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5章 平等な戦い

魂を削る戦い

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 桜庭が高周波ブレードを取り出す。

「ま、かくいう俺も使うけどな。目には目を、チーターにはチーターってな」

 どうやら銃ではなく高周波ブレード同士の敵対を望むらしい。

「銃じゃなくていいのか」

「もう飛び道具でむやみやたらに消費できるほどの精神力は残ってねえよ」

 桜庭の力は打ち止め間近。それさえしのぎ切れば俺の勝ちだ。

 だが懸念がある。

 作戦への参加が決まったあと、俺はアンジェラと魂の力を扱う訓練を行った。その中で判明したことがあった。俺は出力を抑えるのが非常に苦手だということだ。馬鹿みたいな量を誇る心の力に対し、それを抑えるバルブが馬鹿で調整が非常に難しいのだという。オンオフしかできないスイッチみたいなものだと言われた。秀才だったアンジェラはその感覚がどうしても理解できなかったようで、いずれ専門家から指導を受けた方がいいと匙を投げられてしまった。あの模倣犯との決戦で下手な小技で消耗するよりも、一発を必ず当てる状況を作る方がまだ簡単だろうという程度には無理だと言われた。

 それがここにきてアダとなった。

 魂の力は僅かしか使えず、近接戦闘のみとなったが相手は桜庭。日本を代表するプロゲーマーの一人だ。戦闘技術においては上澄み中の上澄みに位置する。

 対する俺は魂の力だけが馬鹿みたいに多いが出力調整ができなず、戦闘技術はいいとこ一般人より多少マシな程度。ゲーマーには劣る。プロゲーマーなんて雲の上の存在だ。いわば制限時間つきの無敵と一撃必殺が組み込まれた雑魚。ラッキーヒットを期待するしかない。

 対等なようで圧倒的な差がそこにはあった。

 俺も高周波ブレードを構える。

 間合いに入る。

 桜庭の狙いは手数で摩耗させること。

 対する俺は一撃を当てること。

 これは魂を削る戦いである。

 桜庭の剣は縦横無尽であった。至る方向から振り下ろし、切り上げ、突く。それが絶え間なく襲い掛かる。

 全身に魂の力を張り巡らせ、耐える。痛みはない。魂の力による防御のおかげでフレンドリーファイアによる体力の減少もごくわずか。だが、ゲームシステムによるヒット判定だけは残っていた。打たれる度に身体がぶれる。堪えようにも意識外から捉え続ける剣のせいで強張るだけで精一杯だった。反撃する余裕はない。

 削られる。

 魂が、心が削られる。

 頑強であった肉体が痛みを覚え始める。

 苦痛に歪んだ顔に桜庭は勝機を見出す。

 桜庭の剣が大きく引き、真っ直ぐ飛んでくる。

 それは俺の胸を貫通した。

 焼けるような痛みが身体の内側から全身へと蝕む。

 膝をついてしまう。

 殺される。

 そう覚悟したと同時に桜庭も膝をついた。

 その場に倒れた桜庭は意識不明による強制ログアウト処理が働き、その場から消える。死亡判定によるアイテムボックスが代わりにその場に残された。

 魂の力を使い尽くしたのだ。

 試合に負けて、勝負に勝った。

 だが、その代償は大きかった。

 魂は限界まで削られ、全身が割れるような痛みに襲われている。

 とても戦えるコンディションではない。

 戦いに向かったところでアンジェラの足を引っ張るだけだ。

 踵を返し、アンジェラの無事を祈るのが最適解。

 それは理解した。

 一本道の先で戦う二対のエネミー。

 そのうちの白と目が合った。

 戦場は俺を逃がすつもりはないようだった。
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