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「それなら、ここ! ここがいいよ!」
ホテルで打ち合わせしたものの、今回予選の舞台として選ばれたダンジョンは、すべてザクロが使用したことの無い施設ばかりであった。
ネットの口コミサイトで情報を収集したものの、ほとんどがダンジョン内に併設されているフードコート、そこに出店している飲食店のことしか書かれていなかった。
イオとしてはこれも重要な情報であるので、すぐさま飲食店それぞれの公式Webサイトへとんで有難くクーポン券をゲットした。
仕方ないのでザクロ以外の地元民の意見を取り入れるべく、今日も今日とて二人は喫茶店へと向かった。
先日、火傷の件で大騒ぎをして迷惑をかけたので、もしかしたら出禁をくらうかなとも考えていたイオだったが、そんな心配は杞憂に終わった。
店側としては、金を落としてくれて器物破損など、そういった暴力行為さえ店の中で働かなければとくになにも思わないらしい。
とても寛容である。
ここ数日、毎日出勤しており顔なじみとなった店員へ、席に案内されながらもそれとなくダンジョンについて質問してみた。
すると、今日も今日とてまたいた常連のサラリーマンの片割れであるアーサーが、耳聰くイオと店員の会話を聞いていたらしく、会話に混じってきたかと思うと、開口一番冒頭の言葉を述べたのだった。
今日はそんなに客がおらず、店員も少しだけ会話に参加してくれた。
「あ、そこ知ってますよ!
こないだ行列のできる、ふわふわなパンケーキを出すお店が出来たって、情報番組で特集されてました」
「ほほぅ」
店員の情報提供に、イオの瞳がきらりと光る。
「あ、すみません、とりあえずコーヒー下さい」
その横でザクロが店員にオーダーする。
人殺しの犯罪者だというのに、店員はふんわりニコニコとした営業スマイルでその注文に応じる。
「はい。コーヒーですね。
アイスとホットがございますが、どちらがよろしいでしょうか?」
「アイスでお願いします」
「ミルクと砂糖はご利用でしょうか?」
「両方お願いします」
ザクロの注文を、帝国では今どき珍しい手書きの伝票に書いて、店員は続いてイオを見た。
「お客様はご注文お決まりでしょうか?」
「あ、日替わり定食。ご飯大盛りでお願いします」
店員がイオからも注文をとり終えるのを見計らって、どうせなら相席しようとアーサーが提案する。
イオはとくに拒否する理由もないので、快諾した。
アーサー達の四人がけのボックス席へ、イオとザクロは移動する。
そうこうしている間に店員は注文内容に誤りがないか確認し、厨房に引っ込んだ。
アーサー達は既に注文を終えていたので、コーヒーを啜りながら会話に戻る。
そこでずっと携帯端末を弄っていたヴァンが、唐突にアーサーへ言った。
「それよりも、あれから掲示板で得た情報言わなくていいのか?」
昨日、ここで昼食を済ませ、会社に戻り仕事を終わらせ定時で帰宅したアーサーは、掲示板で情報収集に当たっていたのである。
そのときに、今の特定厨とも情報交換をしたのだが、中々に面白いことがわかった。
出勤して仕事の合間にそれをヴァンに話したのだが、それを伝えろということらしい。
「そうそう! ここにも掲示板があるなんて驚きですよ!」
掲示板、という単語にイオが身を乗り出す勢いで反応する。
「恩師がそこの住人で、なにかあればネット掲示板に助けを求めろ、文句言いながら、悪態をつきながらも助けてくれる優しい奴らが必ずいるって言ってたんです」
「……その恩師とやらも、隕石を素手で殴れるほどの化け物か?」
ザクロが冗談混じりに聞くと、イオは即答した。
「いや、うーん? うまく説明できない。
なんていうか、変態だ。
ストレス溜まるとよく脱いでた。自由を感じるとかで、パンツすら脱ぎ捨てて私有地で走り回ってたなぁ」
