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2章 アンチもいれば信者もいる男

値段がいくら安かろうと高級品と質で比べてはいけない

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 工藤さんの変貌ぶりを皮切りに雑談に華が咲く。その途中、ポケットの中で携帯が震えた。どうせ妹だろうと思い取り出すと、やはり妹であった。画面の中で早く私にも挨拶させろと喚いていた。

 移動中の車内で妹を紹介するかどうか、三人で打ち合わせをしていた。その結果としては妹を紹介しても、身体がないことや記憶喪失であること、エネミーに殺された仲間であることは言わないことが決まっていた。理由としては、むやみにその情報を明かして広まることを恐れたからだ。そもそも理解されるとも限らないなどといった問題もある。

「ちょっといいかな。実はもう一人紹介したい人がいるんだ」

 会話を遮って、携帯の画面を工藤さんに見せる。

「はじめまして! マイカですよ!」

 携帯のフロントカメラ越しに工藤さんに挨拶する妹。ここでは妹である面よりはネットアイドルとしてのマイカを強調していた。これも事前に決めたことである。リアルで会いに来るのが難しいという理屈で、カメラ越しで交流した方が肉体の問題が浮上しないという目論見だ。

 わざわざリアルで会いに来た俺らは暇で溶け出しそうな腐れ大学生という設定なので問題はない。プロゲーマーの桜庭はどうか知らないが実際、俺は講義とバイト以外は怠惰極まりない大学生であるから問題ないのだ。

 工藤さんは妹にも会いたかったらしく、「わー! わー!」と語彙力が拙くなるぐらいの喜びようだった。

「そんなに喜ぶことなのか」

 あまりの喜びようにそんな疑問がついて出る。

「にーちゃんは少し妹が褒められてる時は一緒に喜んでよ」

「そうは言っても身内だから少しばかり目線が違うからなぁ」

 桜庭が工藤さんに言う。

「わーわーだけじゃなくてどこが好きか言ってみたら」

 工藤さんは一呼吸置く。

「そのゴスロリの衣装、本当に可愛いです! 顔の造形とかともマッチしてて、本当好きです! 過去の配信とかも見てて、そのアバターが自作って聞いてビックリしました! センス凄すぎです!」

 早口で捲し立てられる。

 妹は直接好意をぶつけられたのは初めてだったらしく、顔がにやけ、身体はくねくねし始める。美少女のアバターだから見てられるが、これを野郎がやったら気持ち悪さが勝る動きであった。

「いやいや、そんなことないですよぉ~」

 謙遜する妹。

 応酬するように更なる誉め言葉が繰り出される。

 それをさらなる謙遜で返すも、顔はにやけを通り越して、美少女でも擁護できない程度に気持ち悪くなっていた。笑いを我慢しすぎて、ふひっ、なんて漏れているのも減点ポイントだ。

 見かねた桜庭が間に入る。

「そのアバター、自作って本当すか?」

 妹は野郎の声でハッとしたらしく顔を整える。

「うん。お金なかったから、ぜーんぶ自分で作ったよ」

「それはすげえな。実はうちのチームに入る予定の女性から、そのアバター作った人聞いておいて言われてたんだ。その人にアバター作成頼みたいってことでな」

「マイカさん凄いですね! お仕事の依頼じゃないですか!」

 妹は何故か困った顔をする。

「んー今は先に、にーちゃんを糞ダサアバターから脱却させたい欲の方が上だしなー」

 量産型を糞ダサと言われては下がっていられない。

「量産型には量産型の良さがあるんだ。工藤さんもそう思うだろう?」

 同じ量産型ユーザーである工藤さんに援護射撃を求める。

「でもマイカさんが作るアバターはセンス抜群なので、絶対にそっちにした方が良いと思いますよ!」

 後ろから撃たれただけだった。
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