらはらに大喜びされて、一輝が両親に結婚を急かされていたというのを実感する。

(あれは本当のことだったのね)

 跡継ぎ問題とは別に、結婚することで一輝の役に立つのならうれしいと思った。
 彼の母親は目を潤ませながら言う。

「よかったわ。二人とも昔はべったりだったのに、ある日を境に疎遠になっちゃって、ひそかに心配していたのよ。それに、一輝ったら浮いた話のひとつもなかったから、孫に会えないかもとハラハラしていたけど、これなら大丈夫そうね」
「母さん、気が早いよ」

 一輝が咎めると、彼女は慌てて付け足した。

「うれしくって、つい。ごめんなさい。今のは忘れて。子どもは授かりものだから、できるときもできないときもあるわ」
「はい、大丈夫です」

 陽葵は笑顔を作ってうなずいたが、改めて契約内容の重要性を感じた。

(私には子どもを産む義務がある……)

 そう考えると胃が重くなる。
 けれども、洸人が好きなはずなのに、一輝は自分とそういう行為ができるのだろうかと今さらながらに疑問が湧いた。
 ちらりと彼の横顔を窺うが、その表情からはなにも読み取れない。

「そういえば、陽葵ちゃん、お見合いは?」

 ふと陽葵の振袖を見て思い出したように聞いた母に、一輝がすかさず答える。

「俺が破談にした。ほかの男に取られる前にプロポーズしたんだ」
「そういうことだったのね」

 微笑ましいとばかりに見られて、陽葵は目を伏せた。
 彼の母が想像しているのとはぜんぜん違うから、心苦しく思う。

「なんにしてもめでたいな。陽葵ちゃん、夕食も食べていかないか? 積もる話もあるし」
「いや、陽葵も疲れているだろうから、また今度にしないか? あぁ、そうだ。来週土曜に陽葵のばあちゃんと顔合わせの食事会をしようと言ってるんだ。空いてるよな?」

 いろいろ突っ込まれては困ると思ったのか、一輝は陽葵が口を開く前に父親の提案を断った。
 祖母とのやり取りを見ていても思ったが、一輝の対応はスマートで、さぞかし仕事もできるのだろう。
 慣れない着物姿で、一輝のプロポーズに、世田とのやり取り、ダブルの結婚報告と一日に起きたこととは思えないほどめまぐるしく、くたくたになっているのは事実だった。
 陽葵が感謝のまなざしを向けると、一輝はわかっているとばかりに目を細めた。

「来週の土曜日は大丈夫だったわよね?」
「あぁ、特になにもない」
「西方さんとの食事も久しぶりだから楽しみだわ」
「じゃあ、決まりだな。どこか店を予約するよ」

 両親と予定を合わせると、一輝は段取りを請け負った。
 顔合わせの食事会まであっさり決まり、そのスムーズさにかえって不安になる。
 なごやかな雰囲気の中、一輝がほどよく切り上げてくれて、実家まで送ってくれた。

「一輝、今日は本当にありがとう。これからよろしくね」
「あぁ、こちらこそ感謝してる。親も喜んでるし、よかったよ」

 彼は微笑んだが、陽葵の胸はちくりと痛んだ。
 この結婚はやはり両親を安心させるためにするのだと感じて。
 それでも、好きな人と結婚できるのはうれしくて、帯留めのペリドットをなでた。

(あなたのおかげかもしれないわね)

 ペリドットは運命的な出会いや縁を引き寄せるとも言われているのだ。

(一輝との縁が本当に運命ならよかったのに)

 せめて仲良く過ごせますようにとブローチを握りしめた。

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