懐かしいなぁ、とイオはなんかよくわからないことを言った。
どうやらからかっているようだ。
そんな人間が誰かに教えを授けられるほど頭が良い訳はないはずである。
と、なればあまり恩師のことを広めたくはないのだろう。
その理由は皆目検討もつかないけれど。
そうザクロが自分の中で答えを出した時、注文したアイスコーヒーが運ばれてきた。
脱線しまくった会話は、ここでアーサーが掲示板で仕入れたという話へと戻る。
「どうもね、奴隷王さんの元お仲間が君らの事を嗅ぎ回ってるみたいなんだ。
だから気をつけてね、ってこと。
どうも昨日イオさんが火傷した件を根に持ってるンじゃないかと、俺は勝手に想像してるけどね」
アイスコーヒーに今どき珍しい、別容器に入ってきたガムシロとミルクをアイスコーヒーにたっぷりと入れて、味を調整して一口飲んでからザクロが口を開いた。
「どーせ、俺がコロシアムからシャバに出てきたから、仕返しでもするんじゃねーかってビクついてんだろ」
すると、今度はヴァンが弄っていた携帯端末から顔を上げてザクロを見た。
「というと?」
「公的な記録の上だと、俺は母親を殺したことになってる。
でも、そんなのは嘘っぱちだ。
俺はアイツに、トリス達に嵌められたんだ」
「ふむ、つまりはザクロは無実ってことか」
イオは確認するように言った。
「まぁな、実家の母親か父親か、あるいは両方に泣きついて親族揃って俺を罪人に仕立てあげた。
おかげで俺はコロシアムで本当の人殺しになったけどな」
サラリーマンの二人はポーカーフェイスでザクロの話を聞いていた。
対するイオはというと、
「なるほどなるほど。さっぱりした」
それだけしか言わなかった。
「は?」
戸惑いつつ、ザクロが声を漏らした時。
イオが頼んだ料理が運ばれてきた。
店員は注文が全部揃っているかどうかを確認して、今度はすぐに去ってしまう。
どうやら先程よりも客が増えたことで忙しくなったようだった。
「でもさ、仕返しするんだったら闘技大会のあとにしろよ」
「いや、やるんだったら闘技大会の最中がいいよ。
そしたらその罪も優勝でチャラになるでしょ」
イオのガチトーンな言葉に、アーサーもガチトーンで返した。
ザクロもそうだが、ヴァンもドン引きしている。
いや、ヴァンの表情から察するに驚いているようだ。
「アーサーさん、知らないんですか?
こういうのはバレなきゃ良いんですよ。
あと俺が闘技大会の後でって言ったのは、余計なことして予選の期限過ぎちゃったら元も子もないからです」
ガツガツと日替わり定食のチキンステーキ定食、ご飯大盛りを食べながらイオは言った。
「いや、飼い主自称するなら飼い犬のこと止めろよ」
ザクロが疲れたと言わんばかりに、コーヒーを啜る。
「なに止めてほしいの?
なんで?」
「……いや、普通だったら止めるだろ」
「そんなこと言ったら普通の人は、仲間を嵌めて実質死刑宣告のようなコロシアム行きになんてしないだろ。
そういや、お前が嵌められた事件の犯人って誰なん?
その元お仲間?
それとも行きずりの犯行?」
軽すぎるほど軽く、イオが訊いた。
それから口の中にチキンステーキを詰め込んでモグモグする。
「…………っ、さぁな。なにしろあの事件の犯人は俺ってことになってるからな」
ギリっと悔しそうに、そして苦しそうに唇を噛み締めたかと思うとザクロは吐き捨てるように言った。
「ふむ」
コーヒーを飲み干したアーサーが何やら考え始める。
それを、ヴァンが一瞥する。
「なんなら調べてみようか?
暇つぶしに」
「……へ?」
今度は、アーサーに対してザクロが間抜けな声を出した。
「その代わり、条件があるけど」
「なんですか。もしかしてお金ですか?」
チキンステーキをごくんと飲み込んで、イオが訊ねる。
「あ、たしかにそっちも魅力的だ!
