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1章 死神の白魔法
02 キミノセイ
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森から離れしばらく歩き"トリル・サンダラ"を目指し道なりに進む、目的地までは徒歩でのペースではどれだけ早く歩みを進めようが1日はかかってしまう。いまだ見えぬ広大な砂漠での探索を踏まえた上で、砂漠の砂に足を踏み入れるまでの道のりはローライにとってとても辛いものに違いない。
「ちょっと休む?」
そう声をかけるも数メートル後ろに歩くローライは聞こえぬふりをし正面の道を見ず、なんてことのない山谷を眺めていた。森から離れかれこれ数時間は歩いている、体力が有り余る程の年頃とはいえ一人の人間には違いない。
そう判断し道を外れ近くの木陰へと移動しシートを引き座った。後方から彼はその様子を何か呆れる様に見下し歩みを続けた。
「休憩しようよローライ君」
「1秒でもお前といる時間を短くしたいんだ、さっさと歩け」
「これは手厳しい」
さっさと敷いたシートを畳み、追い抜くローライの元へと走り先頭の方へと戻る、静かな時間が流れ後方の方で歩く彼を度々気にしチラチラと目線をやると、目が合うたびに嫌そうな顔をしていた。
風の音や草や葉、茂みが揺れ擦れる音が微かに響く中、何者かの足音と風とは違う茂みの揺れ動く音を私の大きな耳は感じ取った瞬間、後ろを振り向くと颯爽と岩に擬態していた大きな魔獣が数十本ある鉤爪の様な腕をローライに振り下ろす瞬間だった。
「後ろ!」と咄嗟の声に反応したローライは素早く脇に挿した短剣を取り出し防ぎ直様間合いをとった。
杖を取り出し彼の方へと歩み寄りすぐ様硬質、補助の魔法を準備し唱えた。
「怪我はない?数分間だけ回復を自動で行う呪文唱えたからその間逃げて」
それを聞き鼻で笑い、言った。
「逃げる?俺はあの"支配の龍"を倒した男の弟子だぞ、余裕だよこんなやつ」
息を荒げ、口からは呼吸と共に荒い声が漏れる。彼の過度な緊張を感じまともな状況では無いことは見るからに明白だった。
しかし無理矢理にでも止め連れ逃げるにも相手のあの素早さでは逃げるにも難しいと判断しこのまま彼の援護をする事にした。
「無理はしないでね、傷の回復は出来ても痛みは取れないから痛みでショック死する場合もある事を考慮して立ち回って」
「俺に指図するな、役立たず」
「良く言われる」
前日のラックの発言通り恐らく彼にとって初めての戦闘経験になるはず、敵の攻撃の痛みを和らげる事を最優先し、傷への回復は感覚的に行われる自動回復に作戦をシフトした。
硬化魔法”シェルター”、ヒーリング"シリウス"、自動回復”ラピス”。次々と魔法を使い重ねローライを主体に後方から唱えていると、ローライは素早く姿勢を低くし短剣を構えたまま魔獣の腹の中に入れ何度も斬り込みを行う、斬撃をものともせず鈍い斬撃の音だけが響いた。魔獣は容赦無く彼に何本もの脚を使い鋭い鍵爪で斬りかかり、四方から切られ、魔獣との距離を置く他無く後方へ下がろうとした。
「なんなんだよこいつ!!いてえ!」
「不味い、思ってるより強いかも・・・」
ローライが寸前に負った傷は塞がるもその痛みに耐えかね足は怯み、その様子を見逃す事も無く魔獣は大きく腕を振り上げとどめの攻撃を仕掛けようとする。
懐を見せた魔獣に、透かさず杖を大きく振りかぶり殴り叩いた。
「ガァ・・ァ・・」
魔獣は悶える様に倒れ込み、彼の手を握り足早にその場を去った。
しばらく夢中になって走っていると、手を握る方から「ゼェ・・ゼェ・・」と息切れしたの声が漏れていた、ふと我に帰り近くに大きい岩岩の間に身を細め身を隠すようローライを座らせ、周りを警戒したのち安全を確認したうえで続いて座った。
「ごめん、大丈夫?」
彼はしばらく息を整え黙ったのち、震えた手で胸ぐらを掴んでくる。
顔を赤くし、憤怒の表情が顕になっていた。
「なんで逃げた!!勝てただろ!!逃げたらなんの意味もない!!勝たなきゃ学べない!!!」
「勝てないから逃げたの」
「倒れ込んでただろ!!」
「騙し討ちの可能性が高いうえにこれ以上無理な戦闘なんか続けたらあなたがどうなるかはあなたが一番分かってるでしょ?」
「お前が援護をサボってたからだろ!!応戦もしないし大した魔法も使えない!!攻撃出来る魔法の一つくらい使えろよ役立たず!!」
「ごめんなさい」
食いしばる歯を見せ彼勢いよく振りかぶり、私の頬を殴った。
「良いよな、どんなに痛くても自分で回復すれば癒えるんだろ?戦闘に立たず後ろからずっと魔法唱えて痛い思いもしないしな」
「・・・」
「どうせいくら殴っても痛くないんだろ?師匠の仲間って言っても全く役に立たないお飾りだったのに偉そうに・・・この嘘つきの化け物」
慣れていた。この子の言う通りだと思いながら、何回も殴られた。彼の拳が赤くなると振り下ろした拳を止め、服から腕を紐解き立ち上がり歩き出した。
私は服に溢れた血を拭った。殴られる度、昔のことを思い出し、自分から流れる赤い血を見る度、情けなくなる。
