最強冒険者を決める大会に出てみよう!

一樹

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 そうして、各階層に屯していた敵パーティをイオは一人で撃破していく。
 ただ一戦一戦が終わる度に、イオなりの息抜きなのかマメに携帯端末をチェックしていた。
 本人にザクロが訊ねたところ、どうやらよく読んでいるウェブ小説の更新日が今日であり、こまめにチェックしていたようだ。
 このダンジョンは前述した通り、塔である。
 何階まであるのかは、説明されたがイオよく覚えていなかった。

 「おい、さすがに休憩するぞ」

 少し息が上がり始めたイオへ、ザクロはそう提案した。
 ここまでほとんど活躍の無い彼は、まだまだ体力に余裕があるが、ほぼノンストップで大暴れしているイオには疲労の色が見えた。
 しかし、イオにとってはその状態こそがベストらしく疲労の中にも、歪んだ笑顔があった。
 
 「まだまだぁ!!」

 イオの声に、しかしザクロが静かに背後を指さす。

 「アホ、お前はともかく一般人殺す気か」

 そこには、ゼーハーゼーハーと肩で息をしているヴァンの姿。
 ザクロとイオの関係はこの数日と数時間である。
 しかし、だんだんとイオがどういう人物なのかということはわかってきた。
 普段はともかく、こと戦うことにおいてはとにかく周りを見なくなる。
 その様は、まさに狂戦士バーサーカーという表現がピッタリである。
 そして、いくらジャージやポーションの効果があると言っても、怪我をすることを欠片も恐れていない。
 ザクロとコロシアムで戦った時、そして、火傷の時がそうである。
 痛いわけではないようだが、それでも怪我をすることに恐れがないのだ。
 
 「……あ、すみません!」

 そこでようやくハッとして、イオがザクロの提案を受け入れた。
 戦い以外のことについては、ちゃんと他者の話を聞く。
 これも、意外といえば意外であった。
 ザクロが初めて組んだパーティがパーティで、リーダーがリーダーだったからか、彼はどうにも人の話を聞かない前提で接してしまう。
 しかし、話を全く聞かない人間ばかりでは無かった。
 当時、ザクロの所属していたパーティにはリーダーでこそ無かったものの、冷静な判断や指示が出来る年長の女性がいたのだ。
 彼女には、何かと気を使わせてしまっていた。
 最後に会ったのは、事件の起きたであろう日。
 ザクロの進学が決まったことで、お祝いと称してご飯を奢ってくれたのだ。
 温かい言葉を掛けてくれた。
 今でも覚えている。
 ホカホカとした気持ちで帰宅した彼が、その後地獄に叩き落とされるなんて微塵も想像していなかった、幸せな時間だった。
 彼女も近々冒険者を辞めるという話をその時に聞いた。
 結婚するのだと言っていた。
 子供も腹にいるのだとも。
 安定期の最後の時間に、簡単な仕事目的でパーティに参加したのだとその時初めて聞いた。
 あまりお腹が目立つ人ではなかったので、ザクロはその話を聞いてとても驚いたのを今でも覚えている。
 パーティの中では一番親しくしてくれた女性だった。
 だから、子供が生まれたら絶対見せてくれと笑いながら言ったのだ。
 でも、あの事件が起きた。
 その後、彼女とは会っていない。
 今、どこでどうしているかもわからない。
 ただ、彼女のことだからきっとザクロのアリバイ証明のために動いてくれた気がする。
 そして、たぶんその証言なり証拠はトリスによって潰されたのだとザクロは考えていた。
 裏切られ、人間不信になったザクロであったがそれでもまだ人を信じたいという気持ちが、そんな考えにさせていた。
 それは、希望だったのかもしれない。
 あそこまでされたのに、人を憎みきれない甘い部分が出した答えだった。
 さて、気づく人はすぐに気づくであろう、その態度に、イオは気づいているのかいないのか、そもそもその辺は素直な性格なのか普通に意見を聞き入れてくれる。
 今回もそうである。
 と言うより、他の誰かを理由にすると、そしてその理由が真っ当なものであるなら、普通に話を聞き入れてくれるのだ。
 普通といえば普通だが、異常な、常識外な人間が身近にいたからか、ザクロにとってイオのそれはどこか新鮮であった。