でもそうじゃない。たしかにお金はわかりやすい価値のあるものだけど、違う」
アーサーが楽しそうに否定して、続ける。
「この際だから、勧善懲悪目指して徹底的にやってほしいんだよ」
その言葉に、ヴァンの表情が引きつった。
イオとザクロは一斉にヴァンを見て、それならアーサーに視線を戻す。
「早い話がね。
俺が見たいんだよ、束の間の天下(笑)をとって自分のオナニー場所を確立した勘違い野郎共が破滅する様をさ」
そこで、今度はザクロが納得がいったような表情になった。
犯罪奴隷である彼に対して、あまりにもフランクに接していたので、とても違和感があったのだ。
普通、と言ってしまうとあれだが、犯罪者、とりわけ人を殺したとされている人物はその罪により、とても白い目で見られるものだ。
だというのに、店員は仕事だから普通に接しているのだろうが、このヴァンとアーサーは違う。
ただの一般人であるはずなのに、ザクロのことを白い目で見ていないのだ。
昨日、初対面であったにも関わらず普通に挨拶をして、自己紹介をして、ヴァンなんてイオのついでにザクロにも食事を奢ってくれた。
そう、対応が変なのである。
あえて言葉にすることもなかったが、少なくともその違和感についてアーサーへのそれは解消された。
アーサーもまた、イオと違ってタイプのイカれた人種なのだろう。
いわば変人なのだ。
そして、きっと、いや確実にドSである。
ではヴァンはどうかというと、違和感は消えない。
もしかしたらザクロが何かしら問題を起こしても、イオが止めるだろうと考えているのかもしれない。
先日の死合を見ていたのなら、イオの実力については知っているだろうし、その後にあった火傷の件についても彼女の強さを裏付けることになる。
「性格悪いだろ、お前」
ザクロがアーサーに言えば、アーサーはカラカラと笑った。
その横で、ヴァンが複雑な表情をしている。
「性格が悪いだけならいいんだけどな、こいつの場合タチが悪いんだよ。
一種の邪悪ってやつだ。
むしろ、手が後ろに回ってないのが不思議なくらいだよ」
「酷いなぁ。
犯罪なんてデメリットしかないことするわけないだろ。
そしたら、それこそさっきイオさんの話に出てきた恩師みたいに、誰も見てないところで変態行為に及んだ方が健全だと思う」
変態行為に走っている時点で、全くもって健全ではないのだが、ザクロはなにも言わなかった。
「で、どうする?」
アーサーは、改めて二人に問う。
「おもしろそうだから、その話乗った!」
イオは即決だった。
ザクロからすれば飼い主の決定には逆らう気はないし、もとより逆らえないので、やはりなにも言わない。
その返答にアーサーは満足そうに微笑むと、更なる提案を口にした。
「なら、丁度いいから君たちが挑むダンジョン。
そこで、奴隷王さんの元お仲間達を釣ってみよう。
ほら、さっき美味しいパンケーキ屋が入ってるって言ったダンジョンだ。
ここのダンジョンは、動画実況が許可されてるんだ。
もちろん、生配信もね。
でも、これはコアな動画視聴者しか知らない。
そう、たとえば、だけど。
リア充でありオタクでもない、本当の意味で一般的な人達には、ダンジョンの実況動画なんて知られてすらいないんだ」
悪い笑みを浮かべて、アーサーは一旦言葉を切ってイオを見た。
そして、続ける。
「何が言いたいか、イオさんはわかるかな?」
「あはは、いい性格してますねアーサーさん。
なるほど、つまりは釣って吊るしあげるというわけですか」
「?