こんな思い何度もしているのに成長しないな。
「痛い・・・」
6
その日は会話も無くただ日が落ちる手前まで静かに歩いた、只管に静かで長閑な道を進む。悲しくも木々や草の擦れる音だけが耳に入る、頬の痛みは気を逸らす場所も無くズキズキと主張する。
ラックならカッコ良く、あの子の手本となる様な良い所を見せられたんだろうな。と思うと余計に情けなくなる。任された故に恥ずかしさすらあった。
近くにある木々を使い簡単なテントを建て、日が暮れ始めてから眠るまでいつも以上に寝付ける事が出来ず、日記を書くが書き終えてもしばらく眠れなかった。ローライは少し離れたところで野宿をしていた事を焚き火で確認出来た。
気にはかかるが話しかけ辛さはあった。自分から掛けるべき言葉は無い。
翌朝には支度を済ませ、彼のいるテントの方へと行き「おはよう」と声をかけるも顔を見てそっと目を逸らし身支度を整える。
「先行くね、ローライ君」
ヒリヒリとする残った顔の傷と痛みを気にかけカバンから保冷された小さな水袋を当てながら歩く、自身の回復はとても苦手で微かに痛みと傷は残るが時間が経てば治るので問題は無かった。
たまに後ろを歩くあの子を気にかけ振り向くと、俯きながら歩いていた。
「もうそろそろ着くから、近くの森に入って川辺で水汲もうか」
そう一言彼に告げ、森の方へと方向を変え走っていった。それを追う様にローライも早足で森の方へと向かう。
森へ入ると直ぐになだらかな坂に水が流れ、少し深い大きな川があった。
"トリル・サンダラ"手前にあり名の無いこの森にラック率いるパーティはここで休息をとった事が何度もある思い出の地だ。
「ここ懐かしいなー、昔皆んなで来たんだ」
靴を脱ぎ川の方へと入り空の皮袋に水をこれでもかと言うほど入れローライの方へと投げた。
彼は腰を下ろし水の入った皮袋を受け取り、河岸の方へ座り込んだ。その後もいくつか声をかけるも、いまだに会話は出来ず一方的な掛け声になっていた。
十分にいくつか皮袋に水を入れ岸の方へ戻りカバンに詰め込み、彼の方を見ると彼は座りながら遠くを見つめていた。これから”トリル・サンダラ”へ目的の荷物を探索する上で連携ややりとりは必須になる、このままでは不味いと考え、荷物を整頓する振りをしながら思考を巡らした回答がこれだった。
「そういえば道中凄い汗かいちゃったし汚れも落としたいし川入っちゃお!」
コートを脱ぎ、川へと走り出した。わざと大きく水飛沫をローライの方へと向け上がる様に勢いよく飛び込み、全身ビショビショになりながら両手を大きく手を振った。
「ローライ君も入ろうよ」
その一連の行動に驚いた様子でローライはポカンとした表情を見せたのち、私の胸の辺りを見るや否や直ぐ様顔を隠し怒鳴った。
「お前女かよ!!」
「へ?」
「コート一枚で移動してんのかよ!このド変態!!」
「メスだけど・・・私魔獣だよ?」
「あ、そうか・・・」
彼は納得したのかこちらの方へ向き直って直ぐ様目を逸らした。
「いや!お前服着ろ!なんかダメだ!!普通じゃ無い!!」
「人間と違って体毛が多いから着重ねしにくいし、予備の服無いんだよね」
「じゃあさっさと、川から上がってコート着ろ!!!」
「気持ち良いのに・・・」
会話の取っ掛かりに成功はしたものの、体が乾くまでの間明らかにさっきより距離を取られている。
「ごめんね、乾くまで待ってね」
「この・・・・」
ローライは握り拳を作るも直ぐ緩めため息をつく、少しの間を開け口を開き話を切り出したのは、彼からだった。
「なあ、なんでお前顔の傷直さないんだよ、当て付けか?」
話しかけられた事に一瞬驚き、言葉を選びながら考えていると、変な間を作ってしまい気不味い空気が続いてしまった。
「私、自分の傷治すの苦手なんだ・・・やろうとするといつも中途半端で上手くいかないんだ」
「自分の傷も治せない奴が、回復役なんて戦闘するやつは不安で仕方ないだろうな」
「アハハ・・・そうだよね・・・、ごめんね。でもしばらくしたら治るから大丈夫、体は丈夫だから」
「そんなの気にしてねえよ、話してないで早くなんかで体拭けよ。裸で目のやりどころ困るから」
「服着てる方が不思議がられるんだけど」
「服を常時きてた奴が急に裸を当たり前の様に語るな」
「”郷に入れば郷に従え”ってやつ?」
「なんだそれ?」
「ラックの親友のユージーっていう人の生まれた国の言葉らしい、その人の国に入りたければ、その国のルールに従えって、意味だったっけ?」
「変なの、生まれも育ちも言葉も違う人間が見知らぬ土地のルールを知らなきゃいけないなんてさ」
「難しいかもしれないけど、本当に必要なのは尊重や尊敬を持って相手と接する事なんだと思うよ」
荷物の入った鞄から適当な体を拭えるほど大きな布を取り出し体を拭き、布を絞りまた拭きを繰り返す。
その様子をチラチラと見る彼は軽く咳払いをした。
「なあ、お前あの時あの岩で出来た虫みたいな魔獣、その杖で叩いて怯ませたよな?」
「うん、そうだよ」
そう答えるとカバンに刺さった私の杖をローライは指差した。
