花売り道化師の恋物語

一樹

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花売り道化師の恋物語

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 その公園には道化師の格好をして、花を売る娘がいた。
 娘ーーエレナという名の少女は道化師の面を付けて、端切れを縫い合わせた衣装を着て芸を見せて花を売っていた。
 芸だけでも十分食稼いでいるようだったが、何故かエレナは花を売るのをやめなかった。
 公園には他にも店が出ていて、この時間サンドイッチを売りにきている店主がある日聞いた。

 「それだけ芸達者なら、花なんか売らなくても食ってけるだろ?」

 それに道化師のエレナは答えた。
 ただ、声が出ないのか筆談であった。
 魔法の光輝く文字を空中に書いて見せた。

 《花が好きなんです。店長さんもおひとつどうですか?》

 そうして、売り物を見せてくる。
 生花はもちろん魔法で加工した枯れない、まるでガラス細工のような小さな花や花弁がついた装飾品も置いてある。
 そのデザインと手頃な値段から女性と女性にプレゼントする男性にも人気があった。

 《この指輪は最近人気ですよ。どうですか? 奥さんに》

 「さてはまた愚痴りにきたな」

 店主が苦笑する。
 つい先日ささいなことで夫婦喧嘩をした。
 二十代半ばのこの夫婦は、普通に仲がいい。
 しかし、よく喧嘩もする。そうすると奥さんが道化師のエレナの元へきて愚痴っていくのだ。

 《えぇ、まぁ。差し入れありがとうございましたと伝えてください、奥さんのフルーツサンドイッチ美味しかったです》

 お礼にちょっとした芸を見せたのはつい最近の話である。

 「喜んでもらえてなによりだ」

 そうして、売り物である指輪を見る。

 「ま、たまには贈り物もいいか。いくらだ?」

 《特別に銀貨一枚で良いですよ》

 「で、本来なら?」

 《銀貨三枚ってところですね》

 破格も良いところだ。ほぼ原価なのだろう。
 とくに嫌な顔もせずに、むしろ上機嫌で二十代半ばの若い店主は贈り物用に指輪を包んでもらうと帰っていった。
 客も同業者も、誰も彼女の素顔を見たことがなく声も聞いたことがない。
 道化師エレナ曰く、生まれつき声が出ず顔は数年前にこの町の七割を焼いた大火事で醜く焼けただれてしまい、人に見せられない容姿となったらしい。
 その大火で両親を失い、なんとか被害を免れた畑と先祖が残してくれた山で育てている花を売って生計を立てていた。
 ゆったりとした衣装ではあるが、時おり体のラインが出てしまうため性別までは隠すことができなかった。
 だから名前も正直に伝えている。
 あの災害で、多かれ少なかれ道化師と似た境遇の者が存在するためか、醜さを理由に迫害されることはほとんどない。
 例外はまだ未成年である彼女を引き取った親戚ーー叔父一家だろうか。
 施設に入れるのも体裁が悪いからという理由で、面倒を押し付けられたと常日頃から彼女に辛く当たっている。
 学校も金がないからと行かせてもらえず、売り上げの殆どは彼らの懐に入っている。
 何もしなくても金が入ってくるようになったからか、叔父夫婦は働かなくなった。
 その生活費だけではなく従姉妹のアイリとユーリの学費まで賄っている。
 もちろん稼ぎだけでは、足りないので叔父夫婦はエレナの両親が遺してくれた財産を食い潰し続けている。
 それはもちろん本来ならエレナのためのものだ。
 人の欲は底がない。
 限界を知らない。
 いい服を着たい。美味しいものを食べたい、いい場所に住みたい。
 もっとほしい、もっとほしい、もっとほしい。
 もっともっとと欲しがるのだ。
 だから、際限がない。
 幸か不幸か、エレナの両親が遺したお金は莫大だった。
 普通に使っていたなら、エレナは大学にだって行けたかもしれない。
 いろんな魔法を覚えて、仕事や人の役に立てたかもしれない。両親のように。
 でも、現実はーー。
 まだ救いだったのは、仕事のための土地などの管理費をエレナが管理できることだった。帳簿はすべて調べられ、不必要な金を使っていないかチェックされる。
 小遣いだって無いようなものだ。
 