知られてないツールを使って、どうやって吊るしあげるんだ?」
ザクロも捕まるまでは、感性的には一般人の部類に入る方だった。
だから、マイナーなダンジョンの実況動画を上げろと言われてもピンとこない。
「奴隷王さんはピュアだなぁ。
元仲間に嵌められたっていうのに。
本当にわからない?」
アーサーは怖いもの知らずなようだ。
まるで試すような視線を、ザクロに向ける。
「バズれば確実だろうけれど、そうでなくても自称しない正義の味方はどこにでもいるってこと。
一般人にも、俺みたいな変人にも、そして実況動画を好んで視聴するコアな視聴者にも」
アーサーはさらに遠回しな物言いをした。
そして、
「誰も彼も、自分が正しいと思ってるから、まさか間違ってるかもなんて自覚してる方が珍しいくらいだからさ。
悪いことをしてる自覚と、間違ってることをしてる自覚ってのは似て非なるものだからね。
だからこそ、人間は怖いんだよ」
そう締めくくったのだった。
「それなら、ここ! ここがいいよ!」
ホテルで打ち合わせしたものの、今回予選の舞台として選ばれたダンジョンは、すべてザクロが使用したことの無い施設ばかりであった。
ネットの口コミサイトで情報を収集したものの、ほとんどがダンジョン内に併設されているフードコート、そこに出店している飲食店のことしか書かれていなかった。
イオとしてはこれも重要な情報であるので、すぐさま飲食店それぞれの公式Webサイトへとんで有難くクーポン券をゲットした。
仕方ないのでザクロ以外の地元民の意見を取り入れるべく、今日も今日とて二人は喫茶店へと向かった。
先日、火傷の件で大騒ぎをして迷惑をかけたので、もしかしたら出禁をくらうかなとも考えていたイオだったが、そんな心配は杞憂に終わった。
店側としては、金を落としてくれて器物破損など、そういった暴力行為さえ店の中で働かなければとくになにも思わないらしい。
とても寛容である。
ここ数日、毎日出勤しており顔なじみとなった店員へ、席に案内されながらもそれとなくダンジョンについて質問してみた。
すると、今日も今日とてまたいた常連のサラリーマンの片割れであるアーサーが、耳聰くイオと店員の会話を聞いていたらしく、会話に混じってきたかと思うと、開口一番冒頭の言葉を述べたのだった。
今日はそんなに客がおらず、店員も少しだけ会話に参加してくれた。
「あ、そこ知ってますよ!
こないだ行列のできる、ふわふわなパンケーキを出すお店が出来たって、情報番組で特集されてました」
「ほほぅ」
店員の情報提供に、イオの瞳がきらりと光る。
「あ、すみません、とりあえずコーヒー下さい」
その横でザクロが店員にオーダーする。
人殺しの犯罪者だというのに、店員はふんわりニコニコとした営業スマイルでその注文に応じる。
「はい。コーヒーですね。
アイスとホットがございますが、どちらがよろしいでしょうか?」
「アイスでお願いします」
「ミルクと砂糖はご利用でしょうか?」
「両方お願いします」
ザクロの注文を、帝国では今どき珍しい手書きの伝票に書いて、店員は続いてイオを見た。
「お客様はご注文お決まりでしょうか?」
「あ、日替わり定食。ご飯大盛りでお願いします」
店員がイオからも注文をとり終えるのを見計らって、どうせなら相席しようとアーサーが提案する。
イオはとくに拒否する理由もないので、快諾した。
アーサー達の四人がけのボックス席へ、イオとザクロは移動する。
そうこうしている間に店員は注文内容に誤りがないか確認し、厨房に引っ込んだ。
アーサー達は既に注文を終えていたので、コーヒーを啜りながら会話に戻る。
そこでずっと携帯端末を弄っていたヴァンが、唐突にアーサーへ言った。
「それよりも、あれから掲示板で得た情報言わなくていいのか?」
昨日、ここで昼食を済ませ、会社に戻り仕事を終わらせ定時で帰宅したアーサーは、掲示板で情報収集に当たっていたのである。
そのときに、今の特定厨とも情報交換をしたのだが、中々に面白いことがわかった。
出勤して仕事の合間にそれをヴァンに話したのだが、それを伝えろということらしい。
「そうそう! ここにも掲示板があるなんて驚きですよ!」
掲示板、という単語にイオが身を乗り出す勢いで反応する。