「その杖もしかして、凄い強いのか」
「全然、私の住んでた栖にあった魔術師の死体の上から生ったって言われる木から作られた杖で、昔銅貨3枚で売っちゃって買い戻した物だから。その時でも銅貨6枚だったかな」
「そんな杖で戦ったのか」
「流石に”支配の龍”の時には使えなかったけどね、というか無かったんだけど。でもなんでそう思ったの?」
「・・・いや、あいつ一撃でのしたからてっきり武器が強いんだって」
「今までの戦いの経験値ってだけだよ、初見の魔獣や妖虫でもだいたい見れば相手の弱点や、間合いとか力量とか分かるんだ。あの魔獣は外殻が硬いけど、柔軟な所や素早い所を見るに中は柔らかいから打撃には弱いかなと思って」
彼は鼻で笑い言う。
「お前みたいな戦えもしない、自分の回復もままならない直ぐ逃げる様な奴が経験?経験っていうのは敵を倒せば倒すほど体に染みつく直感と反射神経の事を言うんだ」
「それもそうかもね、でもね、逃げても良い。大切なのは相手の動きを良く見て観察して相手や地形や環境を見てどう適応して生きてきたのか知る事で戦わなくても経験になるんだよ。ただ只管に武器を振るい、力の押しつけで勝ててもいつか力だけが戦いの全てになっちゃってどこかでつまづくんだよ。そして何より死なない事」
「弱いくせに説教か、説得力のない中身の無い内容だな」
「ラックが教えてくれたんだ、その後に『お前は戦わなくて良い、だけど俺と相手を良く見ろ。怖くなったら逃げても良い、俺が守ってやるから』って、カッコつけてね」
「師匠が・・・」
「ラックには中身が無いって言ったこと黙っててあげる」
「あ!!お前」
「これでおあいこね」
そう言い傷のついた頬を指差しニコリと笑みを見せてやった。
初めてしっかりローライと話せてとても嬉しかった、少しは仲良くなれたと勝手に思う事にした。
これだけ話しが出来ることは、良くも悪くも今後の連携に関わる。それに少し彼の事が知れて嬉しかった。
7
森からしばらく歩くとすぐに視界は一面砂の世界だった乾燥した空気に朽ちた建物と思わしき瓦礫の岩々、見渡す限り砂と岩だけだった。
気が付けば、道の途中から草木は突然消えた様にまるで何かの境界線の様にすっぱりと見なくなってしまっていた。
"トリル・サンダラ"広大な砂漠地帯、北の方へとずっと進むと街があるがそれすら視界に現れるまで途方もない。
目的の物は北東にあると言うが目印も無ければ、ただただ見渡す限り緩急のある砂の山々だけだった。
「久しぶりに来たけど、本当にどの方角でどの位置にいるのかさっぱり・・・」
「幸先悪そうだな」
「日差しも強いから帽子かぶってね、暑いけど目が灼かれちゃうよ。帽子ちゃんと持ってきた?」
「母親気分か?」
砂漠の砂を踏み入れ、しばらく歩いた後ローライはカバンにしまっていた鍔広帽子を被りながら目を閉じ集中した様子でくるりとその場で一周ゆっくりと回り途中方向を変え指を指した。
「あっちに進むと町か遺跡かわからないけど、少なくともなにか建物がある。見た所辺り砂だらけで、山とか岩場は戻らない限りないからあっちだ」
彼の指差す方を注意深く目を凝らしてよく見るが建物やそれらしき大きな物は見当たらず、陽炎の影響でかなりの遠方に小さな影がぽつぽつとしか確認が出来ない。
「山や岩場も無い事は見れば分かるけど・・・なんであっちの方向なの?」
「風の流れ、あと何でも良いんだけど適度に重みのある物く貸せ」
カバンの中を無造作に探り、適当に手に取った勲章を取り出しローライに手渡すと直様空を見上げながらその勲章を高く空に放り投げ、直ぐに落ちてくる勲章をその位置に留まったままキャッチしじっと勲章を見た。
「ってお前これ師匠の持ってる勲章と同じヤツじゃねぇか!!”光輝の印”なんか渡すなよ!!馬鹿かお前!??」
「丁度カバンに手を突っ込んだら出てきたのそれだったから、投げやすかったでしょ?」
「もっと他にあっただろ!!!お前これ絶対人の手に渡しちゃダメだし、こんな物投げさせるな!!」
「いや・・・投げるとは思わなかったから・・・」
「だからって渡すな!これ授与されたやつ以外が持ってたら重罪なんだぞ!!」
「へ~」
彼はゼェゼェと息を吐きながら怒鳴り続けその場に座り込み大きくため息をついた。内心要らないと思っていたけど、今それを言うとまた怒られるので静かに座り込む彼が立ち上がるのを待った。
"光輝の印"、それは世界を救った者達にのみ授与される勲章である。
諸々説明は受けていたはずなのだが、当初の自分が思っていた程の価値が無かった事もあり、それが如何に素晴らしい物なのかという世間的価値やその勲章の使い所等、言われるまですっかり忘れていた。
「あ~もうお前のせいで探知出来ないじゃねえかよ」
「ごめんなさい、それであれはどういう動作なの?」
「あれはなんでも良いんだけど、特定の物や物体に自身の視点を追加する魔法、さっき投げた勲章に視点を移して空に投げて周辺の地形をある程度認識した後に、予想でここから更に視点の先の地形を予想するつもりだったんだよ。もう集中力も切れて予想も出来ないけどな」