 エレナは、本当は歌を歌うのが好きだった。
 本当は、顔の火傷はとっくの昔に治って痕だって綺麗に消えている。
 しかし、彼女を引き取った叔父一家はとにかくエレナの行動に制限をかけ貶し続けた。
 家畜のような声を出すのはやめろと言われて、やめた。
 この世のものとは思えないほどの醜い顔を出すのはやめろと、叔父の家では面か布、あるいは包帯で常に顔を隠し続けている。
 道化師の格好もそのためだ。
 働くためには外に出なければならない。でも、醜い姿を人前に曝せば自分達の評判傷がつく、悪い噂が立つからとあの格好をせざるをえないだけだ。
 エレナは自分が醜いことは重々承知している。
 それでも、たまには太陽の光を浴びたくなる。
 醜くて、後ろ指を指される容姿だとしても、お日様の下を自由に歩きたい。
 しかし、それは許されない。
 叔父の言葉を無視してそんなことをすれば、酷い折檻が待っているからだ。
 顔こそ傷は無いものの、体のあちこちには叔父一家によるお仕置きの痕がそこかしこについている。
 だからこその道化師の格好でもあった。
 顔も体も、人様に見せられるようなものではないのだ。
 
 陽が沈み始めると、エレナは店じまいをして帰宅する。
 
 「ただいま戻りました」

 声を出すことを禁じられてはいるが、毎日小さくそう言うのは家族と暮らしていた頃の癖みたいなものだ。
 奥からは楽しそうな笑い声。
 玄関から入ることを禁じられているので、勝手口から入っている。
 すぐに、自室として与えられた物置に行ってすっかりつぎはぎだらけになってしまったお古の使用人服に着替え、白塗りの無表情なお面をつけると夕食の準備に取りかかる。
 やがて出来た料理を叔父一家四人分器によそって、一家が団欒している部屋に持っていく。
 叔父一家はエレナの事を無視して会話を楽しんでいた。
 貴族の家では無いものの、エレナの両親が遺した金で従姉妹であるアイリとユーリは貴族の子弟が通うエリート学校へ入ることができた。
 話題はもっぱら見目麗しい貴族の男子生徒のことである。
 配膳を終えると、一礼して部屋から出る。
 それから取り込んであった洗濯物をたたんで、各部屋に持っていきベッドを整える。
 掃除は仕事もあるので、週に一回、法で決められた二日間の休息日に叔父一家が出掛けるのでまとめてやっている。
 どこに行っているのかはわからない。ただ遊びに行っているのはわかる。
 それを咎めることは出来ない。
 エレナは、一通りの仕事を終えると物置に戻る。すると、物置の戸の前に人の気配がしてコトリ、と皿が置かれる音がした。
 わざとらしい叔母の声がした。

 「なんでこんな汚ない犬を飼わなければならないのかしら。早く死ねば良いのに」

 グッと、エレナは唇を噛み締める。
 そんなのエレナが知りたかった。
 どうして自分だけが生き残ってしまったのか。
 どうして家族と一緒に天国に逝けなかったのか。
 エレナは神様に一番聞きたかった。
 叔母の気配がさってからエレナは戸を開けた。
 そこにはペット皿に叔父一家の夕食の残飯がぐちゃぐちゃにされよそられていた。決して山盛りではない。
 こんな、惨めな思いを、苦行をするくらいなら今すぐ死んでしまいたかった。
 汚い犬扱いされたり、声を出すことも、顔を出すことすらも禁じられ、これら全てが神様からの試練だと言うのなら、あまりに神様は意地悪だ。
 この家を出るくらい、叔父一家に啖呵を切れるくらい自分が強かったなら良かったのに、とエレナは思う。
 逆境に立ち向かう意思、牙すらないただの汚く醜い犬に何ができるのだろう。
 エレナは、ペット皿を手に取ると物置に引っ込んで直に口をつけた。
 スプーンやフォークなんて用意されてないからだ。
 死にたい。でも自殺は地獄行きだから出来ない。
 エレナは、両親のいる天国に逝きたいのだ。
 なら、いつかくるであろうその時を堪えて待つしかないのだ。
 それは希望だった。
 エレナにとっての希望。絶望と失意の彼女のとなりに寄りそう、希望だ。
 だから、この試練を与えている神様に今日の糧があることを感謝して、エレナは残飯に口をつけた。
 生きるために、食べた。


