死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと

Yapa

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第15話 あなたとまた仲良くなりたいわ

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「な、なにやってるんですか……?」



うえに乗っかったままのルーネに対して、アンはいつもとは違う気弱な声で聞いた。声が震えていた。



無理もない。



ルーネ・ゼファニヤがこの城に来る前、大人たちがささやいていた。



『おい、辺境伯様の嫁さんは、あのゼファニヤ公爵家の令嬢らしいぞ』



『まじかよ……!あの“蛇のゼファニヤ”の!?』



『ああ……!獲物を締め上げ、毒で痺れさせ、最後にはカラッカラの皮だけになるまで吸血しちまうって噂の“吸血蛇のゼファニヤ”だ……!』



『〈脱皮は相手の皮でするもの〉が家訓だというあの……!』



『血に飢えた公爵令嬢怖え……!』



アンはこれを聞いた時、バカバカしいと思った。都会から田舎に来るまでに尾びれ背びれがついてしまったのだろう、と。そんな家訓があるか。



だが、実際に真夜中の、ほかには誰もいない厨房でふたりきり、うえから押さえつけられていると、どんなにバカバカしい噂も真実味をもって迫ってくる。



「食べる?」



ルーネがオウイモ片手に再度聞いた。笑顔だった。



(怖い……!血を吸われる……!肥え太らせて美味しく食べようとしてくる……!オウイモは血の巡りがよくなるっていうし……!)



アンが固まっていると、ルーネは片手に持っていたオウイモを自分の口にくわえた。そして、モグモグしながら、火かき棒を手に取った。



火かき棒には鋭利な鉤爪がついていた。



(こ、殺される……!血に飢えた公爵令嬢に殺される……!)



アンの血の気が引いて、吸血されたように青くなった。



ルーネは火かき棒を振りかざした。



アンは固く目をつぶった。



だが、いつまでたっても来ると思った衝撃は来なかった。



代わりにザリッザリッという音がする。



「ふんしょ、ふんしょ」



アンが目を恐る恐る開けると、ルーネは火かき棒をかまどの奥に突っ込んで、何かを引っ張り出そうとしていた。口にオウイモをくわえたままだ。



なんだか血に飢えた公爵令嬢どころか、公爵令嬢らしさもない。



やがて何かがコロコロンと出てきた。



「むふふ」



ルーネは火かき棒を放し、コロコロンと出てきたものの一つをつかんだ。いくつかあった。



ランタンを置き、くわえていたオウイモを片手に、そしてもう片方の手には新しいホカホカのオウイモがあった。



「食べかけじゃなくて、新しいのがいいよね!えへへ、いくつか仕込んどいたんだ!」



自慢気にルーネは笑った。



アンは目が点になった。



(……公爵令嬢が両手にオウイモ持って無邪気にニコニコしてる)



アンの身体からあらゆる緊張がぷしゅーと抜けた。





辺境の内と外をわける壁の上は、人が歩けるくらいの通路になっている。



ルーネとアンはそこを歩いていた。月がよく出ているから、踏み外す危険はなかった。



「じゃあ、こういうことですか?厨房に人がいなくなるのを見計らって、食料庫からオウイモを取り出して、まだ熱いかまどのなかに入れといた。ホカホカの夜食にするために」



「うん!ちょっと小腹が空いちゃってね!」



ルーネはご機嫌に答えた。



「……計画的犯行じゃないですか」



「あはは、やだな~、そんな犯行だなんて。ちょっとつまみ食いしただけだよ~」



「はあ」



(こういうのって、つまみ食いって言うのかな……?)



「これまでにチーズとパンをつまみ食いしたんだけどね」



(あっさり自供してるっ!)



「やっぱり夜食はヘルシーなほうがいいと思うの。温かいほうがいいし」



ルーネはずいぶん厚着をしていた。さらにそのうえには毛布をローブのように巻いていた。



「……寒いんですか?」



「わたし病弱なの」



「はあ……、それならこんなところ来ないほうがいいんじゃ?」



「いいの!一度こういうことしてみたかったの!」



先を歩いていたルーネは、ターンしてアンの方を向いた。毛布がふわりと舞った。



「こういうこと?」



「夜中に小腹が空いたら、自由に美味しいものを食べるの。景色のいいところで」



月明かりの下で、ルーネは微笑んだ。



「あなたとそれができるのなら、なおのこと最高よ。アン」



アンはその微笑みに目を奪われていたが、かろうじて言った。



「な、なんであたしの名前を?」



「……ふふ、女主人だもの、そのくらい当然だわ」



ルーネは、今度は妖しく笑った。



(女主人だから、名前を知ってるなんてある?少なくとも城主様はあたしの名前なんて知らないと思うけど……)



「はい」



「え?」



ルーネはオウイモを一本差し出していた。ニッコニコだった。



「……はい」



気圧されるように、アンはついにオウイモを受け取った。



ルーネはニヤリと一瞬口の端をあげた。



「さ、ここに座って食べましょ」



ルーネは壁の縁に腰掛けると、アンも隣に座るよう促した。



(公爵令嬢様にこんなに近づいていいのかしら?)