「じゃあ今の一瞬である程度の地形は把握出来たの!?」
「まあな、あとは目標の物の探知だけど。軽く数メートル見た雰囲気では無さそうだな」
「お~」と少しオーバーに拍手をするとローライは気にする様子もなく砂山に登って行き辺りを見渡しながら勝手に先へと歩き始めた。その後を追うよう後ろに付きながら周辺を気にするが、なんとも言えぬ違和感を感じながらも確信が持てぬまま探索は続く。
しばらくは特に会話も無くただ黙々と何も無い砂山の傾斜を昇り降り、周囲を見渡しては立ち止まり集中、立ち止まり集中と繰り返す、何かしらの違和感が何に対しての物なのか考えながら周囲への警戒を続ける。
そして、気がかりだった違和感に逸早く気づいたのは、探索をこなしていたローライだった。
「なあ・・・あまりにも静か過ぎないか?ここらはこんな物なのか?」
「分からない、随分久し振りに来るから・・・」
それを聞き、不安な様子を見せた。
「基本的に俺は器用じゃない、探索範囲を広げたり集中してる時は敵の探知はこなせるけど咄嗟に戦闘が出来ない上に普段より労力も魔力も使うからな。終始こんなのずっと使えないからタイミング見て解かないとダメなんだ」
ローライはカバンから簡単に紙で包まれた四角い物を取り出し、紙を捲り現れた緑色の固形をガリガリと食べ始め、腰に刺した地図を読み始める。
「ローライ君それなに?」
「なんだよ今、地図見てんだから話しかけんな」
「ごめんなさい」
「・・・・・、携帯保存食だよ。即効性もあるし消耗した体力や魔力、栄養素もある。携帯しやすい、何より作り方によっては環境や状況に合わせた配合出来る・・・・って、お前仮にも魔法使いなのに知ってないのかよ」
「へ~・・・初めて見た。今って飲むタイプじゃないんだ」
「まあ経口補給水のやつ不味いからな、即効性はあるにしても腹も満たせないし、配合も限られてる」
「美味しさとか栄養素とか腹持ちとか考えるんだ、昔程急な戦闘も無いからかな」
「言ってもこれもあんまり美味しくないぞ、食べるか?」
カバンから同じ物をもうひとつ取り出し私に手渡してくれ、包み紙を開くと密かに薬草といくつかの魔力増強剤やら果汁等の匂いがした。
「甘酸っぱい匂いはカボン、後は薬草は良いもの使ってるね。魔力の補給はミテンとユーナミミかな?」
「マジかよ、配合当てやがった・・・流石獣」
歯触りは硬く、少しゴリゴリとしていて少し口の水分が奪われる。味は果実のおかげで薬草やいくつかの補給水の嫌な味や匂いを甘味料等でも誤魔化しているが、味がごちゃごちゃとしてて美味しくはなかった。
「うん、美味しくないね」
「まあこれで、魔力回復に魔力の補助効果や自然回復増進。あとは暑さの緩和する効果一遍に取れるから文句言うな。補給水だけだとここまで作るの大変だしな」
「え、これ作ったの!?ローライ君凄いね・・・、あ・・・美味しく無いなんて言ってごめん」
「美味しい物作るつもりで作ってないからな、魔獣には丁度良い餌だろうけどな」
「酷い」
地図を大きく開き、まじまじと彼は眺めながらあちらこちらと印を付ける。その様子を携帯食をガリガリと食べながら眺めていると、激しい轟音と共に大きな影が突然2人を包んだ。
「なんだ!!?敵か!!」
「ローライ君、空」
ローライと共に上を見上げると、大きな魚の形をした砂が塊になり空を飛んでいた。
「なんだあれ?!!」
「凄い・・・あんな大きいの初めて見た・・・」
「何呑気に眺めてんだよ!!逃げた方が良いだろ!!」
「大丈夫、あれは"砂上の夢"っていう自然現象なんだ」
「"砂上の夢"?」
大きな魚を象った砂の塊は遥か高く、跳ね上がるように空を舞っていた。その光景に目を奪われ、ローライも落ち着いた様子で見上げる私を見て落ち着きを取り戻した様子で同じくゆっくりと頭上遥か上に舞う砂の魚を目で追っていた。
「空気中にある微量の魔力の元になる魔素が風で舞う砂1つ1つについて、集まってくっついた塊が、ああやって砂達の魔力を消費するまで、何かしらの形になって空に舞うんだよ」
「凄い・・・」
「凄いよね、いつもならもっと小さい塊で色んな物になって空に舞うんだけど。こんなに大きいの初めて見た」
「あれは・・・魚?」
「昔存在した大きな口を持つ、1つの町にも匹敵する巨大な魚の絵を見た事がある・・・多分それだね。名前は"オペラ"」
「オペラ・・・」
空を舞う大きな魚"オペラ"の形をした砂の塊は少しづつ削れて行き、巨大な塊は再び遠くの方で轟音と共に沈む様に、まるで海に帰り飛び込むように落ちていった。
「なんで、砂が集まってあんな姿形になるんだ?」
「分からない、けどラックは砂たちの記憶って言ってた。削れた石や、かつてここが海だったのかもしれないって、その時に自然達が見ていた風景になぞってあんな形になったんだろって」
2人してその大きな砂の塊に見とれ、消えた砂の塊は遠くの方で少し大きな傾斜が出来ていた。
その様子を終始見ていた後に少し上擦った気持ちがあったのかしばらくその場を動けなかった。
ふとローライは砂が落ちた先を見たまま言う。