 
 その日、珍しい客が花を買いにきた。
 頭には牛のようなしっかりとした一対の角を生やし、濡羽色の短く切り揃えた髪、そして黒曜石のような瞳を持つ全身を黒いコートで包んだ青年であった。
 魔族である。
 隣の都市のように観光名所がある場所なら、旅行者である魔族は珍しく無いがこのような片田舎の町で見かけるのは珍しい。
 たいがい通りすぎるだけだ。
 青年は道化師のエレナの芸を見てお捻りを渡した後、それとは別で女性に贈る花と装飾品について質問をし、魔法の文字で彼女が答えると少し面食らってしまった。

 「失礼、言葉が不自由なのか?」

 《はい。なのでこのような筆談で失礼します。
 花束はこちらになります。ご要望がありましたら他の花を選んでいただければお包みします。
 装飾品でしたら、こちらの髪飾り、首飾り、耳飾りがあります。
 お相手の方のお好きな花はありますか?》

 「薄い。桃色の花が好きらしい」

 《でしたら、こちらの装飾品の三点セットなど如何でしょう。
 単品で購入いただくよりもセットでの方が値段が安くなっています。こちらは異国で咲くというサクラの花弁を真似て刺繍したハンカチになります》

 「では、それを全部買おう」

 《ありがとうございます!》

 代金を計算し、包装紙に綺麗に包む。
 提示した代金を受け取って、エレナは頭を下げ、珍しい魔族の客を見送った。
 

 かつて、古い時代には聖典や伝承に登場する悪魔として、人間とは聖戦と称した戦争を繰り返していた種族である。
 その戦争が終結したのは、本当かどうか定かではないが、互いの王族がそれぞれ友好の証しという人質を差し出すことで終わったらしい。
 今ではそんな歴史もあったなという認識で、変な宗教に嵌まっている者以外はただの外国人である魔族に偏見を持つものは少ない。
 これは、そういった教育が進んだからだろう。
 そう学校などで教え続けていたから、少なくともエレナの住むこの町では、魔族を見たからといって古代ではあるまいし石を投げる者はいなかった。
 
 その翌日。
 その魔族の男性はまたやって来た。
 今度は車椅子に乗った少女を連れて。
 儚げな少女である。男性と同じ塗羽色の髪は背中まで伸ばされ、黒曜石の瞳には興味津々といった色が浮かんでいる。頭には小さなお伽話に出てくる鬼のような小さな一対の角。
 精巧な人形のように滑らかな白い肌。おもわず見とれてしまうほどの美少女である。
 その顔立ちは男性とよく似ていた。

 妹だと紹介され、二人して自己紹介してくる。
 男性の方はケルビーニ、少女の方はソフィアという名前らしい。
 何でもソフィアの湯治旅行の途中でこの街に立ち寄ったのだとか。
 この街はたしかに観光名所はないが、実は隠れたパワースポットで魔族達にもあまり知られていない穴場なのだとか。
 もう少しその辺を売りに出せばこの街も活気づくだろうに、とケルビーニが言うと、ソフィアがクスクスと笑ってエレナに言ってくる。

 「なんだかんだこの旅行を一番楽しんでいるのはお兄様なんですよ。
 貴女のような魔法使いは今まで見たことがない、とそれはもう昨日は興奮してうるさかったんですから」

 《ありがとうございます》

 見れば、ソフィアには昨日ケルビーニがエレナから買った装飾品を身に付けていることがわかった。

 髪飾りに触れて、ソフィアは微笑を浮かべたまま続ける。

 「この魔装具もスゴいですね。私の魔力が一気に回復してしまいました」

 《まそうぐ? ってなんですか? それはただの装飾品ですよ?》

 こてんと首を傾げた道化師に、ソフィアは純粋な驚きを、ケルビーニは少しだけ険しい顔つきになった。

 「あぁ、やはりか」

 「魔装具と言うのは、まぁ古くさい言葉なのですが要は魔法のお守り、アミュレットのことです、おまじないグッズとしても親しまれていますが、あのような子供騙しのものではなく、道化師様がここでお売りになられているものは、本来なら専門店で売買されるほどの価値があるものです」

