リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第三十話 疑い

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「ロイ、だと言いたいの?」

まさかと信じられない気持ちの方が大きい。愛していると囁き、私を守り傍に居ると言った彼の言葉を疑いたくはない。彼ほどの善人はいない、それは幼少期から今も変わらず信じている。

「そうやって仲違いをさせようとしているのね? そこまでして私達を失脚させ王権を手に入れたいの?」

宛がわれたルビーを振り払い、逃げようとしてそれをモルワードが拒んだ。いつもとは違う気迫に息を呑む。

「私が王権を欲しているなんて言いがかりだ。私が望んでいるのはあの女の種を排出すること。君も宰相家の人間も表舞台から消してやる。」

そう言ってモルワードは腕の拘束を解く。その目に映るのは真っ黒の狂気だ。

「君達を破滅に追い込む。それが私に課せられた復讐だ」

「ふざけないで!」

声を荒げてモルワードを非難する。このおぞましい男の根本にあるのは執念だ。恐ろしく深い底なしの瞳には、想像を絶する恨みと怒りが秘められている。
とてもまともに話せる雰囲気ではない。彼を振り切って、全力で駆け出していく。

――なんておぞましい

早く皆の元に行きたくてフェリドの宮に向かうが、そこにはまだ問題が残されている。クローディアを譲った叔父の狙いは明らかだ。あの女性は私達の足場を揺るがす楔だ。誰を信じて疑えばいいのか分からない。

「うう…」

大木に手をついて息を整える。取り乱してはいけない、感情を露わにするのも駄目だ。ぐっとこらえると、それらが余計に溢れてくる。叔父の戯言に耳を貸し、見事に術中にはまってしまった。次から次に溢れる涙だけが空しく地面を濡らしていく。

「ティアラ!」

呼ばれた名に体が大きく跳ねる。木々の向こう側からこちらを注視する人影。振り向く先にはフェリドが居た。

「どうして泣いているんだ?」

駆け寄り身体を強く抱きしめられる。伝わる温もりが優しくて、もう涙は堪えられそうにない。彼の胸の中で声を殺すように泣く。

「何が真実か分からない。こんなこと初めてなの」

なんとか言葉にするものの、心の穴は開いたまま。無条件に私だけを見て、その手を差し伸べてくれる人が欲しい。それは子供じみた願望だ。

「モルワードの言葉を鵜呑みにするな」

フェリドの体温は温かい、その手は子供を慰めるものだとしても離してほしくない。手を伸ばして彼の背中を抱きしめる。花の香りと土の匂い。平凡な彼の素朴さが心を洗う気がする。

「今だけは、どうかこのままでいさせて」

冷たい風に吹かれて、心も体も冷え切っている。静まり返った庭園は不気味に木々を揺らし、私の心を表すようだ。

「子供が大人に甘えて何が悪い。もっと頼ってくれていいんだ」

優しく宥めるようにフェリドは言葉を贈ってくれる。その瞳に映るのは王女でも淑女でもない、ただの子供だ。
ありがとう、とフェリドの抱擁から逃れ距離をとる。

――だけど分かっている。甘えてなんていられない、私は王女なのだから

袖で涙を拭きとり、迷いの表情を消し去る。フェリドを見ると複雑な顔で心配をしてくれるが、ここで立ち止まる訳にはいかない。何事もなかったように微笑んで私は彼を手招きした。

「宮でアンナが待ってる。戻りましょう」

切替えの速さは宮廷で教わったもの。君主たるもの感情におぼれず、冷静に対応すべし。幼い頃からの教訓は今日も生きている。フェリドは納得いかないようだが黙って後ろをついてきた。

「……信じろと言う割に、君は誰も信じない」

風にかき消された言葉は私には届かない。互いに黙って道を行くと、すぐに見覚えのある場所にたどり着いた。

「ひーめーさーまーーー」

玄関口で待機してたであろうアンナが、泣きそうな表情でこちらに向かってくる。私の周りをぐるぐると見つめて、無事を確認しているようだった。

「大丈夫、心配をかけたわね」

アンナに微笑んで彼女の手を取る。冷たい手が彼女をどれほど心配させたのか、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
お茶を用意してありますと室内に通され、皆と共にリビングスペースへ移動する。嫌な予感を胸に踏み出すが、そこには予想通り不穏の種がある。
私の前に姿を現した一人の女性。彼女は腰を低く落として頭を下げている。

「クローディアと申します。妃殿下にご挨拶させてください」

その佇まいだけで、彼女の美しさと気品を知るのに充分だった。モルワードの元で長らく愛妾を務めたのは伊達ではない。その切れ長の瞳が、輝く黒髪の中で妖しく輝いている。

「挨拶など不要よ。貴女はもう叔父上の愛妾でも何でもない。早くここを離れて自領に戻られては?」

厳しく言い放つと女は涙を浮かべ始める。私は感情的に物事を捉える人間が苦手だ。儚げで今にも倒れそうな女は、不幸をちらつかせ被害者の姿勢を崩さない。

「私に帰る所などありません。モルワード様に捨てられて生きていく場所がないのです」

さめざめと泣く女に苛立ちが募る。私よりも年上のくせに皆の前で泣き崩れ、感情を露わに慈悲を請うなんて信じられなかった。

「私にどうしろと?」

投げやりに問いかけると彼女は顔を上げて、フェリドを真っ直ぐに見つめた。

「フェリド様とは縁があるのです。元々私はモルワード様の侍女をしていました。このお屋敷に侍女として置いてもらえませんか?」

「本気で言ってるの? それなら驚くほど勇敢ね」

そんなわけでは、と彼女は目を伏せる。蛇のように絡まる念が重く息苦しい。フェリドも困った表情をするが、否定の言葉を口には出さない。

「私はフェリドの意見を尊重する。望むなら彼女を傍に置いてもいい、まだ思うところがあるでしょうから」

吐き捨てるようにフェリドに声をかけ、私は乱雑に席に着く。テーブルに並んだ紅茶は、スパイスの香りを醸し出していた。
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