「あの大きな魚となんか関係あるのかな」
森から離れしばらく歩き"トリル・サンダラ"を目指し道なりに進む、目的地までは徒歩でのペースではどれだけ早く歩みを進めようが1日はかかってしまう。いまだ見えぬ広大な砂漠での探索を踏まえた上で、砂漠の砂に足を踏み入れるまでの道のりはローライにとってとても辛いものに違いない。
「ちょっと休む?」
そう声をかけるも数メートル後ろに歩くローライは聞こえぬふりをし正面の道を見ず、なんてことのない山谷を眺めていた。森から離れかれこれ数時間は歩いている、体力が有り余る程の年頃とはいえ一人の人間には違いない。
そう判断し道を外れ近くの木陰へと移動しシートを引き座った。後方から彼はその様子を何か呆れる様に見下し歩みを続けた。
「休憩しようよローライ君」
「1秒でもお前といる時間を短くしたいんだ、さっさと歩け」
「これは手厳しい」
さっさと敷いたシートを畳み、追い抜くローライの元へと走り先頭の方へと戻る、静かな時間が流れ後方の方で歩く彼を度々気にしチラチラと目線をやると、目が合うたびに嫌そうな顔をしていた。
風の音や草や葉、茂みが揺れ擦れる音が微かに響く中、何者かの足音と風とは違う茂みの揺れ動く音を私の大きな耳は感じ取った瞬間、後ろを振り向くと颯爽と岩に擬態していた大きな魔獣が数十本ある鉤爪の様な腕をローライに振り下ろす瞬間だった。
「後ろ!」と咄嗟の声に反応したローライは素早く脇に挿した短剣を取り出し防ぎ直様間合いをとった。
杖を取り出し彼の方へと歩み寄りすぐ様硬質、補助の魔法を準備し唱えた。
「怪我はない?数分間だけ回復を自動で行う呪文唱えたからその間逃げて」
それを聞き鼻で笑い、言った。
「逃げる?俺はあの"支配の龍"を倒した男の弟子だぞ、余裕だよこんなやつ」
息を荒げ、口からは呼吸と共に荒い声が漏れる。彼の過度な緊張を感じまともな状況では無いことは見るからに明白だった。
しかし無理矢理にでも止め連れ逃げるにも相手のあの素早さでは逃げるにも難しいと判断しこのまま彼の援護をする事にした。
「無理はしないでね、傷の回復は出来ても痛みは取れないから痛みでショック死する場合もある事を考慮して立ち回って」
「俺に指図するな、役立たず」
「良く言われる」
前日のラックの発言通り恐らく彼にとって初めての戦闘経験になるはず、敵の攻撃の痛みを和らげる事を最優先し、傷への回復は感覚的に行われる自動回復に作戦をシフトした。
硬化魔法”シェルター”、ヒーリング"シリウス"、自動回復”ラピス”。次々と魔法を使い重ねローライを主体に後方から唱えていると、ローライは素早く姿勢を低くし短剣を構えたまま魔獣の腹の中に入れ何度も斬り込みを行う、斬撃をものともせず鈍い斬撃の音だけが響いた。魔獣は容赦無く彼に何本もの脚を使い鋭い鍵爪で斬りかかり、四方から切られ、魔獣との距離を置く他無く後方へ下がろうとした。
「なんなんだよこいつ!!いてえ!」
「不味い、思ってるより強いかも・・・」
ローライが寸前に負った傷は塞がるもその痛みに耐えかね足は怯み、その様子を見逃す事も無く魔獣は大きく腕を振り上げとどめの攻撃を仕掛けようとする。
懐を見せた魔獣に、透かさず杖を大きく振りかぶり殴り叩いた。
「ガァ・・ァ・・」
魔獣は悶える様に倒れ込み、彼の手を握り足早にその場を去った。
しばらく夢中になって走っていると、手を握る方から「ゼェ・・ゼェ・・」と息切れしたの声が漏れていた、ふと我に帰り近くに大きい岩岩の間に身を細め身を隠すようローライを座らせ、周りを警戒したのち安全を確認したうえで続いて座った。
「ごめん、大丈夫?」
彼はしばらく息を整え黙ったのち、震えた手で胸ぐらを掴んでくる。
顔を赤くし、憤怒の表情が顕になっていた。
「なんで逃げた!!勝てただろ!!逃げたらなんの意味もない!!勝たなきゃ学べない!!!」
「勝てないから逃げたの」
「倒れ込んでただろ!!」
「騙し討ちの可能性が高いうえにこれ以上無理な戦闘なんか続けたらあなたがどうなるかはあなたが一番分かってるでしょ?」
「お前が援護をサボってたからだろ!!応戦もしないし大した魔法も使えない!!攻撃出来る魔法の一つくらい使えろよ役立たず!!」
「ごめんなさい」
食いしばる歯を見せ彼勢いよく振りかぶり、私の頬を殴った。
「良いよな、どんなに痛くても自分で回復すれば癒えるんだろ?戦闘に立たず後ろからずっと魔法唱えて痛い思いもしないしな」
「・・・」
「どうせいくら殴っても痛くないんだろ?師匠の仲間って言っても全く役に立たないお飾りだったのに偉そうに・・・この嘘つきの化け物」
慣れていた。この子の言う通りだと思いながら、何回も殴られた。彼の拳が赤くなると振り下ろした拳を止め、服から腕を紐解き立ち上がり歩き出した。
私は服に溢れた血を拭った。殴られる度、昔のことを思い出し、自分から流れる赤い血を見る度、情けなくなる。
こんな思い何度もしているのに成長しないな。
「痛い・・・」
