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8章 神と巫女

どうしてこうなった

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 元ヤンシスターカレンが連日連夜アンチとの抗争を経て、ついに勝利したのは昨日のことだ。レスバ最強アイドルとしての座を手にした彼女には多くのファンがついた。入信したのだ。シスターに信者とは如何なものかと思うが、あえて信者と言い張らせてもらう。そうでなければ女王様と豚としか表せない関係だからだ。彼女の名誉のためにそういうことにしておきたい。

 今夜もまた懺悔室という名のSMクラブで、叱られたいという特殊な趣味を持つ豚たちを相手にするのだろう。

 きっと盛り上がるだろう。ところどころでブヒブヒ聞こえるかもしれないが。

 妹と汐見はこの状況をそれはもう喜んだ。もう駄目かと思われた状況での逆転勝利。しかも大衆を集めた上での大勝利。これ以上を望んだらバチが当たるだろう。妹は工藤さんを選んだのが自分であることに鼻高々といった様子。汐見は「真正面から喧嘩を売り、しかも勝つなんて……このビッグデータの申し子の目からしても見抜けなんだ」と喜びを除けば関心半分、悔しさ半分といったところだ。

 大人組も胸を撫で下ろし、ライブをどうするか、次は我々が頑張る番だと気合を入れ直した。

 この成功をみんなが喜んだ。

 一人を除いて。

「わたし、こんなキャラで売るつもりなかったのに……」

 シスターカレンこと工藤さんである。

 カッとしてやった、などと元ヤン丸出しどころか現役感すら漂わせる反省をした工藤さんである。記憶を忘れようが、雀百まで踊り忘れずなのか、喧嘩っ早さは健在だった。

 カッとしてやった次の配信で、工藤さんはシスターカレンの路線修正を求めたが、乗りに乗っている元ヤン路線を捨てるなんて勿体ない真似はできないと妹と汐見に押し切られ、続行に至った。

 吐いた唾は飲めぬとはこういうことなのだろう。

 以降、工藤さんも開き直り、シスターカレンは元ヤン街道を突っ走った。暴走族かくやと言わんばかりに突っ走った。

 もはや取り繕う姿より地を出している時間の方が長かった。

 こうしてシスターカレンは元ヤンシスターとしてのキャラを確立したのである。黎明期にはキャバクラと呼ばれた配信界隈であるが、SMクラブと呼ばれたのは初めてでなかろうか。豚と呼ばれたがる視聴者なんてあとにも先にもこれっきりだろう。

 今夜の配信は最後までヤンキー感出さないと何度目かになる決意していた。最後には豚呼ばわりしている姿が想像できる。サービスなのか地なのかは努力次第だろう。

 しかし、同じ喧嘩の売り方でも工藤さんは上手いこと収まってくれてよかった。

 俺と工藤さんの何が違うのか考えてみた。

 当時の俺はまだ量産型アバターを使っていた。

 対して工藤さんは妹謹製の美少女アバター。

 うん、可愛いは正義だ。

 近代で生まれた諺の通りであった。

 女王様になっても、豚呼ばわりしても、可愛いは正義なのだ。
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