最強冒険者を決める大会に出てみよう!

一樹

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 そうして午前の部が終わると、イオはコロシアムの観客席を出て、先日と同じ喫茶店へと向かった。
 お昼である。
 これからのイオの予定を聞いた者なら、まず間違いなく、動く前に食事をするのか、という驚きの反応を示したことだろう。
 さらに残酷な殺戮ショーを観た後である。
 ちなみに、イオがその喫茶店で注文する予定なのは、ビーフシチューだったりする。
 メニューにはトロトロお肉のビーフシチューと書いてあった。
 食べない訳には行かないのだ。
 なぜなら、肉は美味しいから。
 そんな美味しい肉をさらに煮込んでシチューとして食べるのだ。
 だから、食べない訳には行かないのだ。
 きっと美味しいから。
 絶対美味しいから。
 意気揚々と、とても数時間後には殺戮ショーに出るとは思えない笑顔でイオはビーフシチューのために喫茶店へ入ったのだった。
 すると、あまり間を置かず、またやってきた異国人であるイオと目が合った人物がいた。
 先日もランチを食べに来ていたスーツ姿の二人の社会人である。
 彼らは、既にボックス席に座っていたが、 、一人がトイレのために席を立った時、イオと目があったのだ。
 どうやら彼らはこの店の常連のようだ。
 イオがトイレのために席をたち、目が合った社会人に軽く会釈するのと、店員が店の奥から出てきて接客を開始するのはほぼ同時だった。
 席を立った社会人の方は、以前イオに話しかけてきた人だった。
 だからか、社会人の方も軽く会釈を返してくれた。
 トイレは店の奥、つまり反対方向だったのでさっさと彼は奥へ消えてしまう。
 その間に、イオも店員によって席へ案内された。
 場所は先日と同じ、その社会人達の隣りのボックス席だった。
 席について、メニューを見ずにすぐにイオは店員へビーフシチューを注文した。
 続いて、

 「あ、食後にチョコパフェとコーヒーをお願いします」

 というのも忘れない。
 店員が注文の確認をして、奥に引っ込む。
 なんとなく、テレビを確認すれば今日はスポーツが流れていた。
 スポーツ観戦も嫌いではないが、とくに興味も惹かれなかったので、イオは携帯端末をいじくる。
 そして、適当にゴシップ記事を読み漁っていると、隣りのボックス席にあのサラリーマンが戻ってきた。

 「あ、お兄さん、帝国観光はどう? 楽しんでる??
 もう記念館には行った?」

 ボックス席に座ったかと思うと、背もたれ越しにイオの方へのわざわざ顔を向けてそんなことを聞いてきた。

 「はい。そこそこ楽しんでますね。
 あれから、ここのテレビで見て気になったコロシアムに観戦に行ってきました」

 人懐っこそうだし、ついでに帝国の観光地について聞こうと思って、イオがそう言ったら、目を丸くして驚かれてしまった。

 「お兄さん、肝が据わってるねぇ。
 どうだった?」

 「興味深かったです」

 「おお、興味深いか。なるほどなるほど」

 「で、午後から挑戦することになってます」

 「ん? 挑戦??」

 「そうです。挑戦です。奴隷王さんと勝負するんですよ。
 あ、負けたらイコール死みたいなもんなんで、殺戮ショーに参加する、が正しいですかね」
 
 まるで遊園地のイベントに参加する、みたいな、そんな気軽なノリでイオが言ったものだから、声をかけてきたサラリーマンも、その連れのサラリーマンも驚きで、今度は固まってしまった。
 サラリーマンだけでは無かった。
 それなりにザワついていた店内が、シーン、と静まりかえる。
 すると、離れた席にいた化粧が濃いめのおばさんがズカズカとイオの席までやってきた。
 かと思うと、イオの肩をガシっと掴んで、