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その日は会話も無くただ日が落ちる手前まで静かに歩いた、只管に静かで長閑な道を進む。悲しくも木々や草の擦れる音だけが耳に入る、頬の痛みは気を逸らす場所も無くズキズキと主張する。
ラックならカッコ良く、あの子の手本となる様な良い所を見せられたんだろうな。と思うと余計に情けなくなる。任された故に恥ずかしさすらあった。
近くにある木々を使い簡単なテントを建て、日が暮れ始めてから眠るまでいつも以上に寝付ける事が出来ず、日記を書くが書き終えてもしばらく眠れなかった。ローライは少し離れたところで野宿をしていた事を焚き火で確認出来た。
気にはかかるが話しかけ辛さはあった。自分から掛けるべき言葉は無い。
翌朝には支度を済ませ、彼のいるテントの方へと行き「おはよう」と声をかけるも顔を見てそっと目を逸らし身支度を整える。
「先行くね、ローライ君」
ヒリヒリとする残った顔の傷と痛みを気にかけカバンから保冷された小さな水袋を当てながら歩く、自身の回復はとても苦手で微かに痛みと傷は残るが時間が経てば治るので問題は無かった。
たまに後ろを歩くあの子を気にかけ振り向くと、俯きながら歩いていた。
「もうそろそろ着くから、近くの森に入って川辺で水汲もうか」
そう一言彼に告げ、森の方へと方向を変え走っていった。それを追う様にローライも早足で森の方へと向かう。
森へ入ると直ぐになだらかな坂に水が流れ、少し深い大きな川があった。
"トリル・サンダラ"手前にあり名の無いこの森にラック率いるパーティはここで休息をとった事が何度もある思い出の地だ。
「ここ懐かしいなー、昔皆んなで来たんだ」
靴を脱ぎ川の方へと入り空の皮袋に水をこれでもかと言うほど入れローライの方へと投げた。
彼は腰を下ろし水の入った皮袋を受け取り、河岸の方へ座り込んだ。その後もいくつか声をかけるも、いまだに会話は出来ず一方的な掛け声になっていた。
十分にいくつか皮袋に水を入れ岸の方へ戻りカバンに詰め込み、彼の方を見ると彼は座りながら遠くを見つめていた。これから”トリル・サンダラ”へ目的の荷物を探索する上で連携ややりとりは必須になる、このままでは不味いと考え、荷物を整頓する振りをしながら思考を巡らした回答がこれだった。
「そういえば道中凄い汗かいちゃったし汚れも落としたいし川入っちゃお!」
コートを脱ぎ、川へと走り出した。わざと大きく水飛沫をローライの方へと向け上がる様に勢いよく飛び込み、全身ビショビショになりながら両手を大きく手を振った。
「ローライ君も入ろうよ」
その一連の行動に驚いた様子でローライはポカンとした表情を見せたのち、私の胸の辺りを見るや否や直ぐ様顔を隠し怒鳴った。
「お前女かよ!!」
「へ?」
「コート一枚で移動してんのかよ!このド変態!!」
「メスだけど・・・私魔獣だよ?」
「あ、そうか・・・」
彼は納得したのかこちらの方へ向き直って直ぐ様目を逸らした。
「いや!お前服着ろ!なんかダメだ!!普通じゃ無い!!」
「人間と違って体毛が多いから着重ねしにくいし、予備の服無いんだよね」
「じゃあさっさと、川から上がってコート着ろ!!!」
「気持ち良いのに・・・」
会話の取っ掛かりに成功はしたものの、体が乾くまでの間明らかにさっきより距離を取られている。
「ごめんね、乾くまで待ってね」
「この・・・・」
ローライは握り拳を作るも直ぐ緩めため息をつく、少しの間を開け口を開き話を切り出したのは、彼からだった。
「なあ、なんでお前顔の傷直さないんだよ、当て付けか?」
話しかけられた事に一瞬驚き、言葉を選びながら考えていると、変な間を作ってしまい気不味い空気が続いてしまった。
「私、自分の傷治すの苦手なんだ・・・やろうとするといつも中途半端で上手くいかないんだ」
「自分の傷も治せない奴が、回復役なんて戦闘するやつは不安で仕方ないだろうな」
「アハハ・・・そうだよね・・・、ごめんね。でもしばらくしたら治るから大丈夫、体は丈夫だから」
「そんなの気にしてねえよ、話してないで早くなんかで体拭けよ。裸で目のやりどころ困るから」
「服着てる方が不思議がられるんだけど」
「服を常時きてた奴が急に裸を当たり前の様に語るな」
「”郷に入れば郷に従え”ってやつ?」
「なんだそれ?」
「ラックの親友のユージーっていう人の生まれた国の言葉らしい、その人の国に入りたければ、その国のルールに従えって、意味だったっけ?」
「変なの、生まれも育ちも言葉も違う人間が見知らぬ土地のルールを知らなきゃいけないなんてさ」
「難しいかもしれないけど、本当に必要なのは尊重や尊敬を持って相手と接する事なんだと思うよ」
荷物の入った鞄から適当な体を拭えるほど大きな布を取り出し体を拭き、布を絞りまた拭きを繰り返す。
その様子をチラチラと見る彼は軽く咳払いをした。
「なあ、お前あの時あの岩で出来た虫みたいな魔獣、その杖で叩いて怯ませたよな?」
「うん、そうだよ」
そう答えるとカバンに刺さった私の杖をローライは指差した。
「その杖もしかして、凄い強いのか」
