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第8話 寝室交渉2
しおりを挟むムソンはしかたなく蝋燭の火を吹き消すと、ベッドに入った。
なるべくすみっこのほうでルーネには背中をむけて横になった。
さすがに何も言わずに寝室を分けるのは失礼かと思ったし、寝ている横で新しいベッドを持ってくるのも起こしてしまうだろう。
戦場であれば二晩くらい寝ずに過ごすこともザラだ。
ここを戦場と思おうとムソンは覚悟を決めた。
(それにしても…!)
ムソンはルーネの寝息を聞きながら、戦慄を覚えていた。
それは性奴だった時の記憶故ではなく、“蛇のゼファニヤ”の威厳に戦いていたのである。
いったいいつから自分は絡め取られていたのか。
半ば警戒を解き、子供のようなものだと思っていたらこれだ。
ムソンはルーネの要所要所で見せる微笑みに、脅迫にも似た意図を感じていた。
『お前の動きなどすべてお見通しだ』
『ただ黙って我々に従っていれば良いのだ』
『お前は傀儡だ』
ルーネの微笑みにはそのようなメッセージが込められていた、とムソンは解していた。
また、暗にほのめかすことでムソンに想像力を働かせ、より効果的に脅迫しているのだ。
だが、これでゼファニヤ、そして王家の狙いが読めてきたぞ、とムソンは思った。
彼らが狙っているのは、そう、辺境の地へと攻め込むことである。
ルーネが重要な言葉をヒントのようにわざと漏らしていた。
“無限のフロンティア”と。
たしかに辺境の地は、王国からすれば手つかずの土地だ。ことによれば外なる民ですら、最高の資源だと見做すやもしれない。
もちろんそう安々と自由になるとは思ってはいまいが、それだけ王国は追い詰められているということだ。
百年戦争が終結したとはいえ、敵国とはお互い痛み分けという形で終わっており、賠償金などとれていない。
はっきり言って、百年戦争はただただ国土と民に多大な犠牲を強いただけだった。貴族たちにしても何も得るところのなかった戦争である。
王国の財政は火の車と聞く。
だからこそ辺境にオウムギを量産させようという無茶な計画を建て、自分は割を食っているのでは?とムソンは思っていた。
しかし、計画が変わったのか、あるいは一枚岩ではないいつもの貴族の政争の故なのか、とにかく辺境へと攻め込み領土拡大を狙っていたとしても、まったくおかしくはなかった。
(だが、まさか俺が外なる民と接触していることまで知っていようとは……!)
どこから情報が漏れたのか、あるいは常識外の魔術が行使され監視されているのか、あの瞬間あまりに愕然とし、目の前のゼファニヤを叩き切るところであった。
そんなことをしても何にもならぬと、ここ一年で身につけた理性が邪魔をしなければ、そうしていただろう。
そうなることはルーネにもあの瞬間わかったはずだ。それだけの気を叩きつけた。
しかし、ルーネはあっさりとかわし、微笑んでまでみせた。
まるで死すら乗り越えた経験を有するが如き微笑みだった。
(“蛇のゼファニヤ”が末子、ルーネ・ゼファニヤ……やはり油断できる相手ではない……!)
ムソンは眉間に深い皺を刻みながら、ウンウンとベッドの端で苦悩した。
(……だが、思い切って舵を切ってみれば、これは朗報かもしれない。特に民にとっては)
農地改良については、徒労に終わるのではないかという予想は容易だった。なにせ農学者の指導のもと、もう一年は試行しているが、どうにも効果が感じられない。
オウムギを育てるには、ボロボロと水はけのよい土と温かい日光が必要だが、ここコドラ地方の土は全体的にベチャベチャしていたり粘土質であるし、なにより温かな日光は望むべくもない。
農地改良がよしんばできたところで、天候を改良するわけにはいくまい。
たとえ名うての呪い師でも、毎日毎日、太陽を出させることなど不可能だ。
土台無理な計画なのであり、半分くらいは王や貴族連中の自分に対する嫌がらせかもしれない。
そうであれば、それに巻き込まれる民たちには常日頃から申し訳なく思っている。
だから、今日の昼間のように、城中に勤めている部下たちだけとはいえ、歓談の輪に入れたのは稀有なことだった。
思わず、頬が緩む。眉間の皺はそのままだが。
(…どのような思惑があるにせよ、乗ってみるしかあるまい。上手く行けば民たちへの糧秣を得ることができるかもしれない。なにかあれば、この身一つを捧げ、民を守ればよい。英雄の首はそこまで安くはないだろう)
ムソンは多少楽観的に構えることにした。
あと一つ、懸念があるとすれば、外なる民と接触したもうひとつの理由についてゼファニヤは掴んでいるのか?ということであるが…。
その件についても、出たとこ勝負でしかないだろうと腹に決めた。
ムソンは領主の理性と戦奴時代の暴力的思考の間を揺蕩っていた。
眠かった。
結局、朝まで眠れなかったが。
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