 「貴方まだ若いでしょ!?
 生きてればいいことあるわよ!
 ダメよ、そんな簡単に死を選んじゃ!!」

 かなり必死に説得が始まってしまう。

 「あー、はい今十五ですから。若い方ですかね。
 でも死ぬ予定は今のところないんで」

 のらりくらりとイオは言うが、その言葉の途中でおばさんの言葉が被さってくる。

 「とにかく! 生きてれば、生きてさえいればいいことがあるの!」

 「あ、はい」

 もういろいろ諦めて、【あ、はい】だけを繰り返すマシンに成り果ててしまったリオであった。
 サラリーマンの二人は、面倒くさい人が出てきたなぁと会話に割りこむことはしないで、知らん顔だった。
 おばさんの説得は、イオが頼んだビーフシチューが届くまで続いた。
 それは、同時におばさんが頼んだ紅茶が届く時でもあった。
 さすがに、紅茶を持ってきてまで説得をするつもりはなかったようで、おばさんは言うだけ言って満足してしまったのか、元いた席に戻ってしまう。
 イオはイオで、ビーフシチューに舌鼓を打つ。
 ゆっくり、ほろほろの肉を口の中で転がして味わい、楽しんでいると、コソッと隣りのボックス席のサラリーマンがまた話しかけてきた。

 「それにしても、お兄さん本当に物好きだね。
 さっきのおばさんじゃないけど、怪我したら折角の観光がおじゃんになっちゃうよ」

 「あー、観光が主目的じゃないんですよ。
 俺、闘技大会に出るために来たんで。
 でも、一人じゃ登録すら出来なくて」

 ごくん、と口の中で味わっていた肉を飲み込んで、たはは、と苦笑を浮かべつつイオは説明した。
 その説明に、ずっと黙っていたもう一人のサラリーマンが興味深そうに声をかけてくる。
 ただし、イオからは見えなかったが、その視線は手元の端末に注がれていた。
 ニュースをチェックしているようだ。

 「お兄さん、冒険者だったのか。それも外国の。
 あ、あったあった。
 公式サイトでもたしかに奴隷王への挑戦が発表されてるし、コロシアムのヲチ系の掲示板でも話題になってる」

 「おや、俺有名人だ!」

 そう返して、イオはまた、口の中に柔らかくほろほろの肉を放り込んで楽しみ始める。

 「午後、二時からか。動画サイトで生放送もされてるから、観て応援しとくよ」

 もう一人の方は、淡々と社交辞令なのかそんなことを言った。
 しかし、人懐っこいサラリーマンは信じられないものを見る目で、その同僚を見た。

 「お前も物好きだな」

 「そう? でもコロシアムのあの死合、最近マンネリだし。
 挑戦者の死合は久しぶりだから、刺激的かなって思うし、ちょっと楽しみ」

 なんて言って、さらに続けた。

 「あ、そうだ。えーと、お兄さん」

 「イオです」

 イオが名乗ると、サラリーマンは脇に置いておいたカバンを何やらゴソゴソと漁る。

 「イオさんね。うーんと、あ、あったあった」

 漁っていたカバンから彼が取り出したのは、手のひらより少し大きめのメモ帳とサインペンだった。

 「イオさん、腕に自信があるようだし。
 もしかしたら、未来の有名人かもだから、サインちょうだい」

 これには人懐っこい方のサラリーマンも、そしてイオも同時にキョトンとしてしまう。
 しかし、イオはすぐにそれを受け取ってニコニコと書き出した。

 「アハハ、サインなんて生まれて初めてかも」

 「…………」

 人懐っこいほうのサラリーマンは、『サインが最後の遺書なるかもしれないぞ』と思ったが口に出すことは無かった。
 イオの様子を見て、イオが奴隷王に勝つ気満々であること、そして、その奴隷王を仲間にすることを疑っていないくらい自信に満ち溢れていることを察したからである。
 わざわざ水を差すのも悪い気がした。
 
 「まぁ、さっきのおばさんじゃないけど、まだまだ若いんだしそんな生き急がなくてもいいんじゃないの?
 仲間集めなら、わざわざ犯罪奴隷を選ばなくてもいいわけだしさ。
 よくて大怪我だろうけど、怪我するとその予選すら出られないんだよ」

 それでも、未来ある若者が無茶をするのはいい気がしない。
 なので、そう伝えてみた。
 イオはと言うと、サインを書いたメモ帳をもう一人のサラリーマンに渡しながら、返した。