 「そう言えば、俺たち以外のパーティは実況はしていないみたい」

 その場に座り、呼吸を整えながらヴァンが言った。

 「掲示板を利用する人、そのものが少ないからかもだけど。
 一応、冒険者板もあるんだけどねぇ」

 「ま、物は使いようですからね。
 こういったタイプの潰し合いじゃ、現在地の情報が漏れまくりになるんでなるべく消耗したくないパーティからすると見るのはともかく、自分達の位置をばらすことなんてしたくないでしょうし」

 イオは一気に言うと、普通の水を入れた水筒をバックパックから取り出してコクコク飲む。

 「今挑戦してる奴らの中に、見てる奴はどれくらいいると思う?」

 ザクロがヴァンへ訊ねる。

 「うーん、どうだろう?
 今回の中にはいないかもね。
 理由はいくつかあるけど、まず、イオさんが倒してきた人数。
 互いに潰しあってるとはいえ、なんていうか遭遇の仕方が普通というか、ちゃんねる民だともっと変な人が多いから、やり方も……なんていうのか、個性的になる」

 「個性的」

 「個性的かぁ」

 どう個性的なのかは、言葉にするのが難しいらしくヴァンは濁してしまう。
 ヴァンがじいっと、ザクロの顔を見る。

 「なんだよ?」

 「今しか聞けないと思うから、ちょっと改めて聞きたいんだけど。
 奴隷王は、元仲間を殺したい程憎んでる?」

 「…………正直、面倒くさいから関わりあいにはなりたくねぇなとは思ってる」

 「そう、か」

 ヴァンが苦笑しながら答えると、携帯端末を弄った。
 そして、続ける。

 「君のお母さんを殺した人、わかったよ」

 その場の空気が一気に冷えた。
 
 「聞きたい?」

 「……まさかとは思うが、トリスか?」

 「知ってたのか?」

 それは、ヴァンの返答は肯定だった。
 ザクロが淡々と返す。

 「いや、でもまさかそこまでする奴とは思っていなかった。
 確証なんて何も無い。
 でも、そもそも俺を貶めたいだけなら身内に泣きつく意味がないし、身内も身内で親族総出で俺をコロシアム行きにすることなんてメリットも何も無い。
 でも、勘当されているとはいえ一族出身の人間から殺人犯が出たとなれば話は別だ。
 清廉潔白とはいかないまでも、仮にも上流階級、上級国民だ汚点を隠そうとするだろ。
 つまり、トリスとトリスの実家含めた一族の利害が一致したからこそ、使えるだけの権力を使って力のない、下級国民の俺を確実な犯罪者に仕立てあげたとすれば、納得できる」

 そこで、イオが口を挟んだ。
 声が弾んでいる。

 「じゃ、俺が殴っていいのか?!」

 目までキラキラしている。
 
 「ちょっと黙っててくれるか?」

 「あい!」

 どうやら、イオの今の言葉は、場の雰囲気を和ませる目的もあったようだ。 
 ザクロに言われて、明るく返事をするとイオ黙って成り行きを見守った。

 「真面目な話、奴隷王、君は母親を殺されている。
 そして、その罪を被せられ実質の死刑判決を受けている。
 なら、思うところばかりじゃないのか?」

 ヴァンはまっすぐにザクロを見て、そんなことを言った。

 「正直な所をいえば、ぶっ殺したいさ。
 でも、そんなことをして母さんが戻ってくることはないし、この二年間が巻きもどることもない。
 二年間で俺がコロシアムで殺した奴らが生き返るわけでもない。
 その時間も、起きたことも本当の意味じゃ消えないんだ。
 それは、たとえこの闘技大会の本戦に出て、優勝出来たとしてもな。
 紙の上では綺麗になっても、時間が元に戻るわけじゃないんだ。  
 何よりも、母さんは俺が復讐することを望まないと思う。
 優しい人だったから。
 たぶん、母さんが望むのは犯人が正当な場所で裁かれて、罪を償うために罰を受けることだと思う」

 「そう、か。
 なるほど、だから殺したいほど憎んではいるけど、殺さない、と」

 「あぁ、俺はそっちの復讐は我慢する」

 「あくまで、法律に任せる、と。
 また卑怯な手を使って逃げられるかもしれないのに?」

 「……その点だけは、あの頃とは違う」

 「と、言うと?」
 
 「イオが俺を地獄から引き抜いた連れ出した
 そして、お前らが別視点からの情報を教えてくれた。
 トリス達がそんなに好かれてないこと、気に食わないと思ってる奴らが他にもいること、そして、その感情を煽っていること。
 二年前の俺には出来なかったこと、しなかったことをしている。
 その点で、俺は感謝をしているんだ。
 もしかしたら、トリス以上に汚い手なのかもしれないけれど。
 それでも、袋叩きは袋叩きだ。
 あのお坊ちゃんには、数の暴力の怖さを知るにはちょうどいいだろ」