 《はぁ》

 「手作り、ですよね? これらを作られた職人の方が居られるはずです。その方を紹介していただけないでしょうか?」

 少し、エレナは考えた。職人が作ったものではなく、エレナが手作りしたものばかりだ。
 だから、そのような価値がつくのは何かの間違いだと思ったのだ。

 《あ、いや、それは私が作ったものです》

 その言葉ーーこの場合は文字だがーーにソフィアがずいっと車椅子で迫ってきた。
 そしてエレナの手を取ると、

 「ぜひ、我が家に来てください!」

 と言ってきた。
 エレナが戸惑って、ケルビーニを見ると真剣な表情で彼も頭を下げてくる。

 「頼む」

 《でも、ケルビーニさん達は、そのお金持ちの方 ですよね?
 だったら、自分で言うのも何ですが、もっとちゃんとした方を雇った方が良いのでは》

 「それは」

 少しだけソフィアが言いよどむ。
 それを、ケルビーニが引き継ぐように言った。

 「ソフィアは、先天的な魔力欠乏症なんだ」

 聞き慣れない単語、おそらく病名にエレナは首を傾げるしかない。
 今度はソフィアが説明してくる。
 
 「魔族にとっては致命的な先天性の病気だと思ってください。要は魔力が足りなすぎて、そしてその供給もうまく出来ずに死んでしまう病気なんです。
 今までもこうした魔装具やパワースポットに行くことでなんとか生きてこれたんですけど、ここ最近症状が進んだのか悪化しつつあったんです」

 もう駄目かもしれないが、やれることは何でもやっておきたかった。
 それで万全の準備をして湯治旅行をしていたらしい。
 そのお陰か、少しは症状が改善されたが、歩けるほどまでには至らなかった。
 しかし、昨日ケルビーニが買ってきたエレナが作った装飾品を試しに着けたところ、魔力があっという間に回復し、数歩だけだが歩くことができたらしい。
 おそらく名のある職人が片手間に作ったものだと考えて、今日エレナに紹介してもらおう聞きに来たということだった。
 おそらく、これを作っている職人は魔装具と知らせずにエレナに売らせている変わり者だと考えたのだ。
 職人は気難しい者が多いが、魔装具の職人は変人が多いためだ。

 「それが一気に回復、改善した。今日なんて宿の食事を三杯もお代わりしてしまいました」

 冗談めかしてソフィアが言った。

 「念のために車椅子のままだがな。出来れば我が家に来て、妹の身の回りの道具に魔装具の加工をお願いしたいんだ」

 それなりの額をもちろん用意すると言われてしまえば、エレナは断り難くなってしまった。
 人助け、うまく行けば人命救助になるだろう。
 しかし、それはつまり彼らの住む場所に行かなければならないと言うことだ。
 彼らは外国からきた外国人なわけで、そんな彼らの家はもちろん外国にあるわけで。

 「少し考えさせてください。その、家の者とも相談してみないと」

 そこで、貴族ではない一般家庭では夫婦で共働きの家庭も、自分の小遣いを稼ぐために学生でもアルバイトをする者がいるということをケルビーニとソフィアは思い出した。
 道化師の仮面をつけているので、年齢はわからないが彼女もそんな一般人なのだろうと今さらながらに思い至る。

 「そうだな。家族の了承も必要だ。しかし、不躾なことを聞くが君は今何歳なんだい?」

 家族、の部分で仮面の下にあるエレナの顔は無表情になった。
 しかし仮面は笑った道化師の表情なので、魔族の二人には気づかれなかった。

 《今年で十五歳です》

 「なるほど、未成年ではたしかに保護者の許可がいる。
 こちらも雇用するなら挨拶をしたいのだが」

 ケルビーニの言葉に、一瞬エレナの肝が冷えた。
 そして、今までしないように、声を出さないように気を付けていたのに、それを忘れて叫んでしまった。

 「やめてください! それだけはやめてください! 後生です。何でもしますから! お願いします、うちには来ないで!」

 泣きそうな声で取り乱して、震えながら土下座をしてくる道化師に魔族の二人は戸惑ってしまう。
 戸惑うなという方が無理だろう。
 なにしろ、いきなり半狂乱になっての土下座であり、加えてその声は、誰も聴いたことのなかった道化師の声は歌姫と称されてもおかしくないほどの美声だったのだから。