 「怪我は人生の勲章ですから。
 死ぬのは嫌ですけど、でも、そこで死んだらそこまでの人生だっただけってことです」

 苦笑はそのままに、イオはそんなことを呟くように言った。
 比較的平和な現代で、まさかそんな返答がくるとはサラリーマンは考えていなかった。
 帝国も、その周辺の国々もここ数十年は戦争もなく穏やかな時間が流れている。
 犯罪奴隷がいるように、犯罪者は無くならないが、それでも普通に生きてればそこそこの人生を送れるはずだ。
 それに、イオはまだ若い。
 いや、若い故に冒険者などというヤクザな仕事をしているのだろう。
 数は少ないが、冒険者という職業は一部の者からすれば偏見と差別の目が向けられる職業の一つである。
 理由は様々だが、フリーランスでありとくに新人となれば収入も不安定だ。
 そして、学が無くても稼ぐことのできる職業でもある。
 実力主義の帝国における、【実力】とは才能や努力で身につけた能力だけを言うのではない。
 学歴もそれにあたる。
 中卒なのか高卒なのか、それとも大卒なのか。
 帝国では就職後の人生においてその他諸々の経歴も加味される。
 帝国の冒険者にもこの実力主義は徹底されていて、学歴などによって最初のランクが決定される。
 イオは外国の冒険者であるので、これに含まれない。
 しかし、である。
 この大陸において、帝国以外で【実力主義】を謳う国などなかったはずである。
 あったとしても、帝国ほどでは無かったと記憶している。
 そして、どこの国からは分からないが戦争すら近しく起こっていない、現代のそんな外国から来たイオの口から『怪我は人生の勲章』などという言葉が出るとは思っていなかったのだ。
 ましてや、『死んだらそれまでの人生だった』というのも中々壮絶なものを感じてしまう。
 
 「確認なんだけど、本当に自殺志願者じゃないよな?」

 サラリーマンが確認のために聞いてみた。
 たまに、居るのだ。
 この帝国では、そんな自殺をする者が。
 先程のおばさんが、血相を変えてイオを説得したのもこれがあるからだった。
 イオはアハハと笑って、答えた。

 「死を覚悟した人は、これから死んできます。殺されてきます、ってこんな楽しそうに言うと思いますか?」

 「…………」

 「サインありがとう。それじゃ、死合頑張ってね」

 サインを頼んだサラリーマンが、さわやかに言った。
 人懐っこい方のサラリーマンは、複雑な表情をしている。
 そんな対称的な二人に、イオは告げた。

 「はい。頑張ります。
 それと、心配ありがとうございます。
 でも俺、こう見えて結構強いんですよ。
 まぁ、動画のライブ配信見て度肝抜かれてください!
 めっちゃ、暴れる予定ですから」

 冒険者の中には、時折こうした変人がいるのだ。
 もう止めることは言うまい、とサラリーマンは決めた。
 そして、イオのようなタイプが生き残るために発破をかけてみることにする。

 「じゃあ、奴隷王を仲間にしたら、そうだな、明日のこの時間、この店においで。
 お祝いと景気づけにご飯奢ってあげるから」

 「え、マジっすか!」

 奢る、という言葉にイオの顔がぱあっと明るくなる。

 「よっしゃ、頑張るぞー!!」

 気合いを入れるイオを見ながら、サインをもらったサラリーマンが悪ノリでこんなことを呟く。

 「なら俺はイオさんに賭けようかな。
 どうせ、奴隷王に集中するだろうから、大穴のイオさんに賭けて勝てばそれなりの額になるだろうし」

 「うわぁ、本気で行かないと恥ずかしくなるやつじゃないですか!」

 イオは楽しそうに、その呟きに返した。
 人懐っこい方のサラリーマンは、そんなイオの言葉に思うところが無いわけではなかったが、もう水を差すようなことは言わないと決めた手前、何も言わなかった。
 恐らく、負けたら恥ずかしいとか関係なく待つのは死である。
 しかし、他の客が心配しているような、なんというのだろう、悲壮感のようなものがイオから感じられないのである。
 イオの表情に浮かぶのは、ただただ幼い子供にある好奇心のそれだ。
 毎日が楽しいのだと、人生が楽しいのだと、憚ることなくキラキラとした若さゆえの煌めきがその表情にはあった。
 サラリーマン達は社会人になって、それなりの時間が経過した。時間の経過ともに、とうの昔に忘れてしまった眩しいそれがイオにはあった。
 それもあって、彼はイオに食事を奢るなどと持ちかけたのかもしれない。
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