 「なるほど」

 ヴァンが呟いた時、ザクロの耳がピクピクと動いた。
 ゆったりと、イオも立ち上がる。
 念の為、赤い水筒からごくごくとポーションを飲んでおく。
 水筒の蓋を閉めて、ポキポキと指を鳴らし肩を回す。

 「きたっ!」

 薄暗い通路の向こうが、陽炎のように揺らめいた。
 それを見過ごさず、イオが駆け出して飛び蹴りを食らわせる。
 すると、揺らめきが消えて敵が正体を現した。
 ザクロの元仲間達であった。
 しかし、全員ではない。二人だ。
 戦士風の男と、男の背後には回復役の僧侶なのかそれとも援護の魔法使いなのか。
 黒を基調としたローブ姿からして魔法使いのように見えた。

 戦士風の男が、盾でイオの蹴りを受けて振り払う。
 イオが難なく着地して、腰を屈めたかと思うと戦士風の男へ足払いをかけた。
 イオの方が断然動きが早く、男は呆気なく床に転がってしまう。
 何しろ援護役の魔法使いの呪文が間に合ってないのだ。
 戦士風の男が床に転がると同時に、イオはその両足へ手を伸ばしあらぬ方向へ折り曲げる。
 戦士風の男の情けないくらいの絶叫が響き渡る。
 その絶叫をBGMに、魔法使いの呪文詠唱が完成する直前でイオが一気に距離を詰めて、その国を手で塞いでしまう。
 なんならわざと自分の手を相手の口へ突っ込んで、噛ませている。
 そのまま床へ押し倒し、馬乗りになる。
 それからイオは唾液でベトベトに汚れるのも気にせずに、イオは空いている方の手を喉に叩きつけた。
 くぐもった呻きが漏れて、魔法使いは痛みでもがこうとするが、それを許さないとばかりに、口から手を離したイオは立ち上がり魔法使いの腕を容赦なく踏み抜いた。

 「はい、片付いた。
 休んだし先急ごっか」

 ただただ、その光景は理不尽そのものだった。
 肉食獣にいたぶられる草食動物、そのものの光景である。
 しかし、先程までのイオの楽しげな表情は既に消えていた。
 ザクロ達に向かって言う、その表情はどこかつまらなさそうだ。
 そして、ザクロは実感した。
 イオは、もしかしたら、自分とコロシアムで戦った時、かなり手加減していたのではないか、と。
 あくまで、仲間としての勧誘だからザクロに対してはここまで一方的な戦い方はしなかったのではないか、と。
 そんな風に考えてしまう。
 
 「いやぁ、瞬殺ってこういうことを言うんだねぇ」

 ヴァンは冷や汗を流しつつ、苦笑していた。

 「……おい、トリスはどうした?」

 歩きだそうとするイオを、少し待たせてザクロはいまだ痛みに呻いている戦士風の男に訊ねる。
 その問いかけに、痛みに呻きつつ男はザクロを見た。
 そうして、口にしたのはザクロの問いかけに対する答えではなく、

 「や、やめろ!
 許してくれ! 殺さないでくれ!!
 俺達が悪かった、謝るから殺さないでくれ!!!!」

 という、なんとも情けない物だった。

 「いや、謝るよりさきに質問に答えろトリスはどこだ?」

 やはり淡々と問いかけるザクロ。
 その横で、ヴァンが呆れた顔になる。

 「謝るから殺さないでーとか、謝ったんだから許してくれーって、加害者側優先のご都合主義満載なセリフだなぁ。
 面白味も糞もない。
 その判断は被害者側の権利なんだし、つべこべ言わず粛々と受け入れるべきだろ。
 マジで死ねばいいのに」

 ここに来て、ヴァンが毒を吐き始めた。
 それくらい、ザクロの元仲間である男の命ごいは見苦しいものだった。
 ヴァンが吐いた毒が聞こえていたらしく、イオが声を掛けてきた。

 「ヴァンさん、そんな言葉遣い出来るんですね」

 「アハハ、そりゃ出来るよ。人間なんだから、表裏があって当然だし、一面だけじゃわからないもんだよ」
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