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大切な人たち
壱
しおりを挟むかむくらの屯所に匿われることになった翌日。その日は朝から屯所内が忙しなく、午前六時の「誰だ! こんなもの置いておいたのはッ!」という禄輪さんの怒鳴り声で目が覚めた。
のっそりと布団から抜け出してぼんやりとした頭で部屋から顔を出す。すると文字通り目と鼻の先をドタバタと誰かが通り過ぎた。
「わっ」と声を上げて慌てて首を引っ込めると、「おっとごめん!」とその人が振り返る。
抱きつくように大量の敷布団を抱えたその人は、頭に生やした黒毛の獣耳をピクピク揺らした。
「この声は巫寿ちゃんだ。ごめんごめん、この通り前が見えなくてさ」
敷布団に顔が埋まっているのかくぐもった声が私の名前を呼ぶ。
黒い獣耳に紫色の袴、この人は。
「黒貫さんですか?」
「ああ、そうだよ────っと!」
腕の中から敷布団が滑り落ちそうになり慌てて下を押さえる。
すまんそのまま手伝ってくれ、と苦しそうな声で頼まれて二つ返事で引き受ける。何枚か引き取るとやっと目が合った。
「いやぁ助かった」
水中から浮上して息継ぎをするかのように大袈裟に息を吐いた黒貫さんは目尻に皺をよせてカラカラと笑った。
妖狐の妖、黒狐の黒貫。彼は黒い毛並みを持つ妖狐の妖だ。
彼と会うのは今日で三度目、一度目が八瀬童子の里にかむくらの神職が駆け付けた時、二度目が二学期の終わりごろに前回の一件で事情聴取を受けた時だった。
初めて会った時は神々廻芽の配下にある黒狐族と聞いてぎょっとしたけれど、黒貫さんは私たちの味方でありかむくらの神職の一人だ。
先の戦から禄輪さんを右腕として色んなところに潜入し情報収集の役を担っていたらしい。見た目はまさしく好青年、と言った感じで人当たりもいい。
「禄輪のやつ、妖使いが荒いんだよな。ほんと、一回ぶちのめしとかないとだね」
好戦的な黒狐の性質はしっかりあるので、たまに黒い部分が見え隠れするのが玉に瑕だ。
初めて会った時も笑いながら指を切り落とされた話をしていて、言うまでもなくドン引きした。
「それにしてもこの布団なんですか? 下の階も慌ただしいし、さっき禄輪さん叫んでましたよね?」
「ハハッ、叫んでたね。あいつは綺麗好きだからな。あと2時間もしたら集まり始めると思うから、それまでには何とかしたいんだろ。賓客もいるし」
集まり出す? 賓客?
屯所に誰か来るんだろうか?
今日は何かあるんですか、と訪ねようとした時、階下から「巫寿ちゃーん? 上おるんやろ、ちょっと手伝うて~」と呼ばれる。
聞き覚えのある声に「うん?」と首を捻る。
「手伝ってくれてありがとう。俺の方はもういいから、行ってきな」
「はい」
空き部屋の前に布団を下ろして小さく頭を下げる。そしてパタパタと階段を駆け下りた。
階下で私の事を待っていたのは、予想外の人物だった。
「久しぶり! 元気にしとった?」
にかっと笑うその人物。嬉しくて思わず前のめりになり最後の一段踏み外す。転がり落ちてきた私をキャッチしたその人は豪快に笑って私の背中を叩く。
心配はしてくれないんだ、と心の隅で思いつつその人を見上げて笑った。
「志らくさん! お久しぶりです!」
ショートカットの髪を耳にかけ直した志らくさんは目を細める。
「いろいろ噂に聞いて心配しとったけど、元気そうで安心したわ」
「ご心配おかけしてすみません。この通り、元気です」
「ええこっちゃ、ええこっちゃ。ほな弟子の元気も確認取れたし、早速手伝うてもらおか」
私の肩をがっちり掴んだ志らくさんは、「こっちやでぇ」と笑いながら歩き出す。
なんだかその笑みが恐ろしいのだけれど気のせいだろうか。ていうか、そもそもどうしてかむくらの屯所に志らくさんが?
質問しようとしたところで「志らく~ッ!」と彼女の名前を呼ぶ怒鳴り声が台所の方から聞こえてビクリと肩を跳ね上げる。
その怒鳴り声も聞き覚えのある声だ。
「あ、あの志らくさん?」
「話も説明もあと!」
ええ?と声を上げる。グイグイと背を押されて、転がるように廊下を走った。
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