復讐さんの噂

一樹

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黒いポスト:俺もいるぞ!(前編)

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 赤い封筒に、白い便箋。
 便箋には、赤い文字で要件を書き記す。
 どうして、アナタに手紙を出すのか。
 アナタに、何をしてほしいのか。
 その全てを、手書きで書く。
 書いた手紙を封筒に入れて、それから近くに置いておいたカッターで自分の指先を、少し深めに切る。
 もう、痛い、という感覚すら麻痺してしまっていて、不思議なほど何も感じなかった。
 心臓よりも下の位置に切った指を持って行って、あらかじめ用意しておいた、小皿に垂らす。
 それなりの量が確保出来ると、私は小筆を自分の血で染めて真っ赤な封筒に宛名を書いた。
 赤と赤いだから、見えないかな?
 読めないかな?
 そんな不安もあったが、意外と読めることに安堵する。

 『復讐さんへ』

 宛名にはそう書いた。
 噂通りに、そう書いた。

 自分が住むこの街には、不思議な怪談、噂があった。
 自分がいつ、その話を聞いたのか。
 いったい誰から聞いたのか。
 正直なところ、よく覚えていない。
 未就学児の頃だったろうか。
 それとも、小学校に上がった頃だったろうか。
 とにかく、気づくと自分はその噂を知っていた。
 自分だけじゃない。
 この街に住む、誰しもがその噂を知っていた。

 それは、復讐さんの噂だ。
 トイレの花子さんや、太郎さん、口裂け女と並んで、自分の住む街では、有名すぎるほど有名なお化けの噂だ。

 曰く。
 復讐さんは弱い存在モノの味方で、手紙でお願いをすれば強い悪者を退治してくれるのだ。
 でも、復讐さんはマナーにとっても厳しくて手紙は手書きで丁寧に書かなければいけない。
 そして、復讐さんにちゃんと届くように真っ赤な封筒を使わなければならない。
 ほかにもある。
 白い便箋に、赤い文字(ボールペンでも赤ペンでも可)で、誰に何をされて、どんな仕返しを望むのか。
 そして、その願いの対価は何か。
 それを全て書かなければならないらしい。

 復讐さんは、友達を欲しているから。
 お礼に友達になって、ずっと遊ぶことを約束するとすぐに願いを叶えてくれるらしい。
 それが無理なら、復讐さんは女性なので綺麗な装飾品を封筒に入れれば良い、という話も聞いた。
 中には、お金を入れる人もいるんだとか。
 自分は、引き出しを開けて趣味で作った自信作のビーズのブレスレットを取り出すと、封筒の中に入れる。
 手紙にも、すこし言い訳がましい対価の理由を書いた。
 気に食わなければ、捨ててください、とも。

 でも、一番綺麗で。一番可愛く作れた自信作だ。
 もしも。
 もしも、本当に、復讐さんが居るのなら。
 誰でも良いから、付けてほしいと思った。
 お化けで良いから。
 助けてくれる、自分の代わりに、悪いやつを懲らしめてくれる。

 そんな、希望を夢見させてくれる存在に贈りたかった。

 だって、誰も助けてくれないから。
 親も教師も、大人は誰も助けてくれないから。
 自分で動いても、何も変わらないから。
 他に頼れるものなんて、無くて。

 そんな時に思い出したのが、この噂だった。

 子供向けの怪談。
 そう思いながらも、自分は縋った。
 その存在が、まるで神様のように思えたから。

 きちんと封筒を糊付けする。
 携帯で時間を確認する。
 午前二時だった。
 足音に気をつけて、部屋を出る。
 家の中はシン、と静まりかえっている。
 当たり前だ。
 家族はみんな寝ているのだから。

 静かに、玄関に向かい扉の鍵をこっそりと開ける。

 ガチャっと、思ったより大きな音がして体が跳ねた。
 動きを止めて、家の中の気配を探る。
 一秒、二秒、と過ぎていく。
 三十秒ほど経過したあたりで、ほっと息を吐いた。
 誰かが起き出してくる気配はない。

 扉を開けて、外に出る。
 手紙を出すのにもルールがあるのだ。
 噂では、午前二時二十二分二十二秒に、真っ黒なポストに投函することとなっている。

 ポストの場所については、必要な人の元に現れるらしいと聞いた。

 「ほんとに出た」

 いや、この場合は『有った』だろうか?
 父がローンを組んで建てた一軒家。
 道路に出るには、家を守る柵を開けなければならないのだが。
 その柵の向こうで、見覚えのない、なによりも設置されているはずのない円筒型のポストが電灯に照らされてその存在感を主張している。

 柵を開けて、手に持った封筒を少し躊躇いつつも投函する。
 カタン、とそんな封筒が落ちる音がした。

 この手紙の結果は気になる。
 見届けたほうが良いのだろうか?

 「決心が鈍りそう」

 噂は本当だった。
 ということは、結果だけでも知ればこの心は晴れるのだろうか。

 わからない。
 わかっているのは、もう疲れてしまったということ。
 そして、最後の希望に手紙をだしたことで満足してしまったということだろう。

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