そんな疑問が今さら浮かんだが、身分の差を感じさせないニコニコ顔の圧力に、アンは結局屈した。



「……失礼します」



アンが隣に座ると、ルーネは満足したようで、オウイモを食べ始めた。さっきも食べてたから二本目だ。



アンも食べた。まだ温かかった。かまどの熱が芯までホロホロにしていた。



「……甘い」



思わず口に出していた。



「ね!」



ルーネはうれしそうに同意した。



オウイモは蜜のようにトロトロのくせに、舌で転がすと液体のようにほどけた。ついガツガツと食べてしまうが、喉につまる心配もなかった。



「う~ん、自然が生んだスイーツよね~」



「……あたしは、皮のところも好きです」



炭が強烈にこびりついたところはさすがに指でむしって食べるが、ちょっとくらいなら皮ごと食べるのが美味しかった。



「わかる。炭火の香ばしさと、オウイモの皮ってちょっと塩味もあるじゃない?止まらないわ!」



「わかるけど、理性を働かせてください」



ルーネが三本目にいこうとしたので、アンはつい言ってしまった。



(失礼過ぎたかも……!)



アンはヒヤッとした。



「きゃっ!」



次の瞬間、アンは毛布に包まれていた。すぐ隣にはルーネがいる。オウイモの匂いだけじゃない、いい匂いがした。



「な、なな……!」



「ふふふ、寒いからね」



「あ、あたしは寒くないです……!」



「じゃ、わたしを温めて。これは女主人からの命令ね!」



ルーネはいたずらっぽく笑った。



アンは茹でダコのようになった。



「アン、あったかーい!」



(吸われる……!吸われてる……!)



アンはくらくらした。



「若いからかしら?」



「お、奥様は16歳でしょう?1歳しか違いませんよ」



「うふふ、そうね。わたしは16歳で、あなたは15歳なのよね」



ルーネはなぜか異様にうれしそうに笑った。ニマニマしていた。



(まさか年齢まで把握されてたの?なんか怖い……)



「あなたは長女で、弟妹がいっぱいいるのよね?」



「……は、はい」



(うそ……!家族のことまで……!)



アンは身を固くした。



「わたしはね、逆なのよ。姉はいるけど、妹や弟はいないの」



ルーネはちょっと照れたように言った。



「わたしたち、姉妹にならない?」



「……は?」



アンはちょっと引いた。



「も、もしかして、奥様ってそういう趣味の人なんですか?貴族には多いって聞くけど……!」



(ハッ!まさか、あたし狙われてた!?家族のことを引き合いに出したのも、断ればひどいことするぞってこと!?)



「そういう趣味……?」



だが、ルーネは言われた意味がわからないようで、言葉を繰り返すと数瞬ぼんやりした。



そして、どういう意味か思いついたのか、点火したように赤くなった。



「そ、そういうことじゃなくて……!」



尻すぼみに消え入りそうな声を出し、ルーネはモジモジしてしまった。



「あ、そうですか……!」



アンも勘違いしたのが恥ずかしくなって、赤くなった。



毛布のなかの温度が上昇した。



「……えっとね、要はあなたと仲良くなりたいの。ダメかな?」



ルーネは今度は不安そうに、上目遣いで聞いてきた。



「だ、だめじゃないですけど……!」



「ほんと!?やったあ!うふふ、お姉さんのこと頼りにしていいからね!」



ルーネは本当にうれしそうだった。



「はあ」



「オウイモ食べる?」



「……もう結構です」



「そう?じゃあ、明日のおやつにしよーっと」



ルーネはやはりニコニコしていた。





ルーネはなぜか仮眠室の前まで送ってくれた。



ふつう逆だし、断ろうとしたら「姉だから!」の一点張りで押し切られてしまった。



「じゃ、おやすみなさい!」



満足気に去っていくルーネの背中に、アンは呼びかけた。



「あの……!」



ルーネは毛布をふわっと花びらのように浮かせてターンした。



「ん?」



「……おやすみなさい」



なぜかアンは顔が赤くなるのを感じて、目をそらした。



「ふふっ。うん、おやすみ。ちゃんと歯をみがいて寝るのよ」



ルーネはまるで本当の姉のようにやさしく微笑んだ。



アンはベッドのなかで思い出してゴロゴロした。なんだか心臓がドキドキしてもいた。



「うーん、アン、うるさい~」



おかげで、下のベッドで寝ていた同僚のキャミーに怒られてしまった。



(……よく考えればあたしと一歳しか違わない女の子が、見知らぬ場所で見知らぬ人の奥さんにならなきゃいけなかったのよね。しかも、相手はあの恐ろしげな英雄……。さみしいのかも……。“蛇のゼファニヤ”とか血に飢えた公爵令嬢とか失礼だった……かも……)



アンは急速に眠りに落ちていくのを感じた。



(妹になってあげるのも、悪くないかも……ね……)



アンは微笑みながら寝た。それはなかなか幸せな気分だった。
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