「恩師がそこの住人で、なにかあればネット掲示板に助けを求めろ、文句言いながら、悪態をつきながらも助けてくれる優しい奴らが必ずいるって言ってたんです」
「……その恩師とやらも、隕石を素手で殴れるほどの化け物か?」
ザクロが冗談混じりに聞くと、イオは即答した。
「いや、うーん? うまく説明できない。
なんていうか、変態だ。
ストレス溜まるとよく脱いでた。自由を感じるとかで、パンツすら脱ぎ捨てて私有地で走り回ってたなぁ」
懐かしいなぁ、とイオはなんかよくわからないことを言った。
どうやらからかっているようだ。
そんな人間が誰かに教えを授けられるほど頭が良い訳はないはずである。
と、なればあまり恩師のことを広めたくはないのだろう。
その理由は皆目検討もつかないけれど。
そうザクロが自分の中で答えを出した時、注文したアイスコーヒーが運ばれてきた。
脱線しまくった会話は、ここでアーサーが掲示板で仕入れたという話へと戻る。
「どうもね、奴隷王さんの元お仲間が君らの事を嗅ぎ回ってるみたいなんだ。
だから気をつけてね、ってこと。
どうも昨日イオさんが火傷した件を根に持ってるンじゃないかと、俺は勝手に想像してるけどね」
アイスコーヒーに今どき珍しい、別容器に入ってきたガムシロとミルクをアイスコーヒーにたっぷりと入れて、味を調整して一口飲んでからザクロが口を開いた。
「どーせ、俺がコロシアムからシャバに出てきたから、仕返しでもするんじゃねーかってビクついてんだろ」
すると、今度はヴァンが弄っていた携帯端末から顔を上げてザクロを見た。
「というと?」
「公的な記録の上だと、俺は母親を殺したことになってる。
でも、そんなのは嘘っぱちだ。
俺はアイツに、トリス達に嵌められたんだ」
「ふむ、つまりはザクロは無実ってことか」
イオは確認するように言った。
「まぁな、実家の母親か父親か、あるいは両方に泣きついて親族揃って俺を罪人に仕立てあげた。
おかげで俺はコロシアムで本当の人殺しになったけどな」
サラリーマンの二人はポーカーフェイスでザクロの話を聞いていた。
対するイオはというと、
「なるほどなるほど。さっぱりした」
それだけしか言わなかった。
「は?」
戸惑いつつ、ザクロが声を漏らした時。
イオが頼んだ料理が運ばれてきた。
店員は注文が全部揃っているかどうかを確認して、今度はすぐに去ってしまう。
どうやら先程よりも客が増えたことで忙しくなったようだった。
「でもさ、仕返しするんだったら闘技大会のあとにしろよ」
「いや、やるんだったら闘技大会の最中がいいよ。
そしたらその罪も優勝でチャラになるでしょ」
イオのガチトーンな言葉に、アーサーもガチトーンで返した。
ザクロもそうだが、ヴァンもドン引きしている。
いや、ヴァンの表情から察するに驚いているようだ。
「アーサーさん、知らないんですか?
こういうのはバレなきゃ良いんですよ。
あと俺が闘技大会の後でって言ったのは、余計なことして予選の期限過ぎちゃったら元も子もないからです」
ガツガツと日替わり定食のチキンステーキ定食、ご飯大盛りを食べながらイオは言った。
「いや、飼い主自称するなら飼い犬のこと止めろよ」
ザクロが疲れたと言わんばかりに、コーヒーを啜る。
「なに止めてほしいの?
なんで?」
「……いや、普通だったら止めるだろ」
「そんなこと言ったら普通の人は、仲間を嵌めて実質死刑宣告のようなコロシアム行きになんてしないだろ。
そういや、お前が嵌められた事件の犯人って誰なん?
その元お仲間?
それとも行きずりの犯行?」
軽すぎるほど軽く、イオが訊いた。
それから口の中にチキンステーキを詰め込んでモグモグする。
「…………っ、さぁな。なにしろあの事件の犯人は俺ってことになってるからな」
ギリっと悔しそうに、そして苦しそうに唇を噛み締めたかと思うとザクロは吐き捨てるように言った。
「ふむ」
コーヒーを飲み干したアーサーが何やら考え始める。
それを、ヴァンが一瞥する。
「なんなら調べてみようか?
暇つぶしに」
「……へ?」
今度は、アーサーに対してザクロが間抜けな声を出した。
「その代わり、条件があるけど」
「なんですか。もしかしてお金ですか?」
チキンステーキをごくんと飲み込んで、イオが訊ねる。
「あ、たしかにそっちも魅力的だ!