「全然、私の住んでた栖にあった魔術師の死体の上から生ったって言われる木から作られた杖で、昔銅貨3枚で売っちゃって買い戻した物だから。その時でも銅貨6枚だったかな」
「そんな杖で戦ったのか」
「流石に”支配の龍”の時には使えなかったけどね、というか無かったんだけど。でもなんでそう思ったの?」
「・・・いや、あいつ一撃でのしたからてっきり武器が強いんだって」
「今までの戦いの経験値ってだけだよ、初見の魔獣や妖虫でもだいたい見れば相手の弱点や、間合いとか力量とか分かるんだ。あの魔獣は外殻が硬いけど、柔軟な所や素早い所を見るに中は柔らかいから打撃には弱いかなと思って」
彼は鼻で笑い言う。
「お前みたいな戦えもしない、自分の回復もままならない直ぐ逃げる様な奴が経験?経験っていうのは敵を倒せば倒すほど体に染みつく直感と反射神経の事を言うんだ」
「それもそうかもね、でもね、逃げても良い。大切なのは相手の動きを良く見て観察して相手や地形や環境を見てどう適応して生きてきたのか知る事で戦わなくても経験になるんだよ。ただ只管に武器を振るい、力の押しつけで勝ててもいつか力だけが戦いの全てになっちゃってどこかでつまづくんだよ。そして何より死なない事」
「弱いくせに説教か、説得力のない中身の無い内容だな」
「ラックが教えてくれたんだ、その後に『お前は戦わなくて良い、だけど俺と相手を良く見ろ。怖くなったら逃げても良い、俺が守ってやるから』って、カッコつけてね」
「師匠が・・・」
「ラックには中身が無いって言ったこと黙っててあげる」
「あ!!お前」
「これでおあいこね」
そう言い傷のついた頬を指差しニコリと笑みを見せてやった。
初めてしっかりローライと話せてとても嬉しかった、少しは仲良くなれたと勝手に思う事にした。
これだけ話しが出来ることは、良くも悪くも今後の連携に関わる。それに少し彼の事が知れて嬉しかった。
7
森からしばらく歩くとすぐに視界は一面砂の世界だった乾燥した空気に朽ちた建物と思わしき瓦礫の岩々、見渡す限り砂と岩だけだった。
気が付けば、道の途中から草木は突然消えた様にまるで何かの境界線の様にすっぱりと見なくなってしまっていた。
"トリル・サンダラ"広大な砂漠地帯、北の方へとずっと進むと街があるがそれすら視界に現れるまで途方もない。
目的の物は北東にあると言うが目印も無ければ、ただただ見渡す限り緩急のある砂の山々だけだった。
「久しぶりに来たけど、本当にどの方角でどの位置にいるのかさっぱり・・・」
「幸先悪そうだな」
「日差しも強いから帽子かぶってね、暑いけど目が灼かれちゃうよ。帽子ちゃんと持ってきた?」
「母親気分か?」
砂漠の砂を踏み入れ、しばらく歩いた後ローライはカバンにしまっていた鍔広帽子を被りながら目を閉じ集中した様子でくるりとその場で一周ゆっくりと回り途中方向を変え指を指した。
「あっちに進むと町か遺跡かわからないけど、少なくともなにか建物がある。見た所辺り砂だらけで、山とか岩場は戻らない限りないからあっちだ」
彼の指差す方を注意深く目を凝らしてよく見るが建物やそれらしき大きな物は見当たらず、陽炎の影響でかなりの遠方に小さな影がぽつぽつとしか確認が出来ない。
「山や岩場も無い事は見れば分かるけど・・・なんであっちの方向なの?」
「風の流れ、あと何でも良いんだけど適度に重みのある物く貸せ」
カバンの中を無造作に探り、適当に手に取った勲章を取り出しローライに手渡すと直様空を見上げながらその勲章を高く空に放り投げ、直ぐに落ちてくる勲章をその位置に留まったままキャッチしじっと勲章を見た。
「ってお前これ師匠の持ってる勲章と同じヤツじゃねぇか!!”光輝の印”なんか渡すなよ!!馬鹿かお前!??」
「丁度カバンに手を突っ込んだら出てきたのそれだったから、投げやすかったでしょ?」
「もっと他にあっただろ!!!お前これ絶対人の手に渡しちゃダメだし、こんな物投げさせるな!!」
「いや・・・投げるとは思わなかったから・・・」
「だからって渡すな!これ授与されたやつ以外が持ってたら重罪なんだぞ!!」
「へ~」
彼はゼェゼェと息を吐きながら怒鳴り続けその場に座り込み大きくため息をついた。内心要らないと思っていたけど、今それを言うとまた怒られるので静かに座り込む彼が立ち上がるのを待った。
"光輝の印"、それは世界を救った者達にのみ授与される勲章である。
諸々説明は受けていたはずなのだが、当初の自分が思っていた程の価値が無かった事もあり、それが如何に素晴らしい物なのかという世間的価値やその勲章の使い所等、言われるまですっかり忘れていた。
「あ~もうお前のせいで探知出来ないじゃねえかよ」
「ごめんなさい、それであれはどういう動作なの?」
「あれはなんでも良いんだけど、特定の物や物体に自身の視点を追加する魔法、さっき投げた勲章に視点を移して空に投げて周辺の地形をある程度認識した後に、予想でここから更に視点の先の地形を予想するつもりだったんだよ。もう集中力も切れて予想も出来ないけどな」
「じゃあ今の一瞬である程度の地形は把握出来たの!?」
「まあな、あとは目標の物の探知だけど。軽く数メートル見た雰囲気では無さそうだな」
