転生令嬢エヴァの婚約破棄から始まる愛と妄想の日々

キョクトウシラニチ

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1章 主人への愛が重い侍女は執着系厩番にロックオンされる

1-2

 それはトーン子爵家の屋敷の使用人が使用人用食堂にほとんど集まる時間に起こった珍事だった。

 食器にまかないを乗せた侍女のラウラの前に急に現れた厩番のジュノは、背の高い体躯を少し屈ませて背の小さなラウラに視線を合わせた。
 ラウラは無表情でジュノの様子を伺ったが、ジュノは斜め下に目線を向けて、口をモゴモゴ動かせていた。
 まじまじと見ていると、少し細い彼の目が綺麗な青灰色をしているのが見えた。
 ラウラは何の用があって自分の前に立っているのか分からなかったので、「なにか御用?」と侍女然として取り澄ました質問をした。

「あ、あの、ラウラさん…」
「はい?」ラウラは気が長い方ではなかったので、早く用を言って欲しかった。小さな体を精一杯大きくして彼に向き直った。
「…好きです!付き合ってください!」

 ザワり驚きの音の後、食堂が静かになった。

「っ……」ラウラは顔から火が噴きそうなほど恥ずかしくて、少し震えた。
 屋敷に勤める他の使用人たちがラウラがどう反応するのか固唾を呑んで見守っている気配がする。

「ご、ごめんなさい。」
 それだけ言うとラウラは目を伏せたまま、侍女仲間たちの座るテーブルに行き、彼の方を見ず黙々と食事をした。

 がっくりと肩を落としたジュノは外周りの使用人仲間たちに肩を抱かれながら食堂を後にした。
 トーン家は中級の貴族なのでそこまで規律がキツくなく、使用人同士の恋愛は特に問題にされていない。メイドと従僕が出来ていたり、キッチンメイドと従者が結婚していたりと色々ある。
 だから、特に咎められることではなかったが、大勢の前で告白をしたのは彼が初めてだった。

 皆の前で悪いことをしたかしら…
 でも、今はそんな事に気取られていられないのよ…傷心のお嬢様を労って、少しでもお心を癒せるようにしないといけないし、今は私恋愛なんていらないの。

 そんなことを考えながらサッサと食事をとっているラウラに、同い年で仲のいいハウスメイドのアナがコソっと話しかけてきた。
「ねぇ、ラウラ…勿体なくない?彼素敵だよ?聞いた話だと名のある商家の3男坊らしいし、あのルックスだったら一度付き合ってみてもいいんじゃないの?」
 アナは吊り目気味の猫のような目でラウラを伺っていた。彼女は純粋にラウラを心配しているのである。今まで鉄壁な侍女として男性との色ごとを避けていたラウラだったから、22歳でそろそろ年齢的に結婚していないと世間的に問題があると思われるかもしれないからだ。
「一度付き合うとか、…私にはできない。そんな器用じゃないもの。それに今はお嬢様の事があるから…」
 お嬢様以上にお嬢様の婚約破棄に傷ついているラウラを知っているアナは「そっか」と言うとそれ以上口を出さなかった。

 そんな気まずい食事をとっている時に、執事のコメットがやってきて、厨房と食堂にいる使用人たちに通る声で命令した。

「旦那様がお帰りになったが、客人をお連れだ。ご同僚の騎士様らしい。仕事だ」
 パチンと両手で一度だけ手を打ち鳴らして、キビキビとコメットが指示を出し始める。
 それを聞いた使用人たちはそれぞれ持っていた食事を口に放り込むと、アナ達ハウスメイドと従僕達は客室の方へ、キッチンメイド達は厨房へと歩いて行った。
 お嬢様もお客人へのご挨拶があるかもしれないわ、私も急いでお嬢様の下に向かおう。
 ラウラもお嬢様の私室へと向かった。


「ラウラどうしよう…」
 お嬢様のもとに到着すると、珍しくお嬢様の曇り顔が出迎えた。
「どうなさいました?」
 ラウラはお嬢様の事を心配した。
「ち、痴漢なの!」
「?」
「今日のお客様、あ、あの時の痴漢なの!」
 お嬢様が取り乱して、ワーっと机に突っ伏していた。