 今日は週の中日で、さらに曇り空であったのであまり他の客もいなかった。
 しかし、普段エレナと交流しているほかの屋台の店員、あるいは店主達が何事かと様子を見にきてしまった。
 さらに悪いことに、エレナは呼吸がうまくできなくなり、うずくまってしまう。
 異常事態だと察して、ケルビーニが素早く動く。
 道化師の仮面をとって、現れた苦しそうなしかしお伽話に出てきそうなほど美しい姫を連想させる少女の容姿に一瞬見とれてしまった。
 はひはひと息を吸おうと必死にもがく彼女の体を抱き寄せて、母親が赤ん坊にやるように背中を軽く叩いたり擦ったりして安心させるようにする。

 「大丈夫、大丈夫、ごめんね。びっくりしたね」

 幼児に話しかけるように、耳元で囁く。

 「大丈夫だから」

 大丈夫を言い聞かせ、背中を軽く叩いて擦るを繰り返しているとやがて落ち着いてきたのか呼吸が規則正しいものに変化していく。
 道化師の少女の体は服越しであるが想像以上に冷たく、細かった。
 
 「あっ」

 他の同業者の人だかりと、魔族の美青年に気づき仮面が外れていることにもエレナは気づいて、真っ青になる。

 すぐに仮面をつけて、抱き寄せていた青年から離れようとするがそれを手を掴まれて止められてしまう。
 ケルビーニは彼女の手が折れてしまいそうなほど華奢なことにも気づいた。
 そして、少しだけ覗く打撲とタバコの火でも押し付けられ重なった傷にも気づいた。

 「先程の話は保留にして、とりあえず医者に見せよう。妹の命の恩人だ。どうかお礼をさせてくれ」

 「それが良いですね。顔色も私より悪いですし。ぜひお礼をさせてください」

 優しい口調ではあったが、二人の魔族の黒曜石の瞳に拒否は許さないと書いてあった。
 集まっていた同業者達に騒がせたことを謝り、今日はもう店仕舞いにして魔族の兄妹に案内させられるままやってきたのは、二人が泊まっている宿であった。
 二人が取っている部屋には老人の医師がいて、本を読んでいた。
 ケルビーニの説明を受けて、医師はエレナの診察を始める。
 診察をしている間は、魔族の兄妹は部屋を出て宿の食堂で時間を潰すことにした。
 適当に飲み物を頼んで雑談をする。

 「想像以上に魔力のキャパシティがあるようです。ただ近くにいるだけで、こんなにも体調がよくなるなんて」

 注文したリンゴジュースで喉を潤すや、ソフィアは興奮して言ってくる。

 「人間族でも珍しいですね」

 「魔法も、魔族のように洗練されてるしな」

 ケルビーニも、昨日みたエレナの芸を思い出しながら呟いた。
 舞い散る花弁、宙を踊る水の玉、名のあるサーカスの出し物のようだった。
 わざと失敗して笑いを誘い、かと思ったら小さな淑女に一輪の花をプレゼントして笑顔にさせていた。
 妹にも芸を見せてやりたくもあり、引き抜きの話もあって今日は彼女に会いに行ったのだが、こんなことになってしまった。

 「お兄様が言うのだから、相当の腕前なのでしょう。
 でも、あの調子ではお仕事の話どころではないですね。
 なにやら訳ありのようですし」

 「調べた方が良いだろうな」

 「ですね。是非とも欲しい人材です」

 魔族は魔力のより強い者に惹かれる習性がある。
 ケルビーニも彼女のことが欲しくてたまらなくなったのだ。
 魔力の容量だけではなく、魔法の腕も磨けばもっと光るだろう。
 そして、様々な国の美姫を見てきたケルビーニは目が肥えてるつもりだったが、そんな彼を見とれさせるほどの美しさを持つ少女は初めてであった。
 魔族流の才色兼備がそろっており、磨けばさらに光る逸材など今後出会えるかわからない。
 だからこそ、欲しいと思った。出来ることなら心まで彼で犯し埋め尽くしたい衝動に駆られる。
 昨日今日の関係であるが、ケルビーニの心は花売りの道化師でいっぱいであった。

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