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第2話 ルーネの思い残したことの一つ
しおりを挟むムソンは小さなナイフを取り出すと、自らの手の平を傷つけ、血を絞り出すためにぎゅっと手を握った。
深紅の血がポタポタと落ちる。
唖然として見守るルーネをムソンは冷たく見下ろした。
「私があなたを抱くことはありません」
ムソンはそう宣言したのだった。
ショックだった。
二回目だったし。
そして、ビックリしたルーネはつい言ってしまった。
「えっ!?わたしのこと愛してるのに!?」
「は?」
ムソンは見たこともないほどの怪訝な顔をした。
「……おとなしそうな見かけによらず、ずいぶん自信家なのですね」
軽蔑するようにムソンは言ったのだった。
ルーネは気づいた。
(あ、あれ?このムソン、若いわ……。それに……)
まわりを見てルーネは、ようやく自分のおかれている状況に気づいた。
初夜だった。
なぜかルーネは過去に経験したあの初夜の時間にいるのだった。
なるほど……。ルーネは理解した。
(……これは最後の夢ね!なかなか神様も粋なことしてくれるじゃないのっ!)
それにしても、とルーネは考えを進めた。
(……ムソンのこの怪訝顔を見る限り、照れ隠しをしているというわけではないわね……)
ムソンのことをジロジロと見ると、ムソンは不快そうな顔をした。
(……うん!本当にわたしのこと好きじゃないみたい!でも、どういうことかしら……?この時点では好きじゃなかったってこと?じゃあ、いつ好きになったのかしら……?まあ、夢のことだから考えても仕方のないことだけど……)
ルーネはもうひとつ重大なことに気づいた。さっきからムソンが全然しゃべらないのだ。しゃべりたくないからというのではなさそうだった。
ムソンは震えていた。
よく見ると顔も青ざめている。
さっきの軽蔑を表した発言は、よっぽど無理をして言った強がりのようなものだったのではないか……?
メイドたちの噂話が思い出された。
『辺境伯は子供の頃に性奴隷として扱われていたから女嫌いらしいわよ』
よっぽど深い傷をこの美丈夫に残しているのだ。それは、計り知れないほどの……。
(それなら……)
「…とにかく、そういうわけですので」
ムソンはやっとのことで口を開いたかと思うと、背を向けて部屋を出て行こうとした。
「待って!」
ルーネはムソンの袖をつかんだ。
ムソンの体がびくりと跳ね、瞳には怯えの色が浮かんだ。
ルーネはすこしもムソンの体に触れないように注意した。
「わたしのこと、抱かなくても結構です。愛していなくても構いません。ただ……」
ルーネはムソンの瞳をまっすぐ見据えて、微笑んだ。精一杯の敬意と尊重を込めて。
「わたしはあなたのことを傷つけません。だから、よければお友達になりませんか?」
ルーネは夫ムソンに、ずっと言いたかったことを言ったのだった。
(本当の意味で、無理することのない関係を築けたら……)
これがルーネの思い残したことの一つだった。
ルーネの言葉にムソンは呆気にとられていた。
しかし、すこしするとボソッと
「……善処します」
と言ったのだった。
ルーネは上々の返事がもらえてうれしくなった。
「ふふっ。はい!お願いします」
微笑んでムソンをベッドのうえから見上げたのだった。
袖は引いたままだった。
ムソンが意識してチラリと袖を見ると、ルーネはあっさりと手を放した。
結局、初夜にふたりがすこしも触れ合うことはなかった。
「それじゃ、寝ましょう」
ルーネはさっさと毛布にもぐりこんだ。
ルーネは目を閉じた。
(最後の夢ってやさしいのね……ナイスだわ、神様。特に祈ってはいなかったけど……)
うとうととしてきた。
(もしもやり直せたら、ずっとお友達になりたいって思っていたのよ……)
ルーネの意識は、思い残すことのない満足感に満たされたまま途切れた。
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