でもそうじゃない。たしかにお金はわかりやすい価値のあるものだけど、違う」
アーサーが楽しそうに否定して、続ける。
「この際だから、勧善懲悪目指して徹底的にやってほしいんだよ」
その言葉に、ヴァンの表情が引きつった。
イオとザクロは一斉にヴァンを見て、それならアーサーに視線を戻す。
「早い話がね。
俺が見たいんだよ、束の間の天下(笑)をとって自分のオナニー場所を確立した勘違い野郎共が破滅する様をさ」
そこで、今度はザクロが納得がいったような表情になった。
犯罪奴隷である彼に対して、あまりにもフランクに接していたので、とても違和感があったのだ。
普通、と言ってしまうとあれだが、犯罪者、とりわけ人を殺したとされている人物はその罪により、とても白い目で見られるものだ。
だというのに、店員は仕事だから普通に接しているのだろうが、このヴァンとアーサーは違う。
ただの一般人であるはずなのに、ザクロのことを白い目で見ていないのだ。
昨日、初対面であったにも関わらず普通に挨拶をして、自己紹介をして、ヴァンなんてイオのついでにザクロにも食事を奢ってくれた。
そう、対応が変なのである。
あえて言葉にすることもなかったが、少なくともその違和感についてアーサーへのそれは解消された。
アーサーもまた、イオと違ってタイプのイカれた人種なのだろう。
いわば変人なのだ。
そして、きっと、いや確実にドSである。
ではヴァンはどうかというと、違和感は消えない。
もしかしたらザクロが何かしら問題を起こしても、イオが止めるだろうと考えているのかもしれない。
先日の死合を見ていたのなら、イオの実力については知っているだろうし、その後にあった火傷の件についても彼女の強さを裏付けることになる。
「性格悪いだろ、お前」
ザクロがアーサーに言えば、アーサーはカラカラと笑った。
その横で、ヴァンが複雑な表情をしている。
「性格が悪いだけならいいんだけどな、こいつの場合タチが悪いんだよ。
一種の邪悪ってやつだ。
むしろ、手が後ろに回ってないのが不思議なくらいだよ」
「酷いなぁ。
犯罪なんてデメリットしかないことするわけないだろ。
そしたら、それこそさっきイオさんの話に出てきた恩師みたいに、誰も見てないところで変態行為に及んだ方が健全だと思う」
変態行為に走っている時点で、全くもって健全ではないのだが、ザクロはなにも言わなかった。
「で、どうする?」
アーサーは、改めて二人に問う。
「おもしろそうだから、その話乗った!」
イオは即決だった。
ザクロからすれば飼い主の決定には逆らう気はないし、もとより逆らえないので、やはりなにも言わない。
その返答にアーサーは満足そうに微笑むと、更なる提案を口にした。
「なら、丁度いいから君たちが挑むダンジョン。
そこで、奴隷王さんの元お仲間達を釣ってみよう。
ほら、さっき美味しいパンケーキ屋が入ってるって言ったダンジョンだ。
ここのダンジョンは、動画実況が許可されてるんだ。
もちろん、生配信もね。
でも、これはコアな動画視聴者しか知らない。
そう、たとえば、だけど。
リア充でありオタクでもない、本当の意味で一般的な人達には、ダンジョンの実況動画なんて知られてすらいないんだ」
悪い笑みを浮かべて、アーサーは一旦言葉を切ってイオを見た。
そして、続ける。
「何が言いたいか、イオさんはわかるかな?」
「あはは、いい性格してますねアーサーさん。
なるほど、つまりは釣って吊るしあげるというわけですか」
「?
知られてないツールを使って、どうやって吊るしあげるんだ?」
ザクロも捕まるまでは、感性的には一般人の部類に入る方だった。
だから、マイナーなダンジョンの実況動画を上げろと言われてもピンとこない。
「奴隷王さんはピュアだなぁ。
元仲間に嵌められたっていうのに。
本当にわからない?」
アーサーは怖いもの知らずなようだ。
まるで試すような視線を、ザクロに向ける。
「バズれば確実だろうけれど、そうでなくても自称しない正義の味方はどこにでもいるってこと。
一般人にも、俺みたいな変人にも、そして実況動画を好んで視聴するコアな視聴者にも」
アーサーはさらに遠回しな物言いをした。
そして、
「誰も彼も、自分が正しいと思ってるから、まさか間違ってるかもなんて自覚してる方が珍しいくらいだからさ。
悪いことをしてる自覚と、間違ってることをしてる自覚ってのは似て非なるものだからね。
だからこそ、人間は怖いんだよ」
そう締めくくったのだった。
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勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
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