「お~」と少しオーバーに拍手をするとローライは気にする様子もなく砂山に登って行き辺りを見渡しながら勝手に先へと歩き始めた。その後を追うよう後ろに付きながら周辺を気にするが、なんとも言えぬ違和感を感じながらも確信が持てぬまま探索は続く。
しばらくは特に会話も無くただ黙々と何も無い砂山の傾斜を昇り降り、周囲を見渡しては立ち止まり集中、立ち止まり集中と繰り返す、何かしらの違和感が何に対しての物なのか考えながら周囲への警戒を続ける。
そして、気がかりだった違和感に逸早く気づいたのは、探索をこなしていたローライだった。
「なあ・・・あまりにも静か過ぎないか?ここらはこんな物なのか?」
「分からない、随分久し振りに来るから・・・」
それを聞き、不安な様子を見せた。
「基本的に俺は器用じゃない、探索範囲を広げたり集中してる時は敵の探知はこなせるけど咄嗟に戦闘が出来ない上に普段より労力も魔力も使うからな。終始こんなのずっと使えないからタイミング見て解かないとダメなんだ」
ローライはカバンから簡単に紙で包まれた四角い物を取り出し、紙を捲り現れた緑色の固形をガリガリと食べ始め、腰に刺した地図を読み始める。
「ローライ君それなに?」
「なんだよ今、地図見てんだから話しかけんな」
「ごめんなさい」
「・・・・・、携帯保存食だよ。即効性もあるし消耗した体力や魔力、栄養素もある。携帯しやすい、何より作り方によっては環境や状況に合わせた配合出来る・・・・って、お前仮にも魔法使いなのに知ってないのかよ」
「へ~・・・初めて見た。今って飲むタイプじゃないんだ」
「まあ経口補給水のやつ不味いからな、即効性はあるにしても腹も満たせないし、配合も限られてる」
「美味しさとか栄養素とか腹持ちとか考えるんだ、昔程急な戦闘も無いからかな」
「言ってもこれもあんまり美味しくないぞ、食べるか?」
カバンから同じ物をもうひとつ取り出し私に手渡してくれ、包み紙を開くと密かに薬草といくつかの魔力増強剤やら果汁等の匂いがした。
「甘酸っぱい匂いはカボン、後は薬草は良いもの使ってるね。魔力の補給はミテンとユーナミミかな?」
「マジかよ、配合当てやがった・・・流石獣」
歯触りは硬く、少しゴリゴリとしていて少し口の水分が奪われる。味は果実のおかげで薬草やいくつかの補給水の嫌な味や匂いを甘味料等でも誤魔化しているが、味がごちゃごちゃとしてて美味しくはなかった。
「うん、美味しくないね」
「まあこれで、魔力回復に魔力の補助効果や自然回復増進。あとは暑さの緩和する効果一遍に取れるから文句言うな。補給水だけだとここまで作るの大変だしな」
「え、これ作ったの!?ローライ君凄いね・・・、あ・・・美味しく無いなんて言ってごめん」
「美味しい物作るつもりで作ってないからな、魔獣には丁度良い餌だろうけどな」
「酷い」
地図を大きく開き、まじまじと彼は眺めながらあちらこちらと印を付ける。その様子を携帯食をガリガリと食べながら眺めていると、激しい轟音と共に大きな影が突然2人を包んだ。
「なんだ!!?敵か!!」
「ローライ君、空」
ローライと共に上を見上げると、大きな魚の形をした砂が塊になり空を飛んでいた。
「なんだあれ?!!」
「凄い・・・あんな大きいの初めて見た・・・」
「何呑気に眺めてんだよ!!逃げた方が良いだろ!!」
「大丈夫、あれは"砂上の夢"っていう自然現象なんだ」
「"砂上の夢"?」
大きな魚を象った砂の塊は遥か高く、跳ね上がるように空を舞っていた。その光景に目を奪われ、ローライも落ち着いた様子で見上げる私を見て落ち着きを取り戻した様子で同じくゆっくりと頭上遥か上に舞う砂の魚を目で追っていた。
「空気中にある微量の魔力の元になる魔素が風で舞う砂1つ1つについて、集まってくっついた塊が、ああやって砂達の魔力を消費するまで、何かしらの形になって空に舞うんだよ」
「凄い・・・」
「凄いよね、いつもならもっと小さい塊で色んな物になって空に舞うんだけど。こんなに大きいの初めて見た」
「あれは・・・魚?」
「昔存在した大きな口を持つ、1つの町にも匹敵する巨大な魚の絵を見た事がある・・・多分それだね。名前は"オペラ"」
「オペラ・・・」
空を舞う大きな魚"オペラ"の形をした砂の塊は少しづつ削れて行き、巨大な塊は再び遠くの方で轟音と共に沈む様に、まるで海に帰り飛び込むように落ちていった。
「なんで、砂が集まってあんな姿形になるんだ?」
「分からない、けどラックは砂たちの記憶って言ってた。削れた石や、かつてここが海だったのかもしれないって、その時に自然達が見ていた風景になぞってあんな形になったんだろって」
2人してその大きな砂の塊に見とれ、消えた砂の塊は遠くの方で少し大きな傾斜が出来ていた。
その様子を終始見ていた後に少し上擦った気持ちがあったのかしばらくその場を動けなかった。
ふとローライは砂が落ちた先を見たまま言う。
「あの大きな魚となんか関係あるのかな」
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