リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第一話 リクシオンの耳飾り

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 眩い鉱石に恵まれた国「モデレオン王国」
 様々な鉱石が研磨され美しい宝石へと生まれ変わる。そんな宝石の王国と称されるこの国には古い習わしが存在する。

「リクシオンの耳飾り」の異名を持つ貴族社会の決め事だ。貴族と名の付く家には守護宝石が存在し、その宝石で家柄が分かる仕組みになっている。
 そしてその家主は想い人に「耳飾り」を贈る。その耳飾りを贈られた者は半永久的に家主の所有物となり、決して解消することは許されない。

 身分が上位の者から下位の者へと贈られ、決して抗えない束縛と所有の証。上位からの契約を下位は断れず、贈られれば心と体を差し出さなければならない。
 通常であれば不快感を示すだろう、しかしこの国は風習を喜んで受け入れている。何の疑問も持たずに。


 ***


 長く手入れされた髪をリボンで結っていく。レースや刺繍のフリルをふんだんにあしらったドレスに少しヒールを加えた靴。大人ではない、されど子供でもない妙齢の女性の装飾としては素晴らしいバランス。身支度の整った私を、今日も退屈な日々が迎えてくれる。

「姫様、今日の予定は政治学、外国語の授業と……」

 堅物な侍女の声が響いている。毎日のように英才教育に明け暮れ「天才」と世論に言わしめる私だが、その影の努力を知る者は少ない。
 モデレオン王国の第一王位後継者「ティアラ・モデレオン」それが私。第一王位継承者といっても、父である国王は子供に恵まれず直系は私しか居ない。次期王位継承権を持つ私は幼少期より帝王学、政治学、語学などの教育を強いられてきた。

「ティアラ姫、迎えに来たよ」

 開かれた扉の向こうでは、毎日のように彼が迎えに来る。
 彼が居るだけで室内の空気が甘くなり華やかな空間へと変化する。傍にいた幾人かの侍女が息を呑んで彼を見つめている。
 上質のベルベット、ブルーサファイアのカフス、タイトな装いでシンプルにまとめた装い、整った顔立ちに均整の取れた体躯。そしてなにより宰相の息子という地位が彼をさらに飾り立てる。

「ロイ、いつも言っているけれど迎えに来なくていいの」

 差し出された手を拒むように払うと、彼は小さく笑みをこぼす。いつものやり取りで別段おかしな事は何もない。
 彼の守護宝石「ブルーサファイア」は宰相家の地位にふさわしく希少性の高い鉱石で、高貴な生まれに相応しい美しさを備えている。しかしこの美しさは同時に妖しさも含んでいる。必要以上に接点を持とうとする姿勢には、それなりの理由があると理解していた。

「またお父様に言われて来たのでしょ? あなたも本当に懲りないわね」

 いつまで経っても手を引こうとしないロイに呆れながら、仕方なくその手をとる。ゆっくりとエスコートされ城内を歩き出した。
 宝石の王国といわれる国の王城は、眩いばかりの調度品と珍しい骨董品が並んでいる。美しい庭園に囲まれ、四季折々の花が咲き誇る楽園のような場所だ。ひときわ大きな窓から庭園の眺めていると、ロイが不思議そうな顔をする。

「君が花を愛でるなんて珍しいね」

 そうかしら、と言いかけて口をつぐむ。たしかにこの城内に閉じこもり、日々教育に明け暮れて花に見惚れる余裕はなかった。感受性というものは育まれず、彩りの伴わない世界で私は生きている。

「そうね、たしかに私らしくないわ」

 家庭教師が待ち構える部屋を前にロイの手を払おうとする。彼が嫌いなわけではないが、一緒にいるととても息が詰まる感じがする。毎日のように城に通い、何かを吹き込まれたように従事する。幼い頃からロイの立ち位置は変わらない。

「ロイ、手を離して」

 きつく握った手を彼は離そうとしない。ブルーサファイアと同じく彼の蒼眼がこちらを捉えている。何かを訴えるように手は彼の唇に掠めた。

「今日はスケジュールが過密だ。どうか無理のないように」

 平静を装いながら手を払い、何も言わず彼を残して部屋へと進む。ロイはにこやかに微笑んでいるが、柔軟な態度とは裏腹に決して気を許せない人間である。その理由は誰もが知るところだ。
 豊かな土地を賢人の王が治めている。一見して何処にも綻びが見当たらない素晴らしい王国。しかし唯一の憂いはその王位を継ぐ直系の絶望的な少なさである。
 たった一人の直系が姫であれば、世継ぎを望む臣下は当然のように画策する。王国の姫と宰相の息子が結びつくことで得られる恩恵は計り知れない。

「愚かよね……」

 裾を持つ手はドレスに深い皺を作っていく。
 彼だけではない、多くの貴族階級が恋の駆け引きを持ち掛ける。誰もが王位継承者たる私の寵愛の証「リクシオンの耳飾り」を待ち望んでいる。モデレオン王家のたった一人の姫、それは権力と富の象徴であり、王位への足掛かりといっても過言ではない。

 ――私は誰にも縛られたくない。

 どんな財宝も権力も心の自由に比べれば些細なもの。だからこそこんな駆け引きに嫌気がさしている。なぜなら言い寄る彼らの心はすでに大部分を縛られ自由を失っているからだ。
 世界は無機質で色を伴わない、心に虚しさを抱えながら今日も一日が始まろうとしている。


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