リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第六話 王城の花園

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自室に戻って煩わしい装飾をすべて投げ捨てる。重いドレスも髪飾りもすべてが足枷のようだ。クローゼットにあった例のワンピースを着込み、髪をほどいて、テラスに足をかける。逃げ出したい気持ちが強く自身で感情を制御できない。一度きりと決めていた脱走劇をまた繰り返そうとしている。
結局のところ、ロイを選ばなければ代わりの者が現れるだけ。リクシオンの首飾りは主従の証で、愛なんて建前でしかない。心乱される私が愚かなのだ。

器用に壁面の飾りに足をかけて地上に降り立つ。抜け出す罪悪感よりも遥かに逃げ出したい気持ちが勝っている。
人の往来の少ない場所を探しながら小走りで駆けていく。時刻は夕方、食事の準備など使用人の多くは城内で雑務に追われ、他人を気にする余裕はない。
行き先はもう決めている。もしかしたら、と淡い期待を抱いて、庭園の方角に走り出していた。誕生祭の夜に偶然に出会った男は、この城の庭師になると言っていた。あれから一か月近く経っている。もし本当に庭師であるなら、この時間帯は庭園にいるはずだ。

広い敷地で彼を探すなんて、馬鹿げていると思いつつも庭園の奥深くへ進んでいく。青々とした樹木、色とりどりの花、国一番の花園と噂される庭は美しく、どこまでも広がっている。それなりの距離を歩いたが、花は途切れることなく咲き乱れていた。
高いヒールで歩き続けたせいか、足が痛みだし迷わず靴を脱ぎ捨てる。裸足で土をお構いなしに踏んで歩く。服には葉が貼りつき、素足にはいくつか傷ができている。小一時間は歩き続けただろうか。体もメンタルも疲れ果て、バラが咲き誇る場所に座り込み休息をとった。棘のせいか服もあちこち綻びが見受けられた。

「私って馬鹿みたい」

手入れされている土は柔らかく、とても暖かい。土の匂いと陰る陽の光に照らされて、瞼が重くなってくる。そろそろ戻らないといけないと気は急いているのだが、心地よさに勝てる気がしない。
自室は立入禁止と侍女には伝えたが、長い時間をごまかせるほど彼女達も怠慢ではない。身体がとても重くて意識が飛びそうになる。遠くで聞こえる鳥のさえずりも、木々の揺れる音もすべてが遠退いていく。

————。

————……。

「なんて寒い」

身をよじって掛け布団を掴み、頭からかぶろうとする。太陽や草木の匂いが鼻をかすめ、同時にこの匂いに意識が呼び戻される。
覚醒後すぐに飛び起き、掛けられた外套をまじまじと見つめる。ここに来た時は何も持ち合わせていなかった。見覚えのある外套に記憶が蘇っていく。陽と土の匂い、くすんだ色調にほつれた糸と張りのない生地。以前に彼が貸してくれた物で間違いない。
すぐに顔を上げ、辺りを見渡すが人の気配はない。周りは日が落ち、うっすらと暗くなっていることに気付く。あれからどれくらい時間が経っているのだろう。彼に会いたいという思いよりも、早く自室に戻らなければと焦りの気持ちが強まっていく。
しぶしぶ外套を地面に置き、来た道を戻ろうとして、あることに気付いた。

――ここはどの辺りだっけ?

現在の位置も道も分からない。日が落ちたことにより庭園全体が薄暗く、方向感覚を鈍らせる。とにかく歩こうとして、近くのバラの棘が視界に入った。鋭い棘に腕がかすって、血がにじみだす。痛みはさほど感じなかったが、無理をすれば傷だらけになるのは明白だ。美しい花のはずだが、今はもう恐怖でしかない。

「こんな花、大っ嫌い!」

バラに罪はないが悪態をついて怒りをやり過ごすしかない。そうなれば言葉は驚くほどこみ上げて、いくらでも恨み言が沸いてきた。

「もうそれくらいにしたら?」

後ろから発せられた声。笑いをかみ殺すのに必死なのか声が上擦っている。聞き覚えのある声に、怒りや安堵などの気持ちが混ざって身体が跳ねる。怖かった、辛かった、でもそれ以上に彼に会いたかった。

「フェリド!」

名を呼んで後ろを振り向く。彼は軽く手を振りながら歯をみせて笑った。

「怒りはごもっともだが、さすがにその格好で庭園は駄目だ」

器用にバラを避けて、地面に置かれた外套を私に羽織らせる。土で汚れた顔、汗で貼りついた前髪、腰には仕事道具が詰まった工具袋をぶら下げている。

「仕事をさぼりたいならもっといい場所を教えるよ。そんな格好で庭園で昼寝なんて、さすがに賛同できないな」

土だらけの裸足の足に、葉っぱが絡んだ髪、服も泥まみれで汚れている。ひどくみっともない風体でとても王女には見えない。フェリドには城の下働きだと伝えたせいで、仕事をさぼっていると思われたのだろう。

「たまには息抜きもいいじゃない」

否定する気になれなくて俯く。冷静になれば足も痛いし、腕や手も傷だらけだと思い出す。

「ティアラは小さいのによく頑張っている、本来なら仕事なんてする年齢じゃないだろう」

フェリドは屈んで背中におぶさるよう諭してくる。足が限界だと悟っての行動だろうが、子供扱いされるのが不愉快で仕方ない。無視して歩き出そうとすれば、身体が宙に浮いていた。素早く腕を背に回され、彼の胸元で抱きかかえられる。私が最も嫌いとするお姫様抱きと言われる担ぎ方だ。

「やめて、不愉快だわ! すぐに下ろして!」

これをすれば女は喜ぶと考えている男が何人いただろう。無遠慮に抱きかかえ、男らしさをアピールする為にどれだけ私が嫌な思いをしてきたか知らないのだ。きっとフェリドは私を子供だと思い、抱きかかえているのだろうが、いくら善意であっても受け入れられない。手足をばたつかせ抵抗を試みるが、決して彼は手を離さなかった。

「抱えられるのが嫌なのは分かったが、今は我慢しろ。気付いてないのか?」

フェリドの視線の先には私の足があった。そして血の気が引いていく。
傷だらけの足は血と土が入り混じって、赤黒く腫れているようにも見える。思えば整備されていない庭を裸足で歩き続け、最後のほうは感覚も遠かったように思う。目で認識してしまえば、痛覚が蘇り痛みは増してくる。ドクドクと足に血が巡るたびに、痛みが伝わり抵抗を忘れてしまうほどだ。

「少し先の納屋で手当するからそこまで我慢できるか?」

うなずいて大人しくしている他なかった。もう抵抗する気にもなれない。ぐったりうなだれる私を彼はただ黙って運んでくれていた。
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