カンバスに想いを込めて ~不幸なオメガを救い上げたのは……極道アルファ!?

大波小波

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 樹里がリビングへ入ると、父親は改まった様子でソファに掛けていた。

「樹里、そこへ座りなさい」
「はい」

 殴られるような気配ではないので、ひとまずホッとしながら、ソファに掛けた。
 しかし、樹里が落ち着く間もなく、父は切り出した。

「実は、引っ越すことになった」
「えっ?」
「家族で、県外に出る」
「そんな。お店は、どうするの?」

 樹里の父は、フレンチのレストランを経営している。
 この家の一階が、丸ごと店になっているのだ。
 樹里が物心ついた時から、この家はレストランだ。

 父が、それを簡単に手放すとは思えないが……。
 そこへ、慌てた様子で母親が現れ、早口で告げた。

「あなた。お見えになったわよ」
「そ、そうか」

 小走りでリビングへ入って来た母の後を追うように、インターホンから男の声がした。

「こんばんは。水原さん、いらっしゃいますね?」

 父はそのままリビングへ残り、母が玄関へと出て行った。
 人の声と足音とで、わずかに騒がしくなる。

 やがて母が部屋へ通した男を見て、樹里は息を呑んだ。

(あ、あの常連さん!?)

 彼は、樹里のバイト先のカフェにいつも来る、名も知らぬ男だったのだ。
 男も驚いたように樹里を見たが、それは一瞬のことで、すぐに名刺を渡してきた。

「水原 樹里さんですね。私は、綾瀬と言います」

 名刺には『綾瀬 徹』と書かれている。
 そして会社名は『綾瀬不動産』とあった。

 運命の歯車が、回り始めた瞬間だった。

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