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一・旅立ち

1.航宙の始まり

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 人間だった時の個人情報はなぜか思い出せないけど、いまの私になる前の人間だった時の記憶が始まるのは地球軌道上にある中継ステーションのドックだ。そこは赤道から静止軌道まで伸びる軌道エレベータの先にあるもので、ワープ宇宙船の発着場だった。

 ワープ宇宙船は特殊相対性理論の抜け道を使った推進装置を装着したもので、一度の起動によって数十パーセクの超光速移動を可能にしたものであった。ただ制限もあり生身の人間はワープ中は殆ど動けなくなるので、ワープ中の宇宙船の制御は身体を機械化した人間もしくは自動制御システムに任せるしかなかった。

 私が搭乗したのは、地球から至近の居住可能惑星であるプロキシマ・ケンタウリbに向かう59711便だった。そんなに番号が大きかったのはそれが回送便だったからだ。なぜ、それを使ったのかよくわからないけど、とにかく乗客は五人しかいなかった。

 その59711便として運用されたのはヴァーリング828型宇宙船・登録記号UN8125Vで700人乗りの標準サイズのものだった。だから乗客五人というのは明らかに採算割れのような気がしたけど、そんなの私には関係ない事だと思っていた。しかし運行デスクから聞かされた次の話は驚いてしまった。

 「59711便ですが完全自動運行になります。航宙保安安全法151条で本来は生身もしくはサイボーグの運航乗務員が搭乗しますが、但し書きで定員の一パーセント未満の場合には搭乗しなくてもいいとあります。
 そのかわり、皆さんには特別に専属の客室乗務員ガイノイドをお付きにしますので、安全性には問題ありません」

 客室乗務員ガイノイド? それを聞いて私は驚いた! それはファーストクラス専属のサービスをするための装備品だったからだ。それをエコノミークラスのよくわからない格安チケットで搭乗するはずの私に仕えるなんて想像できなかったからだ!

 「あのう・・・あとで追加料金請求されませんよね?」

 私はおそるおそるデスクの女性受付に聞いてみた。すると大丈夫だと言ってくれた。それに短距離のワープなので問題ないといってくれたので安心してくれた。その後、ドックに停泊する59711便へ連絡シャトルで向かった。五人しか乗客がいないのでボーディングブリッジは使わないという事だった。その時ほかの四人の乗客をよく見ていなかったけど、私と同じ若い女としか認識していなかった。

 到着後、私たち乗客は別々の船室に向かうように指示された。さすがに豪華な調度品で彩られたファーストクラスの船室は使わせてもらえなかったが、そこそこグレード高いセカンドビジネスクラスの船室が指定されていたので、宇宙旅行が初めての私の気持ちはウキウキだった。それにしても私の旅行の目的ってなんだったのか思い出せなくなっていた。

 私が入った船室の窓からは青い地球が大きく見えていた。そして部屋にはワープ航行中に使用する寝台と最低限のアメニティセットが入った家具が置かれていた。そして、そこには私専属の客室乗務員ガイノイドが待っていた。

 「ご搭乗ありがとうございます。わたしの名はアリスです。これからあなたの旅をサポートさせていただきますのでよろしくお願いいたします」

 アリスのボディを見て私は魅了されていた。こんな風にスマートなボディの女の子に生まれたかったとも嫉妬していた。機械仕掛けの女の形をした人形にである! どうも私は機械フェチの素質があったのかもしれなかった。取りあえず私は船室に備えられている部屋着に着替え始めた。その部屋着に着替えるのを手伝ってくれたのはアリスだった。このアリスと私の身にこの後起きる運命など知る由もなかった。
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