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第6話 How to ハオチー

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「……なにをしているのですか?」



煤だらけのルーネを前に、ムソンは聞いた。冷ややかな目だった。



「どうぞ!冷めちゃいますから!」



しかし、ルーネはアツアツのまま食べることが何より重要だと言わんばかりに、串焼き餅のようなものを差し出してきたのである。



メイドや執事、料理人たちがなにやら期待の目で見ていた。



それを裏切るわけにもいかず、ムソンは諦めたようにため息をついた。



「……自分で食べれます」



油断をすれば口をこじ開けられそうな気がして、ムソンはルーネから注意深く串を受け取った。



串の部分も温かく、餅は香ばしい匂いをさせ、食欲をそそった。



ムソンはそれでも恐る恐る口に運んだ。



「……うまい」



たった一言、正直な感想が漏れた。



しかし、それだけでその場の全員から歓声が起こり、場が沸きたったのだった。



ムソンがこの城に来てから、そんなことはついぞなかった。



仕事に忙殺され、また自身が関わらない方が皆も楽しめるだろうと極力プライベートな付き合いを避けてきた。



しかし、土着の部下たちからすれば、救国の英雄と交流してみたいと思うのは無理からぬことだったのだ。



単純に言えば、有名人に興味があったということであり、有名人が地元の食べ物を美味しいと言ってくれてうれしい!ということなのだが、朴念仁のムソンには想像もできない心情だった。



呆気にとられていると、ルーネはしてやったりという笑顔をのぞかせた。



「ふふふ、そうでしょう。おいしいでしょう!」



なにやら勝ち誇ったような物言いに、ムソンは釈然としないものを感じながらも「……ええ」とうなずくよりなかった。



ルーネはその返事を聞いて、ニヤリと笑みを深めたのである。



ムソンはなにやら罠にハマったような気がして、落ち着かない気分になった。



(もしや部下から抱き込む作戦というわけか……?)



ムソンは訝んだ。





ルーネは心の中でほくそ笑んだ。



作戦がうまくいった時の甘美な達成感を味わっていた。



(ふっふっふっ、これがムソンの苦手なパオチーの実から作ったものだって教えたらどんな顔をするかしら?ふっふっふっ、……でもこわいから内緒にしとこ!)



「旦那様!」



その時料理長のガリクソンがやってきた。筋骨隆々の男で、料理長というより木こりと言ったほうがだれもが信じ、通りがいいだろうと思われた。



見るからに豪快な男であった。



「ガッハッハ!どうですか?パオチーの実で作った焼餅は?旦那様、パオチーの実お嫌いなんだって?奥様に聞きましたよ!ガッハッハ!」



ガリクソンはあっさりと種明かしをしてしまった。



ルーネは血の気が引く思いだった。



それでも勇を鼓して恐る恐る、チラリとムソンを見た。



ムソンはジロリとした目になって、ルーネを睨んでいたのだった。



ルーネの顔色は一気にサッーと青くなった。





部下たちが焼き餅をガヤガヤと食べているなか、二人ははなれたところでその光景をながめていた。



ルーネは意を決して謝った。



「ごめんなさい!嫌いなものを騙し討ちで食べさせてしまいました!」



「……ホントです。騙し討ちは嫌いです」



「はい……、ですよね……」



シュンとしているルーネに、しかし、ムソンは存外やさしい言葉をかけたのだった。



「……でも、美味しかったです。方法を変えれば、苦手なものも美味しく食べられるものなのですね……」



ルーネはその言葉を聞いてうれしくなった。



まるで自分たちと重なる言葉のように思えたからだ。



夫婦ではなく、友達に。



そういう関係であれば、もしかしたら自分たちも美味しい関係になれるかもしれない。



ルーネはそう思い、パオチーの実が苦手な人でも食べられるほかの食べ方はないかガリクソンに相談し、城内の庭で煤だらけになって焼餅を作ったのである。



もちろんそれはこっそり込めた思いであり、第一の動機はパオチーの実の美味しさをムソンに知らしめたい!という推し根性とイタズラ心が相半ばした心情であった。



しかし、こっそり込めたメッセージまでムソンが受け取ってくれた気がして、ルーネは殊更うれしくなったのである。



「でしょ!」



「…そうじゃないものもあります」



ムソンはあくまでもムスッとして言った。



しかし、朝食の時のような険悪な雰囲気はまとっていなかった。



いや、まるでその仕草は幼い子供が素直になれなくて、むくれているようにさえルーネには見えたのである。



もちろん声に出しては言わない。



城中の人間が楽しげな会話を交わす雑然とした空気のなか、ルーネはこっそり微笑んだのであった。





夜。



ムソンはあくびを噛み殺していた。



(そういえば、昨夜は一睡もできなかった。やはりベッドを分けるか、部屋を別々にしよう。常識外れだが仕方があるまい…)



そう思って、二日目の寝室に入っていった。



そこには驚くべき光景が目の前に広がっていたのである。



ルーネが果実酒を何個もベッドの下に並べているのだった。



ムソンにも気づかず熱中している。



そうしてようやく満足のいく配置になったのか、額の汗をぬぐい「ふぅ!」と一息ついた。



「……なにをしているんですか?」



ムソンが背後から声をかけると、ルーネは飛び上がった。



まるでイタズラを見咎められた子供のようであった。



しかし、そこは大人である。



逆行した分も重ねれば、ルーネは今のムソンより年上なのである。



ルーネはまるでお姉さんのような威厳を、自分では醸し出しているつもりで言った。



「あらぁ、ムソンさぁん。お酒はお好きですかぁ?」



ルーネは小さい”ぁ”にあらん限りの威厳を込めた。ルーネが考え得る限りの、空想上のお姉さんの威厳であった。



二つグラスを持って笑顔でお酒を誘った。寝室であった。シチュエーション自体は完璧であった。





ムソンはまるで棒のように突っ立っていた。顔に引き攣りを感じざるを得なかった。



しかし、ムソンの胸中には常なら湧き上がるはずの女性への嫌悪や、ゼファニヤ家及び王室への疑念は先立っていなかった。



(またこの娘は変なことを始めたぞ……!)



呆れと、未知への恐怖が入り混じった感情が、なにより先に思い浮かぶようになっていたのである。

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