「…手を触って!腰を抱いて来た狼藉者ですか!?」
 ラウラはワナワナと震えた。
 お嬢様は突っ伏したままコクコクと頷いている。そして、
「後でちゃんと挨拶に来るようにお父様に言われたの…」
「体調不良にして…」
「さっき元気いっぱいでお父様におかえりの挨拶したら…その後ろに立ってたの…」
「あぁ…」
 ラウラは頭を抱えた。痴漢の正体が子爵の同僚の騎士だったなんて、彼女は知らなかった。相手もお嬢様を知ってか知らずかこの屋敷に訪れるなんて思ってもいなかった。
「と、とりあえず、挨拶しないと…。ラウラ、用意をお願い」
 お嬢様はフラフラと立ち上がると、鏡台の前の椅子に移動した。

 お嬢様に軽く化粧を施し、髪を纏めて外着を着用させ、彼女を応接間へと送り出した。


 やきもきする時間を応接間の外で待機して過ごしていると、思ったより早くお嬢様は解放されたようだ。
 扉が開いた瞬間、ラウラは憎くき敵を目でとらえた。
 騎士(痴漢)は大柄で青い目をしているのに黒髪で、騎士の割には少し長めで癖のある髪がいかにも女慣れしていそうでイラっとした。あれが敵ね。
 その騎士はお嬢様のお父様であるトーン子爵(第三騎士団副団長)と気安く会話をしているようだ。
 旦那様…なんて方をこの家に連れ帰って来たのですか!と、ラウラは尊敬する領主であるトーン子爵に心の中で悪態を吐いた。


 お嬢様は部屋に帰った途端、先程より体を縮こませてラウラに助けを乞うような顔をして言う。
「お客様はキュベール伯爵の三男でゼスト様っていうらしいわ…、この先の河に掛かってる橋が崩れたらしくて…家に帰れないからしばらくうちに泊まるんだって…」
「お嬢様…」
「…」
 ラウラは悔しかった。相手は格上の貴族だ。このトーン子爵家に逗留されている間は、下手に痴漢野郎に手を出すことができないからだ。害そうものなら伯爵のご子息に「トーン家の使用人はなっていない」と使用人一同とトーン子爵までもが馬鹿にされてしまうかもしれない。お世話になっているトーン子爵家にそんな悪評は立てられない。もちろんお嬢様にも迷惑をかけれない。実はその場でお嬢様が肘打ちの刑に処していることも知らず、ラウラは思い悩んだ。
「私、お嬢様のお近くにおりますので…どうぞ頼ってくださいませ」
 側にいるだけがラウラに今できることだった。
「…ラウラ…ありがとう」
 お嬢様は力なく笑った。

 ああ!この優しいお嬢様の憂いが一日でも早く晴れますよう…神よ。これ以上の試練は与えたもうことなかれ…
 と、ラウラは心の中で十字を切っていた。

 一方お嬢様はというと

 あー、しまったー。現世は貴族令嬢なのに、前世で習ってた護身術が出ちゃったからなぁ…。お父様にチクられてないかなぁ…まぁ、相手も悪いから言わないだろうな。うんうん。よし、引き続き妄想に使わせてもらおうかしらw
 とりあえず、今、オラオラ誘い受けの彼はお父様の事を誘惑していたりするのかしら?
 ……だ…ダメ!考えちゃダメ!落ち着いて私!お父様はゼスト様が困ってたから家に呼んだのであって、そんなつもりない…はず…え?お父様?もしかしてお母様が亡くなってから、そっちに目覚められていたのかしら?
 ということは、お父様に惚れてゼスト様が家の押しかけ女房的なポジションに納まるのかしら?
 ああ、あの後二人でお酒でも嗜まれるのかしら…酔ったお父様にゼスト様の悪戯が始まって…
 お父様の愛嬌のある顔とは違いガチガチの筋肉の付いた体にゼスト様は興奮なさって…嗚呼…


 と、自らの父を使って腐り切った枯オジ妄想を眉間に皺を寄せながら考えていた。
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